第三十一話 人面土器はクリームパンの夢を見るか?
2026/2/10 大規模修正
■その31
『……と、これがウワサの凪橋という人物だけど……どうしたね? 何か納期明けたブラック企業みたいな死屍累々になってるが……』
操作画面に映る新牢神父が心配そうに制御室を見ている。クリームパンを頬張るのに夢中な留萌以外の全員がこの世の終わりみたいな有様で、椅子にもたれかかったり床に突っ伏している。説得力という概念が存在しない与太話を長時間聞かされ、千影達の堪忍袋は爆発四散寸前だ!
「あー、うん。大真面目な話と思わせといて、どこからツッコんだらいいのか見当もつかないような話で時間を浪費させられた鬱憤、神父にぶつければいいのか?」
禍々しいハリセンを手にゆらりと立ち上がる千影。玲南も左手から五線譜ワイヤーを、榛名は腕をぶんぶん振り回し、危険な空気を纏いながら操作機器に迫る! 画面から神父を引きずり出しかねない空気だ!
『ちょ! おま、ハリセン手にして何をする気だ! そもそも、誰でもわかるように丁寧に説明したのに詐欺師呼ばわりするとは失敬だぞ! 何が不満なんだ!』
「「「全く意味が解らないところだよ!」」」
千影と玲南と榛名の怒声が見事にハモった。
「大体、何なんだよ萌え人面土器って!」
亡者達の肉を喰らう萌え人面土器に、結界内で散々追いかけ回された側としては、その名前は禁忌でしかない。しかも名前だけでなく見た目まで全く同じ! 神に生贄を捧げる古代文明の遺物と遮光式土偶が奇跡のコラボを成し遂げた造形で、一度見たら一生悪夢に苛まれそうな見た目だった。モザイクに仕事させてください!
『こんなやつですが』
「って別に見せろとは言ってないから! というか変なもの見せんなよグロ注意!」
だから何でお前が持っている!!
『ボエボエボエボエ……』
「今の声何!」
『萌え人面土器の声だな』
「本当に喋るのかよッ! 神父による腹話術じゃないよな! ってか、その遮光式土偶って本当土器なのかよッ!! どこから水や食べ物を入れるんだよ!」
『ここからだよ』
じょばー。
実演なんてしなくてよろしい! その口から大量の水が溢れす映像なんて、トラウマ待ったなしのショッキングな絵面である。この土器に蓄えられた水や食べ物だけは口にしたくない!
「どこから水を出してるんだよ、汚いなあ!」
『さっきから少年はああ言えばこう言ってばかり……一体何が気に入らないんだね?』
呆れ顔の神父に再び殺意に似た感情を抱く千影。その呆れ顔は仮面で、三つの黒丸が書かれたのっぺらぼうみたいな顔を隠しているのだ。想像しただけでも腹立たしい!
「何が不満なのかって、本当にわからないのさ?」
不意に、意外な人物が声を上げた。
『『『ボエボエボエボエボエ……』』』
思わず振り返った3人の目前を通過する影。制御室内を飛び交う萌え人面土器の大集団だった。どうやら留萌のクリームパンを狙っているらしい。聞いただけで正気を奪われそうな叫び声を発する人面土器達に、留萌と実体化した影が大立ち回りを演じる。だがあまりにも多勢に無勢、いつクリームパンを奪われてもおかしくない状態だ。
「何だよこれ! さっきの人面土器か? 何でここに!」
『どうやら留萌くんのクリームパンに興味を持って、そっちへ行ってしまわれたようだな』
「てめえが連れ込んだのかよ!」
あまりにもおやくそくすぎる展開に千影は頭を抱える。表情を不気味に変えつつ制御室を飛び回る人面土器に、千影達も思わず声を上げそうになる。
「どうなってるんだぜ!! 萌え人面土器って実在したのかよ!」
『何を言ってるんだね榛名ちゃん。人面土器は実際に発掘された土器だよ』
「ああそうだっけ、詐欺に使われた代物なんだよな……」
うんざりした調子の榛名に対して、神父はプンスカ怒りながら
『詐欺とは何だね、失礼な。熱烈なマニアもいるくらい由緒正しい土器なのに!』
「そのマニアって凪橋だけだろ!! 大体、その由緒正しい人面土器が何でこんなところにいるんだよ! 場違いにもほどがあるのぜ!」
