第一部ガバメンツ編第一章シャキール・ナセル
「アラビアンコップ」
第一部 ガバメンツ編
第一章シャキール・ナセル
「またテロリストのおとり捜査要員かよ」
FBI捜査官、シャキール・ナセル。アラブ系アメリカ人。イェール大学を卒業し弁護士資格もある。それなのに、対テロリスト……とりわけイスラム過激派相手の場合だとおとり捜査員として駆り出される。
アメリカ合衆国。表向きはすべての国民に自由がある国。でも実際は人種によって格差がある。白人以外はたとえアメリカ生まれのアメリカ育ちでも生き辛い国。最近ポリティカル・コレクトネスなるものが映画界などでもあるが、それも表向きで、とりあえずいろんな人種出しておけばいいだろうという感じ。ジュリア・ロバーツがアジア人とは共演したくないと言ってもレイシスト扱いされないし、いまだにアジア系男性と白人女性とのセックスシーンを描いた映画がほとんど作られない。そう、アジア系……とはいっても日系、中国系、韓国系、インド系などいろいろいるが、アラブ系はイスラム教徒ということとその容貌だけで差別の対象となってしまう……とりわけあの3.11同時多発テロ以降は。
「キャップ!いいかげんにしてくれ!」
シャキールは上司に怒鳴った。
「どうしたんだい、シャキール?」
キャップ……上司のエドワードはシャキールの剣幕に驚きながらも答えた。
「俺がアラブ系だからって毎回毎回過激派組織のおとり捜査ばっかりってふざけてんのか!?もっと違う仕事させてくれ!」
「その気持はわかるけど、どうしても君にしか頼めない仕事なのでつい……すまない」
「そういう問題じゃねえ!アラブ系をなんだと思ってるんだよ!お前ら、アラブ系イコールテロリストとしか思ってないだろ!俺だってちゃんとアメリカ生まれのアメリカ国民なんだ!なのにまるでお前ならテロリストに溶け込めるだろうって頭なのが腹立つんだよ!」
エドワードは黙ってしまった。10秒ほど黙った後ようやく口を開いた。
「わかった。俺のつてでいい職場を紹介してやる」
こうしてシャキールはFBIを辞めることになった。
数年後。シャキールは生まれ故郷のロサンゼルスにいた。そして、なんの因果か、LAPDの刑事に再就職していた。LAPDでは過去のFBIでの経歴が買われたのかすぐに刑事になれたし、新たなバディもついた……日系人のジョージ・ドウゾノ。49歳のシャキールに対してまだ26歳と若い。
「ハイ!あなたが元FBIのミスター・ナセルですか?」
最初の挨拶がこれだった。でも、ジョージはアジア人にしては背も高くまるでエンゼルスの大谷選手のようにキュートフェイスであったし堂々としていた。
「やあ、君が私と一緒に仕事をするジョージかい。よろしく。」
「LAは僕の庭ですから、何でも教えられますよ。」
うーん、私もLAで生まれ育って、何なら結婚もして家庭もあるのだが、と言いたかったがそこは流した。
「シャック、と呼んでいいですか?」
「おいおい……それは構わないが、なんかダンク以外下手なNBA選手を思い出すなあ‥」
「俺のことはジョージでいいですよ」
「普通かよ」
かくしてジョージと一緒に何度か事件を解決してきた後……LAPDに入ってから約1年後のこと。上司のエイブラハム・エイブラムス……たぶんアングロサクソン系……から課の全員が呼ばれた。
「あー、君たち。最近LAでガバメンツと呼ばれる殺人集団が跋扈しているのを知っているよね」
たしかに最近、警察に予告までして殺人をする集団「ガバメンツ」が次々と事件を起こしているのは知っている。別の課はすでに捜査を始めているのも知っている。
「ガバメンツについてわかっていることをとりあえず伝えよう。まず、連中はもともと『バッドバグ』という、10年ほど前に少年たちが作ったギャング集団だった。それから白人至上主義思想を持つ暴力組織にまで成長した。実際、今でもLAで黒人ギャングの『スピードキング』と抗争を繰り広げている。ガバメンツはバッドバグの副リーダーだったマーチン・ゲイルが子飼いの仲間を連れてLAの有名な銃砲店の『チョイズガンショップ』を襲撃して、コルト・ガバメント系の拳銃を盗んでそれを自分たちの得物にして殺人を行うことから、バッドバグの中でも一大勢力となってガバメンツと名乗るようになったらしい。このマーチンが曲者でな……ただの元不良少年と思いきや元々は良家の子息で、スタンフォード大学出てしばらくシリコンバレーでIT系の仕事をしていたのになぜかバッドバグに加入してすぐに幹部にまでなったっていうからな……バッドバグのリーダーはジャック・ジョーンズという不良の成り上がりだが、マーチンにはジャックも頭が上がらないらしい……ただ、ジャックはバラバラだった白人不良少年のギャング団を一つにまとめただけあって変なカリスマ性がある。だからマーチンはジャックを自分の上に置きながら、自分の勢力を広げているという感じだ。」
シャキールは質問した。
「それなら、いずれマーチンがジャックを上回ろうと反乱起こすのでは?」
エイブラハムはその質問を想定していたと言わんばかりに
「ああ、反乱はどうかまだわからないが、すでにマーチンをリーダーにという構成員も多いらしい。実際、バッドバグのシノギがここのところ増えているのは、マーチンが違法合法を問わずビジネス展開をしているからだと聞いている。」
そう、バッドバグはギャングといっても日本でいう半グレに近い。裏風俗や闇金融はもちろん、飲食店の展開までやっている。それらのビジネスで得た資金で武装を強化しているのだ。
「でも、いくらシノギがあるからといっても、あまり調子に乗ってるとスピードキングだけでなく他のギャングやマフィアにまで目をつけられるのでは?」
ジョージが質問した。
「ああ、実際LAにはロシアンマフィアのモルニヤやチャイニーズマフィアのエンジェルパンダあたりがあるからな……そいつらと抗争になったら厄介だな」
「特にエンジェルパンダは中国系なので白人至上主義のバッドバグと対立しそうですね」
そう言ったのはアリス・チョイ。父は韓国系アメリカ人、母はカナダのケベック出身のフランス系カナダ人。身長167cmのスレンダーなハーフ美人である。25歳。
ジョージは少し頬を赤らめた。ジョージはアリスのことが気になっている。隣でシャキールは微笑んだ。
「逆にモルニヤとバッドバグが組むおそれもありますね」
そう言ったのはリチャード・オコンネル。愛称はリック。アイルランド系の32歳。趣味はボディビルというガチムチ。経験なカトリック信者で4人の子持ち。
