異世界と融合したこの世界で、私は勇者になった ~無力な女子高生は、死者すら蘇生する力を得たようです~
高校に入学してから間もなく、仲のよかった幼馴染が死んだ。
七海はとても大人しく、とても優しい子で、ただ……あまり勉強ができなかったから。
本当は同じ高校に入りたかったけど、それは叶わなかった。
それでも、私たちは違う高校に入って、毎日連絡を取り合って、毎週末一緒に遊んだ。
そう、遊んで――その次の日、学校の屋上からあの子は身を投げたから。
遺体は背中から地面に激突したそうで、家族や特に親しかった私は、死体との面会を許された。
もちろん、色々処置をした上で、“見れる”姿にしたのだろうけど――顔だけは安らかな表情をしていて。
それだけに、前日の幸せそうな七海の笑顔がフラッシュバックして、私はトイレに駆け込み嘔吐した。
どうして、こんなことに。
どうして、どうして――
ひたすらにそんな言葉が頭の中を駆け巡る。
何も相談なんてしてくれなかった。
ただいつもどおりに遊んで、いつもどおりに次の約束をして、いつもどおり、いつもどおりに。
それが、自殺だなんて。
私は信じられなくて、ひょっとしたら殺されたんじゃないか、なんて――とにかく誰かのせいにしたくて、同じ学校に通う知り合いや、SNSを探った。
見なければよかった、と思った。
そこに並んでいたのは、七海の死を笑う、同級生たちの心無い言葉や、顔は写っていないけど――おそらく彼女と思われる女子高生を暴行する動画だったから。
それからしばらく、私は学校を休んだ。
部屋に引きこもって、ずっと、何をするでもなく、ベッドの上で膝を抱えていた。
親は心配して、何度も私に声をかけたけど、別に親が悪いわけじゃない。
ただ、動けなかった。
何もする気が起きなかった。
今更になってわかる。
あの子は、大人しいけど、強かったんだ。
あんな目に合ってるのに、一度だって弱音を吐かなかった。
『今までみたいに守ってもらえないから、私も強くならないと』
入学当日――七海が送信したそんなメッセージが残っていた。
胸から何かがこみ上げて、涙になってほろりと溢れる。
強くならなくてよかったのに。
どうして、私は彼女を一人にしてしまったんだろう。
どうして、私は彼女と同じ学校に行かなかったんだろう。
後悔だけが積み重なって、私から生きる気力を奪ってゆく。
「……私も、同じ場所に、行っていいかな」
空想の中の彼女は、寂しそうに微笑みながら、首を横に振る。
何で、連れて行ってくれないんだろう。
心に空いた穴は、もはや私を、私とは呼べない、がらんどうに変えた。
◇◇◇
二週間が経った。
その間、ほとんど食事を摂らなかった私は、短期間で驚くほど痩せて。
心配した家族に、半ば強引に部屋から連れ出された。
心療内科に連れて行かれたりもした。
ただ、きっと親もわかってたんだと思う。
原因はそんなことじゃない、って。
だけどそこまで心配されたら、動かないわけにもいかなくなって。
私は変わっちゃいないけど、周囲に動かされる形で、再び学校へ通うようになった。
クラスメイトは心配してくれた。
休んでいた間のノートやプリントも取っておいてくれた。
担任も社交辞令程度に声をかけてくれる。
けど、授業の中身は頭に入ってこないし、考えるのは七海のことばかり。
もうこの世に存在しないものだけが、私の心に渦巻いているから、きっと私の心はすでに死んでいるんだと思う。
それから数日、私は死体のように通学を続け、そしてある日の昼休み――上級生が、くだらないゴシップで騒いでいるのを耳にした。
「知ってる? 近くの高校で飛び降り自殺があったって話」
「ああ、いじめられてたらしいね」
「えっぐいよねぇ。動画も見たけどさ、そりゃ死ぬっしょって感じでさ。でもあれ、自殺じゃないらしいよ」
「飛び降りでしょ?」
「背中から落ちてたんだって。普通、そんな飛び降り方する?」
「じゃあ何、誰かが突き落としたってこと?」
「噂じゃ、いじめた連中が殺したんじゃないかって」
瞬間――私の心は、息を吹き返した。
というより、残り滓を燃料にして、目の前が真っ白になるぐらい燃え上がっていた。
気づけば私は学校を出ていた。
自転車に乗って、全力で漕いで、彼女が通っていた学校へと向かう。
閉ざされた校門をよじ登って、汗だくで校舎にかけこんで。
他所の制服を着ているものだから、当然に目立つ。
たまたま通りがかった教師が声を荒らげる。
無視する、走る。
何組かは聞いていた、けれど場所がわからない。
だから私は追われながらひたすら探した。
そして、授業中の教室の扉を開き――あの子を殺したクソッタレ連中に、溜まった感情の膿をぶちまけた。
