第五話 夏休みの課題(物理)(その5)
2021年4/13 修正しました。
■その5
「少年よ、君は人に向けて辞書を投げつけてはいけない事を知らないのかね!?」
「おまーは人って言うか幽霊みたいなもんだろ。不吉な事を囁く悪霊は静かに除霊されろ!」
神父の顔面に突き刺さった分厚い辞書は仮面の下にある素顔まで貫いていた。血がドクドク流れている。なお、辞書投げつけ攻撃はフォースによるものではないので千影にダメージは跳ね返らない。
「ノー幽霊! 流血してるからノー幽霊! アイムヒューマン!」
「悪霊はみんなそう言うんだよ!」
「そもそも、宿題の課題に悩む少年を導こうとした心優しき大人が悪霊呼ばわりされて辞書を投げつけられるなんて世はまさに末法! 少年、このままでは罰が当たりますよ! でも今萌え人面土器製作をすればきっと少年は救われます! ひとりひとりの幸せがみんなの幸せ! みんなの善意が世界を幸せに導きます!」
「てめえが言う善意って、地獄への一本道を舗装するアレだろ!」
計量器操作に忙しい千影は神父の提案を悉く却下する。しかし神父は簡単に諦めない。諦めたらそこで試合終了ですから!
「ならば萌え人面土器のありがたさをもう一回話してあげよう! これははるか昔、聖地奪還のために集められた少年僧兵軍のお話です。海を渡れず困っていた彼らに、何と聖地に置かれていた萌え人面土器が救いの手を差し伸べました。蓄えた水を海洋目がけて放出し、彼らを対岸の聖地まで導いたのです! もっとも僧兵が海を渡る途中で水が尽きて全員海のモズクとなりましたが」
「どうしてそんな下らないオチをつけるんだよ!」
「萌え人面土器の良さを理解してもらうには、全てを包み隠さず情報公開すべきだと思ったので!」
流血が酷くて神父の目つきが危なくなってきている。時刻は午後2時。あと1時間くらいトラックや貨物列車が続々と到着するのに、これでは仕事にならない。
「はいはいおじいちゃん、お昼御飯は3日前に食べたでしょ★」
流石に辟易した千影に目配せされ、玲南がどうどうと神父を制止して応接間に連行する。
「このままでは少年は罰が当たりますぞ! 計量器の画面がブルースクリーンになったり、世界がブルースクリーンに呑み込まれてぇぇ……」
「んな事あってたまるか、全く……」
遠ざかる声に背中を向け、千影は到着したばかりの荷物を計量する。たまに警報が鳴ったりするがただのエラーである。測り直せばいいだけだ。発生したエラーが世界の崩壊につながるなんて決してあり得ない。『計量失敗しました。もう一度やり直してください』と画面に表示されるだけである。
『ピーッ、ピーッ、ピーッ!!』
「あれ? まだ警報鳴ってるの?」
苦労して神父を応接間に押し込んで、戻ってきた玲南が鳴りやまぬ警報を訝しむ。
「うん、何かトラブったみたいで。ちょっと待ってて、机の下に対応マニュアル落としちゃって……」
千影は机の下に潜り込んだ状態で玲南に返事した。玲南は大騒ぎする計量器の操作画面を何気なく覗き込む。異常に青く光った操作画面が気になったのだ。
『内 月蔵の 計量に失敗レました。アナ夕の小 腸を 弓1さずソ出し乙から、もラ一回人生や り直してくだちい。早くしゑ、アイツが来る。来ちゃラよぉぉぉ』
アイツって誰ですか? 誰が来るの!?
「ふぅ、やっとマニュアルが回収できた。ええと、計量器の再起動は……っと」
「千影くん? これただの異常じゃないよ!」
大慌てで玲南が指摘すると、机の下から這い出た千影はきょとんとした表情で
「え? 普通にシステムの異常だろ。再起動すれば直るよ。ブルースクリーンってそういうもんだろ?」
「……千影くんは、こんな禍々しい色合いのブルースクリーンおかしいと思わないのかな?」
呆れる玲南の背後で、応接間に押し込まれた神父が再び飛び出してきた。
「これはまずいぞ少年! 一刻も早く萌え人面土器作りに勤しまないと、世界が青一色に染められて赤信号を暴走する煽り運転が多発してしまグワーッ安全運転教育読本ッ!!」
千影は神父(野獣)の顔に刺さった辞書を射抜くように安全運転教育読本を投げつけ、計量器を手順通りに再起動する。言うまでもないが安全運転教育読本は投げつけるものではありません。
「ほら、計量器の再起動が済みましたよ玲南さん」
「え?」
玲南が操作画面を見ると、あの毒々しい青い画面は従来の操作画面に戻り、オペレーターガイドの表示も正常のものになっていた。マニュアルに従い計量器を直せた千影はエッヘンと胸を張って
「ただの機械トラブルです。世界そのものがバグるとか、世界の危機とか日本の危機なんてありえません」
早いうちに再起動できたのは良かった。これなら、今来たばかりのトラックを待たせずに計量できる。
「すいません、萌えるゴミ計量お願いします」
降りてきた運転手の申告に従い、千影が計量器を操作する。操作画面が普通に動いているのを確認し一安心といった玲南だが、ふと何かに気づいたように受付の外を見た。
