(10)
「んー、今日もいい天気!」
ひとつ伸びをして、ひとみはいつものように家をでて学校に向かった。自宅前の細い道を過ぎ大通りと交わる角で、また西園寺華蓮と出会った。
下をむいて歩いていた華蓮は、ちらと視線をあげひとみを見つけると、ツンとして顔を背けた。
ひとみはまゆをよせた。
ーーーいっつもいっつも私につっかかる。なんか苦手なのよね。
ひとみも一瞬横目でにらみつけてからさりげなく顔をそらした。
ーーーでも、今日も変ね。いつもの元気がなかったわ。普段は取り巻きたちに囲まれてクラスの女王様みたいにふるまっているのに。
ひとみは華蓮と少し間をおいて歩き始めた。
学校へ続く坂にかかったところで、バスから降りてきたメイがひとみの肩をたたいた。
「おはよう、ひとみちゃん」
ひとみはホッとして笑顔になった。
「おはよう、メイちゃん」
華蓮はその声にちょっと振り向いたが、笑顔の二人に冷たい視線を残して、さっさと坂道をあがっていった。
今日の3時限目の授業は体育だった。女子生徒は貴重品を自分のロッカーに入れて鍵をかけ、更衣室で着替えることになっていた。
ひとみはいつものようにメイとおしゃべりをしながら着替えていた。
そのとき、メイがひとみの胸元にあるペンダントに気づいた。
「あらっ、ひとみちゃん、なあにそのペンダント?」
「いけない!ロッカーに入れるの忘れちゃったわ」
その会話を、華蓮とクラス委員長は聞き逃さなかった。
するどい目線をひとみの胸元におくった華蓮は、目を見張った。
「!」
そんな華蓮に気づかず、委員長は目をつり上げてツカツカと寄ってきた。
「ちょっと、神尾さん!なんなの?このペンダントは!」
トントンとプリンセスハートをたたいた。
「こんなもの、学校に持ってきていいわけないわよね?先生に報告させてもらうわ」
ひとみは顔をしかめた。
ーーーまずいなぁ……。
そこへ華蓮がゆっくりと近寄ってきた。
ーーーサイアク!またいつもみたいにイヤミ言われちゃう!
ひとみは思わず首をすくめた。
華蓮がひとみと委員長の間に割って入った。そしてひとみのプリンセスハートに目をやってかすかに笑った。
華蓮は勢いよく振り向いて委員長の肩に両手を置いた。
「まあまあ、委員長。神尾さんだってきっとうっかりしただけなのよ。そうでしょ?神尾さん?」
華蓮はひとみを見てにっこりと笑いかけた。
ーーーえ、うそでしょ?西園寺さんが私をかばってくれてるの?
思いもよらない助けぶねに驚いてしまったひとみは、すぐに返事ができなかった。
「うっかりしただけよね!神尾さん!」
華蓮はひとみに向かって大きな声で繰り返した。
「う、うんうん!」
ひとみはぶんぶんと首をたてに振った。
委員長もメイも、クラスのみんなもびっくりした顔で華蓮を見つめていた。
華蓮は委員長に向かって、有無をも言わせぬ口調で言った。
「本人もああ言ってるし、今日のところはおおめにみてあげましょ?いいわね?」
その迫力に委員長もたじたじとなった。
「ま、まぁ西園寺さんがそう言うなら、今回は勘弁してあげるわ」
ほっとした顔のひとみに、委員長はくぎをさした。
「でも次は、絶対先生に言いますからね」
ひとみはまた、うんうんうんとうなずいた。
立ち去りぎわ、華蓮はひとみの目を見て意味ありげにくちびるの端で笑った。
ーーー何で私に向かって笑顔を?
ひとみはそれをあぜんとして見つめ返した。
「どうしちゃったんだろうね?西園寺さん」
メイがこそこそと耳打ちした。
「さあ?」
ひとみも首をひねるばかりだった。