第三十九話 もしもし、私メリー。今、あなたの後ろにいるの。
2026/2/22 加筆修正
■その39
千影達は今何を見ているのか?
零比都に決して近づかないと念書を書かせるのに、木南や虎野でさえも膨大な労力を支払った、凪橋という男が。
面会が始まってからは脂汗をだらだら流し、身体を小刻みに震えさせ、アクリル板の向こうにいる人物と決して目を合わせようとしない。実に無様な姿を晒している。
周囲への敵意と悪意を隠さず、無謀にも国家権力にボッタクリ価格で喧嘩を叩き売ってきた凪橋を、ここまで恐れさせるなんて。この細長い目をした、黒髪オールバックの男は何者だ? 人の在り方を丁寧に問いかける穏やかな声。しかし声や表情とは裏腹に、身に纏う雰囲気は邪悪そのものである。話し声に本音が重なって聞こえる不可解な現象で、男の内心は凪橋への悪意に満ちているのはすぐにわかる。
「別にアンタが女に入れ込もうと勝手だけどさ。そもそも今までの人生でまともに人付き合いのなかったお前、そんな事で人生一発逆転できるとか正気なのか?」
「で、でも……あんな娘、初めて出会ったんですよ! 何とか近づきたいって、仲良くなりたいって! それだけだったんですよ! そしたらストーカー扱いされるなんてあんまりじゃないですか! オレはただ、ストーカーに悩まされてるレヒトを助けたかっただけなのに!」
凪橋が必死に言い返す。どうやら彼も立会人の警察官同様、面会者の本音は聞こえていないようだ。
「だってお前押し掛けようとしたんだからストーカーじゃねえか。それはひょっとしてギャグで言ってるのか? どの面下げて言ってるの?」
面会映像を見ている、千影と留萌、玲南と榛名達もガタガタと身体が震え始めた。零比都をあんなに怖がらせた凪橋も大概だが、この面会人は凪橋とは比べ物にならない偽善者の外道だと気がついたのだ。
重なって聞こえる本音から殺意が駄々洩れなのも恐ろしい。でも耳を塞ぐ事もできない。4人は金縛りにかかったように硬直している。
「人の心を考えろとか、どうしろって言うんですか、若月さん! 所詮想像じゃないですか。漫画みたいにモノローグが見えるのですか!? それともテレパシーでわかるんですか!? そんなのわからないですよ! オレ悪くないでしょ!」
「うんうん、そうですよね。凪橋さんは学生時代から萌え人面土器にお熱でしたからね。健やかなる時も、病める時も、寂しい時も。みんな萌え人面土器に慰めてもらってたんでしょう? 萌え人面土器に萌えてはぁはぁしていたのでしょう?」
「い、いえ違います! オレは萌え人面土器の歴史や経緯の研究をして……そして、全く研究が進んでいない萌え人面土器と、その文明にも光を当てたいと」
「ですがあなたは社会から追われ続けたでしょう? 実家に帰ったら親御さんからも勘当され、遺棄場所のないあなたを拾ったのは私ですよ。何故あなたが居場所を失ったのか? それはあなたが人の心を理解できなかったからです」
若月と呼ばれた男が凪橋の言葉を遮るように話す。何か論点がすり替わってないか。
「つまりあなたも、萌えが全てだと仰るのですね。想力発電に反対だと言っておいて、結局あなたも二次元に萌え萌え言ってるつまらないオタク達と同類と、そういうわけですね。アナタみたいな人に嫌悪感を催す人達の気持ちがわからないと。これはあなたを見出した私の心得違いでしたね……」
千影達も面会人の素性や思惑を理解できた。この若月という男も反想発派の1人で、RATTの不祥事が自分達に及ぶ前に、凪橋達をトカゲのしっぽ切りするつもりなのだ。
若月の言葉が本当なら、凪橋を見出したのは若月となるが、自分が見出した者達が不始末をしたのなら、彼も責任を取るべきではないか? 千影がそう思った矢先
「神父、映像を切って。早く切ってくれ」
「え?」
「映像はここまでだ!! 早く切って、ヤツが来る!!」
「!?」
虎野に真剣な口調で終了を指示され、新牢神父はもう一台の操作コンソールから直ちに映像終了の操作をする。その間も、千影達は再生される証拠映像に釘付けになっている。
