第三十六話 もしもし、私メリー。今、公園にいるの。
2026/2/16 加筆
■その36
「ま、まさかストーカーにつき纏われているなんて! 知らなかった!!」
凪橋は激怒した。自分の天使につき纏う、かの邪智暴虐のストーカー犯を必ず除かなければならぬと決意した。
真っ暗闇に包まれた自室で、机上のディスプレイに映し出されるマイ天使とにらめっこする日々を送って数日。これらはRATTが富嶽第一想発に想力発電全廃デモをした際に、いつか富嶽第一想発に忍び込む時に備え敷地内にこっそり設置したカメラである。機密情報も盗めるように音声も拾えるカメラだが、何故か次の日には全てのカメラが機能しなくなっていた。それが、マイ天使が富嶽第一想発の職員らしいと知った翌日にダメになったカメラ全てが復旧したのだ。その瞬間、凪橋は零比都が運命の相手だと確信した。
できるなら、正面のディスプレイに今すぐ飛び込んで彼女を助けに行きたいところだ。真っ暗闇な自室に置かれた、6台のディスプレイを通さないと彼女とコンタクトが取れない現状が本当にもどかしい。
でも、それもあと少しで終わりだ。今は職場の様子しかわからないが、もう少しで隠しカメラやディスプレイを使わなくても零比都の映像がリアルタイムで視認できるようになる。自宅だろうと、車の中だろうと!
最初、映像の中で零比都が何を話しているのかはわからなかった。けれども凪橋は、映し出されたマイ天使の情報には人一倍敏感であった。今では彼女や周りにいる人間の声もはっきり聴きとれる。マイ天使の名前が零比都である事までわかった。
そのうち、どんなに遠く離れていてもFAXなしで彼女と会話出来たり、いつでもどこでも彼女のもとへ参じる事もできるようになる。そんな予感がする。夢の中へ行ってみたいと思いませんか!
零比都との出会いが、自分に何かを目覚めさせたのだ。凪橋にとって彼女は天使であり、彼にギフトを授けてくれたのだ。
その確信はどこから? 彼の魂だ。彼の魂がそう囁いているのだ。
しかし、秘められたチカラが解放され迎えに行けるその時まで、マイ天使のストーカー対策は待っていられない状況らしい。応援しかできない自分でも、彼女に何かしてあげられる事はないか?
■
これ以上は紙を浪費するし、萌えるゴミを持ってきたトラックの運転手達にも怪訝そうな顔をされたので、虎野の許可を取ってFAXの電源を落とした。事務室にようやく静寂が訪れ、ホッとしたのも束の間
【ストーカーにつき纏われるなんて怖いよな。大丈夫、オレが今からそっちに行って、ストーカーから守ってあげよう。待ってて】
「ひぃぃっ!」
メアドをどこから入手したのか。鳴り続けるケータイのメール着信音に、零比都はいよいよ恐慌状態に陥る。
一方。
乙骨先生からお使いを頼まれて異世界である富嶽第一想発にやってきた玲南は、零比都の嫁ぎ先はこんな不審者ばかりなのかと呆れていた。
聞いた話では、『零比都がトラブルに巻き込まれて精神的に参ってるようだ。木南さんや虎野さんも動いているが手が足りないらしいので助けてあげてくれ。全て終わったら気晴らしに零比都と遊んできてもいいよ』との事だった。食肉加工された肉が食べようとした人を逆に食べてしまう謎生命ウマシカがいるとうわさに名高い異世界だから、嫁いだばかりの零比都も大変なんだろうとばかり思っていたのだが、まさかこんな得体の知れないストーカーにつき纏われていたとは。
「ま、所詮はストーカー。無駄にやる気と希望に満ち溢れた、どす黒いコールタールみたいな奴なんて、お巡りさんと職場のみんなでガッチリガードすればいいだけだし★」
【でも国家権力の犬どもは無能だからあてにならないぞ? 女の子だけじゃ大変だろ、オレがいた方がいいよ。今からそっちに行くから!】
「来なくていいよ、来なくていいよぅ!」
零比都が子供みたいに泣きじゃくっている。見た目こそ幼いが、零比都は小さかった頃からいつも一緒で、玲南にとっては一番仲良しの頼れるお姉ちゃんなのだ。そんな彼女をここまで怯えさせる犯人許すまじ! 玲南のコメカミに怒りマークが出ている。
【遠慮しなくていいんだぞ。落ち込んでいる人を支えるのが人間ってものだろ。今度はオレがレヒトの力になる番だから!】
この男はどうして自分に何か出来ると思っているのだろう。その自信はどこから来るんだ。というか本当に来る気か?