「そうだな、リック。その意味ではモルニヤだけでなくイタリアマフィアのガンディーニファミリーも要注意だな。最近はおとなしくしているからモルニヤやパンダほど目立たないけどこのアメリカにおけるシチリア系マフィアは依然として勢力があるからな」
「不気味なのは日本のヤクザの竹居会ですよ。LAだけでなく最近はサンフランシスコやNYやシカゴやダラスにまで進出していますからね。バッドバグは白人至上主義者でありながら、日本のヤクザのシノギを参考にしたというレポートもありますしね」
そう言ったのはジェイソン・チャップマン。アングロサクソン系。42歳。中肉中背の英国紳士風。ゲイを公言している。
「先程言ってたガンディーニファミリーはナイジェリアマフィアのラゴスクラブと急接近してるわ」
パトリシア・ジョンソンが言った。アフリカ系の35歳。グラマラスで身長173cmの美人。一人の娘がいるシングルマザー。
「ジェイ、パティ、そのとおりだな。今やこのアメリカ……いやLAだけでもいろんな裏社会の勢力が勢力争いをしている。俺の私見だが、そのどれかがバッドバグのバックにいると観ている。白人至上主義者を謳っているが、ビジネスのためならそれこそどの組織とつながってもおかしくない」
エイブラハムは言った。そして続けて
「これからが本題だ。ガバメンツのメンバーがこんな動画メッセージを警察に送ってきた」
そう言ってPCを見せる。
「へーい!ポリ公共、元気してる?俺はバッドバグの精鋭戦闘員のガバメンツの一人、『キンバーのポール』!」
「ハイ!俺はバッドバグ一のやべー奴、『SVのザック』さ!」
「これは犯行予告だぜ、ハハハ!今度俺とザックでスピードキングのニガー共を壊滅させるぜえ……もちろん、二人だけじゃねえけどな。」
「バッドバグをなめんなよ。俺たちをそんじょそこらのストリートギャングと一緒にされちゃ困るぜ。」
「俺たちは下手な軍隊よりいい武器持ってるぜえ……3日後、スピードキングのニガー共の死体でLAは臭くてたまんねえ状態になるから。止められるものなら止めてみな!まあ、お前ら無能ぞろいのポリ公共には無理だろうけどな!」
動画はここまで。エイブラハムは口を開いた。
「……以上だ。これが本当なら、3日後バッドバグとスピードキングの一大抗争になる。」
「エイブ、俺の考えだが、これは少なくともマーチンの考えとは思えない。「
シャキールはエイブラハムに意見した。
「エイブ、マーチンは切れ者なんだろ?そんな奴がこんなに短絡的に全面抗争をスピードキングに挑むと思うか?」
「……まあ、たしかにな……マーチンなら少しずつ敵の勢力を削っていくかもしれないな。」
「おそらくガバメンツの中でも色々な勢力があって、この『キンバーのポール』と『SVのザック』は他のバッドバグの子分連中の武闘派を利用して戦績を上げて、一気に組織内での立場を上に上げようとイキってるのかもな」
「俺もそう思うぜ」ジェイソンが言った。
「まずはポールとザックを探して崩すのがいいかもしれませんね」アリスが言った。
「まず、ポールとザックがどこにいるか抑えて、3日以内に確保すれば指揮系統がなくなるから全面抗争を抑えられるかもしれません」ジョージが言う。
「わかった!他の係の連中にも協力をもらう。まずはこの二人を探してくれ!」
「OK!」
LAPD刑事・警備局 ギャング・麻薬捜査課1係の長い3日間が始まった。
12月10日午前10時。外はようやく車のガラスの霜が取れてきた頃。キンと張り詰めた空気がLAの街にも漂ってきた。ポールとザックの犯行予告メールを受け取った当日。
シャキールとジョージはダッジ・チャージャーのパトカーに乗ってスピードキングの縄張りとされているコンプトンのアフリカ系が多く住むエリアを巡回していた。スピードキングの構成員のうち何人かは顔見知りである。以前捕まえたものの軽い罪だったため釈放したことで、情報屋として使っている下級の構成員もいるのである。
「おっ、シャックの旦那じゃないっすか。あと……チャイニーズ?」
待ち合わせ場所にいたのはスピードキングの中にいる情報屋のヒューイだ。
「待て、俺は日系だ」
ジョージはすかさず反論した。
「へー、ジャップっすか」
明らかに怒っているジョージをなだめ、シャキールはヒューイに
「お前ら、バッドバグがお前らを徹底的に叩きのめそうとしているのを知っているか?」
「ちょ、ちょっとシャック、いきなりそんな情報言っちゃ」
ジョージは焦ってシャックを止めようとしたがシャキールは構わず続けた。
「ヒューイ、悪いことは言わねえ。バッドバグに先に停戦を持ちかけるか、どうしてもヤるつもりなら他の味方をつけたほうがいい。でないと、このコンプトンが血の海になる」
しかしヒューイはまるで当然という顔で
「んなもん、とっくに知ってたさ。だって俺達のボスのエディのところにもバッドバグっつうかガバメンツってイキリ野郎からの動画メール来てたからな。」
「お前らのところにも来てたのか……」
「あいつら、おそらくメキシコかコロンビアあたりの連中からでも武器を調達して武装強化してるんじゃねえかってのがうちらの幹部連中の認識だ」
「マーチンが中南米にコネがあるってのは聴いたことはないが……そんな情報どこで?」
「うちらも手を組んでるところあるんでね」
「既にどこかと組んでるのか……同じ黒人のラゴスクラブか?」
「いや、言っちゃ悪いがラゴスクラブは頼りねえ……資金力はあるが武装は弱い。だからガンディーニファミリーと組んでビジネスを広げようとして武装強化中なんだろうよ。」
「じゃあ、どことだよ」
ヒューイはダッジの車内のジョージに一瞬目を向けたあと笑いながら言った。
「エンジェルパンダさ!」
ジョージは車から出て、ヒューイの首根っこを掴んだ。
「てめえ、俺たちアジアンのこと小馬鹿にしてたじゃねえか!それなのにパンダと組むのかよっ!」
声を荒げるジョージを見て、シャキールはジョージをヒューイから引き剥がし、ヒューイに言った。
「ヒューイ、俺もそれは意外だった。お前らアフリカ系は黄色人種と仲悪いだろう?」
「ああ、たしかに嫌いだね。でもな、パンダは味方につけると強い。」
「……たしかにそうだな」
シャキールもジョージもその点は納得していた。