『そりゃ、場違いな遺物だからねえ』
「それでうまい事言ったつもりかよ!」
榛名は怒鳴りながら制御室の床を踏み鳴らして、玲南は五線譜ワイヤーで迎撃を試みるが、空中を飛び回る人面土器達を捉えるのは容易ではない。虎野も捕獲に協力してくれたが作業はなかなか進まず、全て捕獲し終えた時には5人はボロボロ状態だった。それでも、留萌のクリームパンが全て無事だったのはラッキーだ。この状況でCBD(クリームパン欠乏症)が発症したらどうなっていたか。
『ちょ、歴史的にも貴重な人面土器に何て事を!』
安全圏で我関せぬだった神父から避難される謂れはない。千影がイラついて本気で怒鳴る。
「やかましいわ! こいつらもパラノーマルか何かだろ!! どうして隔離結界からこんな厄介なもの連れてきやがったんだよ!」
『んなわけないだろ。ウドンケンジョウレイ結界は正常に再起動しているし、その人面土器は正真正銘、大昔の遺物だ!!』
「どうせ神父の前世とか、そのまた前世のお前が埋めたってオチなんだろ!!」
これは勢いで言っただけで、千影にはカマをかける意図はなかった。
それなのに。
「……ねえねえ神父さん、アナタはどうして目をそらしてるのかな★」
『そ、そそそそそれはだね、玲南ちゃんや榛名ちゃんに見つめられているから、てて照れてるだけでありましゅて』
超ドモった上に嚙みまくった返事だった。
「……つまり、あの人面土器は神父さんが所属してた宗教団体の御本尊って事かな」
『ふっふっふ、よくぞ見抜いたね玲南ちゃん! その通りさ! その土器は前世の私が数百年前に制作した御本尊だ……って、何を!』
玲南に追及されて開き直った神父は、操作コンソールに手を突っ込んだ千影に顔だけ画面から引きずり出され、両方のコメカミを拳でグリグリ押さえつけられた。所謂ウメボシだ。
「『ぎにゃあああああ、痛い痛い痛い!!』」
頭部を襲う凄まじい痛みに神父と千影が揃って喚く。千影が痛がっているのは神父が受けたダメージが術者に跳ね返っているためである。頭が割れそうなほどの痛みが千影を襲う!!
『こ、こら少年、その手を放しなさい! 痛みでショック死するぞ!』
「やかましい! ここでお前をオシオキしないと、そのうち全ての世界に禍根を残す! こっちは凪橋について大真面目に話聞いてたのに与太話ばかり聞かせやがって、どうして人面土器とか意味不明なモノはマジモノなんだよ!」
『ま、待て待て、私は嘘はついてはいないぃぃぃ』
「あー、その、有東木君」
猛烈な頭痛に耐えながら神父にオシオキを続ける千影に、虎野が言いにくそうに声をかけてきた。
「さっきの凪橋って人物については、ほぼ実話だからね?」
「「「「はぁ?」」」」
ほぼ実話って、どこからどこまで?
「じゃ、じゃあ。人面土器に萌えて見せろって想力発電所前でデモ行進したのも?」
玲南の質問を肯定するように虎野は頷いた。次に質問したのは留萌だ。
「……初対面の零比都さんに、食品スーパーでプロポーズしたのも?」
「うん、それも実話……」
最後の質問は榛名。
「これがきっかけで警備に捕らえられ警察のお世話になったのも」
「うん、本当にあった話」
『だ、だから言っただろ! 私は結界の残留思念から過去にあった出来事を映像にしただけで! 嘘は言っていない! わかったら手を離せ、離せ! ってちょっとお前、さらに力強くしてないか! あだだだーっ』
「そして、お前の作った萌え人面土器でトチ狂った男が零比都さんをストーカーしたのも本当ですね!」
『馬鹿者!! 芸術品は人に影響を与えるモノであって、トチ狂ったのは人面土器によるものでは……アバーッ!?』
「更にッ!! 結界内でオレ達が萌え人面土器に追いかけられ喰われそうになったのも、全部実話って事ですよねぇぇぇ!!」
猛烈な頭痛と吐き気に襲われながら、千影は両拳に込めた力をさらに強くする。
『アバーッ!? それも私のせいでは……アバーッ!?』
プラントB棟中央制御室に、新牢神父の絶叫が響き渡る。
To Be Continued>




