6話:表は昼、裏は夜
ゴーレムに見られながら、町の塀を見上げる。
町の各所から煙が立ち上り、カンカンカンカンという金槌の音が聞こえてくる。
門兵はあまりやる気がないのか、寝ぼけ眼で俺の顔を見ていた。
「おい、歩きで来るなんて王都からの避難民だろ? これ以上西へは行くなよ。最後の砦しかない。あそこは実験場という名前の処刑場だからな。ここが西のドン付きだ。ちょうどレイドの季節で良かったな。冒険者は募集してるよ。その腕でなれるならなぁ!」
門兵は俺を見て嘲笑っていたが、しっかり財布を抜いておいた。なるべく死霊の腕を使っておきたかったので心臓でもよかったのだが、レイド(強襲)というのが気になる。揉め事は避けておくことに。
フードを被っていたコマチはやけに門兵に絡まれていた。俺はその門兵の財布を死霊の腕で当然のように盗んだ。
「どうでもいいけど、盗賊が逃げたぞ。いいのか?」
街中を指さして聞いてみると、門兵は尻ポケットを確認してから血相を変えて走っていった。
町の中に入ると、そこら中で鍛冶屋と思しき男たちと魔法使いが喧嘩をしていた。
「衛兵でもねぇのに街中で魔法を使うのはご法度だって何回言えば気が済むんだ!?」
と、鍛冶屋の丁稚が凄めば、
「鉄はどれくらいで溶かせるのか聞いただけだろ? これだから田舎者は」
などと魔法使いたちが返している。
「なんだとっ!?」
丁稚がローブの胸倉を掴もうとすると、魔法使いはひらりと躱して魔法の水球を放つ。
水をかけられただけなので鍛冶屋も笑っているが、ポケットから金槌を取り出していた。
「おらぁ! かかってこい! この野郎!」
丁稚の声が街中に響く。
「賑やかな街だな。早いところ宿でも取って、武器を買いに行こう」
「どの口が言ってるんですか? お金なんてないじゃないですか」
俺の後を付いてきているコマチが聞いてきた。
「門兵から財布を貰たんだ。服も揃えておきたいし、いろいろ入用だろ?」
「死霊の!?」
コマチは大声で言って、自分の口を塞いでいた。
「……腕を使ったんですね? お金は使わないんじゃなかったんですか?」
ぴったりと側に寄ってきて聞いてきた。
「気が変わった。使える物は何でも使うことにする」
近くの宿に入って、宿の主人に財布ごと渡した。
「2人部屋を用意してもらいたい」
宿泊客は多かったが、宿の主人は財布の中身に気を良くしたのか、すぐに部屋を用意してくれた。
「なんなりとお申し付けください」
宿の主人は自分の財布袋を盗まれたことも気づかぬまま、笑顔だ。
「この腕があれば、取りたい放題だな。盗賊系のスキルを取っておくか」
「また、死霊の腕で盗んだんですか?」
コマチは青筋を立てて、俺を見ていた。
「心臓を抜くよりはいいだろ?」
森の中では気づかなかったが、町でこれだけ人が集まっている場所なら盗みも暗殺もやりたい放題だ。
とりあえず、俺たちは井戸で自分の体と服を洗濯。洗濯紐に干してあった生乾きの他人の服を拝借して、再び町に出た。
「硬くて丈夫な剣か槍が欲しい。これで足りるか?」
鍛冶屋のカウンターに宿屋の主人の財布袋を置いた。鍛冶師は中身を確認して大きく頷く。コマチは俺の金遣いに頭を抱えていたが、悩む必要はない。鍛冶師も笑顔だ。
「レイドに間に合わせればいいのか?」
俺の見えない腕とコマチを見て、鍛冶師が聞いてきた。
「そのレイドというのは何だ? 強力な魔物でも来るのか?」
「お前さん、知らずにこんな僻地まで来たって言うのかい?」
「王都から避難してきたもんでね」
噓つきは泥棒の始まりとよく言うが、泥棒は嘘をつくのを何とも思っていないというのも付け足した方がいい。
「そりゃあ、大変だったな。もうすぐ森ん中にあるダンジョンからゴーレムの群れがやってくる。毎年恒例でね。この町じゃ大量に鉄が手に入るから稼ぎ時だ。この時期はあんたたちみたいな冒険者が多いんだ」
冒険者がゴーレムを倒して、鍛冶屋が鋳潰しているのだろう。
