第四十三話 Boys & Girls(その4)
今年もよろしくお願いします。
2026/2/23 加筆修正
■その43
「で、虎野さん。若月のフォースって言ってたけど、どういう事なのぜ?」
「もしかして、幻覚を見せられていたの?」
榛名と留萌の質問に、虎野は首を横に振り
「ありもしないものを見せる幻より、もっと性質が悪いモノだよ。簡単に説明するなら、煙に巻くってところだろうね。若月の話は正しいように聞こえるが、何か違和感を覚えなかったかい?」
「「「「「それはすごく思った」」」」」
神父も含めた5人全員が口を揃えて肯定する。気がついたら何回も話をすりかえられ、非難の矛先をこちらに向けられた。
「……それこそが、若月の能力に直結するんだ。結界の中でキミ達を襲った、凪橋についても……ね」
「凪橋にパラノーマルをとり憑かせて、富嶽第一想発に放り込んだのも?」
去年逮捕され服役中の凪橋を脱獄させ富嶽第一想発で暴れさせる、これだけでも普通の能力じゃないのはわかる。一体どんな手段を用いたのか?
「それなんだが、さっき報告が来て。凪橋は今も収監中らしい」
「え? じゃあ、隔離結界の中で暴れていた凪橋は?」
アレだけ現実に基づいた残留思念があったのだから、あの凪橋はなりすましではなく本人だという話ではなかったか?
「それまで含めて、若月が仕掛けたペテンだとしたらどうする?」
虎野が何を言ってるのか、千影と留萌は全く理解できない。
「キミ達は、凪橋に襲われたと若月に錯覚させられた可能性がある」
「……現実ではなかったってワケ?」
留萌の問いに虎野が首肯した。しかし千影は納得できない。
「それって幻と何か違うんですか? 外川って人とやってる事が同じでしょ?」
「幻を実体化させる能力には限界がある。例えば内容が非現実的だったり、術者のよく知らないものを実体化するとディティールが甘いから、幻だとすぐ見抜かれて無効になる」
「確かに……」
虎野の言う通り、外川に見せられた幻は玲南に助けられて全部幻だとわかって以降、千影は完全に現実感のない立体映像を安全圏で傍観しているだけになった。
若月の能力はどう違うのか?
「若月のフォース『Innocent world』には、そうした限界がない。幻を見せるのではなく、術者の妄想で現実を改変できるんだ」
何 だ そ の 厨 二 病 め い た イ ン チ キ 極 ま り な い 能 力 は !
千影と留萌、玲南と榛名だけでなく、神父もこれには絶句してしまった。
「あの男にとって何が事実で何が虚構なのか、それ自体がどうでもいい話なんだ。異常なまでに道徳や良識にこだわり、反論されたら論点をすり替えたり相手を悪魔化して自分を正当化する。話をスルーしても勝手に話に加わってきてこうだと決めつけ、自分に都合よく話を誘導する。相手が少しでも言い分を受け入れたら、若月を取り囲む錯覚世界に呑み込まれてサヨナラさ」
若月が戦闘中に放出した黒いオーラは錯覚世界への門だったのだろうか。千影達は攻撃用の飛び道具だと思っていたけれど。
「若月って奴、本当にフォーサーなのかよ? やってる事は性質の悪いパラノーマルと一緒だろ!」
「そうそう、榛名ちゃんの言う通り。理不尽や不条理で理屈を押し潰すのはパラノーマルと同じだね。ただ、パラノーマルと違う点は、若月は起こった出来事さえ有耶無耶にできる。だから考えるだけドツボにハマる」
不条理の極致にあるパラノーマルと戦うためのフォース能力が、最早パラノーマルと区別がつかないどころか、パラノーマルを超えた理不尽な存在になってしまったとは……
「うーん? 幻を実体化するよりも性質が悪いって……?」
イマイチ呑み込めなかったらしい留萌に、虎野はわかりやすい例を挙げる。
「そうだね。幻を実体化させる能力ならクリームパンの幻を実体化できる。でも幻だから食べてもお腹は膨らまないし、パンを詳しく知らない人が作った幻なら焼けた感じまで再現できないから、大谷君みたいなクリームパン好きにはすぐにバレる」
「ふむふむ」
「若月はパンでないもの、それこそ石とか毒の塊を美味しいパンだと錯覚させて食べさせる事ができるんだ。しかもそれは、あの男の話術にかかってる限り見抜けないし、食べた人は本当に中毒死させられる」
「ええっ! あの人はそんな事ができるの!?」
すごくわかりやすい説明だった。
「それだけでないよ。現実には存在しない、ありえない毒をパンだと錯覚させて食べさせる事もできる。実在しない毒物だから遺体を調べても成分は特定できないし捜査は迷宮入り。だから幻を実体化する能力とはレベルが違うって言ったんだ」
千影と留萌を心底ゾッとさせるには十分すぎる内容だった。みんなが全力で抵抗しなければ、そんなペテンに巻き込まれ命を落としたかもしれなかったのだ。
玲南がハッとした顔をして内線電話をかける。幸い、電話はすぐに繋がった。
「もしもし!? 零比都ちゃん!? 大丈夫!? 大丈夫なの!?」
千影達も我に返る。あの恐ろしい怪物が、零比都に迫っている事をすっかり忘れていた!
