第七話 おやくそくは重要です。
■その7
あのヤクザな医者も筋肉押し売りの存在感も、ハリセンで筋肉押し売り達をしばき倒した感触に、激流に流された感覚といい、あまりにもリアルすぎて現実だと錯覚しそうだったが、やはりこれは夢なのだ。
千影は超能力なんて使えない。このハリセンも気がついたら手の中にあったもので、もともと千影の私物ではない。
つまり、自分は今想伝蜃奇録の世界に入り込んでしまった、というリアルな夢を見ているのだ。
そう千影は納得した。何故武器がハリセンなのか謎だが、もう考えない事にする。
「で、あの筋肉ナースは退治できたのか?」
「うーん……」
話を合わせるように千影が質問すると、玲南はしばらく何かを考えながら周囲を見回し
「普通はパラノーマルを倒せばそれでおしまい、元いた場所に戻れるんだけど……ここはさっきとは別の異空間みたい」
確かに玲南の言う通り千影を取り巻く景色は異空間と呼ぶに相応しいものだった。見渡す限り一面灰色の世界で、自分達がどこに立っているのかも怪しい。最初は灰色の中に見える線の意味がわからず、それが壁や床の描線だとわかるまで壁に何回も身体をぶつける羽目になった。
「じゃあ、また別のパラノーマルがいるのか?」
「今の所パラノーマルの気配は感じないけれど……千影くんってパラノーマルの気配とかわからないの? 随分偏ったパラメータ上げしてない?」
そりゃ、夢の中だけのなんちゃってフォーサーだから当然だ。
それにしても、このおかしな夢はまだまだ続くようだ。これだけモンスター相手に暴れまわって大冒険したのだから、目が覚めた時はきっとクタクタなんだろう。
怖い思いも沢山したけれど、押し売り達と同じく玲南の存在感や温もりもリアルで、本当に彼女を助けてