10話:第1波の防衛戦
虎型の次は熊型だった。サイズは虎型ゴーレムの2倍ほどもある。
ドスンドスン。
鉄の大きな塊が迫ってくるだけで圧力を感じるのに、さらに鋭い爪での攻撃も加わる。
積み上がっていた虎型ゴーレムの山が突進で崩れ、囮役の冒険者が爪で引き裂かれ、早々に戦線離脱していた。
熊型ゴーレムが腕を振り上げて迫ってきたので、脇にある鉄板の隙間に剣を挟み、腕を止めた。腕を振り上げたまま状態が前かがみになったゴーレムのバランスが崩れ、倒れてくる。
俺はスキルを使って後ろに避け、死霊の右腕をゴーレムの体内に潜り込ませ、四肢に繋がる管を潰していった。剣も熊型ゴーレムの重量で曲がってしまったが、仕方がない。
曲がった剣で、ゴーレムの爪をはぎ取って剣は捨てた。
ゴーレムの群れは次から次へと押し寄せてくるので、対応に追われる。
一頭倒せば、それを足場にして、走ってくる熊型ゴーレムの上に飛び乗り、ゴーレムの爪を差し込んで、背中の鉄板をこじ開けて飛び降りる。
盾役の近くまで走っていけば、後ろで控えている表の魔法使いが攻撃してくれるだろう。
ゴーン。
鐘の音が鳴った直後、防壁の上のカタパルトから大岩が放たれた。
落下位置を予測して、ゴーレムの間を縫うように逃走。逃げの一択。迷っている暇がない。
ガンッ!!
土埃と共に4体ほどゴーレムが降ってきた大岩に潰された。だが、その岩も熊型のゴーレムは爪で破壊していく。目は赤く光り、ただ目の前の物を潰そうとしているだけの狂騒だ。
岩を破壊することに集中すると、ゴーレムはそれだけしかできなくなるため、破壊するのは簡単だ。折れた鉄板や爪を拾って、関節部に刺していく。関節が動かなくなれば、動けなくなるのは人と同じだ。
「これは楽だ」
囮役も前線で耐えていた盾役も全員、岩と戦っている熊型ゴーレムを倒しに向かう。
人海戦術で倒し切れば、それほど時間もかからない。
ゴーレムにとどめを刺していた囮班のリーダーが現場を離脱。高台に向かう。
「まだあるぞー! 罠班・玉屋を呼んでくれ!」
そう言ってリーダーは花火を2発、上空に向けて打ち上げた。
「おぅい! 隻腕!」
盾役として前線にいた早起きクマさんが走ってきて、誰かを呼んだ。隻腕って俺か。
「なんだ?」
「このロープの端を持って森で待機しててくれ。花火屋がやってくるから!」
真っ黒いロープの端を持たされた。どうやら油が仕込んであるロープのようだ。
花火でもやるつもりか。罠屋というくらいだから、なにかするのだろう。
俺は指示通りに森へと向かう。クマさんもロープの端を反対側の森へ向かって歌いながら走っていった。
「黒ヤギさんからお手紙食べた。白ヤギさんたらお手紙食べた。仕方がないからお手紙たーべた。おーなかいっぱい、ヤーギを食べた」
何の歌だろう。食ってばっかりだ。
クマさんが歌っている間に、戦場にロープが張られた。
そのまま待機していると、樽を担いで独特の服を着たふんどし姿の男たちが現れた。
「罠班・玉屋一家だ。あんたが隻腕か?」
「そうだ。お前ら戦場で花火でも打ち上げるつもりか?」
「おうよ。今夜はヤギ汁さ!」
わけのわからないこと言いながら、黒いロープを辿りながら樽を設置していく。
ドドドドドドド!!
地響きがゆっくり近づいてくる。
土埃の向こうに、光沢のある鉄の身体が見えてきた。頭部に二本の角が伸び、四角い目が並んでいる。体高2メートルほど。ヤギ型のゴーレムの群れだった。
凸凹した地面は踏み慣らされ、平らになっていく。
目の前をゴーレムの群れが通り過ぎようとしたとき、玉屋一家が動き出す。
ロープに火を点けると、一気に燃え広がった。設置した樽に引火し、中の火薬が爆発する。
ボンッ! ボンッ! ボンッ!
「たーまやー!」
爆発でヤギのゴーレムは群れごと吹き飛び、ひっくり返った。
「行くぞ!」
どこからか囮班のリーダーの声が聞こえてきた。
ひっくり返ったヤギのゴーレムから角を抜き取り、そのまま角を関節に突っ込んで鉄板を剥がす。胸から伸びる管がわかりやすく後ろ足に伸びていたので、持っていた鉄板の角で潰した。
やり方がわかれば、後は簡単だ。
前線もやってきて、ひっくり返ったヤギ型のゴーレムを潰していく。逃げ出していったものもしっかり表の魔法使いが倒していた。
ピッヒュン!
