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2話:俺の右腕と魔女の魔法



「おい、魔女。どうなってるんだ? 俺の身体は?」

「わかりません。強い呪いで、私は見たことがありません」

 やはり狩られるくらいだから、使えない魔女だ。

「肩まで切り落とせば呪いは消えるか?」

「おそらく、呪いが体の深くまで及ぶだけで、肺や臓器がやられます」

 信用できるかどうかはわからないが、呪われた部位を切り落としても意味はなさそうだ。


「お前にどうにかできないのか?」

「呪いを増幅させるくらいはできますが……」

「聞いた俺がバカだったよ」

 小川から出て、茂みを探る。少しでも隠れながら、大森林を出なくてはいけない。

 このまま魔物に殺されるのを待っていても仕方がないだろう。


 なぜか魔女は俺の後ろを付いてきた。

「付いてくるな!」

「あなたは他国の騎士ですね?」

「だからどうした? お前は魔女狩りで追われてる魔女だろ? お互い協力できることなんてない」

「いえ、あります。その呪いはあなたを簡単には殺すつもりはないようです。苦しみながら殺すような代物。よほどの術者から恨みを買っている」

 敵大将の首を取ったのだから、それくらいは覚悟していた。

「だろうな。だからどうした?」

「呪いを増幅すれば、何度でも再生するかもしれません。術者はおそらく死んでいるのではありませんか? 終わらない呪いがかかっている可能性はあります」

 

 ブラックドッグを倒したことによってレベルは上がり、身体の動きも悪くない。だが、右腕がなくなりバランスを欠いている。再び腕を取り戻せば、呪いがレベルを食うだろう。

 魔物一匹で上がったレベルなど、これまでの人生で上がったレベルから考えると、大したことはない。被害が少ないうちに右腕を取り戻しておくか。


「呪いを増幅してくれ」

 俺は立ち止まって、魔女に向き直って言った。

「いいんですか?」

「お前が言ったんだろ」

「じょ……条件があります!」

 魔女は小さな背を最大限伸ばし、ない胸を張った。

「俺にはもう何もないぞ。すべてを奪われた」

「私もです。ですが、恨みだけは残っています。母を売り、処刑した……魔法使いと貴族を殺すのを手伝ってください」

 手伝うだけなら問題はない。むしろどのくらい手伝うかを言っていない時点で、やはりこの魔女は経験が浅いのだろう。若いな。

「その程度ならいい。さあ、早いところやってくれ」


 俺はなくなった右腕を魔女に向けた。蛟が今にも魔女に襲い掛かろうと身を伸ばしているが届いてはいない。

 魔女はすーっと息を吐いて気を整え、俺の右肩に手をかざし呪文を唱え始めた。

 

「……ぬっぽりほむへっぺん!」

 

 何語かわからぬ呪文を整え終えると、右肩が泡立つような感覚があった。実際に、血の球体のようなものが蛟にまとわりついて、骨や筋肉を形作り、血管が流れ、見る間に腕が仕上がっていく。

 ただ、その腕は明らかに俺の左腕よりも太く大きい。皮膚ができた段階で、黒い毛が雑草のように伸び、逆立った。

 爪も鋭く尖って、およそ人の腕とは思えない。

 まるで魔犬の前足のようだ。


 一気に呪文をまくし立てた魔女は、ゼイゼイと息を吐いていた。

「おい、これは!?」

 俺は魔女の襟首を魔犬の手で持ち上げ、顔を近づけた。

「ま、魔物の恨みが強かったようです。人の恨みを買えば、また戻るでしょう」


 俺は魔女を放り投げた。小柄な魔女だからといって、成人の体重はあるはずだ。人の腕よりは力があるようだ。

 大森林を抜けるまでは、魔犬の腕の方が使えるかもしれない。どちらにせよ、この状態でレベルは上げないと生きていくのも難しいだろう。


「まぁ、いい。復讐には付き合ってやる」

 尻を押さえながら魔女は立ち上がった。

「お前たちはどこから来た?」

「東です。真東」

「村は近いのか?」

「ええ、村ではないですが……」

「じゃあ、なんだ?」

「砦です」


 よくわからないが普通の村ではないらしい。

 そういえば、この国に攻め入る時に聞いたような気がする。この国の軍には表と裏があり、見えているのは表だけ。裏は誰にも見つからないように、里や砦を作って隠しているとか。


「隠し砦か」

 