「お前たちが……あの子を殺したのか……っ!」
「お、おい君、急に何なんだ!」
「お前たちが七海を殺したのかあぁぁあああああっ!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
衝動のまま、私は近くにいた生徒に掴みかかった。
教室内は、怯えた生徒の叫び声や、教師の怒号で一気に騒がしくなる。
必死に逃げる生徒。
背中から羽交い締めにする男性教師。
それを振り払って、犯人を探す私。
騒動の中、ニヤニヤと笑うグループがいた――私は彼らを見つけると、飛びかかる。
しかし、応援の教師が到着し、私は押しつぶされるようにして取り押さえられた。
「離せええぇぇええええっ! あいつらがっ! あいつらが七海をおおおぉおおおっ!」
「誰か警察を! 警察を呼んでくれぇっ!」
「許さないっ! 返せえぇええっ! 七海を返せえええええぇぇえっ!」
叫ぶ私の姿を、彼らはスマホで撮影して、ゲラゲラと笑っていた。
けれど大人二人に取り押さえられて、私が動けるはずもない。
私は、しばらくしてやってきた警察に取り押さえられ、パトカーに乗せられた。
署で取り調べを受ける。
連絡先を聞かれ、親がやってくると、母は「どうしてこんなことをしたの」と泣き、父は珍しく真面目な表情で私の頬を叩いた。
その痛みは驚くほど私の心には響かない。
叩かれたあと、私が無表情に父の顔を見上げると、彼ははっとして、苦しげに自分の手のひらを見つめた。
◇◇◇
七海の通っていた学校は、事を大きくしたくなかったのか、刑事事件にしないよう働きかけたらしい。
つまり、学校側はあれが自殺ではなく他殺だった、と――その噂の存在を把握しており、なおかつ事件が大きくなると厄介だと認識しているらしい。
一方で私は、無期限の停学処分を受けた。
実質的な退学処分のようなものである。
また、ネットにはあの日に撮影された動画が『キチガイ女』とタイトルに付けられ、モザイクも無しに拡散された。
住所や電話番号もすぐに広まり、うちの固定電話はまともに機能しなくなった。
見慣れない人が家の前をよく通るようになった。
そのせいか、母は体調を崩し、パートをやめた。
私のせいで、それなりにうまくいっていた家庭内は一気にギスギスしはじめた。
私と母は、毎日ずっと同じ家の中にいながら、ほとんど会話を交わさなかった。
一度、廊下でうずくまるひどく具合の悪そうな母を心配して、「大丈夫?」と声をかけた。
母は笑顔を作って「大丈夫よ」と優しく答えた。
私はなおも心配しつつ、横を通り過ぎ自分の部屋に向かったけれど、その瞬間――
「あんたのせいよ」
と、母が冷たく呟いたのを鮮烈に覚えている。
私には聞こえないように言ったつもりなんだろう。
人は本音を話さない。
たとえ家族でも、親しい相手でも。
私は強烈にその事実を認識して、それから、家族と話すのがとても怖くなった。
◇◇◇
七海の死から数ヶ月が経った。
私の動画も、他殺の噂も、七海の自殺そのものも――何もかもが落ち着いて、季節は冬を迎える。
父の献身的なサポートもあって、母も少しずつ体調を戻して、以前と同じように振る舞うようになった。
パートも再開するらしい。
夫婦は元に戻った。
けれど、私に根付いた恐怖心は消えない。
この家に居るのは、夫婦と、他人の私――気づけばそんな認識になっていた。
両親が優しく語りかけても、何も信じられなくなっていた。
ちょうどその頃、ネットではある噂が広まっていた。
最近増えている変死事件について。
妖怪に殺された、モンスターに殺された、魔法で殺された――そんな話が飛び交うようになっていた。
馬鹿馬鹿しいと切り捨てたいところだけれど、妙な事件が増えているのは事実である。
私の暮らす、そこそこの田舎でも、すでに数人が、何かに食い散らかされたように死んでいた。
市は熊や野犬に関する注意喚起をしたけれど、犬はともかく、熊なんて出ない地方だ。
自然と、夜に出歩く人は減った。
話によると、一部の飲食店やコンビニは深夜営業を取りやめたらしい。
私は暇だったので、彼らのファンタジー妄想に付き合うこともあった。
現実逃避だ。
そのまま逃げ続けたら、いつかこんな現実が消えてくれたりしないかな。
◇◇◇
数日が経った。
死者はさらに増えた。
明らかに人でも動物でもない生き物の目撃情報も増え、連日、ニュースで報じられるようになった。
母は、毎日家を出るたびに、父に「気をつけてね」と言うようになった。
そういう母も、昼前にはパートに出る。
私は、一人取り残された家で、部屋にこもってぼーっとしていた。
正午、お腹がすく。
リビングへ向かう。
母の作った昼食が、『温めて食べてね』というメモと共に置いてあった。
怖かった。
こんな親みたいなことができるのに、その裏では、本当は私のことを、私を、あの冷たい声で――
戸棚を開く。
カップ麺を取り出す。
冷めた卵焼きの横で、私はそれをすすって、部屋に戻った。
その途中、洗面所の前を通り掛かる。
久しぶりに鏡を見る。
痩せこけて、肌もカサカサで、髪はボサボサで――信じられないぐらいボロボロの自分がいて、私は嬉しくて笑った。
◇◇◇
部屋に戻り、ネットを見る。
あるニュースが話題になっていた。
近所の電車が、何かを轢いて止まったというニュース――そこに写る死体は、まるで恐竜のような生き物。
「……うわ、作り物じゃないの?」
かすれた声でそうつぶやく。
噂話ならまだ笑える。
だがこれは――もはや誤魔化しようもなく、あの噂が真実だと示すものであった。
もちろん世間は大騒ぎ。
不安を煽る文言があらゆる場所を駆け巡り、おそらくスーパーやホームセンター、コンビニあたりは大忙しだろう。
こころなしか、外を通る車の交通量も増えつつあるように見える。
「はは……すごいや。こんな漫画みたいなこと、本当にあるんだね」
何にせよ、他人事にすぎないが。
これはどんな現象なんだろう。
地底に隠れていた恐竜が目覚めた?
異世界とのゲートが開いてモンスターが流れ込んできた?
これで人類が滅びるのなら、それもそれで悪くない。
七海は、こっちに来るなって私を引き止めるだろうけど、殺されたんなら仕方ないよね。
私はネットで似たような画像を漁った。
コラージュや合成扱いされていたものも、次々と事実として認定される。
巨大なトカゲだけじゃない。
竜も、ゴブリンも、コボルトも、オークも――ただのゴシップが肉を得て血を得て、情報として歩きだす。
大変なことになっている。
両親は無事だろうか。
今さらになって、そんな不安が脳裏をよぎった。
そのとき、インターホンが鳴った。
私が一人のとき、基本的に来客には反応しない。
だがその客は繰り返し鳴らしたかと思うと、ガチャガチャとドアを強引に前後させはじめた。
聞こえてくる「ぎゃはは」という下品な笑い声。
「……あいつらだ」
七海を殺したクラスメイト。
私の動画を拡散した犯人。
事が落ち着いた今でも、彼らだけは、私たち一家をおもちゃにするように、ちょっかいをかけてくることがあった。
ガラスを割ったり、スプレーで落書きしたり――どうせ今日も、私が出たら何かやるつもりなんだろう。
大丈夫、無視すれば平気。
そう言い聞かせて、私は布団をかぶった。
すると、スマホから聞き慣れない機械音声が鳴る。
【新たな世界へようこそ! 美羽、あなたは勇者に選ばれました】
「は? 勇者? そんなアプリ落とした覚えないんだけど」
ボタンを押して消そうとするけど、画面は消えない。
【これよりチュートリアルを開始します、ガイドにしたがって行動してください】
「はぁ? なにこれ、電源も消えないとか、故障?」
【ステップ1、武器を手に入れよう!】
【勇者として戦うためには、武器が必要です。まずは身近にある武器になるアイテムを手に入れましょう】
わけもわからない私の視界に――突如、ゲームのような矢印が浮かんだ。
「え……えぇ……」
矢印は部屋の扉に向かって伸びている。
「行けってこと? 嫌なんだけど……」
しかし返事はない。
聞こえてくるのは、玄関を蹴る乱暴な音だけ。
仕方なく、矢印へ向かって進む。
部屋を出ると、今度はリビングへと私は導かれた。
リビングに入るとキッチンへ。
キッチンに入ると、戸棚の扉を開けと言われ――次に矢印は、包丁を指し示した。
その上には半透明のウィンドウが浮かび、アイテムの性能のようなものが書かれている。
【包丁】
【攻撃力:10】
困惑しながらも、柄を握る。
すると再びスマホが喋った。
【ステップ1をクリアしました】
【取得経験値10 取得ゴールド10】
【ステップ2、モンスターと戦おう!】
【モンスターとは、勇者に敵対する存在のことです。ゴブリンやドラゴンなどの怪物だけでなく、あなたに敵対する人間もそれに含まれます。頭上に赤いHPバーが表示されいてるかどうかで、友好的な存在と区別することが可能です。モンスターを撃破すると、勇者は経験値とゴールド、そしてアイテムを手に入れることができます!】
【さあ、近くにモンスターが潜んでいるはずです】
【手に入れた武器を使って殺害してみましょう!】
私は、握った包丁を見つめた。
「敵対する人間も、モンスター……ま、まさかこのアプリ……私に……」