エンジェルパンダ……表向きは中国系アメリカ人の慈善団体ということになっているが、裏の顔は殺人やドラッグをはじめありとあらゆる悪行をこなすチャイニーズマフィアである。しかも、中国本土や台湾など東アジアの中国系裏世界にもつながりがあるのも調査済みである。エンジェルパンダなら、中国ルートでの武器調達は容易であろう。
「ヒューイ、とりあえずエディと話せないか?」
「おいおいおい、シャック!大丈夫かよっ!」
ジョージは止めるがシャキールは笑いながら言った。
「ジョージ、お前と一緒でなければ俺もこんなこと言わねえよ」
「シャック、買い被るんじゃねえよ……まあでもそうだな。その話、乗った。」
ヒューイは二人のやりとりと表情を見て一瞬恐怖を感じた。シャキールもジョージもただの刑事の顔じゃなかった。
「こいつら……絶対やべえやつ」
刑事二人に聞こえないくらい小声でつぶやいたあと
「わかったわかった!明日会えるようアポイントメント取っておく!」
ヒューイはギャング連中の中ではちゃんと話ができるやつだ。でなければシャキールも情報屋代わりに使わない。
「よしわかった!連絡待ってるぜ。」
「ああ、いつもどおりのところに連絡しておけばいいんだな」
「ああ、シリコンホークのところにな」
シャキールとジョージは車に戻り車を出した。
「なあ、シャック。お前よくシリコンホークって情報屋の名前出すけど、何者なんだ?俺会ったことないんだが」
「ああ、当然さ。あいつは人前に一切顔出さないネット上の情報屋だからな。いわゆるホワイトハッカーだが、俺も会ったことねえ」
「そんなやつのこと信用できるのか?」
「ああ、そもそもエイブのところに来たガバメンツの動画メッセージも実はシリコンホークがうまく偽装してスピードキングのエディに送られたものを転送したものだからな。」
「そ、そうなのか。でもあまり深く関わるなよ」
「ああ、ほどほどにうまく利用してやるよ」
12月10日19時。さすがに今日はこれ以上収穫なかったのでシャキールもジョージも別れて帰路についた。
市街地から15kmのグレンデール。今はシャキールの家はそこにある。シャキールの生まれ育った町はロサンゼルス市内のアラブ人コミュニティであるが、若くして両親を失った彼にはもう戻る家はない。
自家用車のレクサスRCFを停めたのはプロテスタント教会の裏の駐車場である。そしてシャキールは教会の裏の住宅に入っていった…
「あら、あなた。今日は私のほうが早く帰ってたわね。おかえりなさい」
そう出迎えたのは妻のマリア・ナセル…ロサンゼルス市内の弁護士事務所で働いている弁護士である。
「パパー!おかえりなさい!」
「おやじ、おかえり」
17歳の長女のミナと15歳の長男のエイブラハム(偶然にも課長と同じ名前!)が出迎えた。ミナはやや色黒だが目鼻立ちが整った美少女である。学内でも優秀な成績で飛び級でUCバークレーに推薦の話も上がっている。一方エイブラハムは今反抗期なのか、親につっかかり気味であるが、かといってギャングに入るほどでもなく、そしてなにより祖父母にはよく懐いている。
そう、問題はその祖父母である……
「あら、シャキールさんおかえりなさい!今日はどんな仕事をされてきたんでしょうね」
厭味ったらしい言い方で出迎えたのはマリアの母、マーガレット…いや、それは彼女にとってはここ米国における通名でマルグレーテ・シュナイダーが彼女の本名というが。
「おお、婿殿、帰っていたか」
この家の主であり教会の牧師であるオットー・シュナイダー……そう、シャキールはよりによってプロテスタント教会の牧師の娘と結婚し、しかも娘の実家…つまりプロテスタント一家の中で唯一のムスリムなのである!日本でいう「マスオさん状態」であるが、マスオさんより宗教が絡む分厄介である。たしかに、イスラム法ではムスリムの男子は「啓典の民」と呼ばれるユダヤ教徒やキリスト教徒の女性とは結婚には抵抗がないし、ましてここは自由の国アメリカ合衆国である。シャキール自身、イェール大学で知り合ったマリアのことを深く愛しているし、子どもたちも愛している。しかし、妻の両親との関係には頭を悩まされる。
なにしろ、毎日ではないとはいえ、一週間に何回かは
「シャキール君…刑事なんて危ない仕事は辞めてプロテスタントに改宗して私の跡継ぎになってくれないかな?」とオットーに言われるし、それを聴いたマルグレーテが
「あなた!なにを言ってるんですの?たしかに異教徒を改宗するのは私も同意ですが、そもそも私は由緒ある私の血筋にアラブの異教徒が混じるのはどうかと思って反対したんですよの!そもそも私はあなたと結婚する前はかつてプロイセン王国の貴族であったクロイツナッハ家の令嬢でしたのよ!まあ、あなたのような同じドイツ系とはいえ貧乏牧師と恋愛してしまった私も私ですけどね!」
と、目の前でやりとりされるのでシャキールもマリアも肩身が狭いのである。
「なあ、マリア。LAのダウンタウンに引っ越さないか?いつまでもあの親御さん達の相手もお互い疲れるだろ?」
寝室でシャキールはマリアに話しかけた。
「あなた、そうはいってもね、私も両親を放っておけないのよ…あんな性格だからこそ。あなたが父の言うように牧師を継がないまでも、刑事ではなく違う仕事ならまた違った反応だったかもしれないわ。」
「たしかに、親御さんの気持ちもわかるんだ。俺はいつ死ぬかもしれない。マリアの親御さんはマリアを溺愛している。だから自分たちの娘が傷つかない道をと勧めてくるのはわかるんだ。でもな、俺の民族の誇りも尊重してほしいんだ。だからせめて子どもたちにはイスラムでもプロテスタントでも通用する名前にしたつもりだ。俺もミナやエイブラハムにイスラムを押し付けるつもりもないし、かといってルーテル派プロテスタントに染めるつもりもない。子どもたちにはどんな思想信条を抱こうがアメリカ合衆国市民として真っ当に生きてくれればそれでいいと思っている。」
「それはわかるわ、シャキール。あなたは広い視点で行動している。あの頃からね……イエール大学時代、心なきユダヤ人同期が私を『ナチス野郎』呼ばわりしたとき、あなたは本気で怒ってくれた。その結果、あなたはもっとひとりぼっちになったけど……あなたはこのアメリカ合衆国に理想をまだ抱いているようだけど、その実WASPしか報われない国なのよ。それ以外の民族が報われるには、並大抵のことではないわ。私もプロテスタントで白人だけどアングロサクソンじゃなくジャーマンなのよ。ジャーマンの中には一部の地域で文明を拒否するアーミッシュになったひともいるほどなのよ。」
