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11話:町の思いとゴーレムの魔法


「生きて帰ってきたのか?」

 ゴーレム整備屋は俺が生きていることに驚いていた。

「ゴーレムは倒したから、解体屋に回収を頼んでおいてくれ。それより、これ研いでおいてくれ」

 拾った剣を渡すと、整備屋は喜んで砥石を用意して桶に水を張っていた。


 ゴゴーン!


 まだヤギ汁を食べてないのに鐘の音が鳴った。

 どうやら第二波の合図ではなく、要請のための鐘のようだ。皆、通りに出てきて拡声器に耳を澄ませる。


『すまない。今回のレイドは我々だけでは討伐できそうにない。町の皆にも協力願いたい』

 赤目の大佐の声が街中に響く。

『ここ5年で、もっとも危険な戦いになるかもしれない。必要なのは熱した油だ。悪いが、倉庫や捨てる廃油、なんでもいい。油をかき集めてほしい。鍋はこちらで用意する。レイド対策本部、本部長の赤目の大佐より、全町人への頼みだ。どうかこの町を守るため御協力を!』

 大佐の要請が終わると、町が一斉に油をかき集めはじめた。

 料理屋の中で潜んでいた女将から、子供や老人まで瓶に溜まった油という油が、本部のある冒険者ギルドへ集まっていく。さも当然のように、誰からも不満の声が出ない。


「すごいな」

「当り前さ。赤目の大佐に守れなきゃ、この町は終わりだってことが全員わかってるんだ。むしろ協力できてうれしいのさ。剣は研いでおくから、うちの油を持って行ってくれ」

「わかった」

 俺もヤギ汁を一口だけ口をつけて、整備屋に溜まっている一抱えもある油壺を冒険者ギルドに持って行った。

 赤目の大佐は自らギルドの入口に立ち、頭を下げて回っている。


「すまない! 協力、感謝する!」

「水臭いぞ! このくらいはさせてくれ!」

「うちの解体屋は第一波だけで3年分稼がせてもらった。このくらいの協力ならいくらでもする!」

「大佐! 無理するなよ。あんただけが頼りなんだから!」

 この町では、赤目の大佐が、どの冒険者や魔法使い、貴族よりも人気があるらしい。


「ゴーレム整備屋のだ」

 俺が支援班の女に油壷を渡すと、わざわざ赤目の大佐が近づいてきた。

「隻腕のキリュウ、第一波での活躍は聞いている。人に興味のない囮班のリーダー・ジョゼが珍しく褒めていた。第二波も頼むぞ」

「俺はほとんどリーダーの声で動いていただけだ。まだ、流れも全体像もわかっていない。指示を頼みます」

 そう言って、俺は整備屋に戻った。


「油、何に使うって?」

 ゴーレム整備屋が剣を研ぎながら聞いてきた。

「さあ、知らん。第二波は第一波と違うのか?」

「第二波は魔法を使ってくるゴーレムが多いって聞く。だが、第一波から水柱を放ってくる象型ゴーレムが出たんだろ?」

「ああ、ひっくり返してやったがな」

「今回のレイドは荒れるかもしれん」

 俺はヤギ汁に口をつける。冷めても美味い。


「おいおいおいおいおい……!」

 解体屋が鉄板を抱えてやってきた。

「『おい』が多いよ」

「いやいやいやいや……!」

「『いや』が多いって」

 整備屋がツッコんでいた。

「だって、キリュウ、お前はいったい何体ゴーレムを倒したんだ?」

「そんなもん一々数えてねぇよ」

「とんでもない量だぞ。表の魔法使いたちが『倒したのは確かに自分たちだが、倒せるゴーレムにしたのは隻腕だ』って解体権の半分をお前に譲渡した」

「そうか。じゃあ、貰っておけばいいんじゃないか?」

「いや、いいんだけどよぅ」

「なにがおかしい?」

「まず表の魔法使いたちが恥を自覚し始めちまった。それから、鉄の量が異常だ。鉄板に限らず、ゴーレムの内部もあるから、俺たち援助者だけじゃフル稼働でも人数が足りない。それに第一波でこれだ。本当に俺たちに鉄の全権をくれるのか?」

