(1)ダークレディの挑戦
人形の起源は古い。その歴史は人間の誕生と共にあるといえる。
人形たちは人間を模して人間に造られたからだ。
また、人間たちの戦いの起源も古い。
したがって人形たちの戦いもいにしえから存在した。
それはドールクイーン率いるドールたちと、それに対抗するダーククイーンとダークドールらの戦いである。
あまりにはるか昔からの戦いのため、それがなぜおこったのか、その原因もとうに忘れ去られてしまっていた。
そして、その戦いは人間たちに気づかれることなく連綿と続いていたのである。
普通の人間には感知できない人形たちの空間がある。
柔らかな優しさに包まれた異空間ドールゾーンと、反対に不気味な雰囲気に包まれた異空間ダークゾーンだ。
どちらも人形たちが自由に動き、話すことができる空間である。
そのダークゾーンの中心に城があった。
城の大広間には玉座があり、そこに女王が座っていた。
女王は大きな古びた地図に目を落としていた。
地図の上にはいくつもの光点があった。紙であるはずの地図に不思議な輝きを持つ赤や黄色、緑など七色に光る点がちりばめられているのだ。何かの魔法と言うほかあるまい。
突然、その中の一つが明るく輝きはじめた。
「むっ、このきざしはわがダークドールが苦戦しているということだな。緑色の光……木人形のドールプリンセスか!こしゃくな!」
女王はその点にじっと目をこらし、地図に手をかざした。
「うむむむ、場所は……日本、K県形野市……」
そのまなじりがきっと上がった。
「形野市!因縁の場所!」
女王は玉座から立ち上がり、地図から手をはなして天をあおいだ。
「前回の大戦争から数十年、形野市にまたドールプリンセスがあらわれたか……このままではまずい。早めに手を打たんとな……」
女王は振り向いて声をはりあげた。
「誰かおるか!」
その声に応えて、髪の長い切れ長の目をした美しい女性のドールが女王の元に参じた。
「はい、ダーククィーン様」
「おお、ダークレディ、よく来てくれた。おまえに頼みがある」
ダークレディは頭ををたれた。
「なんなりと」
ダーククィーンと呼ばれた女王は重々しくうなずいた。
「木人形のドールプリンセスが日本の形野市にあらわれたようだ」
「えっ、ドールプリンセスがあの場所に!」
「うむ、おまえ、そのドールプリンセスを片づけてまいれ。そやつの心をくじいて、二度とわれらダークドールに逆らえないようにな」
ダークレディは不敵に笑った。
「はい、承知いたしました」
「これまでの傾向からすると、ドールプリンセスは1人あらわれると何人かたて続けにあらわれる。油断するなよ」
「心得ております」
「これを持っていけ」
ダーククィーンは自分がつけていたイヤリングをはずし、ダークレディに手渡した。
左右それぞれ1個の大きいダイヤとその下に3つのダイヤがついた一組のイヤリングだ。
「それをつけていれば、ダークドールならば、おまえが私の命令を受けているということがわかる。皆、おまえの言うことを聞いて素直にしたがってくれるだろう」
ダーククィーンはニヤリと笑った。
「それに少々工夫がしてあってな、通信機としても使える」
「こんな小さなもので……」
「なりは小さいが、性能はいいぞ」
「ありがとうございます」
ダークレディはさっそくイヤリングを両耳につけた。
「おまえが昔閉じこめられていた眠りの間には、数百のダークドールが眠っている」
ダークレディはごくりと唾を飲んだ。
「はい、よく存じております」
「そこから、役にたちそうなやつらを3体選び出して、このダークハートを入れて目覚めさせよ。手駒として連れていってよいぞ」
ダークレディは濃い灰色のハート形のカラーストーンを3つ与えられた。
「わかりました。ありがとうございます」
「しっかりやってこい」
ダークレディは真剣にうなずいた。
「うまくいったらおまえもシャドウレディの一員にしてやろう」
「えっ」
ダークレディは目を輝かせた。
「それじゃ」
顔に笑みが浮かんでいる。
「そうじゃ。晴れてダークワールドの幹部となり、将来のダーククィーン候補の1人となれる。がんばれよ」
「命をかけて」
ダークレディは膝をおり、深く礼をした。
「顔をあげよ」
ダークレディの喜びに満ちた表情を見て、ダーククィーンは優しく笑った。
だが、すぐその視線が冷たいものに変わった。
「しかし、失敗したらまた眠りの間でしばらくお払い箱だぞ」
ダークレディの顔がサッと青ざめた。
「はいっ、わかりました」
大広間を出たダークレディの顔つきは厳しいままである。
ーーー眠りの間でお払い箱なんて、冗談じゃない!まっぴらだわ!楽しいことなんにもできないじゃないの!
ダークレディは目を細めた。
ーーーでも、うまくいったら私もシャドウレディの一員!
喜びのあまり唇から笑みがもれた。
ーーーやってやろうじゃない!
いくつもの階段を登り降りして、廊下を過ぎ、眠りの間に急いだ。
「ここだわ」
分厚い板でできた扉の前に着いた。
「ホント、ここはいつきても不気味ね」
ダークレディは肩をすくめた。
「でもまあ、今日はここに閉じ込められるわけじゃないもんね」
そう言って扉の持ち手に手をかけた。
「よいしょ、うーん、重い扉ね」
ギギーイ……。低くうなるような音をたてて扉が開いた。
中に入ると、そこには多くのダークドールたちが整然と並べられていた。
ダークレディは一人一人をじっくり吟味した。
「ええと、探し物をさせるには、このダークドールがいいわね……。たしか、猛獣もあやつれるはずだし。それから、木人形のドールプリンセスの心を折るには、やはり木人形のダークドールが必要だわ。同じ材質でもダークの方が上だと思い知らせなければ……あとは……」
その結果、ダークレディはぬいぐるみ、木人形、クレイドールの3体のダークドールを選びだし、人間界へと旅立っていった。
人が皆寝静まった時刻だった。月の光もない暗闇の晩だった。
形野市のはずれに朽ちかけた洋館がある。
その洋館が不気味な暗い空間、ダークゾーンに包まれた。
その中から4つの人影があらわれ、洋館のなかに入っていった。
なかに入ると、人影のひとつが荷物の中からランプを取り出して明かりをつけた。
ぼんやりとした明かりが四方の壁に不気味にゆらめく4つの影を映し出した。
「おあつらえむきの館ね」
ダークレディは満足げに笑った。
「ゲラゲラ、まったくです」
ひとつの影が答えた。
「さて、さっそく木人形のドールプリンセスとやらを叩きのめしにいきましょうか」
別の影が顎を撫でた。
「そうね、じゃあ……」
ダークレディがそういいかけたところで、声が上がった。
「ゲラゲラ、まずあたしが行きましょ。どんなやつか、小手調べしてきましょ」
「そう?じゃあ、よろしくね」
「おまかせあれ」
その影は体を折ってお辞儀をして何処ともなく去っていった。