「私達、結界の中であの凪橋に会ったの! アイツ、零比都ちゃんがいる事務室のすぐ近くに来てる! 木南さんに連絡するから、絶対そこを出ないで!!」
玲南の声は切羽詰まっている。かつて凪橋がひと悶着起こしたのを知っているから当然である。
『玲南ちゃん、アイツに会ったの? 大丈夫だった? 酷い事言われなかった……?』
「それは大丈夫。榛名ちゃんも、千影くんも留萌くんも無事だよ! でも、アイツの狙いは零比都ちゃんで……」
『良かった……うん、わかった。あとはお姉ちゃんに任せなさい』
普段ののんびりした口調に玲南と虎野は焦りを募らせる。まさか、零比都は状況を把握できていないのか? 凪橋という常識が通じない怪物と、非常識の塊である若月の悪夢のコラボが襲ってくると言うのに!
内線電話が途切れたと同時に。
玲南達4人は中央制御室を飛び出した!!
■■■
ここから先は、懲役刑の判決が下され服役した凪橋の話である。
生を受けてから44年。人から理解されず、煙たがられる人生だった凪橋は刑務所でも浮いた存在だった。朝礼など挨拶が必要と定められている状況でも挨拶はせず、周りの囚人への態度も悪い。馬鹿にした態度を隠さない凪橋に、囚人ばかりか刑務官の評判もすこぶる悪かった。
当然、凪橋が困った時には助けてもらえず、不当な扱いを訴えても冷ややかな視線を浴びせられ門前払いされるばかり……
それが。
「ええ、本当です。心がけ次第で、人は何回でもやり直す事は出来ますし」
かつて留置所へ面会に来た若月に叱咤激励された通りとなった。
たった『2か月』で、人生における負の遺産全て清算してプラス転換できるとは!
刑務所の生活が一変するきっかけは
「お元気?」
面会制度を利用して、零比都が度々会いに来るようになったのだ。
親と娘くらいに年齢が離れた可愛らしい面会人が来る凪橋を、周囲の服役囚達はロソコソと蔑み、彼への嫌がらせや虐めは激化する。
それが二週間もすると、今まで凪橋を馬鹿にしてきた服役囚達が、何と謝りに来た。
学もなく下らない犯罪に手を染め、刑務所でも向上心がなく刑務官に従順で愚かな国家権力に反発するわけでもない哀れな連中に、そんな殊勝な心があった事自体驚きだったが、凪橋は寛大な心で特別に許してあげた。
やがてマイ天使は毎日のように凪橋の元へ来るようになった。何でも、刑務所のどこかに住む事になったそうだ。「これで毎日一緒にいられるねっ」と屈託のない笑顔で言う彼女との生活は周りの囚人達からも羨ましがられ、冷やかされた。
刑務所には凪橋を中心とした輪が出来上がった。暇な時に彼らに語ったRATTにおける凪橋の活躍は大好評だった。
労働者から富を略奪し私腹を肥やす者、そんな彼らと結託する国家権力。
そして、彼らに延々と富を上納させられる立場にありながら危機感を抱かず、萌えに狂うオタク達。
彼らを打倒せねば、皆に幸せはやってこない。
こうした凪橋の主張は広く受け入れられ、刑務所の中にも賛同する者が増えていく。受刑者だけでなく、刑務官にも。
この時凪橋は、自分の前に現れた人物が本物のマイ天使だったのか、もっと疑うべきだった。
刑務所で好転した人間関係や人生が、想像さえできないような悪意が用意した罠ではなかったのか。
冷静に考えるべきだった。
うまい話の裏に潜む毒を自分から呷った凪橋の、悔やんでも悔やみきれない奈落への一本道でございます――
次回
「仕置人と鬼嫁(その8)」