パラノーマルやフォーサーの気配はない。犯人の正体はケータイ電話またはボイス機能のついたカメラでこちらを監視する異常者だと考えられる。本当なら玲南も零比都も全く恐れる相手ではない。ただ、これから何が起きるか本当に予測できない不気味さがある。
念のため玲南が五線譜ワイヤーを張り巡らせてバリケードを構築していたところで、事務所の内線電話が鳴る。
『こちら木南。ストーカーの居場所特定。注意を引きつけて』
一番頼りになる人からの電話が零比都の涙をピタリと止めた。
【そうか! もう犯人の居場所までわかってるのか、それなら安心だな! でもオレもそっちに行った方が安心だよな。何か必要なものとかあるか?】
本当に、この男は……
メールの内容を盗み見た玲南は、ストーカーの注意を目いっぱい自分に引きつけるべく、零比都ではない誰かに話しかけるような口調で言う。
「そうだよね、もうストーカーの正体はわかってるし」
【それは良かった。でも、レヒトもオレに会えなくてさみしいだろ、待ってて、今行くからな】
これ以上ストーカーとは一切のコミュニケーションも取りたくない。こみ上げてくる嫌悪感を必死に堪えながら玲南は話を続ける。
「ストーカーの正体、知りたくない?」
【今はレヒトの方が心配だな】
「鏡持ってない? 鏡を見てみなよ」
【何か意味があるのか?】
応答に少し間ができた。監視している男が鏡を用意したのだろう。そして今、ストーカーは玲南へ注意を向けている……
「アナタが鏡を見た時、鏡に映ったそいつが、零比都ちゃんを悲しませるストーカーの正体だよ」
【鏡にはオレしか映っていないぞ。どこにストーカーなんているんだよ】
間髪入れずに返ってきた応答に、玲南は怪文書FAXの裏面にサインペンで殴り書きした内容を監視者に見せつけるように掲げる。
【自分がストーカーだって理解できてない色黒ロン毛メガネの変質者は、好きとか嫌いとか言い出す前に人生やり直せバーカバーカ★】
■
「はぁぁぁぁっ!? こ、このオレがストーカーだと!? ストーカーとは何だストーカーとは! オレのレヒトへの想いはもっと純粋なものだ、このブス!!」
意識を集中してマイ天使達の一挙一動を見守っていた凪橋が、玲南の酷い言い草に激しく憤る。
映像を通して零比都達を見張るうちに凪橋は気がついた。精神を集中させると、まるで自分が彼女達の傍にいるように会話や振る舞い全てがわかる。マイ天使が授けてくれたギフトの成長を悦びに浸る凪橋だが、怒りで集中が乱れ自室の真っ暗闇へ意識を戻されてしまった。
「やっぱりお前か。零比都をストーキングしていた変質者は」
背後にいる何者かの気配。声をかけられ思わず振り向いた凪橋は強い衝撃で机上のディスプレイに後頭部をめり込ませた。凪橋が苦痛に呻きながら身体を起こそうとしたところに、目と鼻が猛烈な痛みに襲われて再びひっくり返る。暗闇に浮かび上がる巨大な般若の面に濃密な瘴気を吹きかけられたのだ。
「め、めがあ、目がぁぁっ」
続いて凪橋の腹部に蹴りが入る。仰向けにさせ、内臓が飛び出そうな勢いで踏み抜く。
「うげぼろ(以下音声検閲はいりました)」
「質問に答えろ。お前はスーパーで零比都につき纏い、警察に捕まった後も零比都の私生活を覗き見ようとした、変質者のストーカーだな?」
疫病神にとり憑かれたような顔色をした男が、静かな憤怒をたたえ威圧的に質問を投げかけた。
To Be Continued>
次回、仕置人と鬼嫁(その7)




