第四十一話 Boys & Girls(その2)
2026/2/22 修正
■その41
正直、ショックだった。証拠映像に出てきた、心霊VRだけの存在だと思っていた死神みたいな恐ろしい男が、こんな至近距離でいきなり実体化して千影達に鎌を突きつけてきたのだ。
2人の命は若月に握られたのも同然だった。彼の気まぐれ次第で、千影と玲南は容易く死に至る。
「返事はどうしたのかい? キミ達は礼儀もなってないのかい? それとも怖すぎて声も出ないかい?」
抵抗もできない2人を憐れむように若月が囁く。
彼の忠告を素直に聞いて、発電所のバイトを辞めてしまえば命は助かるだろう。
千影と玲南に対する、若月の忠告に。
2人が出した答えは――
「「それを、元凶が言うなあーッ!!」」
留萌と榛名と虎野を殺しておいて、親切な大人ぶる男への怒りが、硬直状態の2人を突き動かす!
振り向きざまに振り下ろされた千影のハリセンを、若月は大きく後方へ跳んで避ける。着地した先に玲南の五線譜ワイヤーが展開済みだ。アニメ『想伝蜃奇録』では処刑BGMとしても名高い、零比都のテーマ曲の載せられた五線譜ワイヤーが、四方八方から若月を囲い込む。
しかし、若月を捕らえる事はできない。
「やれやれ。本当にゆとり世代は思考能力が低くて性質が悪いね。キミ達の御両親が悲しむ姿が目に浮かぶよ」
「うるさいッ!! 留萌と榛名さんと虎野さんを殺しておいて!!」
再び千影がハリセンを振るい玲南の五線譜ワイヤーが殺到するが、若月はそれらを難なくかわし制御室中央部のデスクに着地する。
「何の話だね? 彼らが死んだのは富嶽第一想発でアルバイトしていたからだよ? 未来を担う若者が尊い犠牲になってしまった。想力発電の危険性をもっともっと周知しないといけないよね。それともお前達も後を追うか……ってうぉっ」
それまで余裕ぶった姿勢を崩さなかった若月が、横から高速で飛来した物体を回避した際、初めて驚いた様子を見せた。
机に殺到したのは千影や留萌、玲南や榛名と同じ姿をした者達だ。千影と玲南も見慣れた影武者達が、目にも捉えられない速さで、冷徹に若月を制御室の隅に追い詰めていく。
だが、若月が驚いた対象は、恐るべき速さで動き回る影武者達のみにあらず。
移動先を削られた若月が辿る場所に先回りした……あの男!
「よく言った。少年、玲南ちゃん。それに留萌くん、榛名ちゃん。あとは私がどうにかする」
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信じられないものを見た気分だった。
周囲の迷惑一切考慮せず瘴気をまき散らす、若月という男が。
待ち構えていた神父の張り手を左コメカミに受け、初めて身体をよろめかせた。
しかし体勢をすぐさま整え、細い目で神父を見返す。
「どうにかする? そうか、キミが責任をもって子供達を想力発電所から辞めさせるのか。分別のつく大人がいてくれて話が早い。だが……それならば何故、キミはこんな場所にいる? お前みたいな、想力発電に力を貸す人間がいるから想力発電はなくならないのだよ」
若月が放出する邪悪なオーラが更に色濃くなった。どうやら神父との戦いをやめる気はないらしい。
対峙する神父は、若月の問いかけに特に反応する様子もない。それが若月をイラつかせたのか、次第に語気が荒くなっていく。
「何か答えたらどうだい? それとも答えを持ち合わせていないのか? 或いはオレとは口も利きたくないのかな? 生まれも育ちも恵まれすぎた人間と同じで、庶民に理解できない最先端の理論を駆使してるのかい? キミ達はいつもそうだ。とことんまで他者の主張を無視する。自分達が間違っていると理解しながら、変わろうともしない。想力発電に反対する人達への尊重もない。人間の社会には、色々なものを認め合う多様性が重要だと理解しない!」
怒りのまま若月が解き放ったどす黒いオーラが、まるで土石流のような勢いで制御室全体を呑み込む。
あ、これ喰らったらまずい奴と思った時には手遅れで、迸るオーラが千影達の身体をバラバラに引き裂き、そのまま意識まで含めて完全に抹消される……
あれ、何ともない?
