20話:竜に狂わされた国
朝、湖は霧に包まれていた。
目を覚ますと、大きな男が俺の顔を覗いている。
「おはようごぜぇます」
寝ぼけた声で言っておく。大人だから挨拶くらいした方がいいだろう。
「本当に竜騎士なのか? そんな風には見えないけど」
野太い声で男は言った。頬にも大きな傷痕があり、頭髪はない。管理者の一員だろうか。
「元竜騎士だからだろう。竜騎士はクビになって呪われている最中だからな」
寝袋から出て、湖で顔を洗う。ジーオウたちと同じ服を着ているし、靴に汚れも付いている。スライムが化けているわけじゃなさそうだ。
「その腕が呪いか? 蛟だな。王都に攻め込んだ時に呪われたんだろ?」
「よくわかるな」
こいつも呪いが見える口か。
「蛟の一族は、数年前に突然現れた一族で、呪いが雑なんだ。どこに隠れていたのか、新しく作ったのか。まぁ、片腕しか呪えないんだから、大した呪いじゃない」
「なら、変わってくれよ。レベルもスキルも吸い取られるし、面倒なことばかりだ」
「増魔の一族と一緒だから、ゴーレムも倒せると聞いたが?」
増魔の一族ことコマチは未だ寝袋の中で寝息を立てている。
「ギリギリだった。いつ死んでもおかしくない。昨日もスライムに殺されかけた」
「それで生きてるんだから、竜騎士ってのは本物なのかもな。アシヤという。水源の管理者では情報屋みたいなことをやっている」
「キリュウで通ってる。知っての通りだ。できれば、西国に帰って竜をぶっ飛ばしたいと思ってる」
お互い自己紹介をしたところで、小屋からジーオウが出てきた。
「なんじゃ。もう会ってしまったか?」
ジーオウが隣に並ぶと、アシヤの大きさが際立つ。おそらく小屋のドアは頭を下げないと入れないだろう。骨も太いし、水源にいるよりコロシアムにいた方が稼げそうだ。
「王都の様子はどうじゃった?」
アシヤは王都を見に行っていたらしい。
「どうもこうも停滞してる。復興だってままならないってのに、軍の上層部は未だに新しい大将を決められない」
「王はどうしてる?」
「相変わらず籠りっぱなしだよ。王族は今日もどこかで骨肉の争いをしているはずだ。キリュウ、今、西国が攻めてきたらこの国は終わるんだが、どうにか連絡する手段はないのか?」
「あればやってる」
アシヤはこの国が亡べばいいと思っているのかもしれない。それほど、王都は悲惨な状況になっているのか。
「だろうな。竜に関わると碌なことにならない」
「触れなければよかったのじゃ。9年前に増魔の一族を誰かが止めるべきじゃったな」
コマチの一族は何をやらかしたのか。
「西国じゃ、竜の被害はないのか?」
「竜と共に生きるのは重労働だ。古くからの契約もあるからな。訳のわからない光の柱なんてものはなかったぞ」
「この国は何かを間違えたのじゃろう。今はただ目の前のことに集中するしかないか」
女たちが寝ている間に、火を起こして本日の予定を立ててしまう。
「今日はどこで死体を捨ててるのか見に行くんだろ?」
「ああ、そうじゃ」
「今じゃ、死体なんかわざわざ隠さなくてもそこら辺に転がってるのに、水源に捨てるっていうのはなにか裏があるんだろう」
「おそらく蛟の一族じゃろう」
「さっきから言ってるその蛟の一族って言うのはいったいなんだ?」
「キリュウに呪いをかけた奴らさ」
「それはわかるが、特徴は?」
薪をくべながら聞いてみた。
「下手な呪いを使って、数年の間にこの国の中枢まで駆け上がった一族じゃな。特徴と言えば、体のどこかに黒い鱗の入れ墨をしていることくらいか」
「黒い鱗か……。昨日バラバラになった死体の皮膚に、黒い鱗のような入れ墨があった気がする」
夢の話もしようと思ったが、やめておいた。頭のおかしい奴だと思われるかもしれない。
「だとしたら王都の研究所から、捨てに来てるのか? 随分、面倒なことをするな」
「内部で争いもあるのじゃろう」
「研究所なんてあるのか?」
「ああ、軍の研究所じゃ。3年ほど前に魔法学校だったところをわざわざ使っている。新しく施設を建てればよいものを」
そういえばコマチが、学校を追い出されたとか言ってたな。
「その研究所で蛟の一族が何を研究してるんだ?」
「わからん。呪いではあるじゃろう」
「きっと竜だ。俺は竜の胎児を使った魔法を開発していると予想している」
アシヤは俺を真っすぐ見て話した。昨日、ジーオウが竜の子の頭骨を見せてくれたが、それと結び付けているようだ。
「光の柱か? 何度も言うが竜の胎児にあんな力はないぞ。俺の呪いとも違う。お前たちの国はどういう関わり方をしたんだ?」
俺がそう言うと、ジーオウとアシヤが顔を見合わせた。言い難いことなのだろう。
「いや、聞いたところで俺にはどうすることもできない。それより今日の工程を決めよう」
俺は革の鎧を着ながら、話を変えた。
「竜の卵を腐らせたんじゃ……」
ジーオウがぼそっと言った。
「それがこの国の罪だ」
アシヤまで深刻そうに言う。
「バカか!? あのなぁ、竜の卵が腐ることなんかねえ! お前らの国は竜を身ごもったり腐らせたり、わけわかんねぇことばっかり言うな! 竜の卵なんて、何をしたって壊れねぇんだよ!」
竜の卵を、どんなに叩いても硬い竜が生まれるだけだ。俺も鉄鎚でよく叩いて丈夫な竜が生まれてくることを願ったのだから。まして腐るなんてことはない。最短でも18ヵ月、最長で500年くらいは卵の状態を保つと言われている。平均2、30か月で生まれてくるはずだ。
「もしも本当に腐っていたのだとしたら、竜の爪で、ものすごい圧力をかけて傷つけたのかもしれない。ただ、わざわざ自分の卵を傷つける竜なんかいないし、他の竜の卵を傷つけたら、仲間に必ず殺される。騙されて変な物を掴まされたか、幻覚でも見てたんだろうぜ」
「では、王はなぜあんな姿に……!?」
ジーオウが真っ赤な顔をして俺に掴みかかってきた。
「やめろ、ジーオウ! キリュウに言っても仕方がないことだ」
アシヤがジーオウを引きはがした。ジーオウは項垂れて、やり場のない怒りに震えている。
「キリュウよ。俺たちの国は竜に関して無知だ。無知ゆえに、西国からすれば訳のわからないことばかりが起こる。いずれ見ることになるだろう」
アシヤにそう言われて、俺はあの瓶に詰まった竜の胎児を思い出した。そうだ。俺も見ていないことはない。ただ、どう考えてもおかしい。人の力以上のものが関わっている気がする。
「すまん。怒らせるつもりはなかったんだ。ただ、西国で見た俺の経験上のことを言っている。何か、おかしい。誰に騙されたのかはわからないが、このままだと本当に国が亡ぶぞ」
はぐれ魔法使いが、竜の胎児を何体も所有していて、それによって光の柱がぶちあがるなら、そこら中にクレーターができる。
「だから特区の出番なのじゃ。頼む、竜騎士。力を貸してくれ」
そうか。それで俺が呼ばれたのか。敵だろうがなんだろうが、自分たちだけではどうにもならないと。
「バイト代、はずんでくれ」
「おう。ふんだくっていいぞ」
その後、女たちを起こし、俺たちは湖に流れる川の上流へと向かった。