【手に入れた武器を使って殺害してみましょう!】
「ひっ……」
【手に入れた武器を使って殺害してみましょう!】
「こ、殺せって言ってるの? やめてよ、冗談じゃない!」
思わず包丁を投げ出す。
すると、床に落ちる直前に光になって消え――手元に戻ってきた。
「な、なにこれっ、何回捨てても戻ってくるんだけど!?」
【手に入れた武器を使って殺害してみましょう!】
「っ……殺害、って……殺せって……そりゃあ……そりゃあさ、私も……殺したいけど」
気づけば、私の口元は笑っていた。
仕方ないから。
包丁、戻ってくるし。
別に握りたくて握ってるわけじゃないから。
ほら、あいつら暴れてるから、このままじゃ玄関壊されそうだし。
【手に入れた武器を使って殺害してみましょう!】
「……開けるだけ。脅すだけ。さすがに殺したら、まずいし」
【手に入れた武器を使って殺害してみましょう!】
「うん、とりあえず……出よう」
汗でにじむ手。
なのに包丁はやけになじむ。
「おい早く開けろよ引きこもり女!」
「居るのはわかってるんだけどー? あたしら学校が終わって暇なんだよね!」
「美羽ちゃーん、遊ぼうよー! 七海ちゃんが死んでおもちゃが無くて暇なんだよ俺らさぁ!」
玄関の向こうでは、連中が調子に乗って騒いでいる。
人数は男が二人、女が一人。
【手に入れた武器を使って殺害してみましょう!】
遊ぼうって。
刺激がほしいって。
【手に入れた武器を使って殺害してみましょう!】
だから、私は彼らの望みを叶えてあげることにした。
鍵を開く。
すると、彼らは力ずくで一気に扉を開いた。
前から順に、黒髪の男、けばけばしい女、金髪の男が立ってこちらを覗き込む。
「うわ、ぶっさ」
「やべー、マジで引きこもりじゃん。笑えないんですけどー、ぎゃはははっ……は……」
私を見て下品に笑う。
けれど彼らの笑い声は、私の手元を見た瞬間に止まった。
握られた包丁。
口元を歪める私。
それを見て、彼らはどう思ったのだろうか――
「……お、おい美羽ちゃんさ、待とう? ね? ほら、俺らは遊びたいだけだし?」
【手に入れた武器を使って殺害してみましょう!】
「あ、ちょっ、お前先に逃げるのは卑怯だろ! ここに来るって言い出したのお前だろ!」
【手に入れた武器を使って殺害してみましょう!】
「嘘だろ? なあ、ちょっとふざけただけじゃん。あ、もしかして七海ちゃん殺したのも俺らだと思ってる? それマジで違うから! あの、ちょっと屋上で遊んでただけでさ!」
【手に入れた武器を使って殺害してみましょう!】
「違うんだって! 本当に、違うんだよぉ! つかお前ら助けろよ! 何逃げてんだよ、ま、待て、来るなっ、やめろぉおおおおおおおおおっ!」
【手に入れた武器を使って殺害してみましょう!】
「死ねえぇぇぇぇええええええええッ!」
【クリティカルヒット! 男Aに15のダメージ!】
「ぎゃああぁああっ! あ、あひっ、がっ、ああぁああっ!」
「仕方ない、言われただけだから。仕方ない、私の意志じゃないから。仕方ない、七海を殺すようなやつらだから――」
「い、いてえぇっ! 血がっ、血があぁっ! お、おいけいさひゅっ、い、ひっ、病院っ! きゅうきゅうしゃああひいぃぃいっ!」
「は――あぁぁぁああああああああっ!」
【クリティカルヒット! 男Aに14のダメージ!】
「あっが!? がびゅっ、ぼ……あ……ぅ……」
【男Aは絶命した! 取得経験値50 取得ゴールド50 【人間の皮】*1 【人間の血】*1 【人間の肉】*1 【人間の骨】*1 入手!】
【実績【人殺し】を達成しました、アビリティ【下級対人ダメージ上昇】を入手します】
「はぁ……はぁ……はぁ……」
【美羽はレベル【2】になった! ステータスポイントを5入手! スキルポイントを1入手!】
「やった……」
【ステップ2をクリアしました】
【取得経験値50 取得ゴールド50】
【美羽はレベル【3】になった! ステータスポイントを5入手! スキルポイントを1入手!】
「あはははっ……やった……七海、仇を、取ったよ……あははははっ!」
指示されたから仕方ない――そんなのは詭弁だ。
殺した。
私は人殺しになった。
けれど悲しみなんて何もなかった。
ただただ、胸には喜びが――ここ数ヶ月、一度も感じたことのなかった高揚がある。
どうしてもっと早くこうしなかったのか。
七海なしで正しい道を歩いて生きることなんて不可能なんだ。
すでに私は破綻していたから。
だから私は、もっと早くに破滅するべきだった。
破滅してでも、七海を殺した連中を手にかけるべきだったんだ!