目を反らせない。一瞬でも見逃したら最後、目の前にいきなり処刑台が現れて抵抗もできないまま首を撥ねられそうな、そんな予感さえある。
画面に映る凪橋も、凪橋に切り捨てられる事を理解したようだ。その声色がいよいよ悲壮な感じに変わる。
面会は、いよいよクライマックスに差し掛かる。
「若月さん! そんなわけないですよ!」
「でもあなたはその女性に対しての接触しないと念書まで取られて、挙句あなただけでなく仲間達が逮捕されるきっかけになった。まだわからないのですか? あなたはストーカーなんですよ。女性の私生活を覗き見しようとした……ね」
映像の中で、仕切り板の向こうにいる凪橋をじっと見据えて話していた若月が、不意にカメラ目線になった。
まるで盗撮に気づいているぞと言いたげな、おぞましい視線を千影達に向けてきた……
「「「「「!?」」」」」
虎野を含めた5人が一瞬目を疑ったのと同時に、神父がSILLYに怒鳴る。
「SILLY!! 映像を止めろって命令してるだろ!! 何の真似だ!」
『えー? 面会映像はここからが面白いんですよ。是非とも見て下さいよ。このSILLYが自信をもってお勧めします』
SILLYは解析映像を終わらせようとする神父を無視して続行しているのか? 神父が本気で声を荒げる。
「ふざけた事を言うな! もう終わりだ!」
『ここで視聴をやめる選択肢があると思ってるのですか? 最期までゆっくり覗いていけよ』
SILLYの応答に被って聞こえる……若月の声!? まさか、SILLYを狂わせたのは!
「まあ、あなたにやり直す気があるのはわかりましたし。チャンスを差し上げます」
「ほ、本当ですか!?」
若月の発言を聞き、一転して凪橋の表情が明るくなる。
「ええ、本当です。残念ながら、お前みたいな馬鹿は死んでもやり直せないが」
■
そして今や、若月と全く同じ声で話すようになったSILLYが、面会の結末を話して映像を締めくくった。
『こうして凪橋は、富嶽第一想発の敷地内へパラノーマルを運ぶべく徹底的な洗脳が施されましたが、成果を出す以前に周りの足を引っ張るどうしようもない存在である事は変わらず、富嶽第一想発のウドンケンジョウレイ結界で駆除されてしまいましたとさ。めでたしめでたし……』
凪橋の過去を再現した映像に代わって、全く違う映像が表示される。その途端、それまで画面から全く目が離せなかった4人が、疲労困憊といった様子でへなへなと座り込む。
続いて画面に映ったのは、見覚えのある景色だった。これはプラントA棟とB棟の間にある居住区か? 更衣室や食堂やお風呂場といった、千影達も利用する設備がここにある。
だが、ここで気を抜く事は許されない。あの若月という男は、善人顔しておいてその実態は吐き気を催す邪悪そのものだ。しかも、再現映像の中でこちらを睨んできたのだ。まるで『次はお前らの番だ』と言わんばかりに。
千影達の想像は当たっていた。
『だが、隔離結界の駆除機能にも、唯一どうにもできないモノがありました。それはパラノーマル化した凪橋が、本当にどうしようもない俗物だった事です。そう、反想発なんかどうでもいいから二次元女を自分だけのモノにしたい! その一心で結界の駆除機能をも乗っ取り、醜いバケモノと化した凪橋が本懐を遂げられるか!? 乞う、ご期待!』
不穏なナレーションと共に映像に現れた怪物の醜さは最早考えたくない。爛れた全身からブスブスと白い煙を上げ、吐き気を催すような悪臭がするのだろう。変わり果てた姿になった凪橋が、重い身体を引きずるようにして廊下を歩いている。
その先にあるのは、普段零比都が仕事をしている事務室だが……
まさか!
To Be Continued>
玲南に助けられた時、これは夢だと思いつつも丁寧にお礼を言ってお別れした千影(留萌も同様)と。
そんな彼らと比べてみると……凪橋や丹羽はまさに因果応報と言えるでしょう。
悪い事をしてはいけません。
貴方よりはるかに悪くて怖い人に、もっと酷い目にあわされるから。
次回「Boys & Girls(その1)」