「でも、君も僕も今は少なくとも米国民だ。これは法的に誰にも侵害されない。」
「法的にはね。でも、それがうまくいってたら米国はカナダみたいにうまくいってるはずよ」
「カナダはカナダで、見た目だけかもしれないけどな……もう寝るか」
「そうね。おやすみなさい」
翌日。シャキールとジョージはコンプトンにあるスピードキングの本拠地に出向いた。コンプトンにはなぜか日本の牛丼屋「吉野家」が多い。シャキールとジョージも吉野家で朝の腹ごしらえをしてからスピードキングの本拠地に来ている。シャキールもジョージも「いつもどおり」のフル装備のスーツにコート姿で来ている。シャキールは愛銃のS&W M945の予備マガジンを6つも用意しているし、ジョージは拳銃こそLAPD公式のグロック17であるが、それ以外の「得物」が入ったケースを背負っている。
玄関で待っていたのはヒューイであった。
「シャックの旦那と……日本人の旦那……ようこそ」
さすがにヒューイもジョージの「やばさ」に薄々ながらも気が付いたようである。
シャキールとジョージはヒューイの案内でスピードキングのアジトの奥の部屋……ボスのエディがいる部屋に入った。
「あんたらがLAPDの刑事か。それにしてもアラブ人に日本人ねえ……」
エディ……ことエドワード・スミス……コンプトン一の黒人ギャング団スピードキングのボスである。ギャングといっても彼らは先述のとおりチャイニーズマフィアのエンジェルパンダと組んで武装強化している、もはやマフィアといっても過言ではないレベルの反社会的集団である。しかも最近はBLMムーブメントに便乗して、黒人の権利の名の下に暴力活動を行っている集団である。
「あんたらが来たのはバッドバグやらガバメンツとかやらの挑発の件だろ?」
「そうだ。できることならこのLAで内戦状態になるのは避けたい」
シャキールはエディに即答した。
「あんたらの立場もわかるが、俺たちスピードキングに舐めた真似したやつはたとえどんな連中だろうが叩く。そのためにわざわざエンジェルパンダとも組んだ。ほら」
エディは壁のほうを指さした。後方にはエンジェルパンダから提供を受けたと思われるノリンコ(中国兵器工業集団)のQBZ-03(03式自動歩槍)の輸出仕様のQBZ-T03がずらっと30丁ほど並んでいる。また、スピードキングの連中の中にはノリンコの拳銃QSZ-92(92式手槍)をホルスターに入れている者もいる。
スピードキングの連中は、口ではアジア人をけなしつつ、エンジェルパンダのようなより強い組織には巻かれているということか。しょせんイキったストリートキッズのギャングか。でも、だからこそ怖いというのもある。頭の悪い連中のギャング、それはそれで面倒である。
「なあ、なんとかバッドバグの連中と停戦協定とかしてくれないかな?俺も仕事増やしたくないんでな」
と、シャキールは穏やかな口調で言った。
だが、エディの周りの不良連中は煽ってきた。
「おいおい、俺たちがポリ公の言うこと聞くと思ってんの?ばっかじゃねーの?」
「同じ黒人でも警察に言われて『はい、そうですか』なんて俺たちが言うとでも?ましてアラブ人のおっさんとジャップのあんちゃんの刑事なんて」
「はっきり言うぜ!お前らアジア人はこのアメリカでは俺たち黒人より下なの!映画見ててもわかるだろ、俺たち黒人とアジア人との扱いの違い!黒人ヒーローはいてもアジア人のヒーローとかいないの!」
「あ、忍者とか侍とか?でもしょせん昔の話でしょ?それともそこのジャップのあんちゃんが実は侍とか?」
「ないない、こんな童顔のおぼっちゃんが映画やゲームみたいな侍なわけない!」
「おい、そこのジャップ!悔しかったら侍の技とか見せてみろよ!あとアラブ人のおっさんは……アッラーの神でも呼んじゃう?」
「ガハハハハハ!」
スピードキングの連中の下品な笑いに包まれた空間。
しかし、ここで一転攻勢。これまでさんざん馬鹿にされても耐えていたジョージが背中に背負ったケースを開けながらこう言った。
「見たけりゃ見せてやるよ」
と、次の瞬間、まるでガラスの破片で黒板をひっかいたかのようないやな音と共にジョージは得物を取り出したかと思うと、
「チェストーーーーーー!」
と叫びながらエディの机を叩き割った……ただしそれは侍や忍者が使う日本刀によるものではない。ジョージの手にあった得物……それは釘バットであった。
「てめえらが俺のこと侍だの忍者だのの技見せてみろって言うから見せてやったんだよ!これはな、俺の祖先の『薩摩』って日本の地方の侍の技で『示現流』ってんだ。一撃必殺の最強の侍の剣術さ。お前ら、『ラストサムライ』って映画観たか?あの中でケン・ワタナベが演じてた侍のモデルになった侍も使ってた流派だぜ」
たしかに西郷隆盛も示現流をたしなんではいた。だが、これには二つ嘘がある。まず一つには実はその西郷隆盛、実は示現流の腕はたいしたことなかったということ。そしてもう一つ……そもそもジョージ自身、祖父に多少示現流は習ったものの、決してその達人でもなんでもないし、なによりエディの机を叩き割ったのは単にジョージがブチ切れて釘バットを思い切り力任せに振り下ろしたからである。
「おい……ジャップ……いや、その、その釘バット、色々と普通じゃねえな……」
エディがビビりながら言うものだからジョージはご丁寧にも解説し始めた。
「ああ、ご察しのとおり、この釘バットは普通の釘バットじゃねえ。まず第一に、普通の釘バットは釘の頭が飛び出てるから一度何かを叩いたら、その対象物に釘の頭が引っかかって次の動きをするのに手間取る。だがな、これはお前らと同じ黒人のフツ族の民兵がルワンダ内戦でツチ族を虐殺するために、ヤスリで釘の頭を削って尖らせてるんだ、わざとな。現地の言葉で『マス』というらしい。ただな、もう一つ釘バットには弱点があってな、普通の釘バットは木製バットに釘を打ち込むから割れやすい。でもな、これは金属バットに釘を打ち込んで、さきほど言ったように何度も言うがわざと釘の頭を尖らせてるんだ。つまり、これは世界で唯一『実戦経験』がある釘バットの『マス』の弱点を克服した、名付けて『パーフェクト・マス』なんだよ!これでお前らの頭を片っ端からかち割ってここを血と脳漿の海にしてやってもいいんだぜ!そのあとアジア人を馬鹿にしたやつの末路とか言ってネットにUPしてやらあ!」