【ステップ3、ステータスを割り振ろう!】
なおもチュートリアルは続く。
ポケットに入れたスマホは、意味のわからないことを言い出した。
取り出して画面を見ると、私の顔が表示され、いくつもの数字が並んでいた。
【名前:須崎 美羽】
【HP 50/50】
【MP 50/50】
【体力:5 筋力:5 魔力:5 敏捷:5 魅了:5】
さらにその下には、細々と詳細なステータス? が並んでいるらしい。
私にはよくわからない。
【画面に表示されたステータス画面を見てください。レベルアップ時に得られたステータスポイントは、ここで割り振ることができます】
【【体力】は最大HP及び防御力に影響があります。【筋力】は物理攻撃に影響があります。【魔力】は魔法攻撃に影響があります。【敏捷】は移動速度及び回避率に影響があります。【魅了】はペットの性能に影響があります】
【一度割り振ったステータスは、元に戻すことができません】
【ここではまず、敏捷に5ポイント振ってみましょう】
「……元に戻せないのに、振っちゃっていいのかな」
【敏捷はどのタイプの勇者にも必ず役に立つステータスです、心配はありません】
「そうなんだ……」
言われるがまま、敏捷を増やす。
すると、私の体は明らかに軽くなった。
【これで移動速度が向上したはずです。逃げた敵を殺害しましょう!】
機械音声がそう私に命じる。
仕方ないので、私は血まみれのまま、包丁を手に家を出た。
◇◇◇
逃げた金髪の男は、息を切らしながら近所の公園に立っていた。
落ちていた鉄パイプを持って、額に汗を浮かべながら、周囲を見回す。
私を探してるみたい。
だから堂々と真正面から彼に向かって走る。
「き、来やがったな……よくもっ、よくもお俺の友達をぉおおっ!」
馬鹿みたいに友情を気取って、とても気持ち悪かったので、サクッと殺すことにした。
振り下ろされた鉄パイプは止まって見える。
避けて、懐に入り込んで、下顎の柔らかい部分に包丁を突き刺す。
【クリティカルヒット! 男Bに18のダメージ!】
「うご……あっ……」
殺しきれなかった。
もう一度苦しめられる、嬉しい。
喉から引き抜き、腹に突き刺す。
「はがあっ!?」
【男Bに10のダメージ!】
【男Bは絶命した! 取得経験値50 取得ゴールド50 【人間の皮】*1 【人間の肉】*1 【人間の眼球】*1 入手!】
血溜まりに男は沈む。
苦しそうな表情。
でも七海の味わった苦しみに比べればまだ軽すぎる。
私は彼の顔を踏みつけ、足裏を押し付けた。
ところでさっきからアイテムが手に入ってるみたいだけど、人間の皮とか肉とか――死体はそのまま残ってるのに、どうなってるんだろうね?
【ステップ3をクリアしました】
【取得経験値50 取得ゴールド50】
【ステップ4、ペットを入手しよう!】
「ペット? そんなのもあるんだ」
【ペットは勇者のパートナーとなる重要な存在です、ペットを育成することであなたの旅はぐっと楽になることでしょう】
「旅とかしないんだけど、あははっ」
【まずは【捕獲】のスキルを習得しましょう。スキルウィンドウを開きます】
ステータス同様、スマホに画面が表示される。
私はガイドにしたがって、スキルポイント? を使って【捕獲】を覚えた。
【スキルはMPを消費することで使用できます。MPは時間経過や休憩、食事、アイテムの使用で回復できます。また、最大値はステータスの【魔力】を増やすことで増加します】
「はいはい、なるほどね」
【ではさっそく、ペットを捕まえてみましょう】
【モンスターをできるだけ弱らせて、【捕獲】のスキルを使ってみてください】
「弱らせる……残ってるのはあと一人だっけ。あの女、どこに行ったかなぁ」
死体を放置して公園の外へ。
道路に出たところで――道の向こうで這いずる女を見つけた。
「はっ、はひっ……た、たすけ……て……っ」
なぜか彼女は全身青あざだらけだ。
私が殺そうと思ったのに、一体誰があんなことを?
