15話:復讐の理由
宿に戻る途中、料理屋で宴会しているのが見えた。輪の中にコマチもいる。ジョゼやクマさんに話を聞いているらしい。
もともと裏の魔法使いだ。この町には馴染めるだろう。
「リドが支援班を変えたと言っていい」
「それまでは回復班の一部だったが、赤目の大佐と地獄の蓋のお陰で一気に存在感を増したんだ。実際、ゴーレムの討伐が楽になった」
コマチの母の話をしているらしい。コマチは熱心に聞いている。
俺は飯だけ受け取って宿の自室で食おうかと思ったが、ジョゼに呼ばれた。
「隻腕! いや、もう隻腕じゃねぇか。鉄腕だな。こっちに来てお前も聞いといてくれ」
「そうだぞ。コマチは旅のお供だろ?」
クマさんが丸椅子に俺を座らせた。たった一度のレイドだが、一緒に戦った友という気がして、どうにもこの2人の言うことは断り難い。
「どっちかっていうと、俺がコマチのお供だ。コマチ次第で行先も変わる」
「行先が変わるってどうしてです?」
コマチは目を皿のように丸くして俺を見てきた。
「復讐だけが人生じゃない。自分の将来もしっかり見据えて行動しろよ、コマチ。この町の人たちはいい人たちだ。お前の居場所だってある。復讐しない人生だってあるんだぞ」
選択肢があるというのは悪くないはずだ。
「それをキリュウさんが言いますか?」
「俺は一発ぶん殴らねぇと気が済まない相手がいるってだけだ。それで誰かを悲しませたりする気はない」
「私は……、私はどうしても納得がいかないんです。母がどうして死んだのか。本当に処刑されるべきだったのか、わからないままこの国で生きていきたくない。だから、知りたいんです! そうじゃないと私の人生が進まない気がして……」
それから、コマチが自分の人生を語り始めた。
幼い頃は山奥の一軒家に住んでいて、父親とはなかなか会えなかったが、表の魔法を教えてくれたのは覚えているという。
9歳で王都の魔法学校に入学し、母親と手紙のやり取りをしていたが、半年ほどで母親が仕事のため外国に行き、しばらく連絡が取れなかったらしい。母親がこの国に帰ってきたのは3年後で、その頃にこの裏の魔法使いの町に滞在していたとか。
「リドは、地獄の蓋と呼ばれていた。蓋が空くと俺たち裏の魔法使いたちが悪魔となってゴーレムをなぎ倒すと噂になっていたらしい」
「あの頃は罠班も砲撃班も、大佐とバチバチにやり合ってたけど、全員黙らせていったからな。この町の貴族がお飾りになって、誰にも文句を言わせなくなったのもあの頃だ」
ジョゼとクマさんは懐かしそうに語った。全盛期という奴だろうか。
「結局、2年この町にいて、竜の下僕が動き出したとか言ってこの町を出たんだ」
「俺たちには関わらないでほしいって言ってた。西国のスパイが動き出したんだろうぐらいにしか思わなかったな。ほら、西国には竜騎士がいるからさ」
クマさんの言葉に、俺は黙って料理を口に運んだ。竜が、わざわざ東国にスパイを送るような真似はしない。
「その頃、母は何か言ってませんでしたか? 学校に手紙は来ていたのですが、何も心配いらないとしか……」
「危ない橋は自分一人で渡ろうとする奴だったからなぁ」
「表の魔法使いと黒い鱗の入れ墨がどうとか言ってたのは聞いたことがあるぞ」
またしても夢で見た光景と繋がってしまった。黒い鱗の入れ墨をした騎士。もしかして、あの右腕の死霊の記憶を夢で見させられたのか。
「黒い鱗の入れ墨。それを追えば、母と繋がるんですね」
「おそらくな。俺たちより表の魔法使いたちの方が知っているかもしれない。父親も表の魔法使いなんだろ?」
「いえ、それがそうじゃないみたいで……。半年前に母が死んで、初めに接触してきたのが父の親族でした。死霊使いの一族だったみたいで、父は9年前に母と旅に出たきり帰ってきてないそうです」
「保護してもらわなかったのか?」
「ええ、3年前には学校の組織が解体して、社会に出されていましたし、死霊術は得意ではありませんでしたから」
そう言えばコマチは学校に通っていたと言っていたな。
「それで魔女狩りに追われる羽目になったんだろ?」
「ええ、まさかそんなことになるとは思わなかったんですよ。母は何と戦ってたんでしょうか」
「俺たちの知らない、大きな何かだろうなぁ」
「キリュウさん! 出発までどのくらいあります?」
「どのくらいって言ったって……」
すでに料理は平らげて、酒に手を伸ばしているところ。旅の準備など、森があるんだからなくても行ける。この町でちゃんと準備しても3日くらいだろうか。むしろ、準備と言えば、いくらでも滞在することはできる。宿も料理屋もあるのだから。
「長居すると出ていくタイミングを逃すぞ」
「功労賞が3日後にあるはずだ。形だけだが貰っておくと貴族が喜ぶ」
ジョゼとクマさんは笑っている。功労賞なんて、ただの見世物で誰も貰わないんじゃないか。
「じゃあ、3日にするか」
「わかりました。3日の間に母について聞いて回ってみます」
コマチは冷めた料理をがっついて食べていた。気合の表れか。
「王都方面に行くなら、駅馬車を使った方がいいんだよな?」
「水源を通るならな」
「あそこだけはこの国の特区だから、管理者たちとは関わらない方がいい」
「そうなのか?」
西国にいた頃の俺も、東国は水が豊かな国というイメージが強い。あとは魔法使いくらいか。
「ああ、いつだったか最近も東の空に光の柱が突然伸びたことがある。大森林もなんでもありだが、水源も国民のあずかり知らぬところでいろいろあるみたいだ」
夜が更け、酒が回ってきた。
誰が始めた宴会かは知らないが、徐々に酔いつぶれていく者たちも出てきた。
俺はジョゼとクマさんを通りまで見送り、コマチと隣の宿へ戻った。
「竜騎士さん、すみません。私の復讐に付き合わせてしまって」
2人きりになり、コマチはキリュウではなく竜騎士と呼んだ。
「約束だからな。それに右腕の呪いについて俺も知りたい。死霊の右腕がついていた頃、黒い鱗の入れ墨をした騎士が夢に出てきた。レイドの第3波がくる直前だ」
「夢ですか?」
「右腕に憑りついていた死霊が俺に見せたのかもしれない」
「はぐれ魔法使いの村にいた死霊ですよね。表も裏も関係ないかもしれませんね」
コマチの頬は赤く、興奮しているようだった。
冷たい夜風が、宿の入口から中庭へと吹いてくる。
俺たちの復讐は始まったばかりだ。