「ああ。計算とか面倒事はお前たちに任せる。俺が欲しいのは経験値と新しい右腕だ」

 どれだけ暗殺に向いていようと、死霊の右腕だけで復讐を果たせるとは思えない。相手は竜だ。死霊の右腕で握りつぶせるほど心臓は小さくないだろう。

「後は全部くれてやる」

 そう言うとゴーレム整備屋と解体屋はお互いを見合わせ、頷いていた。

「それなら、俺たちも勝手にキリュウ一家を名乗らせてもらう」

「そんなもん名乗ってどうするんだよ」

「これから、なんでもサポートするよ」

「俺はレイドが終わったら町から出ていく人間だぞ」

「それでもだ!」

「ひと財産できちまってんだ。使い方間違えたくねぇんだよ!」

 整備屋も解体屋も、声を荒げた。この町にも貧富の差はある。今でも中央にある塔と町とは、少し距離があるように見える。住んでいる者からすれば思うところがあるのだろう。

「好きにしろ……」

 俺は研ぎ終わった剣を腰に差した。

「バール、一本貸してくれ。装甲の鉄板剥がすのにバールの方が使いやすい」

「俺の持っていけ」

 解体屋が自分のバールを渡してきた。年季が入っていて、持ち手が握りやすい。

「なくすかもしれないぞ?」

「代わりはいくらでもある。バールは落としても命は落とすな」

 レイドが始まる前まで俺が死ぬと思っていた援助者たちとは思えない態度になった。


「いってくる」

「おう」


 俺は門から出ようとしたら、支援班のコマチが走り寄ってきた。

「なんだ? 何か用か?」

「これ、耐火のマントです。前線の人たちに配るよう言われてます。第2波は魔法を使うゴーレムが多いそうです」

 傾向と対策か。俺は素直に受け取って戦場に戻った。

 ゴーレムはほとんど片付けられ、罠もすっかり元通り。解体屋とモール族の仕事か。大した奴らがいるものだ。


 前線の盾役も囮班も半分以上は生き残っている。表の魔法使いは使えないと判断されたのか、自ら出ないと決めたのか、かなり減っていた。


 門が閉まって、しばらくすると地響きが聞こえてきた。ゴーレムの波は間隔が決まっているのか。

 高台にいる囮班のリーダーの声を待ったが、無言のままだ。


 ズン……、ズン……。


 重量のある音だけは迫ってきているが、姿が見えない。目をこらしても、すでに夜なので、月明かりしか頼るものがない。一瞬、きらっと光ったようにも見えたが、目の錯覚か。


「くそっ! 最悪だ! カメレオン型だ! 身体に光学迷彩がかかっている。降ってくる火球に注意しろ!」


 囮班リーダー・ジョゼの声が響いた。全員、支援班から受け取った耐火マントを手にした。

 直後、暗闇の中に大きなしゃくれ口が浮かび上がり、火球が空に向かって放たれた。その大きさ、直径2メートルほど。直撃すれば、全身炭になって死ぬだろう。


 ボッ、ボッ、ボッ。


 断続的に3発ずつ放たれる火球は、戦場を火の海に変えていく。

表の魔法使いたちが水魔法で火を消し止めてはいるが、カメレオン型ゴーレムの攻撃は止まらず、キリがない。

 ジョゼの指示で囮班は、森から枯れ枝を集めてきて、火を焚いた。煙でゴーレムの位置と大きさを判断するためだ。


 白い煙が西からの風に吹かれ、カメレオン型ゴーレムの姿を露わにする。

 体高3メートルほど、体長は8メートルもある大型のゴーレム。幸い、一体のみなので、囮班全員で近づいていき、足から順に鉄板を剥がしていく。触れてしまえば、こっちのものだ。

 口元まで張り巡らされている管を死霊の右腕で塞ぐ。ゴーレムの口から火花が出るだけの状態になった。放たれていたガスが体内に充満し、独特な臭いがしてくる。


「爆発するぞ。離れよう」


 囮班たちは一斉に離れた。



 ボガンッ!


 カメレオン型ゴーレムの巨体が爆発。黒い煙が立ち上った。


 リーン、リーン。


 どこからともなく、鈴の音が聞こえる。


 戦場の北から現れたのは、人間とほぼ同サイズの踊り子のゴーレムが10体ほど。お香の匂いもする。幻術でもかけているのか……。

 

 そう思っていたが、月明かりに照らされた踊り子のゴーレムの後ろには、ダンジョンで死んだと思われる冒険者たちの骨が何百、何千と続いている。


「死霊魔法か……。魔法を使うって裏の魔法かよ」


 鈴の音に呼応するように、俺の右腕が痙攣している。

 俺は顎から汗が零れ落ちるのを感じた。



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