12話:第2波の歌
踊り子のゴーレムが鈴を鳴らし、お香を焚いている後ろには、骨と化した冒険者たちがこちらに向かってきている。
踊り子を攻撃しようとすれば、骸骨冒険者たちが守り、刃を弾いてしまう。冒険者たちの実力など、過去も今も変わらない。互いに牽制しつつ、戦っても互角で、首が飛んでも動き続けられる分、骸骨冒険者たちの方が思いきり攻撃できるようだ。
表の魔法使いたちが、火の玉を放っているが、骸骨冒険者たちの中にも魔法使いは待機していて、防御魔法で守られてしまう。
リーン。
やはり鈴の音には幻覚を見せる魔法がかかっているのか、踊り子のゴーレムの姿が、一瞬、絶世の美女に見えてしまう。囮班の中には、呆けて一緒に踊り出そうとする者まで現れ出した。
リーン。
ゴーン。
鈴の音に被せるように砲撃班の鐘の音が鳴る。幻術が解けて、再び攻撃に転じるが、足が覚束ない。俺は近くにいた千鳥足の冒険者を抱えて森へとぶん投げる。戦場では足手まといだ。
ズゴッ!
鐘の音の直後に大岩も飛んでくる。
一旦、囮班も前線も下がり、大岩の砲撃に任せるしかない。
大岩に潰されて粉みじんになれば動きを止めるが、多少骨がなくても骸骨冒険者たちは立ち上がって前進してくる。
なかなか敵の骸骨冒険者たちが減らない。
「おーれーは、村中で一番~!!」
前線の早起きクマさんが大声で歌い始めた。毛は逆立ち、筋肉は膨れている。
踊り子のゴーレムの鈴の音が一瞬、消える。同時に骸骨冒険者たちの動きも緩慢になった。
その隙を逃さず、クマさんは骸骨冒険者の頭骨を砕いた。頭を砕いてしまえば、糸が切れたように倒れる。
「クマに続けー!」
ジョゼの声が戦場に響く。
「「「おーれーは村中で、一番~! 毛深い~と言われ~~た男~!!」」」
囮班、前線に限らず、戦場にいる班全体が一丸となって大合唱を始める。
踊り子の鈴の音が完全に聞こえなくなった。立っているだけで反撃もできない骸骨冒険者など、ただの骨。頭を砕いて回った。
勢いに乗り、一気に踊り子を叩こうと前に出たところで、目の前に巨大な黒い影が現れた。
「前線、下がれ!」
ジョゼの大声が再び戦場に響き、花火が2発、打ち上げられた。
新たなゴーレムは、オーク型のゴーレムで身の丈は4メートルほど。数は8体。その8体で、大木の丸太を肩に乗せている。丸太は攻城戦に使う破城鎚と呼ばれる門を破壊するための武器だ。
町を守る防壁にそのままぶつけて、直接、破壊するつもりのようだ。
巨大な敵なら、先端から攻撃していけばいい。俺は単純にそう思い、オーク型ゴーレムの足元へ走り、脛にしがみついてバールで鉄板を剥がした。
中の歯車や管が露わになり、剣で潰していくが、ゴーレムの歩く速度は変わらない。効いている素振りすら見えないので、管を死霊の右腕で潰してみたが、紫色の煙が出るばかりで、やはりオーク型ゴーレムには効いていないようだ。ゴーレムたちの歩く速度は勢いを増すばかり。このまま防壁に突っ込んで、防壁の石積みが崩れるのを想像した。
町中で阿鼻叫喚が起こるだろう。
どうすりゃいいんだ、こんな敵……。一瞬、背筋が冷たくなった。
「隻腕! 防壁の上を見ろ!」
ジョゼの声で我に返り、俺は防壁の上を見た。
旗が左右に広がっている。一旦、退けという合図だ。
囮班も前線も一旦、森へ退いていた。
俺もオーク型ゴーレムの足から飛び降りて、森へと逃げた。
「大丈夫だぁ。罠班を信じろ」
早起きクマさんが、俺を森の高台に引っ張り上げてくれて、そう言った。
振り返ると、オーク型ゴーレムたちが走っていた。戦場から防壁までわずかな距離だ。今にも防壁に丸太が突き刺さりそうになっている。
直後、先頭を走るオーク型ゴーレムが落とし穴に落ちた。
つんのめるようにして大木の丸太は地面に突き刺さる。オーク型ゴーレムがすっころんだ。が、丸太の後部の勢いは落ちず、そのまま回転。丸太の端が防壁の上にぶつかり、防壁を崩した。
