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21話:亜竜にDDT


「どうして走ってるんですか?」

 山の獣道を駆け上っている俺たちにコマチが聞いた。

「なるべく日が出ているうちに現地に行きたいからだろ。それより、母親の手掛かりだった黒い鱗の集団の名前がわかったぞ」

「なんです?」

「蛟の一族だ」

「聞いたこともない一族ですね」

「今、向かってるところにもいるはずだ。腐肉の入れ墨を見ただろ?」

「ええ、やっぱりあれは鱗の入れ墨だったんですね」

「おそらくな」

 管理者たちは息も乱さず走っているが、コマチには少しきついようだ。足が届かないような崖は、俺が後ろから押してやる。

「王都の魔法学校にいたと言っていたな?」

「ええ、3年前までですけど。学校がなくなる前は学生でした」

「そこが軍の研究所になっていることは知ってるか?」

「聞いてます。あの以前、操られていた死体の子はそこに勤務していたはずでした」

 死霊術師に操られていた金髪の美少女か。

「そうか。内部は死屍累々かもな」

 関わった者が、死体となって出ていく研究所など碌な研究はしていないだろう。


「特区はあそこまでじゃ……」

 ジーオウがそう言って先にある滝を指した。

「進まないのか?」

「いや、少し魔物の力を借りる。コマチちゃんは大丈夫か?」

 コマチを見ると、汗は出ているがまだ十分に動けそうだ。

「行けます!」

「ん。出番だよー」

 タユウがそう言うと、滝の近くに大きなスライムが出てきた。

「最初はビックリするかもしれないが、上で受け止めてやるから心配するな」

 アシヤは突然走り出し、スライムに飛び乗ると、ビョーンと真上に弾き飛ばされた。そのまま崖の上に着地し、手で「お前らも来い」と合図してきた。

 俺は迷わず走り出して、スライムに飛び乗る。膝を曲げ反動をつけて、真上へと弾き飛ばされる。空中で着地場所を確認し、身体を捻って着地。跳び過ぎたためか、足が痛かった。