一息つこうかと思ったら、頭上を水の柱が飛んでいった。水柱に当たった表の魔法使いたちが吹き飛び、後ろの防壁にぶつかって気絶している。
「ゾウが来たゾーウ!」
早起きクマさんの大声が戦場に響いた。
「くそっ! 第一波からこれか……。おい、新人、立て直すぞ!」
いつの間にか囮班のリーダーが俺の隣に立っていて、盾役の前線を配置場所に下がらせていた。
「死にたくなければ、防壁を守り切れ!」
各班のリーダーたちの声も聞こえる。
俺は何か違和感があり、立ち尽くしていた。
「おい、頭が空っぽになったか?」
囮班のリーダーに胸倉を掴まれた。
「いや、象型のゴーレムが来るんだよな?」
「そうだ。俺たちじゃ止めれねぇくらいデカいし、水魔法も放ってくる。森に潜伏だ」
「だったら、おかしいんだ」
「なにがだ?」
「足音がしねぇ」
大きなゴーレムが迫ってきているはずなのに、地響きのような足音が聞こえない。
「車輪かキャタピラで近づいてきてるなら、片側だけ穴掘って傾けりゃあいい。でもそんな時間はないか……?」
「へっ、いや、それで行こう!」
囮班のリーダーは、そのまま地面を滑るようにして後ろに移動していった。
「玉屋、モール族を出せ!」
「ジョゼ、そらぁ無理だぜ。いま落とし穴を補修してんだからよ!」
囮班のリーダーが罠班を説得し始めた。俺はじっと象型のゴーレムが北から来るのを見張っている。
「いいから、レイド中は一番死ぬ奴らの言うことを聞くのがルールだろ? うちの新人の案だ。あの世に行く前に華を持たせてやってくれ」
「くそっ。カタパルトで死んでも知らねぇからな!」
玉屋の捨て台詞が聞こえてきた。
「穴掘りの専門家を呼んだ。片側だけ掘ればいいんだな?」
囮班のリーダーが聞いてきた。
「ああ、大型の魔物はそれだけで小回りが利かない。ゴーレムなら方向転換にも時間がかかるはずだ。違うかい?」
「いや、たぶんそうだ。最近は出てなかったが、昔きた象型のゴーレムは前にしか進まないタイプだった」
「なら、片側だけ落として、側面からひっくり返した方が楽に潰せるんじゃないか?」
「よし、全員東の森に入れ! ゴーレムが傾いたら、一気にひっくり返すぞ!」
まだ生きている囮班や前線の盾役たちが、森の中に移動を始める。
その前線を抜けて、小さな獣人部隊が頭に魔石灯と呼ばれる照明器具をつけてこちらにやってきた。
「なんだって人遣いの荒い奴らだな。とにかく行けって言われてきたけど、何の用だ?」
「穴掘りの専門家か?」
「そうだ。モール族だ。どこに掘る? 塹壕か?」
「いや、ちょっと西側の地面に穴を掘ってくれ。ちょっとした坂でもいい」
「何をしようってんだ?」
「ゴーレムを傾ける」
「傾けるだけか!?」
「そうだ」
「まぁ、やれと言われりゃやるけど……。設計図がないから、きっちりはできないぞ」
「構わねぇよ」
その俺の一言で、モール族が一斉に目の前の地面をスコップとつるはしで掘り始めた。
スゾゾゾゾッ!
土を掘る速度が異常だ。ヨーグルトでも掘っているかのような速さだ。
秒で、坂と深さ3メートルほどの大穴ができ上がった。
キュルキュルキュルキュル……。
キャタピラのような音が聞こえ、振り返ってみると、森の樹木より背の高い象の影が近づいてくるのが見えた。穴の深さは十分だろう。
「ありがとう。助かった。離れててくれ」
「ああ、健闘を祈る!」
モール族は防壁方面に逃げていった。
ピッヒュン!
水柱が飛んでくる。水柱は直接防壁に当たり、黒ずんだ汚れを落としていた。
俺も東側の森で待機。
キュルキュルキュルキュル……ズズン。
ゴーレムの片側のキャタピラが穴に落ちて、大きく傾いた。
「そーれ!!」
早起きクマさんの掛け声で、前線の盾役たちが浮き上がったゴーレムを縦にした。回るキャタピラをその辺に落ちている鉄板で押さえ、さらにひっくり返し、完全に象型のゴーレムを上下逆さまにした。
ゾウの鼻から発射されていた水柱は、地面に当たって水たまりを作るだけ。鉄板を剥がして、ゴーレムの内部をむき出しにしていく。張り巡らされた管も全員で引きちぎれば、それほど手間はかからない。
キュオー……ン。
象型のゴーレムの動きが止まった。
パンパンパンッ。
囮班のリーダーが3発、花火を打ち上げた。
「第一波終了だ! 回収は解体屋に頼もう! 大佐と打ち合わせしてくる。今回は異常なくらいゴーレムが多い。第2波も気を引き締めていくぞ!」
各班のリーダーたちがそう叫んでいる。
俺も一度町に帰ろう。剣がなくなったので、誰かの剣を拾って帰る。
門をくぐると、コマチたち支援班や医療班が無料で回復薬を渡してくれた。
「お疲れ様です!」
コマチは小便も漏らさず、支援に徹していたようだ。死霊の右腕はまだ使える。
「飯あるか?」
「ええ、どの宿屋、料理屋でも炊き出ししています。『あまり食べないように』と赤目の大佐が言ってました。動きが悪くなるそうです」
「わかってるよ」
俺は適当な宿で、ヤギ汁を受け取り、ゴーレム整備屋へと向かった。