土埃が上がり、町から叫び声が聞こえる。
「行くぞ!」
各リーダーたちの掛け声で、囮班も前線も、転んでいるオーク型ゴーレムに飛び掛かる。
丸太は防壁に突き刺さり、戦場へと続いている。起き上がられると、丸太を登って町の中に侵入されてしまう。
何としてでも、ここは食い止めないといけない。
バールで鉄板を剥がし、管に剣を突き立てるも、やはりあまり効果がない。支援班の魔法により呪いが強化された裏の魔法使いたちが、次々とオーク型ゴーレムの足元から蔓を伸ばして縛り、関節部に杭を打ち付け、動きを制御しているが、一向に止まらない。
囮班リーダー・ジョゼは地面を黒い湿地に変え、立ち上がろうとするオーク型ゴーレムを転ばせていた。早起きクマさんも、鉄槌でゴーレムの足を曲げ変形させている。
リーン。
無情な鈴の音が戦場に鳴り響く。
踊り子のゴーレムが復活し、骸骨冒険者たちが防壁に走り出した。
オーク型ゴーレムが突然緑色の光に包まれ、曲がった脚や穴が空いた鉄板が癒え始める。俺たちは必死で、ゴーレムの癒えた傷を再び広げ、立ち上がらせまいと四肢の先端を杭で打ち付けた。
なりふり構っている状況ではない。俺は死霊の右腕をゴーレムの体内に突っ込み、管という管を潰していく。
その間にも、大木の丸太を渡り、骸骨冒険者たちが防壁に上がっていった。
ザバーッ!
音に気づいて防壁を見ると鉄の鍋がひっくり返され、丸太が油まみれになっていた。骸骨冒険者たちは油で滑り、罠の落とし穴に落ちていく。そこに表の魔法使いが火の玉を放ち、落とし穴の底は火だるま状態になっていた。
それでも防壁を登ってしまう骸骨冒険者たちを、竜巻のような何かが切り捨てていく。
「なんだ、あれ?」
「赤目の大佐だ。防壁の上は大佐に任せていい」
耳元で聞こえたジョゼの言葉で、俺は再びゴーレムの管を潰す作業に戻った。レベルがどんどん削り取られていくような感覚はあるが、右腕を使わないではいられなかった。
いつの間にか、オーク型ゴーレムは地面に倒れたまま動かなくなり、踊り子型のゴーレムもひしゃげて鈴を鳴らすこともできなくなっていた。
骸骨冒険者たちも燃えてしまい、黒い煙が穴から立ち上っている。
左手を見れば、油まみれでいつできたのかわからない傷から血が流れていた。
右腕は鈴の音が止まっているのに、痙攣を繰り返している。限界がきたか。あとで、コマチに見せてみよう。
周りを見れば、生きている者のほとんどが油と血で汚れ、肩で息をしている。誰もが満身創痍だった。
「レイドは何波まであるんだ?」
俺は黒い水たまりで佇んでいたジョゼに聞いてみた。
「だいたい3波まではある。2波で終わるということはなかったはずだ」
「まだ、あるのか……」
「俺たちも、経験のあるゴーレムはここまでかもしれない。次に何が出てくるかわからん」
そう言って、ジョゼは滑るように門をくぐっていった。
剣もバールも持ち上げる気力がない。
門をくぐると、コマチが俺を待っていた。
「おお、悪い。耐火のマントはなくしちまったよ」
「いえ、いいんです。それより、右腕は大丈夫なんですか?」
「わからないんだ。見てくれ。痙攣を繰り返している。限界か?」
コマチは俺の右腕を見ていた。ぞわっ、肩が震えたかと思うと、蛟がコマチの顔を襲おうとしている。コマチはそれを握りつぶして、地面に捨てていた。地面には染みができただけ。
「呪いも食べられるだけ食べたようですね」
レベルもスキルもほとんど残っていないような気がする。そう言われると、心なしか右腕が前よりも重い気がする。死霊なので重みなどないはずなのだが。
「あとで、呪いを増幅してくれ。第3波で使いきる」
「わかりました」
俺は整備屋に帰った。
どうやら通りの向こうにある宿と料理屋を買い取ったらしいが、疲れた様子の俺を見て、整備屋たちはすぐに寝かせてくれた。




