第九話 夏休みの課題(物理)(その9)
■その9
目と口だけのぬぼーっとした容貌達がウネウネ蠢きながら密集して築き上げた肉の壁は、まさにマトリックスメソッドめいた残像を見る者の網膜に焼きつけるおぞましさだ。だが、そんなゾンビ達の生存本能が逆に千影のやる気に火をつけてしまった!
世界に誇るツブツブキリングドーザーの突破力は流石の一言だった。両手に二本のバールを装備して突撃し、ゾンビが身体を張って築き上げたバリケードから一体一体ゾンビをバールで引き抜いて後方へ放り投げる。もちろん投げ飛ばしたゾンビ達が後方の玲南にぶつからないよう注意して、玲南の左右に大きく離れた場所に大きな山を築きあげる。
『『そんな作業繰り返していたらいつか疲れてしまうぞ!! 悪い事言わないからやめなさい!! 身体を壊しちゃうよ!』』
敵である筈の亡者達が、壁を崩す作業に没頭する千影を案じるような声をかける。もちろんただの命乞いだ。
「疲れる前に作業をやり終えてしまえばいいだけだよね?」
『『『若いのにそんなやりがい搾取されてどうするんだね! 人として大切な何かを失ってしまうよ!』』』
「お前らみたいな蠢く集団を見てると、勤労の意欲が湧いてくるんだよな。このオレはTPU周波数を上げる度にツブツブ処理速度がはるかに増す……そのクロックアップを、オレはあと2段階残してる。この意味がわかるな?」
『『『わかりませんよぉぉぉーっ!』』』
いい笑顔でさらりと言ってのける千影に、既に死んでいる(自己申告)はずのゾンビ達がいよいよ恐慌状態に陥る。
「おトイレは済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋のスミでガタガタ震えて命乞いする心の準備はOK?」
『『『ゾンビが神様に祈ってどうする!』』』
「ケ……ケ〇ル!」
『『『即死魔法じゃないですかーやーだーっ!?』』』
「残念ながら、ただいまを持ちまして命乞いの受付時間は終了しました★」
非情なまでに定時で受付を終わらせる、テンプレ公務員よろしくぴしゃりと言い切る千影に
『じゃ、じゃあこれからはアフターファイヴで、仕事は終わりですね! おうちに帰りましょう』
こう言えば見逃してもらえると期待したようだが、それを一瞬で踏みにじるのがツブツブバーサーカーたる所以だ!
「ここからは趣味のお時間です」
両手と口に3本のバールを装備し完全本気モードに突入した千影が、豪雪に挑む除雪列車のような勢いで肉の壁を崩し始めた。
『『『やめろぉーひと564ーっ!』』』
クロックアップの名前は伊達ではない。それまで1秒間の処理速度が40体(二刀流)にとどまっていた所が、一気に90体(三刀流)にまでスピードアップし、ゾンビ達が身体を張って(物理)築き上げた万里の長城を5分足らずで崩壊に追い込んだ。一点集中突破された中心に向かって崩壊する肉のバリケードを、中枢まで食い込んだ千影はツブツブを引っこ抜く手間が省けたとばかり後方へ豪快にぶん投げ土に還す。
しかし。
何か物足りない。玲南と繋がった五線譜ワイヤーから流される歌でTPU処理速度が上がりすぎた弊害だろうか。壁や物体に不揃いに埋まった無数のツブツブを全て綺麗にほじくり返して処置する作業に至上の喜びを見出す千影としては、たかだか5分程度の無双ではとても足りない。
処置だ! 一心不乱に、不揃いに密集した忌まわしいツブツブを処置したい!
