4話:魔女狩りと死霊
大森林で死体をそこら辺に置いておくと、魔物に喰われるだろう。人間の味を覚えた魔物は必ず村や町を襲うようになる。
死体を埋めるのは、古くからの不文律だ。
「知り合いだったんだろ?」
コマチに聞いた。
「昔の学友です。魔法学校の……」
魔法使いの学校なんてあるのか。碌でもない国だ。
「こっちの死霊術師は?」
「ゴミです」
狩られるような魔女に言われるくらいだから、本当にゴミなのだろう。二度と出てこられないよう深く埋めておいた。
御者をしていたのは実体のない魔物だったらしく、衣服を残したまま消えてしまった。
「どうだ? この魔犬の腕は使い尽くしたか?」
埋め終わり、コマチに右腕を見せながら、聞いてみた。
「足りませんよ。それに今、腕を変えるとゴミの腕になりますけど、いいんですか?」
あの青っ白い細い腕になることを思うと、このままの方がまだいい。
「呪いもなかなか難しいもんだ」
馬車の中に使えそうなものはほとんどない。自白剤やら痺れ薬などもあったが、魔物相手には使えないだろう。
「金目の物はいいのか?」
「ええ」
コマチは自ら馬車ごと焼いていた。残された馬はゆっくり道を戻っていった。馬は元々頭のいい動物だ。魔物に襲われなければ、元居た場所に帰れるだろう。
「才のある娘だったんです。魔法だけでいえば学校でも一番の成績でした。でも、外ではその才能はなんの意味もなかったようです……」
金髪の美少女の話をしているらしい。すでにあの美少女は地面の中。馬車の中にもいないというのに、コマチは炎を見て思い出したようだ。
「どこで能力を発揮するのか見極めるのも才能だろ」
学校を出たという貴族出身の竜騎士は、騎士の基礎動作という癖を捨てるのに苦労していた。
「コマチはあの娘に学校で蹴落とされたか?」
「ええ、何度も。何もかも、ついぞ勝てませんでしたね」
「じゃあ、死んでいい気味じゃねぇか……」
「そう思ってたんですけど、違うみたいです。求められる居場所もない私の方が生きながらえている。こんな気持ちになるとは……」
コマチは炎を見ながら険しい顔をしていた。
日も暮れてきた。
「で、あのゴミの死霊術師はなんでこんなところまで来たんだ?」
道があるとはいえ、大森林のど真ん中である。用がなければ来るような場所じゃない。
「ミス・カリエターナと言っていたので、おそらく魔女の死霊がこの近くにいるようです」
「有名な魔女なのか?」
「表にも裏にも属さないはぐれ魔法使いの連合のような団体を作った魔女です。彼女は決してどちらにも屈せず隠遁生活を始めたと伝わっています。それでもことあるごとに彼女の影響は表れて、恐れをなした貴族たちが、彼女の仲間を火あぶりにしたのが、今の魔女狩りの始まりとされていますね」
「物知りだな」
「知らなきゃもっと早く狩られてます。隠遁先は誰も知らないはずなんですけど……」
「あのゴミはどこで知ったのやら、か。死霊ってことは死んでるんだろ? 何かいいものでも持ってるのか?」
死んだ人間に用はないが、持ち物には何かあるかもしれない。
「カリエターナは竜と契約をしていたという噂はありますよ」
竜は俺の復讐相手だ。
「確認しておくか。あいつが現れたのはこっちからだったな……」
俺は死霊術師が現れた方向へ歩き始めた。
獣道がいくつか通っている。新しい踏み跡を追ってみることに。
大森林には時々、大木を見かける。大木は枝葉を広げ、その下には光が差さず、他の植物は成長できない。いつしか大木は雷に打たれ倒れる。そこには倒れた大木と、背の低い草が生えている空間だけが広がっている。
どうやら有名な魔女はそこを住処とし、仲間と共に暮らしたらしい。中心には井戸があり、倒れた大木を家の材料に使っていた。
