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3話:黒犬の力



 魔女はサイクロプスに向けて、呪文を唱えて魔法を放っているようだが、首を傾げるばかりで効いた様子はない。

 

「お願いしますから!」

 名も知らぬ俺に魔女は助けを求めているが、捕まった自分が悪い。自業自得だ。

 それに、いくら研いでも、なまくらの剣では大型の魔物は倒せない。首に刺さっても切ることはできないだろう。通常の攻撃では火力が足りないのだ。

 本気で倒すつもりなら、レベルを捨てて魔犬・ブラックドッグの右腕を使うしかない。


「レベルとお前の命を今、天秤にかけているところだ。魔女よ」

「私の命を取ってください! レベル上げなら、またいつまでも付き合いますから!」

 サイクロプスに舐められ味見されながら、魔女が叫ぶ。魔女狩りされていたくらいだから、肝は据わっているようだ。

 魔犬の右腕から、巨人・サイクロプスの右腕に変わるのも、大して変わらないか。

「条件がある。俺の復讐にも付き合え」

「なんですか? なんでもいいですけど、やります!」

「いいだろう」

 俺は右腕に目一杯、力を込めてサイクロプスの脛をぶん殴った。


 ボギッ!


 鈍い音がして、サイクロプスの脛骨が折れ、バタンと倒れた。

 倒れたところを、こめかみに向けて再び思いきり殴る。


 ズチャッ!


 魔犬の拳がサイクロプスの頭部にめり込み、視神経の束をブチブチと音を立てて引きちぎる。


 コホー……。


 サイクロプスの口から、空気が漏れる。

 首を鋭い爪で切り裂くと、血しぶきが上がった。

 仰向けになったサイクロプスの胸から心臓を引き抜いて握りつぶし、討伐は完了。

 一気にレベルが下がった気がするが、ブラックドッグの皮膚の下を蛟がうねりのたうつだけで、肉が崩れ落ちる気配がない。


「どういうことだ?」

「ゲホッ。まだ、そのブラックドッグの力を使いつくしてないようです」

 魔女そう言って、せき込みながらサイクロプスの唾液を拭っていた。

「じゃあ、俺はただレベルを失っただけか?」

「いえ、おそらく右腕の能力は上がっていると思いますし、劣化もし始めているはずです。ああ、もう、すみませんが気持ち悪い!」

 魔女は小川のある方へ走っていった。サイクロプスの唾液の臭いで、息が苦しそうだった。


「それで、あなたの復讐はなんですか?」

「ああ、それなんだけどな。ある竜の討伐だ」

「ドラゴンスレイヤーになるつもりですか? 100年は出ていないと聞きますよ」

「俺は竜騎士で、この国の大将の首を取った。その帰りに乗っていた竜に捨てられて、そいつを殺すのが俺の復讐だ」

「大将の首? 東の都のですか?」

「そうだ。デカい城があった。竜で乗り込んで崩したがな……」

「その大将ってまさかキングスレイヤーじゃないですか?」

「ああ? 王を殺した大将か。そんな政変があったとは聞いてないぞ」

「報せれば攻め込まれますからね。ただ、今は王家が打倒されている最中と聞いていました……。どうなっちゃうんですかね? この国は」

「知らねぇよ。お互い自分の復讐に集中しようぜ」

「そう……ですね」


 再び、半月ほど森の中で魔物を討伐し、レベルを上げてから東へ向かった。

 

 砦は森の木々を伐採して建てたようで、塀や掘りがしっかり張り巡らされ、魔物や盗賊の侵入を拒んでいた。

 右腕が魔物の俺が入れるような隙はない。魔女曰く、「この砦の中には裏の魔法使いしかおらず、この国の闇を一手に引き受けています」とのこと。確かに、中から叫び声や喚く音が聞こえてきた。

 いつかこの砦は焼くとして、先へ進む。

 砦から東へは道が伸びているものの、雑草が生え放題で、ほとんど使われていないらしい。

 進めば進むほど道の周囲の木々が枯れ始め、陰気になっていく。森に潜んでいた魔物の気配も消えていった。


「この先になにかいるな」

そう呟いてから数分後、傾いた馬車が停まっているのを見つけた。道には草が生えておらず、ちゃんと使われているようだ。泥濘に車輪が埋まったのかもしれない。

馬は近くの草むらで、草を食んでいる。砦から向かう途中に、休憩しているのか。


 黒い山高帽を被った御者は台の上で眠っているか死んでいるのか、頭を垂れたまま動かない。馬車は豪華な装飾が施されている。象牙色の車体は、周囲の陰気な雰囲気には決して溶け込むつもりがないようだ。


 バンッ!