そう思って見ていると、透明でぶよぶよした、50センチほどの物体が彼女に迫っている。
「もしかしてスライムってやつー? すごーい、本物はじめて見たぁ!」
私はすっかりハイになって、テンション高めにきゃっきゃとはしゃぐ。
そうしている間にも、スライムは女の足にまとわりつき――パキッ、と骨ごと折り曲げた。
「んぎひいぃぃいいいっ!」
女は白目を向いて、口からよだれを垂らして叫ぶ。
気分がよかった。
私はしゃがんで、その様子をじっと眺める。
「た、たひゅけ……たひゅけてぇええ……」
彼女は手を伸ばして、あろうことか私に助けを求める。
私は動かない。
もう片方の脚が折れる。
「んがぎゃあぁぁあっ! ぎゃひっ、ふぐうぅぅっ!」
とても人には見せられない顔をしている。
私は満面の笑みでその様子を見つめた。
けれどそろそろ飽きたので、スライムに接近。
「こんな包丁で倒せるのかな」
「――?」
「あ、こっちに気づいた。とりあえず突き刺すかぁ」
【スライムに10のダメージ!】
【スライムは絶命した!】
「死んだ……」
【取得経験値10 取得ゴールド10 【スライム液】*1 入手!】
「しょぼい……」
全体的に得るものは少ない。
よくあるゲームみたいに、スライムが最弱ってわかっただけで収穫としよう。
で、この女だけど――
「あ……あぁ……たすか、った……」
何だか安心したみたいだし、今が苦しめ時だよね。
「【捕獲】」
手をかざして、スキル発動――ってこれでいいんだよね?
すると半球体の物体が2つ、それぞれ彼女の両側に浮かび、その体を不思議な力で浮かべる。
「え? あっ……な、何……? 何よ、これ……やだっ、やだあぁっ!」
そのまま2つの半球は閉じて、女を閉じ込めたまま、一つの球体へと変わる。
「なんなのぉ……出してぇっ! 出せっ、出せよぉっ、クソ女!」
「閉じ込めた途端に口が悪くなるとか。性格悪いの隠しきれてないよ?」
「うるさいっ、人殺しのくせ――に」
球体の内部で、電気のようなものが流れる。
「あがっ、がっ、あがががががががっ!」
それは女の頭に直撃した。
彼女は白目をむいて、体をガクガクと震わせる。
「あはははははっ、さっきよりひどい顔になってんじゃん!」
「ぎゃひっ、ぎひいいぃっ! ひががっ、がふっ、きゃひゅっ! お……ご……お……ぁ……あー……あー……」
電気が止まると、彼女の体からは力が抜け、目は虚ろになった。
そして球体ごと光になって消え――スマホの中に入る。
【実績【はじめての捕獲】を達成しました、アビリティ【下級ペットステータス上昇】を入手します】
【これでペットの捕獲は完了です。ペットはメニューから呼び出すことができる他、この画面から餌を与えたり、強化することもできます】
【呼び出されたペットは、あなたの指示に忠実に従います。モンスターと戦わせるのも、クラフトさせるのも自由です。また、モンスターも勇者同様にレベルやステータス、スキルが存在します】
【ステップ4をクリアしました】
【取得経験値50 取得ゴールド50】
【美羽はレベル【4】になった! ステータスポイントを5入手! スキルポイントを1入手!】
またレベルが上がる。
さっき敏捷に5振ったから、今は10溜まってるんだ。
たった5でこれだけ影響があるんだから、10も振ったらどうなるんだろ、楽しみ。
でもそれより先に――
「ペット呼び出し、っと。へえ、あの女の名前、涼子っていうんだ」
スマホのボタンを押すと、捕らえられた女が棒立ちになって現れる。
涼子は私のほうを見て、ぼーっとした表情を浮かべていた。
「おすわり」
試しにふざけてそんなことを言ってみる。
「はい、ご主人様」
涼子はそう言って、地面に座った。
「お手」
「はい、ご主人様」
「おかわり」
「はい、ご主人様」
「靴舐めて」
「はい、ごひゅじんさま」
命じると、涼子は私の靴をべろべろと、躊躇なく舐める。
気持ち悪かったので、私はその顔を蹴った。
「汚い」
「申し訳ありません、ご主人様」
「土下座して」
「はい、ご主人様」
涼子は額を地面に擦り付ける。
私はその頭を踏みつけた。
「どんな気分?」
「特には何も感じません」
「屈辱的じゃない?」
「元の人格はそう感じているようです」