 この魔女を見れば、呪いも扱っているようだ。相手をするのは面倒だ。


「復讐の相手は砦にいるのか?」

「いえ、もっと東です」

「東には城があるだろう? それよりも東か?」

「……わかりません。王都の近くにいるとだけ聞いてます」

「そうか。だったら、隠し砦は通り過ぎる。どちらにせよ、このままではレベルが足りない。右腕だけ強くても砦は落とせないからな。お前の追手の死体を漁るぞ」

 そう言って俺は、魔犬が飛び出してきた方へ向かう。

 魔物の気配は多いが、ブラックドッグを倒したお陰か、不用意に襲ってくる魔物はいなかった。


「ブラックドッグの魔石は取り出さないんですか?」

 魔石があれば金に換えられるかもしれないが、俺はこの国で金を使うつもりはない。欲しいものは奪えばいい。荷物になるだけだ。どうせ右腕が魔物の状態では町や村には入れないだろう。

「欲しければ勝手に持っていけ。今、俺が欲しいのは金よりも経験値だ」

 魔女は急いで魔犬・ブラックドックの死体から魔石を取り出して、俺についてきた。

 特定の魔物には、魔石という魔力が込められた石が体内にある。魔法を扱う者たちはその魔力を使うこともあるため、大事にしているようだ。

竜騎士だった俺には、能力のない者たちが頼る石でしかなかったが。俺の身体中に蓄えられていた膨大な魔力も、右腕と共に失ってしまった。

 最速で強くなるためには、数を倒さなくてはいけないので魔力よりもスピードが重要。追手の飾りの剣を見つけた。あとは折れ曲がった槍となにも切れないようなナイフ。碌な装備も持たずに、魔物が跋扈する大森林に入ったのか。

「こいつらは、よほど慌ててお前を追ってきたようだな」

「奴隷たちが主人に言われて狩ろうとしただけです。農奴でいた方が幸せだったのに……」

 魔女はそう言いながら、しっかり元農奴の頭を蹴り飛ばしていた。確かに、金目のものは身につけていなかった。

「形をしているだけ、まだましか……」

 俺は剣を片手に、呪いの効果を実験する。

 なるべく湖から離れ、周囲を探索。初心者の冒険者が最も狩りやすいマンドラゴラという植物系の魔物を討伐する。身体能力を奪われても、知識だけは奪われていない。

 ほとんどが地面に埋まっているが、葉の揺れ方が普通の植物と違う。風が来る方に向かっていってしまうのだ。

「あれだな」

 見つかってしまえば、後は地面の下にいる本体に剣を突き刺すだけ。マンドラゴラが叫び声も上げないので、それほど難しい作業ではない。

 群生地さえ見つけてしまえば、一気にレベルアップが見込めるだろう。ほとんど手つかずの大森林だと通常の群生地よりも多かった。

 実験の結果、右手を使わなければ、通常のレベリングができるようだ。右腕の力を使う時だけ、レベルやスキルを奪われる。


「右腕は緊急時のみだな」

 剣を石で研ぎながら決めていく。レベルを上げて取得するスキルもスピード特化させるため、『忍び足』や『縮地』など足系の基礎的なものだけ。どうせ取得しても、いつ右腕に奪われるかわからない。


 ある程度レベルさえ上がってしまえば、倒せる魔物も増えてくる。罠を仕掛けたり、飛んでいるところを近づいて蔓で縛り上げたりすれば、動けなくなる。後は嬲り殺すだけ。

 どんな魔物も首と胴体を切り離せば、血を噴き出して絶命する。

 朝から晩まで、ひたすら魔物を狩り続けた。大森林は魔物をいくら狩っても、狩りつくすということはなさそうだ。

 飯は狩った魔物の肉を食う。

「お前、火の魔法は使えるか?」

「いえ、表の魔法は苦手です」

 魔女によると、この国では火や水、土、風、光などの魔法は表の魔法と言い、精神魔法や呪いなどを裏の魔法と言うそうだ。苦手ではあるが時間をかければ口から青い炎を吐きだせるようで、焚火をする分には苦労しなかった。

俺が余るほど魔物を狩っていたので、食うには困らなかった。


「いつまでレベルを上げているつもりですか?」

 半月ほど経ったある日、魔女が俺に聞いてきた。

 今の俺は竜騎士だった頃の半分にも満たない強さだが、確かに中型の魔物になら対処できるようになってきた。初心者を脱出した冒険者程度だろうか。

「この程度ではやっていけないぞ」

 砦の近くで魔物も弱い。

 返事がないので肉を焼きながら振り返ると、魔女がサイクロプスという大型の一つ目鬼に捕まり、今にも食われそうになっていた。

 そのまま食われてもいいが、どうしたものか……。


「ぎゃー! 助けてくださーい!」

 耳障りな甲高い魔女の声が、大森林に響いた。




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