 唐突に馬車の扉が開いた。

 中から、黒い豪華なドレスを着た、金髪カーリーヘアの美少女が、一歩一歩ゆっくりした動作で降りてきた。誰かが死んだのかベールが付いた帽子も被っている。目の焦点があっておらず、今にも折れそうなほど細い首を傾げながら、異様な雰囲気で辺りを見回していた。


「あら? シコメ一族のシコメさんじゃない?」

 その美少女が、魔女を見て、か細い声で聞いていた。

「竜騎士さん……離れて……」

 魔女は短くそう言うと、馬車の周囲を確認していた。

「死んだと思っていたのだけど、まだ生きてらしたのね?」

 美少女はそう言って、甲高い声で笑った。こいつが魔女の復讐相手か。

「どこにいるの?」

 魔女は美少女には目もくれず、辺りを見回している。

「私なら、ここにいるわ」

「違う。近くにいるはず。早く出てこないと、この娘を灰に変えるわよ!」

 魔女は大きな声で周囲に響かせた。

「だから、私はここにいるじゃない! どこを見ているのシコメさん!」

 美少女もかすれたように叫び始めた。

「私の学友はこんなにお腹は空いてなかったわ。防腐処理が杜撰。三流死霊術師よ、早く出てきなさい!」

 魔女はどこに隠していたのか、ナイフで美少女のドレスを切り裂いて怒号を放つ。美少女の腹には何もなく、穴が空いているだけ。魔女の言葉通り、死体のようだ。


「まさか砦で処刑されたはずのお前が、ここにいるとはな……」

 いつの間にか、俺の傍らに黒衣の男が立っていた。生気はなく、頬はこけ、目だけが爛々と輝いている。

「しかも、おかしな男を連れているな。メイジ・ラヴィッツ」

 黒衣の男がそう言った時には、俺の右腕にナイフを突き立てていた。唐突な攻撃に対応できなかった。

「離れて! 竜騎士さん! その男は死霊術師よ!」

 魔女の声が聞こえているが、やけに遠くから聞こえる。笑っている黒衣の男の顔が揺れていた。どうやらナイフに毒が塗ってあったらしい。

鼻だけは敏感になったようで、死体の腐敗臭が酷く臭った。

「かの西方の国の竜騎士か。ミス・カリエターナの死霊を捕りに来たら、思わぬ収穫だ。安心して死んでいい。私が責任をもってお前の死体を使ってやろう」

 黒衣の男の声が頭に響く。二日酔いになった気分だ。

 魔女は呪文を唱えて、黒衣の男に紫色の閃光を放った。それを黒衣の男は杖で受けて払う。

「そんなものが私に効くと思うか?」

 魔女の後ろには、寝ていたはずの御者が立っていた。魔女は逃げる間もなく捕まり、腕で首を絞められている。


「竜騎士さん、右腕を使って……」

 意識が遠のいている魔女は小声でそう呟いた。

「呪われた魔物の手が何になるというんだね?」

 黒衣の男は、下卑た笑いで俺を見た。鼻につく。


「酷い臭いだ」


 俺は右腕に力を込めた。血液が一気に流れ、毒が全身に回り、拡散されていく。ところどころ関節に痺れは残ったものの、男の腹に風穴を開けるくらいどうってことはなかった。

 ブラックドッグの尖った爪が、俺が力を込めて黒衣の男の背中から突き出るまでは一瞬。風が吹いた程度のことだった。

「あが……、な、なにが……」

 そう、血と一緒に吐き出した。なにが起こっているのかわからぬまま、黒衣の男の目から生気が消えた。


「お前の口から吐き出される臭いは、どぶと同じだ。地獄でも口を開くなよ」


 男の身体から、右手を抜き取った。黒衣が翻って、白くあばら骨が浮き出た胸が露わになる。

 御者と美少女が、地面に倒れた。


「シコメと呼ばれていたのか?」

 黒衣で右手を拭いながら、魔女に聞いた。

「ただの悪口です。そう呼びたかったらどうぞ」

 特に嫌そうでもない悪口を言っても意味はない。

「じゃあ、これからお前のことはコマチと呼ぼう。名は体を表すようになるのか、実験だ」

 魔女のコマチは訝しげに、俺を見ていた。




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