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19話:声なき魔物



鬱蒼とした枝葉の影の中を、大きな熊が木々の間をすり抜けていった。コマチは持っていた棒を握りしめ、警戒心を丸出しにしている。それに気が付いたのか熊は反転してこちらに向かってきた。

俺は半身になって右側を見せて、左手で腰のナイフを引き抜いた。

熊は一気に距離を詰めてくる。灰色の毛並みがオレンジ色の木漏れ日に反射して、キラキラと輝いている。


何かがおかしい。


大きく口を開けて噛みついてくる熊に、俺は鉄の腕を差し出しながら、おかしさの正体に気が付いた。

息遣いがない。ただ実体はあるようで、踏みしめた草はしっかり折れている。木々の間をすり抜けているのではなく、身体が木に埋まって抜けていっている。つまり骨がないのだ。


ガブルッ!


噛む時の音だけは一丁前に出しているらしい。

右腕に噛みついている熊の形をした何かに、俺は迷わずナイフを突き立てた。


グニョン。


ナイフは目の中に吸い込まれるように埋まった。横にスライドさせて引き抜いてみたが、まるで何もなかったように熊の顔の形が元に戻っただけ。


「コマチ! スライムが擬態してるだけだ。棒で殴れ!」

「わかりました!」


 コマチが棒を振り上げて、殴りつける。


パァンッ!


明らかに毛を殴った音ではなく、水面でも殴ったような音が鳴った。

熊スライムはブルっと身体を震わせて、動きを止めた。殴った振動が中まで伝わって、うまく形を保ったまま動けないでいる。

俺は熊スライムにゴーレムの腕を突っ込んで核を探す。

振動が収まった熊スライムは、頭を倍ほども大きくして、俺を丸ごと飲み込もうとしてくる。


「コマチ! 何度も殴れ!」

「はい~!」


 パシンパシン!


