9話:初動が大事!
レイド前日、子供と老人の外出が禁止になった。
娼館も営業停止。貴族が町の中心にある塔に避難し、全ての権限が現場の指揮官である赤目の大佐に移行していく。
鐘が鳴るかどうかの確認作業の音や誰かの歌声が聞こえてくる。緊張からか喚き散らす表の魔法使いもいるようだがすぐに誰かに殴られ声は消えていた。
各々が淡々と作業をしていく。鉄の取り分について言い争っている者たちもいるようだが、俺は特に揉めることはなかった。
右腕の限界が来るのが先か、レベルがなくなるのが先か。
朝から、少し遠出をして、大型の魔獣を狩ってきた。罠ではなく、真っ向勝負。使える武器は片手剣のみ。相手は4メートルほどのサイクロプスだ。
鹿を食べているところを邪魔した。深呼吸を繰り返し、全身に酸素を行きわたらせ、一気に距離を詰めて血管を狙って切っていく。どんな大きさの魔物でも心臓というポンプがあって血管という管があれば、管に穴を空けて血液を体外に放出することができる。
骨まで断つなら斧の方がいいし、内臓を狙うなら槍で突き刺すのがいい。剣はほぼ刃でできているので、管を切るのに向いている。
サイクロプスの膝の裏、腿の内側、手首、脇、首筋と順番に切っていくと徐々に辺りは血の池ができ始めた。呼吸は荒くなり、動きも鈍くなる。膝をついてしゃがみこんだところを、左鎖骨の上から真っすぐ下に向けて剣を突き刺し、心臓を一突き。
胸を突き刺すと肋骨に邪魔されるので、身体の構造を予想して、柔らかい場所を探っていくのがいい。
経験値も十分稼げた。
あとはゴーレムの構造を考え、関節部の弱い箇所を確認することに。死霊の腕だけでは限界もある。剣で倒してレベルも上げつつ、右腕の力を使ってバランスを取っていこう。
そんな考え事をしながら門をくぐると、町人の皆がなぜか俺の方を見てギョッとしていた。気づいていなかったが、俺は全身血まみれだった。
「いや、自分の血じゃないから安心してくれ」
とりあえず、俺を泊まらせてくれない宿の裏の井戸で全身を洗って、洗濯をする。宿の主人が怒ってきたが、無視して汚れた剣も洗う。随分刃こぼれしてしまった。
「おい、石鹸と砥石はないのか?」
「あるわけないだろ! なに考えてんだ!? 早く立ち去れ!」
「減るもんじゃないんだからいいだろ。お、石鹸はあるじゃないか」
石鹸で服と全身を洗っていると、表の魔法使いたちが見に来た。
「主人、ここは私に任せて、この愚……」
表の魔法使いの一人が喋り始めたので、喉元に洗い立ての剣先を当てた。
「お前の頸椎を砥石に使おうか?」
「い、いや……」
「宿で遊んでる暇があったら、レベル上げて来いよ。王都のエリートなんだろ?」
濡れた服と靴を持ち、宿を出る。
あの程度の動きに対応できないのなら、表の魔法使いは頼りにならないかもしれないな。
拠点のゴーレム整備屋で、洗濯物を干して剣を研ぐ。
「砥石だけはたくさん用意したんだ」
整備屋はそう言って、胸を張っていた。
「その方がいい。剣が折れたら、戦場で拾ってくる」
「え……?」
たくさん剣を用意されても戦場で使えなければ意味がない。高い買い物をされるよりも、修理可能のものの方がいい場合もある。どうせ戦場に行けば誰か死ぬ。死んだ奴らの武器を借りるだけだ。
「そういや、解体屋の友達いなかったか?」
「いるぞ。呼ぶか?」
「ああ、ゴーレムの柔らかい部分が知りたい。内部に剣を突き刺せる関節とかでもいいから情報が欲しいんだ」
「おう。すぐ呼んでくる」
連れてこられた解体屋にゴーレムの解体の解説をしてもらった。整備屋がレイドでやってくるゴーレムの模型まで作っていたのでわかりやすい。
「ゴーレムとはいえ関節の伸びきってる部分は鉄板じゃないんだ。隙間があれば刃物を差し込めると思う。俺たちはバールを使って、てこの原理で外すんだけど……」
「そんなに簡単に外せるのか?」
「曲がってなければ、意外に一人でできる」
「スピードが付いて勢いがあれば、差し込んで方向をずらすだけでもいけるかもな。内部は?」
「歯車や骨組みは固いし重い。時間がかからないのは胸部の中にある管だ」
「人間の血管と同じか?」
「なるべく後ろ足に繋がる管を狙ってくれ」
俺たちが店の扉を開け放って喋っていたら、外から声をかけられた。立っていたのは黒づくめの男。囮班のリーダーだ。
「リーダーか」
「勉強熱心で何よりだが、実践で使えなきゃ意味ねぇぞ。新人」
「何も考ええずに突っ込んで、どうにかなる相手ならこんなに班が分かれてないだろ?」
「そりゃ、違いねぇ。表の魔法使いから苦情が来た。何かやったか?」
「宿の井戸で身体を洗って洗濯しただけだ。なにか問題があるか?」
