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14話:レイド明け


竜型ゴーレムを落とした俺は、消えていく右腕を見ながら激痛に耐えていた。肩から半透明の蛟がうねうねと身を捩っている。

俺の身体からレベルも消えていて、座っているのがやっとだ。


町の門が開くと、俺の側までコマチが駆け寄ってきてくれた。

 俺は口角に泡を溜めながら、「頼む」とだけ、声に出す。


「痛いですよね? 今、やりますから、もう少しだけ耐えてください!」


 コマチは、すーっと息を吐いて気を整え、俺の右肩に手をかざし呪文を唱え始めた。

 

「……ぬっぽりほむへっぺん!」


 死霊の欠片がすべて天に昇り、新たに右腕が伸び始める。幾本もの刃が突如、肩口から突き出し、その隙間を管が通る。さらに歯車が回り出して肘関節を作り出す。同じように二本のバールのようなものが伸びて、そこに管が這い、刃の束が覆う。手のひら、指と固い鉄棒と刃の束が伸びて、最後に、薄い鉄板が張り付いた。


 いつの間にか痛みは消えている。

「ゴーレムの腕か」

「最も近くにあったキリュウさんへの恨みが形になったようです」

「恨まれているということはあいつらにも感情があったのだな」

 

 囮班のリーダー・ジョゼと早起きクマさんが、近づいてきてくれた。

「夜が明けた。これでレイドは終わりだ」

「そうですか。なら、よかった。次があっても、動けませんでしたから」

 ジョゼにそう言って立ち上がる。

「不思議な呪いだなぁ」

 早起きクマさんは、俺の新しいゴーレムの右腕を触っていた。

「今のところ、硬いってだけですね。うおっ」

 歩き出そうとしたら、足がもつれてしまった。身体が思うように動かない。

「肩を貸そう」

 早起きクマさんに肩を貸してもらい、門の近くまで歩いていくと、回復班の薬師たちが全身に回復薬をぶっかけてくれた。


 全身が癒えていくと、右腕の重さに気がついた。鉄の腕は重い。

「クマさん、ありがとう。助かったよ」

「礼には及ばん」

 俺は門前で、ジョゼと早起きクマさんと分かれる。

 門の先には目の前には解体屋が待っていた。たくさん人を雇ったようで、似たような格好をしている者たちが待機している。


「ここからは俺たちの仕事だ」

「おう。お疲れ。竜型のゴーレムを倒しておいたぞ」

「防壁の上から見ていた。町中が知っている」

「そうか。解体、よろしく」

「了解。野郎ども! ぬかるんじゃねぇぞ! この町始まって以来の大物だ。慎重に解体しろ!」


 俺の援助者である解体屋の一言で、待機していた解体屋たちが一斉に門から飛び出していった。


「宿で休んでくれ」

 解体屋は俺の肩を叩いて、戦場の跡へと駆けだした。


 整備屋は宿で待っていた。

「もつ煮込みができているが、食うか?」

「後で食う。先に寝る」

「どこの部屋もお前のものだ。好きに使ってくれ」

「もし怪我をしていて俺みたいに腕が取れたり、足がもげたりしていた奴がいたら、部屋を使わせてやれ。俺は一部屋でいいから」

「わかった」


 俺は一番入り口から近くの狭い部屋に入る。

ようやくそこで後ろにコマチが付いてきていることに気がついた。

「なにやってんだ?」

「いや、レイドが終わったので、支援班での仕事もなくなり……」

「居場所がなくなったのか? 適当に空いてる部屋なら使っていいぞ。俺の支援者の宿だからな。好きにしろ。悪いが寝る」

「え? ちょっと……」

 俺は一人用のベッドに寝転がると、そのまま意識を手放した。


 何度か起きて、もつ煮込みを食べた気はするが、疲労ですぐに寝たのであまり覚えていない。外が騒がしい気もしたが、睡魔には負ける。


 起きたら、朝だった。一日中寝ていたらしい。

 

 宿の食堂には、囮班の面々がいて皆、酔いつぶれていた。他人の宿だと思って、宴会をしていたようだ。リーダーであるジョゼの姿はない。

 宴会の残り物で朝飯を済ませ、井戸で顔を洗って、表に出る。


 カンカンカンカン。


 町中から鉄板を叩く音が聞こえる。まだ、ゴーレムの解体作業は終わらないらしい。


「一日、寝ていたな」

 油まみれになっているゴーレム整備屋が通りの向こうから声をかけてきた。

「ああ、よく眠れた」

 伸びをして、身体の異常を確認。やはりゴーレムの右腕が重い。早急にレベル上げが必要だ。

「研いだ剣はあるか?」

「あるけど、どこか行くつもりか?」

「腕が変わってレベルも下がっちまった。少し、森で狩りをしたい」

「そうか。もしかしたら門兵がついてくるかもしれないが、悪気はないから許してやってくれ」

 整備屋は俺に新しい剣をくれた。俺はそれを腰に差す。

「なんで門兵がついてくるんだ?」

「キリュウ、お前がそういう男になったからだ」

「どういう男だよ? 変わらないぞ、俺は」

 そう言って、通りを歩いていたら、やけに町人からの視線を感じる。

 敵国の竜騎士であることがバレたか。逃げる準備をしておくか、とも思ったが、視線に敵意はない。


 門をくぐって外に出ようとしたら、門兵に止められた。初日、俺に財布を盗まれた門兵だ。

「どこへ行く気だ?」

「森だよ。レベルが下がって腕が重いんだ。軽く小さい魔物を狩ってくるだけだ。文句あるか?」

「今、お前を一人にはできん。俺もついていく」

 整備屋の言った通りになった。


 町の近くの森なら、それほど魔物は強くない。

 いつものように小さい角付きのウサギやマンドラゴラを狩り、ひたすらレベルを上げていく。どうしても動きが遅いし力も弱いので、返り血を避けられず血まみれになるし、何度突いても固くて刃が通らなかったりして泥だらけにもなる。