ジョージは普段は少し軽いところはあるが、実家は全米で日本料理屋を展開する会社を経営している……つまりお坊ちゃまなのだ。ここぞというときにはフォーマルなマナーもきちんとこなせる紳士である。だが、ジョージは時として狂気を見せることがある。だいいち、世界広しと言えども、釘バット、しかもルワンダのマスをモデルにした最凶の釘バットを警棒代わりに持ち歩く刑事なんてジョージくらいであろう。
「ジョージ、そのくらいにしておけ」
シャキールは抑えた声でジョージをなだめた。しかし、そう言いながらM945のスライドを引いて戻して銃弾をチェンバーに装てんした。
「ジョージ、俺たちは合衆国の刑事だ。だったらやはり刑事らしく王道を征く銃でいこうぜ」
シャキールはM945をエディに向けた。
「お前ら、これからお前らが取る行動は三つだ。一つ、バッドバグと全面戦争で潰される。二つ、今ここで俺たちに潰される。三つ、バッドバグとの戦闘を回避する動きをとる……さあ、どれを選ぶ?」
そういうとエディの取り巻き達が笑いながら言った。
「バッドバグに潰される?ありえねえよ!俺たちこれだけ武器持ってるんだぜ!返り討ちにしてやんよ」
「そうそう!まあ、お前らアラブ人とジャップに潰されるよりはましってやつだな!ガハハハハ!」
スピードキングの連中は大笑いしている。ボスのエディもにこやかな表情をしているがシャキールとジョージを見下した目をしている。
「ってことは、お前ら、さっきの『二つ目』を選ぶってことだな!」
というとジョージはさきほどの「パーフェクト・マス」を振り回して片っ端から周りの什器を壊しまくった。
「おい!ジャップなにしやがる」
「もうがまんできねえ!」
雑魚どもは中国製の小火器を手に取って撃とうとしたが、構えたときには遅かった。ジョージの動きはまるで体操選手のように身軽で素早かった。雑魚どもの小火器を一気にマスで薙ぎ払った。
雑魚どもは小火器をナイフやマチェットに持ち替えると一気にジョージに向かい飛びかかった……よせばいいのに。
案の定、ジョージはマスを振り回して片っ端から雑魚連中の腹部や腕部などを叩き壊した。普通の釘バットでは釘が刺さっても釘の頭が抜けにくく次の攻撃に時間がかかるがこのマスならその心配は無用。一見無謀に暴れまわってるかに見えるジョージも、さすがに頭部を狙わない良心だけは残していた。
「ジョージ、ストップ!スピードキングの野郎ども、これを見ろ」
シャキールはいつのまに左腕でエディの首を羽交い絞めにして、右手にはナイフ……それもスパイダルコ・シビリアンを持ちエディの頭部にいまにも刺そうとしているようである。
「いいか、このままいけばエディの頭は『プリズンラッシュ』で何回も刺されて死ぬ。このプリズンラッシュってなあ、欧州の犯罪者連中が生み出した技でな、非常に防ぐのが難しい最強のナイフ殺人術の一つなんだ。悪いことは言わねえからお前ら武器を置いて投降しろ。今日でスピードキングは解散だ!」
エディはLAの黒人の不良少年をまとめてきたリーダーではあるが、その実自身はいわゆる不良少年たちの金回りのいい兄貴分であり、けして無駄な争いを好むタイプではなかった。
「親愛なる仲間たち……少しでも生きる道を選ぼうぜ……バッドバグに殺られるよりはここでみんなでムショ行って三食食べて寝て暮らすのも悪くねえ」
エディは呼びかけた。
「よし、決まりだ!ジョージ、本部に連絡してくれ。医療班もな」
「OK、シャック!」
バッドバグが壊滅させる前に事前にスピードキングを潰しておく……これによりLAでの無駄な銃撃戦による一般市民への被害を防ぐことができる。
ヒューイは小便をもらしていた。そのヒューイがジョージに言う。
「あんたみたいなやばいアジア人は……エンジェルパンダのガストン・リュウに次いで二人目だよ……」
「ガストン・リュウ?パンダのナンバー2か!」
「ああ、ジョージのだんなが火とすれば、ガストンのだんなは氷だ」
「情報ありがとうよ」
外からパトカーの音が聞こえてきた。
署に戻ったシャキールとジョージにエイブが困り顔で話しかけた。
「おいおい、まさかスピードキング壊滅させちゃうなんて……バッドバグからまた動画メールが来たぞ、ほら」
エイブはPCの画面を二人に見せた。
「おいLAPDの野郎ども!俺様がスピードキング壊滅させる前にお前らが壊滅させるとはいい度胸してんじゃねえか!せっかく俺たちが連中を皆殺しにしてやろうと思ってたのによ!死亡者なしで重傷者のみとはやるじゃねえか!」
キンバーのポールは愛銃のキンバー・ラピッドブラックアイスを手で弄びながらイラついた表情で画面に怒鳴っていた。キンバーのガバメントタイプの拳銃はLAPDのSWATでも採用している精度の高いものである。こんなおらついた不良がその精度を活かせるのか疑問であるが。
すると画面の右からSVのザックが割り込んできた。
「おまえらさ、どうせLAを血の海にしたくないからって先に芽を摘んでおいたとでも思ってるんだろ?わかってねえなあ、俺たちはとにかく殺したくて仕方ないんだ!別にスピードキングの黒人どもでなくてもいいんだぜ……例えば今度レイカーズの試合があるステープルズセンターで観客を殺しまくるとか面白そうだな!」
ザックも愛銃のストレイヤー・ヴォイトの多弾倉タイプの拳銃「インフィニティ」を手に持っている。通常、ガバメントタイプの拳銃は弾倉に7~8発しか入らないが、このインフィニティは多弾倉化して14発入るようになっている。あまりに人気が出たため現在は「インフィニティアームス」を社名変更しているほどである。
「まあ、俺たちも政治的テロ集団じゃねえからそこまではしねえけどな。でも、次のターゲットは……やっぱ、言うのやめた!先におまえらに邪魔されちゃかなわねえからな。」とポール。
「まあ、あんたらも気づいたろうけど、スピードキングのバックにはエンジェルパンダがいるってのは知ってた。こうなったら、いっそエンジェルパンダに宣戦布告してやるのもいいかもな」とザック。
「さすがにお前らもエンジェルパンダには手は出せねえだろ!スピードキングなんかおよびでないくらい巨大組織だからな!てなわけでじゃあな!」
動画はここで切れた。
「あいつら、調子に乗りすぎだろ……さすがにパンダは相手が大きすぎるだろう。」とシャキール。
「ああ、普通にぶつかったらこのポールとザックはおろかガバメンツ……いやバッドバグ自体壊滅だろうな」とジョージ。
「どっちにしてもバッドバグとエンジェルパンダの抗争になったら一般市民を巻き添えにするおそれはある。なんとか事前にこの血気盛んな馬鹿どもを止められないか?」
