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13話:第3波の空


 固い整備屋の床で、夢を見た。

 魔女と黒い鱗の入れ墨をした騎士の夢だ。

魔女は身ごもり、騎士は徴兵されて戦争へ向かった。戦後、男の死を伝えられた魔女は泣き崩れ、子を堕胎。そのおろした子は人の姿をしていなかった。


ガンガンガンガン。


 鉄を打ち鳴らすような音で目が覚めた。

「第3波は始まっているか?」

 寝過ごしたと思い、整備屋に声をかけた。

「いや、まだだ。人型のゴーレムがまだ生きていたらしくて、通りで騒ぎになってるみたいだ」

「そうか。ん~……」

 俺は腕や腰を伸ばして立ち上がった。

「随分、静かに寝ていたな。まだ傷も癒えてないし、疲れてるんだろう?」

「傷は仕方ねぇさ。動いているうちはこの身体を使っていくつもりだ」

 あくびをして、身体中にいつの間にかできた傷を確認したが、それほど痛くはない。それより、固い床のせいで、身体まで固まってしまった。


「そっちに行ったぞ!」

 解体屋の声がする。まだゴーレムを捕まえられていないらしい。

 戦場にいた人型のゴーレムなら、踊り子のゴーレムだろう。


 ちょうどレベルも下がってきている。

研ぎ終わっている新しい剣を掴んで、通りに出た。

 踊り子のゴーレムは、ふらふらと歩いていて唐突に急旋回して回し蹴りを放っている。

 俺はゆっくり近づいて行って、回し蹴りがくるタイミングで、膝の力を抜いて前方に倒れるように身体を沈める。剣の重みを使って振り、踊り子のゴーレムの首筋に刃を滑り込ませた。


 スパンッ。


 小さな音と共に、ゴーレムの頭部が宙を舞い、コロンコロンと通りを転がっていった。

 俺が剣を腰に差すと、踊り子のゴーレムの身体は糸が切れた人形のように石畳に倒れた。


 野次馬は湧いていたが、それほどレベルは上がらない。

野次馬たちの向こうで、支援班たちが門前に集まり始めていた。


「そろそろか……」

「飯はどうする?」

 整備屋が踊り子のゴーレムの頭を拾って聞いてきた。

「戻ったら食う」

「おう」

 整備屋はそれだけ返して、俺の手にバールを渡してきた。

 徐々にゴーレムのレイドにも慣れてきている。身元を隠せば、この町でも暮らしていけるかもしれない。


「呪いの強化を」

 俺はコマチに近づいて、支援班のひとりとして頼んだ。

「第3波で、使い切るつもりですか?」

「そのつもりだ。悪いか?」

「いえ。赤目の大佐たちもそう思っているみたいです。むしろ第4波が来たら、この町は終わりだそうです」

 そう言って、コマチは俺の死霊の右腕を強化した。左腕より2倍ほど膨らんでいるが、扱えないことはないだろう。

 他の支援班の薬師が、回復薬を持たせてくれようとしたが、死霊の腕に影響するかもしれないので断った。


「よし、いってくる」

「いってらっしゃい」


 コマチたちに見送られ、門をくぐって戦場へ向かう。

 俺の後ろには、これまで一緒に戦ってきた囮班の面々と、前線で盾役を担っていた衛兵や冒険者たちが続いている。表の魔法使いで残っているのは4人だけ。


「4人か。残っただけましだ」

 先に戦場にいた囮班リーダー・ジョゼは褒めていた。


 ゴーンゴーン。


 鐘の音が鳴り、門が閉まる。

 森の草木も眠り、月が西へと傾いていく。

静かな夜が朝へと向かう。


「もしかしたら、異例だが第2波で終わったかもしれない」

レイド常連の冒険者たちと喋っていたら、俺の腕と変わらない太さのヘビ型ゴーレムが、戦場を這っていた。

ジョゼは花火を打ち上げて、ゴーレムが来たことを報せていたが何も言わない。

 剣で突き刺してみると、ヘビ型ゴーレムはあっさり動かなくなった。多少の酸は体内にあるようだが、気をつけさえすれば問題はない。魔法も使ってこないし、噛みついてさえこない。