「残ってるんだ?」
「より魅力が強まれば、元の人格も従うでしょう」
「へー、魅了ってそういう効果もあるんだ」
涼子はまるで奴隷のように、私の前にひれ伏す。
頭を踏まれても抵抗すらしない。
「ふ、ふふ……んふふふっ……」
そういう趣味はないけれど、思わず肩が震える。
「あははははははっ、あはははははははははっ! ざまーみろっ! ざまぁぁぁぁぁあみろぉおおおっ! 七海を殺すからこうなるんじゃない! でしょ? そうでしょ? あんたらが殺したんだよね? ねぇ? ねぇ!?」
「はい、私たちが殺しました」
「やっぱり! やっぱりいぃぃぃいいいっ! じゃあ死ぬべきだった! 殺して正解だった! 私はあぁぁぁっ! 間違ってないんだぁぁぁぁあああぁああああッ!」
数カ月分の鬱憤を晴らすように――私は叫んだ。
涼子の頭を何度も踏みつけながら。
ゴスッ、ゴスッ、とアスファルトに額をぶつけた彼女は、血を流しても無表情だった。
ただ――
【涼子に2のダメージ!】
【涼子に3のダメージ!】
【涼子に1のダメージ!】
【涼子に2のダメージ!】
そのたびに彼女にはダメージが入って、それを何度も繰り返すと、
【涼子に3のダメージ!】
【涼子は絶命した】
あっさりと、土下座の体勢のまま彼女は死んだ。
そして光になって、スマホの中に戻る。
しかも、ペット画面には【復活まであと1時間】と表記されてるものだから、私は何だか、とてつもなく面白くなって、
「はははははははっ! あっははははははははははは! ははっ、復活とかっ、踏まれて死んで復活とか! あはははははははははっ!」
ゲラゲラと、腹の底から、力いっぱい笑った。
パトカーの音が近づいてくる。
私は笑いながら、血まみれの包丁を片手にその場から離れた。
◇◇◇
【ステップ5、ガチャを引こう!】
サイレンの音から離れていくと、新しいチュートリアルが始まった。
画面を見ると、安っぽいソーシャルゲームのような画面が開いている。
「ガチャまであんの? 本当にゲームそのものじゃん」
【溜まったゴールドやダイヤを使って、ガチャを引くことができます】
「ダイヤ……え、課金ポイント……?」
【ゴールドやダイヤはモンスターを倒したり、クエストをクリアすることで入手できます】
「あ、良かったダイヤもそれでいいんだ」
【ガチャでは、ペットや装備の他、回復アイテムなどを入手することができます】
「おおー……ペットもここから出てくるんだ」
【まずは溜まったゴールドを使って、下級ゴールドガチャを回してみましょう】
「ほい、ガチャを回す、っと……」
下級ゴールドガチャは、100ゴールドで一回。
画面を触ると、マシンからカプセルが吐き出される映像が表示され、中からアイテムが出てくる。
【レアリティN、ペット【男A】を入手しました!】
「ぶふっ!」
私は思わず噴き出した。
なにこれ、さっき殺した男じゃん、これ。
「いらないんだけどなぁ……」
【続いて、ダイヤガチャを回してみましょう】
【今回は、ガチャを1回回せるダイヤを配布します】
「大盤振る舞いじゃーん。ゲームと違ってリセマラできないのが残念だけど。さて、ガチャを回して――」
先ほどより、表示されるマシンの見た目も豪華。
そしてカプセルが出る寸前、謎のマスコットキャラクターのカットインが入る。
レアアイテムが当たる演出ってやつ?
いや、チュートリアルだから確定なんだろうな。
【おめでとうございます! レアリティSSR、ペット【新垣七海】を入手しました!】
「――は?」
私は思わず、声をあげた。
新垣七海?
その名前は。
表示された、その顔は――え、何で? 七海?
死んだ、七海が……?
「は……嘘、だよね。なんかの冗談、でしょ?」
ペット画面を表示する。
ペットリスト――【涼子】、【男A】、【七海】。
七海をタップ。
呼び出す。
スマホから光の粒子が現れて――私の目の前に、七海が立つ。
涼子同様、虚ろな瞳で。
「……七海」
「はい、ご主人様」
「七海ぃ……」
「はい、ご主人様」
「七海いいぃぃぃいいいいっ!」
私はその体を抱きしめた。
強く、強く、壊れるほどに強く。
確かに七海だ。
知っている匂い、知っている暖かさ、知っている柔らかさ。
全て、全て、全て、七海のものだっ!