エイブはシャキールとジョージに言った。
「でも、それには連中がどこにいるか先に見つけないと……」シャキールは言った。
するとジェイことジェイソン・チャップマンが助言してきた。
「それなんだが、このポールとザックのいる場所、動画で特定できた。スキッド・ロウのアパートメントだ。ほら」
ジェイは詳細地図をシャキールとジョージに見せた。
「ここか……」とシャキール。
「どうする?」とジョージ。
「そりゃもう、決まってるだろ」とシャキール。
「だよなあ!」とジョージ。
二人を見てジェイが言った。
「なあ、お前らの考えてることはわかるがお前らだけで大丈夫か?」
「ああ、わかってる……俺たちの狙いはポールとザックだけだ。できれば本課のメンバー全員応援してほしいところだが」
「わかった。俺たちも協力する。万が一バッドバグとエンジェルパンダが交戦したらLAが火の海になるからな」
ジェイはそう言ってエイブのいる課長室に行った。
「それにしてもガバメンツのイきり野郎、よりによってスキッド・ロウかよ……あのへん、観光客も普通にふらっと来るあたりだからやっかいだな。」
ジョージは嘆き気味に言った。
「そうだな……だからこそスムーズにやらないとな」
シャキールはもう心を決めていた。
12月12日。ジェイの突き止めたポールとザックの隠れ家を前にシャキールとジョージはフル武装してパトカーから降りた。シャキールはいつものM945に加え、モスバーグM590マグプル9-ショットというショットガンで武装していた。一方ジョージはいつものグロック17にB&TのUSWという拳銃をカービン化するコンバージョンキットを取り付けている。もちろん背中にはパーフェクト・マスが入ったケースを背負っている。
「このぼろいビルの三階か。」とシャキール。
「ああ、三階の303号室だ。」とジョージ。
このビルから離れたビルの屋上にはアリスとパトリシアが待機している。アリスはボルトアクションのステアーSSG69、パトリシアはセミオートのスプリングフィールドM14A1を構えてシャキールとジョージが向かう303号室を狙っている。
「私もシャックやジョージみたいに突入したかったわ」とアリス。
「アリス……あなたの気持ちもわかるけど、これはあなたの『私怨』を晴らす『復讐』じゃないのよ。私たちはあくまで刑事なの」とパトリシア。
「そうなのよ……それはわかってる。」
アリス・チョイ……彼女の実家はチョイ銃砲店というLAでも有名な銃砲店であった。彼女の父のボブ・チョイは射撃の名手であると同時に優秀なガンスミスで、競技シューター向けに高品質なカスタム銃を提供することでも知られていた。しかし……バッドバグの強盗によりボブは殺害された。アリスの母ウェンディはたまたま外出していたので助かったのであるが、ボブの死を境に現在もうつ病に悩まされている。バッドバグの武闘派の連中が「ガバメンツ」と名乗っているのも、このチョイ銃砲店からコルト・ガバメント系の銃を盗んでそれぞれの得物にしたことに始まる。彼らはコルト・ガバメントは白人のための銃であるという訳のわからない根拠もない持論を有している。
一方、リックことリチャード・オコンネルとジェイことジェイソン・チャップマンはチャイナタウンにあるエンジェル・パンダの本部ビル周辺に張り込みしていた。キンバーのポールとSVのザック以外の連中がエンジェル・パンダを襲撃する可能性を考慮していた。リックは世界最強のリボルバーとされるS&WのM500の長銃身モデルを、ジェイはLAPDでグロックと並び多く使われているS&WのM&Pをそれぞれ手にしていた。ジェイはリックと組む仕事が好きである。なぜならジェイはリックに片想いしているからである。先述したようにジェイはゲイである。ただ、それは叶わぬ想いであることはジェイ自身も知っている。リックは敬虔なカトリック信者であるため同性愛には否定的であるし、四人の子供を持つ家庭的な男だからである。
「なあ、ジェイ、『ガバメンツ』とか言うくらいだから、ほかのガバメント使いの半グレ野郎がいるってことだろうな」
「ああ、俺の調べだと先日チェイスバンクに強盗に入った奴が『ウィルソンコンバットのウィリー』と『SIGのジェシカ』と名乗っていたらしい。」
「ジェシカ?女もいるのか!」
「ああ、目撃者の話だとモデルみたいな金髪美人だってさ。ウィリーはリックと同じくらいガチムチだそうだ」
「おい、よせよ……おっ、見ろよ」
エンジェルパンダの本部に黒いメルセデスのSクラスが停まり、中からエンジェルパンダの組長であるアラン・チョウと若頭でナンバー2のガストン・リュウが出てきた……そして本部ビルに入っていった。
「リック、あの二人が揃っているのも珍しいぜ。最近あの二人の関係あまりよくないらしいからな……アラン・チョウは第二次世界大戦後国民党の軍にいたが共産党との争いに敗れてアメリカに逃げてきたのに対し、ガストン・リュウは元々四川省からスタンフォードに留学してきてそのまま居ついたから思想的に合わないという情報がある。」
「もしかしてガストンは中国共産党の手先とか?」
「そこまでは俺もわからなかった。可能性はないとも言えないけどね」
「とりあえずこっちは不穏な動きはなさそうだな、今のところ」
そう言うとリックはアービーズで買ったローストビーフ・サンドイッチに食いついた。
ポールとザックの隠れ家のある303号室へと階段を静かに上っていくシャキールとジョージ。シャキールはモスバーグのショットガンを両手に持ち、ジョージはB&Tのコンバージョンキットのストックを伸ばしている……二人とも臨戦態勢である。
「シャック、聴こえる?」パトリシアからの通信がインカムに入った。
「どうしたパティ、なにかあったか」
「こちらから見る限り、室内には少なくとも四人いるわ。ただ……肝心のポールとザックが見つからないの。気を付けて」
「了解。」
ジョージがシャキールになにがあった?と訊くのでパトリシアからの情報を伝えた。
「シャック、もしかして気づかれてる?」
「その可能性はあるな。でもどこから逃げやがったんだ」
そう言いながらも303号室の前に着いた。
「だとしたら、こっちは手早く済まそうぜ!」
そう言うとシャキールはショットガンをドアノブに向け撃った!直後ジョージがドアを蹴飛ばして開け、二人は室内に突入……ところが!室内にもバッドバグの構成員の若い連中がハンドガンやSMGで一斉に応戦してきた!