「なんだか気が抜けてる」


 しばらく、囮班だけでヘビ型ゴーレムを狩り続けていると、地鳴りが北から響いてきた。

 すぐにジョゼが高台に登って確認したが、なにも見えないらしい。


 音はすれども何も見えない。またカメレオン型のゴーレムかと思い、火を焚いて煙を戦場に送ってみたが、まるで何もいないようだ。

 ただ地鳴りだけは近づいてくる。

 森から観察している俺たちの目の前を地鳴りが通過して、ようやく気がついた。


「地面の中だ!」

 ジョゼの声が戦場に響き、前線の盾役たちが一斉に散り散りに動き始めた。

 後ろに控えていた表の魔法使いたちは箒に乗って、地中を気にしながら空を飛んだ。

 

 落とし穴には火が投げ込まれ、一気に燃えている。


 ズガオッ!!


 地面が爆発したように土埃が舞い、巨大なワニ型ゴーレムが大きな口を開けて、飛んで逃げる表の魔法使いたちを食べようとした。飛び出した頭部だけでも、家のように大きい。

 間一髪のところで躱した、表の魔法使いたちは上空へと飛んだ。前線も囮班も一斉に森へと逃げた。植物の根がある分、まだ地中を進みにくいはずだ。

 防壁の上を見ると、旗が忙しなく動いている。複雑な伝令のようで、新人の俺には理解ができなかった。

 

「罠班が今、対ワニ型ゴーレム用の罠を作る。俺たちで時間を稼ぐぞ。走れるだけ走れ。いいな?」

 ジョゼの言葉に、囮班の面々は覚悟を決めて、戦場へと戻った。

 おそらくワニ型ゴーレムは魔力のようなものを感じ取って、獲物を狙っているはずだ。音を頼りにしていたら空飛ぶ魔法使いは狙わないし、ゴーレムなので特に空腹で襲ってくることはないだろう。


 囮として戦場を駆けずり回り、ワニ型ゴーレムの噛みつきを寸前で躱す。なぜか囮班の中では俺とジョゼがよく狙われるらしい。ジョゼは相変わらず滑るように走っていて余裕がありそうだが、レベルも下がった俺はワニ型ゴーレムの噛みつきを必死で躱している。

 汗が止まらず、乳酸が溜まって足が動かなくなってきた頃、防壁の上から戦場に樽が転がってきた。

 ワニ型ゴーレムは、迷わず樽に噛みついた。中からどろりとした獣脂が出てきて、ワニ型ゴーレムの内部へと流れ込んでいる。


「誰かが口に火を点ければ、燃えるな。逃げよう」

 ジョゼの声で、ようやく俺も森の中に逃げ込む。

 ゼイゼイと息をして汗を拭っている。第3波も終わりかと思っていたら、早起きクマさんが北の空を指さした。


「あんな火は求めてないぞ!」

 見上げると、竜型のゴーレムが空を飛び、森に向けて炎のブレスを吐いていた。

 待機していた前線と囮班が一斉に森から戦場へと逃げ出す。

俺は大きく息を吸って吐いた。


戦場には未だ地中で脂まみれになっているワニ型ゴーレムが口を開けて待っていた。表の魔法使いがワニ型ゴーレムの口に火の玉を放ち燃やすも、体内まで焼けるには少し時間がかかる。

「ワニは俺が引き受ける!」

 ジョゼが滑るようにワニ型ゴーレムに近づいて、囮になった。


「おい! 隻腕、逃げろ! 森の中で突っ立ってると燃えるぞ!」

 早起きクマさんが走り寄ってきてくれた。

「俺なら大丈夫だ。それよりクマさん、俺を防壁の上に投げ飛ばしてくれるか?」

「ああ? 何を言ってるんだ?」

「頼む。あの竜のゴーレムをどうにかするから……」

 空飛ぶ魔法使いたちではどうにかできる相手ではない。砲撃班の大岩で攻撃できたとして、あのゴーレムが竜の機動力を再現しているなら躱されてしまうだろう。

 おそらく他に選択肢はないはずだ。


「頼むよ!」

 俺は死霊の右腕で早起きクマさんの腕を掴んで懇願した。

「赤目の大佐に怒られても知らないからな!」

 早起きクマさんは、俺と一緒に防壁の近くまで走り、俺の身体を持ち上げて思いきり防壁に向かって投げた。

 俺は第2波で空いた防壁の窪みに捕まり、どうにか石の壁を登った。

 

