第四十二話 Boys & Girls(その3)
2026/2/23 修正
ゾッとするような声だった。玲南そっくりだがアレは玲南ではない。千影をあっちの世界に連れ込もうと声色を真似ている。
若月が電話で虎野を引きずり込んだ時のように!
■その42
「このままゆっくり後ろを向いて、制御室から離れましょ。他の皆も避難は済んでる。あとはキミだけだよ」
『ダメ! 千影くん、そっち行っちゃダメ! そいつは敵だよ!!』
廃墟に潜む魔物の焦ったような声。同時に暗黒のオーラが少しずつ中央制御室に広がっていく。朽ちた建物の壁にペンキで落書きがされ、周囲には瓦礫と布団、それに気味の悪い人体模型が散らばった廃墟が見える。
『うひぃぃぃー……おぁああー……』
『千影くん、どこなの?』
廃墟から聞こえる呻き声は何ですか! こっちを見ているのはあのバケモノだけではない。無数の視線を感じる。彼らの呼吸まで聞こえる気がする。不気味な耳鳴り音と共に、少しずつこちらに迫ってくる……
「もうわかってるよね。あんな声に惑わされず、ここは神父に任せて脱出するよ」
若月が何をしてくるのかわからない以上、ここにいたら危ない。背後にいる玲南が言う通り、ここから脱出するべきだろう。
だがしかし。それこそが若月の罠!
神父と若月の戦いを固唾を飲んで見守っていた千影には、気づく由もない。
前方は白黒世界の廃墟。だが後方には……星さえも瞬かない暗黒。
千影の後ろで囁いていた玲南こそ、実は若月が呼び出した、人でない存在の声真似!!――
「キミが想力発電に加担したからこうなった。想力発電はあってはいけないものだ」
若月は玲南の声で千影に囁きかける。既に彼を取り込む準備万全状態だ。
「キミの力は素晴らしい。どうか、想発全廃を手伝ってくれ」
若月は勝利を確信していた。ここまで来れば、千影は同意するしかない。あとは千影を取り込んで、凪橋に代わって想発関係者を皆殺しにする、尖兵いっちょ上がり。全くもってイージーである。
「さぁ、早くここから脱出しよう」
「うん、それなんだけどさ……」
「どうしたの? 話なら後で聞くから、早く!」
『千影くんそっちに行っちゃダメ!』
前後で全く同じ玲南の声が、それぞれバラバラな主張を繰り返す。どっちが偽者だ? もしかして、両方か?
実は、千影は既に偽者を見抜いていた。
玲南に成りすましたニセモノ目がけ……
「いい歳のオッサンが、玲南のフリとか気色悪いんだよッ!!!!」
振り向きざまに、背後から玲南の声を発していた若月の顔面へ、水平にハリセンを叩き込んだ!
■
制御室を揺るがす轟音。何が起きたと身構える留萌と榛名達の前で、それまで神父と一進一退の攻防を繰り広げていた若月が、千影のハリセンで吹っ飛ばされた。床に叩きつけられ、近くの椅子に掴まりながら立ち上がろうともがく若月に千影が容赦なく襲いかかり、まず脳天を豪快に引っ叩く! 続いて右のコメカミを薙ぎ払い椅子から引き離し、外道の背中を全力で踏み抜く。たった3回の攻撃(一番最初に千影が食らわせたハリセンも含めると4回)で、1000本はあった耐久ゲージが400本近く減っていた。千影はここぞとばかりに追撃するが
「千影くん、ダメッ!!」
玲南に背後から抱き着かれ、強い口調で窘められた。
「れ、玲南?」
「ストップ! アイツに引きずり込まれるよ!」
床で四つん這いに倒れた若月を見る。
「その小僧もムカつくがお前も大概だな? 小娘、お前も死にたいのか?」
玲南の言う通りだった。ここで追撃したら、うつ伏せ状態の若月がこっそり忍ばせた邪悪な波動に攻撃されるところだった。千影の攻撃が止まったと同時に、見知らぬ人物の声が周囲に響く。
『はいもしもし、珍しいですね。どうしましたか?』
「お久しぶりです。ちょっと失敗しましてね。撤収します」
『そうですか。わかりました』
一瞬の隙を突いて仲間に救援を頼んだらしい。うつ伏せ状況からハンズフリーで連絡するとは、本当に油断ならぬ……