すぐさまシャキールはバスルームに、ジョージはトイレにそれぞれ隠れる。
「おう!ポリ公ども、出てこいよ!お前らが来る前にポールとザックは東亜銀行に向かってるから!残念だったな!」
残念なのはこの雑魚どもだ。自分たちの兄貴分の居場所を教えてどうする。しかも東亜銀行……このロサンゼルスにも支店を出している中国系の銀行である。エンジェルパンダは大陸からの送金を東亜銀行経由で受けているということで、そこを襲撃してエンジェルパンダをけん制しようということか。
「シャック、ここは俺とアリス達に任せてポールとザックを追ってくれ!」
「ジョージ、大丈夫か?」
「ああ、アリスとパティはビルの屋上でここを狙っている。」
「よし、わかった!じゃ、せーの!」
合図と共にシャキールは室外に出てジョージはカービン化したグロックで一気に室内に突入した。グロック17は銃のフレーム部分をプラスチックにしたパイオニア的拳銃として有名であるが、この銃の真の怖さは別にある。トリガーを引ききった後、安全部分まで戻さず途中で止めてまたトリガーを引くと第一発目より軽い力で引ける上にそれを繰り返すとまるでフルオート射撃のように素早く発射できるのである。しかもB&Tのキットでカービン化しているので安定感が増し精度が上がる。
ジョージはグロックを連射してあっという間に四人のうち二人を行動不能にした。残る二人の銃撃をうまく室内の家具などで防ぎながら弾切れを待った。すると、「パーーーーン!!」と言うガラスの割れる音がしたかと思うと窓の近くにいた一人の雑魚が倒れた。アリスが援護射撃をしたようだ。
「残る一人か……」
一方、シャキールは愛車のレクサスRCFを飛ばして東亜銀行に向かっていた。「待てよ、東亜銀行は二つあったな!エルムセンターとチェンチェンプラザと……どっち行く気だ?」
シャキールは考えた……ポールとザックの性格からしてより自分たちの名前を売りたがっているに違いない。だとしたらショッピングセンターであるエルムセンターの支店を狙うのではないかと。でも念のためチェンチェンプラザのほうにも誰かを向かわせる必要がある……
「もしもし、リックか!」シャキールはリックに電話した
「おお、シャックか、なにかあったか?」
「ポールとザックは東亜銀行を狙っているらしい。でも二つのうちどっちかわからない。俺はエルムセンター行くからそっちはチェンチェンプラザのほう行ってくれないか?」
「そういうことか、了解!」
リックはフォード・ブロンコのエンジンをかけるとUターンしてチェンチェンプラザに向かった。
一方、スキッド・ロウのアパートメントの303号室ではジョージのグロックが先に弾切れしていた。相手の雑魚もSMGの弾は打ち尽くしたがさらに5連発のリボルバー「チャーターアームズ・ブルドッグ」を構えていた。
アリスとパティが隙を見て射撃するも、窓の側には近寄ろうともしない。
「まいったな……さっきまで狂ったように撃ちまくっていたのに急に冷静になりやがった」とジョージ。
「へへーんだ、ジャップ野郎!お前さてはもう弾切れだな。なあ、出て来いよ!その時はお前の頭は銃弾で打ち抜かれてるだろうけどな!」
勝ち誇ったように言う雑魚……ジョージはウォークインクローゼットの中に隠れている。雑魚との距離は約2メートル。
「よし、いける!」ジョージは決意した。
ジョージはクローゼットにぶら下がった木のハンガーをブーメランのように雑魚に投げた。
「くそっ、なにしやがる!」と雑魚はそれを避けた……その瞬間!ジョージはパーフェクト・マスをまっすぐ雑魚の腹部に突いてダメージを与えた後、思い切り横にマスを振り回して雑魚の体を叩き飛ばした!雑魚は血だらけになり、体をピクピクしながらもう抵抗できない状態になっていた。
「アリス、パティ、こっちは全員戦闘不能だ!援護射撃ありがとう。」とインカムでジョージはアリスとパティに礼を言った。
「ジョージ、シャックはエルムセンターの東亜銀行に向かったわ。リックとジェイはチェンチェンプラザの東亜銀行に行ってる。どっちかにポールとザックが行くはずよ!」とパトリシア。
「わかった。俺はエルムセンターに行く。」とジョージ。
「パティ、あなたはチェンチェンプラザに行って!私はジョージと一緒にエルムセンター行ってみるわ」とアリス。
「あらあら、お熱いわね」とパトリシア。
「そ、そんなんじゃないって」とアリス。
こうしてジョージとアリスとパトリシアは合流して、ジョージとアリスはジョージの日産アルティマに、パトリシアは自身の愛車フォルクスワーゲン・アルテオンに乗ってそれぞれの目的地に向かった。
エルムセンター……正しくはエルムセンターショッピングセンターという……このショッピングセンターはアジア系資本の店が色々と入っており、例えば日本の吉野家やダイソーが入っている。シャキールはエルムセンターに着くと、コートに銃器を隠して一般客を装ってショッピングセンターに入っていった。目指すは勿論この施設内にある東亜銀行。東亜銀行までは特に何もなくたどり着いた。店内に入っても特に変わった様子はない……たまたまなのか、客は一人もおらず、行員のみであった。
「チェンチェンプラザのほうに行ったのか……!?」
気づいた。行員はよく見たら全員白人であった……中国系銀行なのに!