まるで精神を病みそうな深い青一色の背景であった。透き通るような青色。湖面を覗く者がいつの間にか湖に落ちて溺れそうな青色をバックに、不気味な微笑みを浮かべる運転手を玲南が認識したのと同時に。
窓を開けた千影がハリセンでパラノーマルを張り倒していた。
『うぼぁぁぁーッ』
計量器に載ったトラックが主を失った悲しみで巨体をよじらせて泣いている。もちろんトラックが運転手を失った悲しみを抱くわけがない。トラックと同じ巨躯をした怪物である。イノシシみたいな鉄の塊。いやむしろ鉄の塊でできたイノシシ。
ずずーんという地響きが管理棟を揺るがし、応接間から顔を出した神父が言わんこっちゃないと叫ぶ。
「ほら見た事か! これからパラノーマルが連続で来るぞ! 少年が萌え人面土器を拒んだから!」
「んなわけないだろ。ただの機械トラブルだって」
外から戻ってきた千影は神父の見解を即座に却下する。神父は今の振動がオッコ〇ヌシによる体当たりだと思ったようだが、真相は全く違うものだった。外では計量器を占拠した巨大な怪物が目を回して完全にのびている。
「機械トラブル直すのに何でハリセン持ってるんだ! オッコ〇ヌシ張り倒す動物虐待はごまかせないぞ!」
「映りの悪いテレビも斜め上45度からチョップすれば直るだろ! 動物虐待とか人聞きの悪い事を言うな!!」
「ネタが古い! 少年はそうまでして萌え人面土器作りたくないのか!」
「お前はそうまでして萌え人面土器作らせたいのか! 全部機械トラブルだ!」
即座に千影が言い返す。彼はどうやら神父が指摘する異変を全て機械トラブルで片付ける事に決めたらしい。
「はいはい、今はどっちでもいいでしょ。パラノーマルがどこから襲ってくるのかわからないんだから警戒する!」
危機を前にしてもいがみ合いを続ける2人を玲南が窘めるが、2人は全く言う事を聞かない。
「玲南はどう思う?」
「もちろんこれは機械トラブルじゃなくて人面土器様の怒りだよね、玲南ちゃん?」
「ふ・た・り・と・も、まだそんな事言ってるのかい★」
「「ひぃぃぃっ!?」」
玲南を巻き込んで喧嘩を続行する2人の前に、ついに慈愛と笑顔の女神(ただし心は大魔王)が降り立った! 恐怖に震え上がる2人。玲南の言う通り、パラノーマルがどこから襲ってくるのかわからないのに、いがみ合っている時ではないのだ。
不意に玲南がニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべ
「……あー、なるほど。そっか、そういう事か★」
わけのわからない事を言い出した。
何がわかったのか知らないけれど、とにかく凄むのやめて下さい!
To Be Continued>
何故かフードファイトにならないまま、宿題編は次回で完結。
★登場人物紹介
■アオジル
●異世界からやって来たアオジルという名前の液状生命体。容積はガラスのコップ一杯分。
●光を浴びると光合成して酸素を主成分としたガスとエクトプラズムを吐き出す。エクトプラズムは二足歩行に適したグレイ型宇宙人の姿をとる。グレイ形態の身長はおよそ50㎝。富嶽第一想発の中ではよく零比都の頭上や肩に載っている。なお、グレイ形態は常人には見えない。
●本体はアオジルなので高いところから低いところへ流れるように移動する。臭いは悪くないが脳みそを抉られるほどまずい。
●繁殖期間になると3センチくらいの大きさの卵を産む。鶏卵のような硬い殻はなく、表面で紫と黒がぐるぐる渦巻くとても毒々しいデザインをしていて、死者をも生き返らせる究極の気付け薬になる。しかし卵があまりにも不味いため、生き返った瞬間味覚ごと脳みそを破壊されて死ぬ。
●砂嵐でまともに視界が確保できない世界で光合成をして暮らしていた(アオジル談)というが、そんな環境でどうやって光合成するのか不明。
●テレビ番組でアオジル一気飲みが大流行し個体数が激減し絶滅の危機に瀕しているそうだが、砂嵐の酷い世界で人類が生息できるかどうかはお察しください。
●ちなみに一気飲みされたアオジル達の祟りで、その世界では人類が滅びつつあるとか……
(千影曰く「激マズすぎて飲んだ人がみんな死んだだけでは?」)
●アオジルなのにテレパシーみたいなもので人間とコミュニケーションが取れる。玲南と千影も最初は身振り手振りだったが、いつの間にかアオジルと意思疎通手段を獲得していた。
●日本想電から「職員の窮地を救ってくれた大恩人」と見なされ、安住の地と生き残りを探す協力や援助を獲得した。現在は富嶽第一想発に滞在する。
●2人が気づかなかったパラノーマルの正体にいち早く気づいたり、千影を「玲南ちゃんの相棒」と表現するなど、高い観察力や洞察力を持つ。
●人間とアオジルは別の生き物であると理解し知性も高いが、人間が卵を産まない事を知らなかった。卵を産まないでどうやって繁殖するのか不思議がっている。
●一体こいつ何者なんでしょう。