身体を襲っていた痛みも、苦しみも、恐怖も。
場を包む悪夢みたいな雰囲気も、全部嘘だったように。
「お前が、子供達を導く大人だと?」
制御室に響く声に、千影と玲南、その後ろにいる留萌と榛名も顔を上げる。
ゾッとするような口調で、神父が若月に言い放つ。
「 邪 悪 に 染 ま っ た ひ よ っ こ 風 情 が 、 大 人 を 名 乗 る に は 十 万 年 早 い 」
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まさに、鬼神のような戦いぶりだった。
近づかれただけで金縛りにかけたように千影達を竦み上がらせた、邪悪そのものと言える存在が。
戦いは苦手と自称する新牢神父にまるで歯が立たず防戦一方となっている。
あのクソ神父、戦いは苦手とか言っていたくせに。
戦いを見ていた千影は最初、とんでもない嘘つきと憤りを覚えたものの、やがて神父の言葉に偽りがない事も理解した。
圧倒的有利に見えて、実は若月を倒せないでいる。神父の攻撃と、千影の得物が命中した時の破壊力を比べると、明らかに神父が劣っている。
だが、それは神父の実力を語る上で些細な事に過ぎない。
神父の動きが。能力の使い方や使いどころ全てが、千影とは比べ物にならない程洗練されている。
神父の戦いを語る上で重要な要素に、若月の動きを封じるため影武者を総動員する、というものがある。この要素だけでも千影には真似ができない。あとは神父が一撃を置いていくだけで、若月の耐久ゲージが勝手に減っていく。
神父の実力があまりにも高すぎて、戦いが戦略ゲームみたいになってしまっている。極めるとこんな事もできるのかと、千影はただ圧倒されていた。
一方で。
神父の力をもってしても倒しきれない、若月という男の恐ろしさも再認識させられる。
これまで神父が若月の耐久ゲージを10本減らせただけでも驚異的だが、恐らくゲージはあと990本残っているのだろう。しかもじわじわ回復が始まっている予感さえある。
若月が黒いオーラを広げようとする度に、神父に操られた影武者達が妨害する。本当に油断ならない相手だ。若月は隙あらば瘴気を使って戦況をひっくり返そうと企んでいるのだろう。
証拠映像で散々見せつけられた、若月の底無しな悪意は良くわかっている。暗黒のオーラで千影達を攻撃してくるかもしれないし、人質に取ってくる可能性もある。若月が身に纏うオーラで白黒モノクロに染められた空間の向こうに、まるで数百年もの月日が経過した廃墟の景色が広がっている。まるで文明崩壊後の富嶽第一想発みたいだ。
廃墟の中で何かが動き回っている。向こうの空間に住まう住民だろうか。ヒトよりも大きめな身体で、全身の皮膚が醜くたるんでブヨブヨとしている。動きにくそうな外見通り動作は緩慢で、最終戦争で何かを浴びてしまい気味悪く変質してしまったのか? 人類がたどり着いた成れの果てを思わせる姿に、千影のあらゆる感覚が認識を拒絶する。
「気づかないフリをして」
すぐ後ろの玲南が囁く通り、思考や動揺が顔に出ないように意識して。千影は小声で尋ねる。
「アレは何?」
「あの人がこっちの世界に召喚しようとしてる、何だかよくわからないモノ。本当に危険なモノで、アナタを取り込もうとしてるみたい。絶対に目を合わせないで。声をかけられても返事しないで」
黒いオーラは直接的な危害を加えるだけでなく、そんな事もできるのか。
『千影くん、そこにいるの? 返事して』
玲南そっくりな声で呼びかけてきた!? しかも千影の名前を知っているとは!
「何も聞こえていないように振舞うんだよ。ちょっとでも存在を認識されたら最後、心も体もあっちに連れていかれるよ」
その直後、千影は思わず声を上げそうになった。漆黒のオーラの向こうから、巨大な瞳がこちらを覗き込んできた。ギラギラ光る、正気を失った危険な瞳が、中央制御室をせわしなく見まわす。
『千影くん、お願いだから返事をして……どこなの?』
ゾッとするような声だった。玲南そっくりだがアレは玲南ではない。千影をあっちの世界に連れ込もうと声色を真似ている。
若月が電話で虎野を引きずり込んだ時のように!
お気づきの人もいると思いますが、留萌と榛名と虎野は無事です。




