第七話 夏休みの課題(物理)(その7)
■その7
「こ……これで終わり?」
「あとは零比都ちゃん達が無事か確認して、結界の点検をお願いしないとね★」
酷い埃に辟易する千影だが、まだ結界のどこかに零比都を狙うパラノーマル達がいるかもしれない。あるいはRATTのメンバーが意識を取り戻し、若月に手引きされて脱獄したとか、下手すれば若月がまだ結界の中に隠れていて、悪さをしている可能性もある。
大きな音を立てて吹き抜けた強風が煙幕を消し飛ばす。叩きつけるような風に2人が堪らず両腕で顔をガードする。風の音が去り、辺りが静寂に包まれてから2人がゆっくりと目を開ける。
「何だ、ここは?」
千影にとって初めて見る景色だった。富嶽第一想発の管理棟事務所でも、怪しいお札がいっぱい貼り付けられた暗黒の部屋でもない。
灰色の雲がたなびく赤い空の下、漆黒の山々が連なる。朽ち果てた木々の中に廃墟と化した建物が埋もれている。どこかの廃村というより、まるで人類滅亡後の世界みたいだ。異常なまでの静けさに包まれた廃墟の至る所にヒトガタが横たわっている。先程千影と玲南がフォースで倒した、パラノーマル達も足元に倒れ伏している。思わず千影は「うげっ」と声を漏らした。
「これって、さっきオレ達が退治したパラノーマル……だよな」
苦悶の表情を浮かべて横たわるヒトガタ、玲南の五線譜ワイヤーで朽木に吊るされた人形達。おかしいのは、撃破されたパラノーマルは虚数に変換されて消滅するはずなのに、この骸達にはその変化が見られない事だ。
玲南が片膝をつき、ひび割れた地面に触れた右手から地中に音波を発し周囲の様子を探る。
「……これ、死体とかパラノーマルの残骸と言ったモノじゃないよ。精巧に作られた人形みたいなものだね」
「え? パラノーマルの残骸じゃないの?」
「そもそもここはウドンケンジョウレイ結界じゃない。フォーサーが造った異空間みたいだね。今は無人っぽいけど」
「オレ達以外、誰もいないのか?」
玲南が頷く。わざわざゾンビみたいな人形を沢山こしらえ、文明崩壊後の世界を演出するとは、ずいぶんと悪趣味なフォーサーがいるものだ。しかし、誰が何のために?
「もしかして、ここは凪橋が作成した異空間じゃね?」
「これだけ終末観漂う異空間、あの人には無理だね★」
異空間を作ったり結界に干渉できるフォーサーとして挙げられる凪橋であるが、玲南には清々しいくらいに可能性を否定された。余談だが、ストーカーに喰われてパラノーマルとなってしまった凪橋は零比都の手で既に退治済みであるが、千影と玲南には知らされていない。
「あるいは、この異空間を造ったのは日本想電に恨みをもったRATTの残党で、そいつが結界にパラノーマルを呼び寄せてオレ達を襲撃させたとか」
「可能性はあると思うけど、全く無関係なフォーサーかもしれないよ」
今言えるのは、千影達に向けられた悪意の正体も、異空間を作成したフォーサーが何者なのかわからないという事だ。
「なあ、富嶽第一想発の敷地内に異空間造ってはダメなんだろ?」
「ダメだよ。フォーサーの異空間だろうとパラノーマルのものだろうと、見つかり次第ゴミ箱ダンクされるよ★」
「……もしかして、早くここから脱出しないとオレ達ごと消される可能性があるのか?」
「それは大丈夫だよ。さっき萌え人面土器と戦ってた時に結界の遭難信号作動させておいたから、今頃警備のフォーサーが玲南さん達を探してくれてるはず」
「いつの間に!」
「ふっふっふ、玲南さんの手際を褒めてくれたまえ★」
つまり、玲南の機転で千影達が行方不明だと知らされた以上、発見された異空間が問答無用に抹消される危険はないわけだ。素直に褒められて嬉しかったのか、満面の笑みで胸を張って得意げな玲南に
「ところで、この場所にはパラノーマルもいないのか?」
「いないよ。この空間にいるの、玲南さんと千影くんだけだよ」
「じゃ、じゃあ……アレは何?」
千影が指す方向を見た玲南は、それまでこちら側に背中と後頭部を向けて横たわっていたゾンビ人形と目が合った。目が合ったというより、睨みつけられたという方が正しいような……しかも感じられる視線が一つだけではない。離れたところに転がっている人形も、木に吊るされた人形も、地面に埋もれた人形も、いつの間にかこちらをじーっと見ていた。明らかに敵意マシマシな表情で!
「すごいね、死者の町へようこそって大歓迎のまなざしだよ★」
「有効とか歓迎って概念どこにあるんだよ! アレは美味しそうな獲物見つけた肉食動物の目っていうんだよ! ってか、アイツら何で雁首揃えてこっち見てるんだよ!」
死者達の町が若月みたいな日本想電に恨みを持つフォーサーが造った可能性もある。早く富嶽第一想発に戻らないと危ない。
「出口はもう見つけてあるよ。あそこ」
玲南が指差した廃村の奥に、ボロボロの古いお寺と墓地が見えた。
「っておい、今からあんな薄気味悪いところに行くのかよ!」
「さっき見つけた出口があそこだったんだからしょうがないでしょ? さあ行こう★」
言って、玲南は千影の手を取るとためらいもなく寺に向かって歩き出した。
「い、いやおい! こいつら睨んでるレベル通り越して怒ってるぞ!」
「大丈夫。アレはただの悪趣味なオブジェで、玲南さん達に手出しはできないから気にしない気にしない★」
ゾンビ人形達が遠目でもわかるくらい激怒の表情でこっちを睨みつけているの気にするなとか難易度ハードモードすぎませんか? そのうちゾンビ達が全自動追尾型スタンドみたいに後をつけてきて耳元に荒い鼻息を吹きかけてきたりするんだ。
■
されました。
何かが背中に乗っているような、ズシリとした重みを感じた。首筋に生暖かい吐息をかけられた千影はおぞましさで背中の何かを振り払おうとするが、先を急かすように玲南が腕にギュッとしがみついてきて、ハリセンを振り回せない。
「このままお寺まで行くよ?」
『ひゅー……ひゅー』
『こほー』
後ろに何がいるのか? 玲南に腕を取られ振り向く事ができない千影は地面に伸びる影で確認しようとするが
「何もいないよ、気にしちゃダメ!」
玲南が強い声で言って、ずんずんと前に進んでいく。
もしかして気づいたらまずいパターンか? 魚が腐ったような猛烈に嫌な臭いをまき散らし、千影と玲南の前方に影を落とす背後の巨大な何かを見てはまずいのか?
足音が地響きのように聞こえる。尾行してくる怪物が前のめりに転倒したら、身体に重りをつけられたようにゆっくりとしか歩けない2人は一巻の終わりなのに
「……この廃村には玲南さんと千影くん以外は誰もいないよ。ゆっくりでもいいからお寺までまっすぐ歩きましょ」
どうして玲南は頑なに見て見ぬふりをするのか、最初は全く理解できない千影であったが、気がついた事実に背筋が凍りそうになる。
もしかして、この異空間は若月の仲間ではなく、若月自身の仕業なのでは?
To Be Continued>