この世界の全てのツブツブを根絶やしにすべく、玲南の制止を振り切って崩壊した壁の跡地に進んだ千影は。
直後、悲鳴を上げて逃げ帰り、後ろで満面の笑顔で見守っていた玲南に詰め寄った。
「おかえりー★」
「い、いいいい今オレが見たものは何なんだよ! まさか、玲南の歌か!!」
「流石は日本が世界に誇る愛製造機。千影くんが一発で正気に戻ったね★」
どうやら玲南は千影のツブツブバーサーカーモードを解除するため五線譜ワイヤーに載せる歌を途中で変更したらしい。おかげで千影は正気に戻ったが、ツブツブよりも昏くて恐ろしいものを目撃し別の症状が上書きされてしまった。どんなショックなモノを見たのだろうか。
悪びれる様子のない玲南に、千影が文句をぶつけだす。
「あんなおぞましいものがラブマシーンだって? 愛の概念行方不明だろ! ってか機械の要素も迷子だっただろ!」
「それが千影くんのソウルが呼び出した愛の存在なんだよ★ 多分、きっと」
「おぞましい事言うなーッ!! スネ毛ボーボーで体操着ブルマー着用して求愛ダンスを踊るヒゲ面女装中年オヤジ(三段腹)が愛の象徴って闇が深すぎるわ!」
千影は一体何を見た!?
「玲南さんがいる前でツブツブに魅了された悪い子な千影くんにバチが当たったんです★」
「いくらなんでも酷すぎじゃないですかねー!? マジでトラウマになると思ったぞ!」
「そんな事を嘆いてる暇があるなら、トラックの計量をするのが先じゃないかな★」
「あのー、すみませんが計量お願いします」
その言葉で千影が我に返る。計量受付の外で苦笑いする運転手を見て、千影は慌てて計量機の操作席に戻った。どうやらツブツブバーサーカーが廃墟の怪物を撃破した事で、2人は事務所に帰還できたようだ。計量する千影をよそに、玲南も事務所の内線電話で木南に報告を入れる。
『ウドンケンジョウレイ結界から廃墟みたいな異空間に飛ばされた? 結界がまた誤作動したのか?』
「そーだね★ 玲南さん達、結界に取り込まれて萌え人面土器そっくりなパラノーマルの大群と戦ってきたよ★」
『萌え人面土器? もしかして、そこにクソ神父はいるか?』
「応接間で萌え人面土器相手に爽やか現実逃避してるよ★」
『そうかわかった。今からそっち行くから、クソ神父絶対逃すなよ……』
報告完了しないうちから、木南が電話の向こうで合戦準備を始めちゃった!
「ちょ、ちょっと待って木南さん! 報告にはまだ続きがあって……」
『今からそっちに行くから、そこで報告を聞くよ』
神父のやらかしと決まったわけでもないのに制裁前提で動く木南にとにかく待ったをかける玲南は、視界の隅で奇妙な変化が起きたのを見逃さなかった。考えるよりも早く、空いている手で五線譜ワイヤーを射出する。
五線譜ワイヤーはバフ効果のある歌や演奏を載せるだけでなく、ワイヤーを束ねてバリアを造ったり敵を吊り上げたり、あるいは周囲にワイヤーを張り巡らして様子を探るレーダーアンテナとしても使える便利な代物だ。
それ以外にも、目の前にある不審な物体を調べる事にも使えるのだ。
目標は、ほんの一瞬だけ操作オペレーションと全く違うものを映した、千影が動かしている計量機操作画面である。
五線譜ワイヤーで計量機を捉えた玲南は、奇妙な映像を見た。
黒い雲が浮かぶ真っ赤な空を背景に、千影達を追いかけまわした謎の怪物が誰かと電話をするような姿勢で佇んでいる。
千影達が禁断の化け物と遭遇してしまった、崩壊した世界にある湖のほとりで。
水面に映る、千影が計量器を動かし玲南が報告の電話をする様子を見下ろしながら。
『今からそっちに行くから、そこで報告を聞くよ』
木南とそっくりの声色で、事務所の玲南と通話している……
五線譜ワイヤーから伝わるビジョンの中で。
『 今 か ら そ っ ち に 行 く か ら 、 そ こ で 報 告 を 聞 く よ 』
文明が滅び去った世界に住まうバケモノが、電話相手の玲南にそう伝えてきたのが見えた。
『 逃 げ ら れ た と で も 思 っ た か ? 』
To Be Concluded>
次回で決着です。4/25までに公開します。