「七海だよね? 七海なんだよね!?」
「はい、ご主人様」
「美羽って呼んで!」
「はい、美羽」
「敬語はやめて!」
「わかった、美羽」
「七海だあぁぁぁあああああっ!!」
私は興奮して、全力で彼女に頬ずりをした。
七海がいる。
七海がいる。
七海が、七海が、七海がここにいる。
生きている。生きている。死んでいない。
体の後ろ半分がぐちゃぐちゃになってない。
なんて、なんて幸せなんだ――
【実績【はじめてのSSR】を達成しました、アビリティ【下級幸運上昇】を入手します】
【ステップ5をクリアしました】
【取得経験値100 取得ゴールド100】
【美羽はレベル【5】になった! ステータスポイントを5入手! スキルポイントを1入手!】
幸運――そう、私は幸運!
今までは不幸だったけど、ここにきて回ってきてるんだ! 運が! かわいそうだと哀れんだ神様が与えてくれたんだあああ!
【ステップ6、ペットを強化しよう!】
【入手したペットは、勇者の魅了の数値によって強化される他、ペットと使用することで強化することができます】
【ペットが強化されれば、生前の知能や記憶を取り戻すこともできるでしょう】
「知能や……記憶を……? 強化したら? どうするの!? 教えて、ねえ早くっ!」
【先ほどのガチャで、低レアリティのペットを手に入れているはずです】
「うん、うん、手に入れたよ? 使えばいいの? 使ったら、七海を完全に戻すこともできるのっ!?」
【合成に使用して、SSRペットを強化してみましょう!】
私が七海に抱きついている間も、チュートリアルはまだまだ続く。
画面を操作。
強化対象に七海を選択、餌には男Aを選択。
合成実行――すると、男Aが勝手に呼び出される。
七海はその体に顔を近づけると、大きく口を開いた。
「七海――?」
もちろん、そのサイズで人など呑めるはずもなく――だから、口が裂ける。
まるでモンスターのように、顔の上半分がちぎれて、開いて、そうやって七海は男を丸呑みにした。
「え……? あ、え、今の……な、何……?」
【新垣七海の強化レベルが【2】になった!】
【強化レベルが上昇したことで、ペットの各ステータスが上昇しました】
【身体能力の向上の他、先ほどよりも知能が高まっているはずです】
七海の口は元に戻り、彼女は先ほどよりもわずかに表情豊かな顔で、こちらを見た。
「美羽、命令して」
【どんどんペットを強化して、あなたの理想のパートナーを作りあげましょう!】
「なぜ悲しい顔をするの?」
【ステップ6をクリアしました】
「美羽」
【取得経験値100 取得ゴールド100】
「美羽」
【ステップ7――】
急速に、気持ちが、温度を失っていくのを感じた。
違法薬物が切れた人は、こんな気分なのかもしれない。
手元を見る。
血で汚れている。
人を殺した。
私は、包丁で、人を刺して、二人も。
ていうか、何?
捕獲って、何?
人を、人形みたいにして。
あとさ、ガチャから死人が出るって、何?
人を食べて、強くなるの?
それで、仮に元通りの七海に戻ったとして、彼女はどう思うのかな。
「は……あ、あ……」
血の気が引いていく。
そもそも、このスマホ、どうなってんの?
あ、メッセージが届いてる。
お父さんとお母さんからだ。
『電車が止まって移動できない。こちらはひどい混乱だ、そちらはどうなっている?』
『助けて。今、スーパーの倉庫にみんなで隠れています。怪物に襲われました。たくさん死にました。助けて』
スマホだけじゃない。
どうなってるの? この世界は。
「う、うわあぁぁあああああっ! 化物っ、化物めえぇぇっ!」
「誰か助けてえぇええっ! 警察っ、そうよ警察なら!」
「無理だ! さっき拳銃が効かないの見ただろ! 早く逃げるぞぉーっ!」
大きな通りで、逃げ惑う人々。
窓ガラスが割れる音。
車がぶつかる男。
悲鳴、怒号――そして、人以外の叫び声。
「美羽、命令して」
【このクエストの達成には、人型モンスター10体の殺害が必要です】
「美羽、命令して」
【ステータスを適切に割り振り、殺害しましょう!】
「美羽、命令して」
【ステータスを適切に割り振り、殺害しましょう!】
「美羽、命令して」
【ステータスを適切に割り振り、殺害しましょう!】
世界が壊れてゆく。
「あ……ああ、ああぁあ……」
確かにもういらないとは思っていたけれど。
果たして、私が望んでいたのは、ここまでのことだったろうか――
「うわぁぁぁぁああああああぁぁあああああああッ!」
恐怖に耐えきれず、私は絶叫する。
かすれた叫びは、ドラゴン舞う空に虚しく響いて、誰の耳にも届くことはなかった。
息抜きに書きました。
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