 コマチが何度も殴ると、揺れ続けて徐々に形を変えていく。

 俺はスライムの中をゴーレムの腕でかき回す。コツンと当たったなにかを見逃さず、鉄の手で掴んだ。

 危機に瀕した熊スライムはどろりと溶けるように、俺の身体を覆う。


「竜騎士さん!!」


 コマチの叫び声を聞きながら、俺の身体は丸ごとスライムに飲み込まれる。魔力を吸い取られる感覚はあるものの、動けないわけではない。

俺は握ったスライムの核を思いきり潰した。


溺れた人間がやるように腕を振り回して、スライムの中から出た。


「プハッ、ハァハァー!」


溶けたスライムが地面に広がっている。身体はスライムまみれだ。


「生きておったか」

 ジーオウとタユウがトラバサミを持ったまま、高台からこちらを見ていた。

「お前ら、知ってたな?」

「確信がなかったのじゃ……」


 森の中を夕日が照らす。タユウの後ろを饅頭のように丸いスライムが忍び寄っていた。


「タユウさん! 危ない!」


 コマチが叫ぶ。


「大丈夫だ。湖にスライムが出るって聞いたときに気づくべきだった」

「え?」

 コマチはわけがわからず俺を見た。

 タユウの後ろに迫っていたスライムは、タユウの手にすり寄るだけで何もしない。タユウはスライムを撫でていた。


「2人とも魔物使いなんだよ」

「そんな、じゃあ……」

 コマチは地面に広がった死んだスライムの残骸を見た。

「聞きたいことがある」

「こちらも説明したいことがある。もちろん、お前たちを襲ったスライムは我々の飼っているスライムではないぞ。一度、湖に戻ろうか」

「ああ、俺も右腕に詰まったスライムをかき出したい」

 ドロドロになった俺は、ジーオウたちの後ろについていった。



 湖畔に戻った時にはすでに日が沈んで、空の星がきれいに瞬いていた。

 俺は鎧姿のまま湖の中に入り、こびりついているスライムの残骸を落とす。


「ん。これを使うといいよ」

 タユウが馬を洗うようなブラシを持ってきてくれた。

 俺は特に何も言わず、ブラシで全身をこする。ゴーレムの腕の鉄板をこじ開けて、中も念入りに洗った。

「そうなっているのか……」

 タユウは興味深そうに俺の右腕を見ながらしゃがんで迫ってくる。コマチも近くで自分の体を洗っているが、目もくれない。

「面白いもんでもないさ。呪いだ」

 汚れを落として鉄板を嵌め直し、ちゃんと動くか指を動かした。スライムの残骸が詰まったりはしていないようだ。

 小屋に入り、用意してくれた布で全身を拭き、着替えて、外に出る。


ジーオウが湖畔に薪を組み、火を焚いていた。夕飯は肉を焼くらしい。4人分あるので、俺たちの分も用意されている。


「おそらく死体は川の上流で捨てられ、スライムがそれを見つけ、身体に残った魔力を吸い取りながら移動し、ハイイロベアを模倣して死体の肉を漁ったのじゃろう」

 ジーオウが焚火に薪をくべながら説明した。腐肉がそのまま残っていたのは、消化できないのでまとめて吐き出したらしい。

「スライムは擬態し、習性を模倣する。宿場でもコマチちゃんが大量に発生していたじゃろう?」

「そういえば、そうだったな」

「そうだったんですか!?」

 コマチは見ていない。

「こういうことは、よくあることなのか?」

「いや、滅多にない。あの穴に光の柱が立って以降、スライムが異常発生しているのじゃ。擬態しているからスライムとは気づかなかったが、西でも魔物はいたじゃろう?」

「その中にも擬態したスライムがいたんだな?」

「おそらくな。他の水源の管理者にも伝えておかないといけない。普通の魔物とスライムでは対処法も違うからな」

「よくやっつけたな。竜騎士は」

 タユウが俺を見て言った。どうやら竜騎士であることはバレたようだ。あれだけコマチが叫んだのだから仕方ない。

 コマチは俺を見て、すまなそうに下を向いてしまった。

「俺が西国の竜騎士であることを衛兵にバラすか?」

「そんなことはせん。ここは水源じゃ。ルールが違う。そもそも王都にいた大将の首を取っただけだろう。それはよくあることじゃ」

「どういうことだ?」

「偉い奴の首はよくすげ替わる。王は隠居されていて、世継ぎ争いが絶えない。ここ数年の間に軍のトップは何人も代わったのじゃ」

「王に子が多いのだな」

「いや、いないのじゃ。この国の王は呪われていてな。次期王は、血さえ繋がっていれば誰でも担ぎ上げることができる。王都の近くは殺伐としているよ」

 水源が特区である理由が少しわかって気がする。

「だけど、西国は敵じゃないのか?」

「では、敵国の者だからと言って、竜騎士はこの場で我々を殺すか?」

「いや」

「我々も同じじゃ。むしろ竜について教えてほしい」

「教えられることならな」

「ああ、頼む。だが、今は同じ飯を食おう」


 肉を食い、スープを飲んで、湖畔に寝袋を敷く。この季節は朝でもそれほど寒くはないらしい。スライムもジーオウたちがいれば湖から出てくることもないという。

「放牧のようなものだよ。リーダーを使役して、多くのスライムを誘導するだけ。それほど難しいことじゃない」

 タユウが説明してくれた。

「竜はどうだ?」

「もっと手がかかる。子供でも力が強いし、こちらが力を示さないということを聞かないし面倒だ。それに……」

「それに?」

「いや、言い過ぎた。この国では竜の扱いがどうなっているのかわからないしな」

竜は卵の時にいた環境で種類が変わる。毒につけておけば生まれてすぐに毒のブレスを吐くようになるし、熱したお湯につけておけば火を吐くようになる。環境適応能力が高いのだ。それは過去の竜騎士と竜の学者たちが見つけた秘儀で、あまり公にすることではないだろう。

「そうか……。明日は、どこに死体が捨てられるのか、川の上流を見に行く」

「ああ、わかった」

俺はそれより、誰が捨てているのか気になる。黒い鱗の入れ墨か。


俺とコマチは寝袋の中に潜った。


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