「それにしてもゴーレムのレイドなんて珍しいな」
「大昔、ここら辺はドワーフの住処だったって話だ」
ドワーフは絵物語でも鍛冶仕事が得意な種族だったはず。
「だからこの町の鍛冶屋は腕がいいんだな」
どうしてか今日はなんでも口から出てきそうだ。
「わかるか?」
「刃の扱いを見れば一目瞭然さ」
「片腕でも冒険者やってるんだから、そりゃ熟練だよな。扱いやすそうなのを選んでやるよ。その腕なら片手剣の方がいいんだろう?」
「助かる」
鍛冶師は鋼鉄の片手剣をわざわざ研いでくれた。ついでと言って、コマチのナイフまで見繕ってくれた。よほど財布袋に金が入っていたらしい。
「それより、どうにかならねぇのか、あの魔法使いどもは……? 同じ魔法使いでもこうも違うかね。王都ではあんなのが偉そうにしてんのか?」
鍛冶師は空を見上げて愚痴った。空には箒に乗った魔法使いたちの姿がある。
「王都がアレで大変なんだろう」
適当に話を合わせて誤魔化す。俺が最後に見たこの国の王都は、竜の息吹で焼けていたはずだ。今頃、竜騎士の仲間たちは帰って宴会三昧だろうな。
負けた方も王都から避難して、田舎で憂さ晴らしでもしているのか。
「そうは言ってもな。あれじゃ、表の魔法使いは演芸でもやってた方がましだ」
「裏の魔法使いたちはどこにいるんです?」
コマチはそう言えば見ていないと、鍛冶師に聞いていた。
「あ? そりゃ、夜になれば……」
ゴーン、ゴーン、ゴーン!
突如、町中に鐘の音が鳴り響いた。
店の外で喧嘩していた町人たちも一斉に手を止めて、どこかへ走り出していた。
「お、もう夕方か……」
鍛冶師も急に店の武器を片付けて、なんだかよくわからない鉄のガラクタを棚に並べ始めた。
「なにをやってるんだ?」
「え? ああ、仕事だよ。昼の鍛冶屋は冒険者相手の副業で、本職はこっち」
鍛冶師はそう言って、鉄の筒から炎を出した。火炎放射器か。
「あんたら、今日この町に来たばっかりだったな。悪いことは言わねぇ。あんまり夜は出歩かねぇことだ」
「どうしてです?」
「裏の魔法使いたちが起きてくるからだよ。ほら、日も暮れてきた。急がねぇと早起きクマさんがやってきちまうよ」
俺たちは鍛冶師に店を追い出されて、通りに出た。
今まで調子に乗っていた表の魔法使いたちは皆、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
空を飛んでいた者たちも町の中心地にある塔に向かっている。最後尾で飛んでいた魔法使いが、黒い靄のようなものに捕まっていた。叫び声を上げているが、靄に取り込まれてそのまま消えてしまった。後には叫び声だけが残っている。
それまで閉まっていた店も、一斉に開店して、淡い光を店先まで照らしている。徐々に町の様子が変化してきた。
「おーれーは村中で一番~、毛深い~と言われ~た男~」
歌が聞こえてきた。振り返ると、二足歩行の毛深い大きなクマが大槌を持って歩いている。
「何度見てもクマだよな?」
「クマですね……」
俺たちは何回か、目を拭ってから見たが、やはりクマが歩いているらしい。
「獣人の血が濃いのか?」
「そんなんじゃねぇよ……」
いつの間にか俺の後ろに軍服の男が立っていて話しかけられた。
「クマは元々コロシアムの剣闘士だったのさ。それがあのクマになる呪いをかけられちまって、裏の魔法に魅せられてこの僻地の町まで辿り着いちまったんだ」
仕立ての良い灰色の軍服で、靴は革靴、蓬髪で肌は真っ白。顔の右半分が鉄でできていて、目には赤い宝石のような石が嵌っている。
「この顔が珍しいかい? あんたも珍しい右腕を持っているね。蛟か……」
軍服の男は見えていないはずの死霊の腕を見ていた。
「まぁ、レイドまでは滞在するんだろ? あんたらには悪くない町だと思うぜ。裏の魔法使いの町は夜型だ」
そう言って、町の中心街へと歩いて行った。
日も落ちて、町のそこかしこから奇声と笑い声が聞こえてくる。
鍛冶屋の煙に紛れて、星が輝いていた。