きっと人がいた頃は青々とした木々が伸びている集落だったのだろう。
今は人の気配はなく、周囲には緑ひとつ生えていない。枯れ木と枯れ草に覆われて、荒んでいる。大森林では珍しく、地面がむき出しのまま見えていた。
集落は全体的に灰色。家もすべて焼けて半壊していた。
「古い焼け跡だ。竜の恨みでも買って焼かれたか……」
「井戸に死体があります」
コマチは井戸の中を覗いて報告してきた。
俺のも覗いてみると、3体の死体が折り重なるように井戸の中に積まれていた。
「カリエターナの死体はありません。あれば、あの死霊術師が蘇らせていたでしょうから」
「じゃあ、どこにあるんだよ?」
「さあ、それはわかりません」
「竜の痕跡も見つかってないし、無駄足だったな。何もなくて魔物もいないってところだけはよかった」
枯れ枝を集めて焚火をして、とっとと寝る。
変な臭いと妙に頭が熱いと思って起きてみれば、髪の毛が焼けていた。焚火に近づき過ぎたかと周りを見ると、指先から炎を放つ死霊が集落を飛び回っていた。
「竜騎士さん! 起きてください! 焼けてますよ!」
コマチが死霊に追いかけながら叫ぶ。
俺は急いで自分の頭を叩いて火を消し止め、立ち上がる。
「どうして起こさなかった!」
「起こしましたよ! どんなに揺らしても叩いても起きなかったのは竜騎士さんの方です! 助けてください!」
コマチのローブに死霊の火が移り、アクロバティックに転がりながら消し止めている。
俺は死霊の動きを目で追い、待ち伏せして剣で切りつけてみた。
ヒュンッ!
実体のない死霊に物理が効くはずもなく、なまくらの剣は空を切った。
「なぁにやってるんですかぁ! 相手は死霊ですよ!」
コマチはすでに小便を漏らし、なりふり構ってはいないらしい。
「じゃあ、どうしろって言うんだよ!」
「本体を見つけて攻撃してください!」
俺は井戸の中に岩を放り投げて、中の骨をバラバラに砕いた。
それでも死霊は勢いを失わず、炎を放ちながら飛び回っている。焼けた家にも火は移り、さらに崩壊させている。
「こいつらじゃないみたいだな。どこかの家に隠し部屋でもあるんじゃないのか!?」
そう言って、俺は魔犬の右腕で崩れた家から柱を引っこ抜いて、動き回る死霊に叩きつける。
効くことはないが霧散して、数秒稼げるはずだ。
コンッ。
実体のない死霊のはずだが、振り下ろした柱になにか小さな固いものが当たった。
「おい! 代わってやる! まだ火が移ってない家の床下を探ってみろ!」
「こっちは汗だくですよー」
そう言いながら、コマチは小便で濡れたローブをギュッと絞っていた。
「いいからやれ!」
「わかりましたよ! 人使いが荒いんだから!」
文句を言いながらもコマチは集落を走っていった。
死霊が振り下ろした柱の下から出てきて、俺に手をかざしてきた。指にはきらりと光る銀色の指輪が見える。どうやら指輪は実体があるらしく、さらに指輪から炎が出てきているらしい。
それがわかれば逃げ回る必要もない。炎が放たれる瞬間に、柱で小突いて指輪の向きを変えてやればいい。
途端に、炎の攻撃が効かなくなったので、死霊は俺の周囲をすごい勢いで回り始めた。
「往生際の悪い奴だ。黙って死ねよ!」
右腕で柱を振り回している間に、かなりレベルも持っていかれてしまった。
「コマチ、まだか!?」
炎の攻撃を受け流しながら、俺はコマチに近づいていった。
「ありました! たぶん、ここです! 床を壊してください!」
叫ぶコマチの頭上から、俺は床に柱を振り下ろした。
バキ! ガラガラガラガラ……!
床下に隠し部屋が現れた。
すぐ頭上には炎が迫る。俺はコマチをわきに抱えて、隠し部屋に飛び込んだ。
「わあっ!」
埃っぽい真っ暗な部屋の中に、青白く光る瓶が棚に並んでいた。
「なんだ!? これは?」