「いや、ねぇよ。レイド中は赤目の大佐がこの町のルールだ。貴族だとか王都だとか関係ねぇ。くだらねぇ揉め事があっても気にするな。一番死ぬ前線の奴らを手伝えない奴は町から出てけっていうのが大佐のルールだ。それだけ言いに来た」
「それだけ……? 悪かったな、リーダー。手間取らせた。この石鹸使うか? 臭いを探知するゴーレムがいたら寄ってくるんじゃないかと思って、宿で盗んでおいた」
「ニハハハハ! ありがとよ」
「フローラルな香りがするぜ」
囮班のリーダーは笑いながら、石畳の上を滑るように去っていった。
「俺、あの人が笑ってんの始めて見た」
「俺もだ。キリュウ、あんた気に入られたんじゃないか?」
「味方に殺されないように気を付ける」
レイド当日、昼間までしっかり寝て、日暮れに備える。
飯は少量で疲れない程度に。
徐々に町から馬鹿笑いする声も消えていった。
簡単な決起集会みたいなもので、赤目の大佐が、全員の前に立った。
「守るべきは町人と自分自身だ。レイド中は地位を忘れろ。やる気のない無能が塔に固まっているだけだ。意図した行動であれば、命令、確認なしに動いていい。必要以上に信用しろとは言わないから、後ろは気にするな。諸々、用意できれば出発してくれ。日暮れと共に門を閉める」
よく通る声で言っていた。
門前で支援班のコマチたちが各班に支援魔法をかけたりしていた。初めての俺には、それがどれくらい役に立つかはわからない。
ゴーレムの群れが来ると予測されているのは町の北方面。何度もレイドが発生しているから、踏み固められて禿山のようになっている。
落とし穴の罠を中心にVの字型に前線を展開。早起きクマさん等の裏の魔法使いや冒険者、衛兵たちが配置されている。
表の魔法使いたちは少し離れた場所から、魔法でゴーレムを迎撃するらしい。空飛ぶ箒の部隊もいたはずだが、ゴーレムが遠距離攻撃をすることがあるとわかって飛ぶのは止めたようだ。
俺たち囮班は遊撃隊として、岩の陰やいろんなところに潜伏している。皆それぞれゴーレムの勢いを殺すため、罠や呪いの確認をしていた。
俺は深呼吸をして酸素を体中に溜めておく。
「意味があるのか。その呼吸?」
近くで潜伏していた奴に話しかけられた。
「無酸素で動き続けられるように、今のうちに溜めてる」
簡単に説明して集中する。
すぐに鐘の音が聞こえた。門が閉じているだろう。
防壁の上にあるカタパルトや旗を持つ軍人、前線を一度だけ振り返って位置を確認。今か今かとゴーレムを待ち受けた。
「久しぶりの感覚だ」
誰かに試されるのは竜騎士の試験以来か。
感覚が研ぎ澄まされるほど、周囲の200メートルほどの状況が手に取るようにわかる。
囮役として参加し小便を漏らしている者。武者震いが止まらずに自分の足を叩いている前線の盾役。ごくりとつばを飲み込むカタパルトの砲撃班。砂塵に目をつむる最北端に立つ囮班のリーダー。そのリーダーが動いた。
最初の一頭が来たらしい。
リーダーが合図の花火を打ち上げた。
ゴーン。
鐘の音が鳴り響く。
ザシュ……ザシュ……。
薄暗い日暮れ時に、重量のある足音が一定の速度で聞こえてきた。
数秒後、全身を鉄で覆われた体高が3メートルほどもあるゴーレムが現れた。四肢を使って跳びはねるさまは虎に似ている。着地の時にできる窪みや、巻き上がる石でその重量が見て取れた。
最初に一頭はリーダーが靄に包んで戦闘不能にしていた。どういう能力なのか未だにわからない。
すぐにゴーレムの群れが地鳴りを立てながら押し寄せてきた。
数えられないほどの虎型のゴーレムが前線に向かっている。
「ちょっとズレてるか?」
このままゴーレムが一直線に町に突っ込むと落とし穴の罠よりもちょっとズレていて、V字の片方の前線が一手にゴーレムの群れを引き受けることになる。後ろには表の魔法使いたちもいる。
動いたのは俺とリーダーだけだった。
先頭グループを走るゴーレムの上に飛び乗り、頭部と胸部のつなぎ目に剣を差し込み、てこの原理で鉄板を外す。後は下腹部に伸びる管を潰すだけ。整備屋たちが言っていた通りだ。
バチバチッ!
静電気のような音が鳴り、紫色の煙を立てて動きを止めた。そこに後ろに続いていたゴーレムがぶつかってきた。
俺は体勢が崩れたゴーレムに飛び移る。
鉄板を外すと時間がかかるので死霊の右腕を使い、同じ場所を握りつぶす。走りながらそれを繰り返していく。ゴーレムと同じ速度で走ることができれば、それほど難しい作業ではない。
ゴーレム同士が4体もぶつかり積み重なると、それを避けるために速度が落ち、方向も変わる。二手に分かれたゴーレムの群れが、前線にぶつかっていった。
盾役たちは難なく受け止め、落とし穴の罠へと誘導している。
「初動は上出来! さらに来るぞ!」
囮役のリーダーの声が聞こえてきた。
「了解!」
レイドが始まった。