手が出せず立ち尽くす千影達の前で、若月は真っ赤に染まった顔面をハンカチで拭いながら
「色々な意見を言うのも認められているこの社会で、キミ達みたいに対話を拒否してすぐに暴力に訴える。キミ達みたいな人間のツッコミどころだらけな思考回路には笑うしかないねえ。次に会う時は少しは成長してることを望むよ。それでは……」
右手でケータイを操作しながら、若月は負け惜しみともとれる発言を残し、虚空へ姿を消した。
■
「ふへえ……何なの、あの人!」
緊張の糸が切れたのか、玲南は千影と一緒にペタンと床へ座り込む。
普段の玲南なら、逃げ去る若月に対し
「あなたは鏡に向かって独り言を呟く、高尚な趣味の持ち主なんだね★」
とか嫌味や挑発をぶつけた事だろう。しかし、今回出会った敵に対しては流石にそんな余裕はなく、いなくなって清々したといった感じだ。
千影も同感だ。若月の話は聞いているだけでムカムカする。多様な価値観云々と言いながら想力発電に携わる側の意見には聴覚日曜日にしたり、言ってもいない事を捏造してくる。挙句、話し合いしようと言いながら容赦なく実力行使する矛盾ぶり。
頭が冷静でじっくり考えられる状況なら惑わされずに済むかもしれないが、考える暇も与えずマシンガントークぶっこむから始末が悪い。言う事がいちいち難しくて考えるのが面倒臭くなった千影は、若月の言動を右の耳から左の耳へ徹底的にスルーした。おかげで頭が冷静になり、背後から語りかける玲南の声に知らない男の声が被っていると気づけたのだ。
ただ、スルースキルだけでは若月の凄まじい戦闘力には対処できない。
榛名や留萌、虎野まで犠牲になってしまって……
隣で同じように床に座り込む留萌と榛名を、思わず二度見した千影と玲南は。
全く同じタイミングで千影達と顔を見合わせた留萌と榛名達4人で、まるで死者が生き返ったと言わんばかりな顔になった。
「……ねえ、留萌」
「……どうしたの千影?」
「無事、だったのか?」
「千影こそ、無事だったの? いきなり骸骨にされちゃったけど」
「はぁ? 白骨死体にされたの、お前と榛名さんだろ」
「そんなわけないでしょ。千影と玲南ちゃんが突然動かなくなっちゃって、そのままガターンってぶっ倒れたんだよ。見たらもう白骨化してて、びっくりしたんだよ」
何だそれは! どうして互いに犠牲者の立場が入れ替わってる!?
「それが、若月のフォースだよ」
想力炉の操作画面前から声がする。虎野が画面とにらめっこしながら操作コンソールを動かしている。入力速度が速すぎて手の動きが全く見えない。
「虎野さん、何やってるんですか?」
「あの若月が本当に逃げたのか怪しいからね。もしかして、とんでもない置き土産していった可能性もあるから、制御システムや結界、場内のセンサーをチェックしてるんだ。正直、あの野郎にここまで潜入されるなんて想定外だ」
榛名に返事しつつ、若月への警戒レベルは最大を維持し、気を緩めない。
「……大丈夫。制御システムそのものは弄られていない。結界システムもバグを取り除いて再起動済みだ。それよりも、場内に設置された監視カメラや警報を確認してくれ。もしかして、逃げたフリして広い敷地のどこかに隠れている可能性も否定できない……」
中央部デスクの向こう側から、疲れ切った男の声が響く。若月との戦いで力を使い切った神父が、デスクに掴まりながらよろよろと起き上がる。
「……少年よ。君も力があまり残っていないだろうが、ちょっとだけフォースの力を私に補充してくれないか? ここまで全力で戦ったのも久々でね、もうパワーが空っぽなんだ」
「力の補充ってどうやるの?」
千影は疑いもせず了承し、玲南から教えてもらった通りに神父への応急処置を行う。若月を侵入させる手引きを、人類の冗談みたいな神父がやらかしたのでは? とか、微塵も思わなかった。
「あとは私に任せろ」という言葉通り、若月相手に力尽きるまで戦った神父を素直に信じる事にした。