よく見たら、本当の中国系行員がカウンター後ろの奥のほうに座らされていた。縛られているようである。
「よく来たな、LAPDの暴れん坊さんよ……待ってたぜ」
SVのザックが出てきた。行員の振りした3人、本来の行員を銃で脅しているのが一人、そしてよく見たら店の入り口の前に一人、そしてザックとポール…七人もいるのか。
「お前がスピードキングを勝手に壊滅させやがった刑事か」とポール。
「ああ、お前らにことわる理由なんてないからな」とシャキール。
「おまえら、こいつを殺っちまいな」とザックが言うと行員の振りした三人が一斉にハンドガンを構えてシャキールに一斉に発砲した……がそれを予測したシャキールは銀行の椅子の陰に隠れて避けた。そして一瞬椅子から出て走りながらM945で行員なりすましの三人の頭部を正確に撃った!三人とも即死。
M945はS&Wのカスタム部門、パフォーマンスセンターがコルト・ガバメント系の銃が競技会を席捲しているのに対抗してM645をシングルアクション化し操作系をガバメントと同じにしてバレルの精度を高め、究極の45ACPハンドガンを目指した銃である。スライドにうろこ状のすべり止めがあるのが特徴であるが、シャキールはなぜかこれをアラベスク模様のようだと気に入っている。そして、シャキールはFBI時代から射撃に関してはトップクラスであった。IPSCなどの競技会でも何度も上位に入っており優勝経験もある。精度の高い銃と名射手の組み合わせにかかったら銃器に慣れていない雑魚ども数人くらいあっという間である。
「おい、おっさん、こいつらの命がどうなってもいいのか!?」
今度は本当の行員をアサルトライフルで脅しているバッドバグの構成員が叫んだ。
「そうだぞ、おっさん……まさか、人質の命を無視して俺たちとバトろうなんて思ってないよな?」とザック。
「銃を捨てて手を挙げるんだ」とポール。
「わかった。銃を捨てるからその3人は解放するんだ」とシャキールは言いながらM945を床に置いた。
「ふふん……いいだろう。おいジェイド、そいつらを店の前に出してやれ」
あの行員を脅していたのはジェイドというのか。ジェイドは三人を縛っていたロープをほどいた。そして銀行の出入り口からまるで突き飛ばすかのように外に出した。やれやれ、彼らにも良心はあったか……と思った矢先に外から三発の銃声が!
「おいおい、ジェイド、こんなイエロー達を解放してやるなんてポールのだんなも優しくなったもんだなあ!」どうやら外で見張っていた男が撃ったらしい。
「サム、騒ぎをこれ以上大きくしてどうするんだよ!今LAPDの刑事一人だけ抑え込んでるけど、これじゃ多くの警官どもが来ちまうだろ!」
外で見張っていた男はサムというのか。
「ジェイド、俺もさすがに殺しちゃあいねえぜ。簡単に逃げねえよう脚を撃っただけだからな」
外のエルムセンターは既に大騒ぎになっており、買い物客はパニックになっていた。ジョージとアリス、そして他のLAPDの警官たちが来たのはサムが行員を撃った数分後のことであった。ジェイドとサムは警官たちに銃器で応戦してきて激しい銃撃戦が行われた。しかし多勢に無勢、サムは警官の撃ったハンドガンに腹部を撃たれ倒れ、ジェイドも弾切れと共に手を挙げて降伏した。
「おい、あと中に何人いる!?」とジョージはジェイドの首根っこをつかんで言った。
「あ、あとはポールとザックの兄貴と、LAPDのアラブ人の刑事だけでさあ……刑事はここにいる人質解放のために銃を捨てたけどな」
「そうか、じゃあもう、中には『人質』はいないんだな」
「え!?あの刑事は……」
「シャックのおっちゃんをたかだか二人くらいで『人質』にはできないぜ」
その頃、東亜銀行の店内ではポールがシャキールを後ろ手に縛ろうとしていた。だが、そのときシャキールはこう言った。
「よし、もう人質の命は気にする必要はねえな」
「はあ?てめえが人質だってえの」
しかしポールがそう言い終わるか終わらないかのところで、シャキールは一瞬で振り返るとポールの手をねじ上げて上体を反らせて押し倒した。そしてポールのキンバーを奪いポールの額に当てた。
FBIではイスラエルの格闘術「クラヴマガ」を習うが、シャキールはその中でもトップクラスのブラックベルトのレベル5の腕前である。
「ポール、お前はイキってたけど所詮本物の殺し合いしたことないな」
「お、お、俺だってストリートファイトじゃ負けたことないぜ…うっ」
いつの間にシャキールはポールの頸部を締めて落とした。
「残るはお前だけだ、ザック!」シャキールはキンバーを左手に持ち替えながら床のM945を拾い物陰に隠れた。ここまでわずか40秒。
「おっさんさあ、俺のSVはそんじょそこらのガバメントと違うぜえ……普通の倍弾が入るんだぜえ……死ねよ」
と言うか言わないかで発砲してきた。
「なぜポールを助けなかった!?」
「あー、だってたまたまポールの体のほうが俺のほう向いてて当たっちまうからな、ただそれだけ」
シャキールはM945とキンバーの二丁拳銃でカウンター越しのザックと激しく撃ちあう。窓口のアクリル板はボロボロに割れ、書類等も散乱しまくった。
ただ、打ち方のスタイルが違った。ザックは弾数にものを言わせ闇雲に撃ちまくっているように思われる。対してシャキールは左手のキンバーで威嚇しつつ右手のM945 で狙い定めている。
そしてザックが弾切れをしてマガジンを入れ替えようとした時、シャキールはいっきに詰め寄ってカウンターの上に飛び乗ってザックに狙いを付けた。
「チェックメイト」
シャキールはザックの腕を撃った。そしてザックのSVを奪うと銀行の出入り口に向かっていき、ドアを開いた。ドアの向こうにはジョージとアリス、そしてLAPDの警官達がいた。
「ガバメンツとか名乗るイきり野郎のポールとザックは行動不能だ。確保してくれ」
警官隊が一気に突入した。
「シャック、あんたにしては優しいな、今回の暴れ方は」
「そうか?」
「昔のシャックなら二人ともギタギタに引き裂かれてミンチになってただろう」
「おいおい、それは言いすぎだぜ!そこまでしたことないぜ」
「それに近いのはあったけどね」
「ねえ、ジョージ、シャック、これからジョージの実家の日本料理屋で食事でもしない?」とアリス。
「ジョージの実家……俺が食えるものあるのか?」
ジョージの実家は日本食チェーン店を展開している。だが、その看板メニューは「豚カツ」である。ムスリムのシャキールには食べられない。
「ああ、それなら安心して。最近うちの店でもハラルメニューとかヴィーがんメニュー用意しているから。ラムカツとかどうだ?」とジョージ。
「ラムか、それならいいな!」とシャキール。
そこへリックからインカムで連絡が来た。
「楽しそうなところ悪いが、どうやらエンジェルパンダのガストンがこの件で本気で怒ったらしい……バッドバグに宣戦布告しやがった。これからますます忙しくなりそうだぜ。」
「でも、ラムカツは食べたいわ」とパトリシア。
「そうそう、リック、まずはスピードキング壊滅とガバメンツの二人を逮捕できた祝いに打ち上げでもしないか」とジェイ。
「よし、18時に店に集まるか」とシャキール。
心の中では「また遅くかえって義母さんに叱られるな…」と思いながら。