「何やってんだ!?」

 状況を見ていた砲撃班のひとりが突然現れた俺に驚いていた。

 俺は構わず、赤目の大佐のもとへ向かう。


「どうするんだ!? あんなゴーレム見たことないぞ!」

「歴史上も現れた記録はありませんよ」

「あんなカタパルトでは上空まで飛ばない。大型の弩でもないと無理だ」

 指令を出す作戦本部では、怒号が飛び交っている。


「カタパルトで俺を竜型のゴーレムまで飛ばしてくれ」

「お前、何を言って……」

 砲撃班のリーダーらしき男が俺の胸倉を掴もうとして、赤目の大佐に止められていた。

「正気か……?」

「ああ。あのゴーレムが実際の竜を模しているなら、俺の領域だ」

 突然現れた前線にいたはずの俺に、周囲の者たちは当然疑問を持っているだろう。なぜここにいるのか。そして何を言いだしているのか。

「竜を知っているのだな!?」

「共に生きていた」

「では、隻腕のキリュウ。お前は……」

 おそらく赤目の大佐は俺のことをどこかで知ったのだろう。知っていて囮班の一員として使っていた。

「俺がどこの誰かはどうでもいい。今は大佐と同じように、この町を守ろうとしている。それだけは信じてくれ」

「……わかった。砲撃班、用意!」

「大佐!?」

「こいつは隻腕のキリュウ。呪い持ちだから、気兼ねなど必要ない。思いきりあのゴーレムに向け飛ばしてやれ!」

 赤目の大佐の有無を言わさぬ声で、砲撃班はすぐに俺を飛ばす用意を始めた。


「お前はいつもこんな無茶をしてるのか?」

 砲撃班のひとりが俺に聞いてきた。

「ああ、だいたいこんな感じだ。最近も仲間に裏切られて上空から落とされた気がする」

「呆れた奴だ。どんな人生を歩んでいる?」

「どんなって……。俺の人生じゃ、よくあることだ。角度だけ気を付けてくれ。空で方向転換するのは難しいからな」

 砲撃班は俺の指示通り、微調整をしながらカタパルトの準備を完了させていた。


「最後に聞く。どう考えても死ぬと思うが、いいんだな?」

 砲撃班のリーダーが聞いてきた。

「俺が失敗したら、あんたらも死ぬと思っていい」

「なら、必ず成功させろ!」


ボンッ!


カウントもなしに俺は宙に放り出された。

弧を描いて、炎のブレスを吐いている竜型ゴーレムのもとへ突っ込んでいく。やることは決まっているので、緊張はしなかった。

 竜型ゴーレムにぶつかる寸前、俺は死霊の右腕で、首の根元にある逆鱗を思いきり掴んだ。ゴーレムに逆鱗があるかどうかもわからなかったが、他のゴーレムの再現性は高かったので賭けてみたが、やはり逆鱗はあった。

 身を捩って体勢を立て直そうとする竜型ゴーレムの背中に飛び乗る。幾度もやったことがあるので、俺にとってはそれほど難しいことはない。

あとは背中の鉄板の隙間にバールを差し込んで剥ぎ取り、張り巡らされた管を死霊の右腕で潰していくだけ。竜型のゴーレムの炎のブレスはいつしか黒い煙に変わり、徐々に高度を下げて滑空するように地面へと墜落した。


 胸部の管を潰すとき、死霊の右腕を通じて竜型ゴーレムの記憶が一瞬、頭の中に流れ込んできた。

ダンジョン内での爆発と、崩壊する天井。黒い魔女の姿。赤子の声。断片的で、理解はできないが、もしかしたらゴーレムになる前は、本物の竜としてダンジョンに棲んでいたのかもしれない。その魂をゴーレムに移したとしたら……。


東の空に朝日が昇っていた。

死霊の右手は限界まで力を尽くしたらしく、ボロボロと崩れ、天に向かって飛んでいく。


ゴーンゴーンゴーン。


町に鐘の音が鳴り響いていた。



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