 次はコマチ。弾き飛ばされたが、勢いが足りず、崖までもう少しというところで勢いが止まった。俺とアシヤは咄嗟に腕を伸ばして、コマチの身体を掴み引き上げた。

「すみません。タイミングが難しくて」

 アシヤはコマチの身体が傷ついてないか調べていた。

「よし、目立った傷はなさそうだ。増魔の一族はもう少ない。身体を大事にしろよ」

「はい……」

 ジーオウとタユウは、いつものことなのか、ぴったり崖の際に着地し、そのまま歩き出した。


「ここから先は、国のルールが適用される。守ってやれないかもしれないから、心して進んでくれ」

「わかった」

 川を遡り、進む。死体の影も腐臭もまるでしない。鹿が草を食み、小鳥のさえずりが聞こえてくる。穏やかで緑あふれる森だ。


 昼を過ぎて、徐々に山里の近くまで近づいてきた。人の声や煙突から出る炭の香りが微かに風に乗ってやってくる。木々に埋もれて見えないが、確かな人の気配がある。

 固いパンを齧って休憩を取り、さらに森の斜面を進んでいく。


 唐突に獣道が途切れ、川が大きく曲がっている場所に出た。

「ここからさらに川を遡れば、再び水源に戻るが、このまままっすぐ進もう。大丈夫だ。境界線はなるべく触れないのが常識だろ」

 アシヤはそう言って、先頭に立ち案内してくれる。コマチは疲れているが、まだ歩けるようだ。後ろの管理者2人は、疲れた様子も見せず、人の臭いを確認したりしている。

「水源の宿場以外で人を見るのは久しぶりなのじゃ。どうしても鍛冶場の音や農夫の作業が気になって仕方がないのじゃ。すまんな」

特に遅れてはいないから、謝る必要はない。ただ、どこかタユウは上の空だ。


しばらく進み、日が傾き始めた頃、アシヤが立ち止まった。

「この先の高台に俺の隠れ家があるのだが、どうやら先客がいるらしい」

「酷い腐臭がするが、あの元学校からか?」

 ジーオウが鼻をつまんでアシヤに聞いていた。振り返ってみると、木々の隙間から、巨大な建物が見えた。3階建ての建物が長く伸びていて、塔が4つも建っている。

「あれが学校か?」

「今は研究所です。3年ぶりに見ました。外から見ると、それほど大きく見えませんね」

「いや、城と同じくらいはあるだろ? それになんか飛んでるな」

 学校の上にはワイバーンという亜竜が羽ばたいていた。さらに堀の中には人を軽々飲み込めそうなアナコンダの亜種。どちらも竜の眷属だ。

「なんの研究をしてるんだか……」


 アシヤが先行して、様子を見に行くと、箒を持った緑のローブの男が隠れ家にいるらしい。

「表の魔法使いじゃな。どうする?」

「俺が行くよ。自分の隠れ家だ。他にも潜んでいそうだから、気を付けてくれ」

 腐臭はまた別の所から漂っているらしい。

「わかった。タユウ、斜面の上から逆落としじゃ」

「ん」

 タユウは短く返事をして、斜面を駆け上がっていった。

「俺たちは邪魔しないように対応する」

「頼んだ」

 ゆっくり足音を立てずに近づいていく。


「なんだ? 随分都合のいい場所に隠れ家を作ったもんだな……」

 緑のローブの男が独り言を言っている。

「けっ。なんだこりゃ……」


 ガシャン。


 瓶の割れる音がした。

アシヤが一気に高台へと駆け上がり、男の首筋にナイフを突き立てるのが見えた。隠れ家というよりも洞穴のようだ。

「他人の隠れ家を漁って何をやってんだ?」

「おい、待てよ。どこの者だ? 誰でもいいが、俺たちと組もう。表の魔法使いは、光の柱を秘密になどしない」

「俺たちは誰かと組む気はない」

「裏の魔法使いだって、そろそろ痺れを切らしているだろう?」

「裏じゃない」

「だったらお前ら……。ん? この黒い作業着はまさか……!!」


 ヒュオー!


 男がアシヤの正体に気づいた直後、洞穴の上から動く死体が3体落ちてきた。死体は剣を振り上げて、アシヤたちに襲い掛かる。

 それをタユウが飛び蹴りで一体吹き飛ばし、ジーオウが死体の脛を蹴って折る。俺は残った一体の頭をゴーレムの右腕で掴んで高台から放り投げた。


「死霊術師が近くにいるぞ!」

 周囲を見渡し、死霊術師を探す。

「穴の中だ! くそっ、俺の寝床だぞ!」

 ジーオウとタユウが洞穴に入っていき、骨を折る音が響く。


「な!? その入れ墨、呪いなんですか!?」

 突然、俺の後ろに潜んでいたコマチが、羽交い絞めにされている緑のローブを着た男の首筋を指さした。

 確かに、男の首筋には黒い鱗の入れ墨がある。

「え? お前は増魔の一族……!? くそっ、増魔の一族が水源の管理者と組んでるぞ!!」

 男が誰かに聞こえるように大声で暴れ出した。アシヤは仕方なく男の胸にナイフを突き立てた。

「いてぇ!」


 キャオラ!


 騒ぎに気付いたワイバーンが空からこちらに向かってくる。

「タユウ、スライム貸してくれ!」

「ん」

 俺の声にタユウはすぐに反応してくれた。

 高台の崖にスライムが来たのを確認。俺は飛び乗って、ワイバーンに向かって弾いてもらった。


 ワイバーンは大きな口を開いて俺を待っていたが、反応速度が遅い。鼻面を殴り、上顎が下がった。俺は跳び上がった勢いのまま、首をゴーレムの右腕でがっちり抱え込んだ。


「今度は本物の竜を連れてこい。こいつじゃ話にならん」

 どこかで聞いているであろう、亜竜使いに向けて言ってから、ワイバーンの首を思いきり締めた。


 ボキリ。


 首の骨が折れる音が伝わってくる。


「キリュウさん!!」


 空中にいる俺の横を、緑のローブを着た男に抱えられたコマチが箒に乗って通り過ぎていく。男の様子がおかしい。口角に泡を溜めている。

 コマチは俺に向けて頷いた。自分の意思だと伝えているらしい。

そのまま、男とコマチは夕日とは反対側へ飛んで行った。


 俺はワイバーンの首を絞めながら、落下していく。


「すまん! しくった! 滝で落ち合おう!」

 ジーオウの声がする。


 俺は森の中に背中から落下。ワイバーンの頭がクッションとなり、衝撃は緩和された。

 固まったゴーレムの腕を離し、ワイバーンの死体の上で立ち上がった。


「くそっ、めんどくせぇ」


 


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