 門兵はそんな俺を見ても何も言わず、周囲を警戒するだけ。なんのために俺を監視しているのかはわからないままだった。

 ゴーレムの右腕に重さを感じなくなったので、素材を回収して町へと帰る。


「こんなもの見ていても面白くないだろ?」

「いや、そうでもねぇよ。冒険者もいろいろだな、と思った」

 門兵はそう言って、自分の仕事に戻っていった。


 宿の井戸で身体を洗い、冒険者ギルドに狩ったばかりの魔物の素材を買い取ってもらった。


「何をやってるんですか?」

 受付のねえちゃんに聞かれた。

「レベル上げ。腕にレベルを吸い取られちまったから。俺の呪いだ」

「そうですか」

 しっかり買い取ってもらって金を受けとって、ようやく俺は気が付いた。


 この金で何するつもりなんだ? 何かが欲しければ奪えばいい。

飯も宿も足りている。

 なにか旅の服でも買うか……。


 自分の行動に戸惑っていると、目の前に赤目の大佐が現れた。

「キリュウ。お前、何をやってるんだ?」

「レベル上げをして魔物を狩ってきただけなんですけど、問題ありますか?」

 何度も同じ質問をされて嫌気がさしてきた。

「いや、ない。好きにしてくれ。それより、少し時間があるか? 今後について、ちょっと話したいことがある」

「はぁ」

 赤目の大佐は、冒険者ギルドの応接間に俺を連れて行き、人払いをした。

 なにを聞かれるのか。


「キリュウ、お前、西国の竜騎士だろ?」

 赤目の大佐に先制パンチを打たれた。

「いつから気づいてたんです?」

「はっきり気づいたのは、竜型ゴーレムに飛んで行ったときだ。その前に、王都を襲った竜騎士のひとりが大森林に落ちたかもしれないとは聞いていた。大森林から、魔女狩りを逃れたコマチと一緒に来ただろ?」

「ええ、まぁ」

「はぐれ魔法使いのひとりかとも思ったが、どうも雰囲気が違う。まぁ、表の魔法使いではないし、普通の冒険者とも違うから、この町に向いているとは思ったけどな」

「そうですか。それで、俺は打ち首になりますか?」

「王都を襲って大将の首を取ったのだから、普通なら斬って捨てているところだろうが、俺はお前の正体を明かさないことにした」

 赤目の大佐は、なんでもないことのように言った。

「誰であろうと、この町を救った英雄に変わりない。塔の貴族たちも喜んでいる」

「そうですか。皆、無事とはいきませんが良かったです」

 今回のレイドで戦死した者や怪我をした者も多い。

「どうするつもりだったんだ? 西国に帰るなら逆走しているぞ」

「コマチの復讐に付き合ってから、俺の復讐に行くつもりでした。ただ、この町がコマチを受け入れてくれるなら、その方がいい。俺はこのまま自国に帰って復讐を成し遂げます。レイドがあって帰れなかっただけですから」

「コマチの罪は消えているから、受け入れるさ。ただ、本人の希望もある。お前の復讐とはなんだ?」

「相棒の竜を殺すことですよ。大森林に落として自分だけ帰りやがったあの竜にね」

 俺は憎さ余って、顔を歪ませながら言った。

「竜か……。コマチの母は、竜に関わって死んだ」

「知り合いなんですか?」

「ああ、増魔の一族はこの町に何度かやってきていた。コマチの母もそうだ。優秀な魔法使いで、レイドじゃよく助けられた。昔、竜の力を求める一派がいて、そこに所属していた男と町を出ていった。数年前に王都近くの町で処刑されたと聞いている。罪状は竜の子を身ごもったためだったはずだ」

 俺は第3波がくる直前で見た夢を思い出した。

「種族が違うので、竜の子なんか身ごもれませんよ。竜騎士の俺が言うんだから間違いない」

「だろうな。だが、それを彼女は否定しなかったそうだ。そして処刑された。コマチの復讐は、処刑した奴らへの復讐だろ?」

「そう聞いてます。ただ、あの年齢ですから、復讐せずに引き返せると思うんですが……」

「彼女の未来は、我々が決めることではない」

「そうですね」

 俺も話を聞いて納得した。コマチ次第で俺の行先が変わる。

「どちらにせよ、お前は出ていくのだな?」

「ええ。右腕も変わってしまいましたし、ここでできることは少ないでしょうから」

「できれば、この町に滞在して、遊撃班のリーダーをしてもらいたかったんだけどな。復讐を達成し、居場所を失ったらこの町を思い出してくれ。我々は腕のある奴なら誰であろうと受け入れる」

 赤目の大佐との話はそれで終わり。


 冒険者ギルドの外まで、赤目の大佐が来てくれた。

「しばらくはいるんだろ?」

「準備ができるまではいますよ」

「町の奴らに、表彰されたり、酒を奢られたりするかもしれん。悪気はないから受け取ってやってくれ」

 整備屋と似たようなことを言う。

「わかりました」



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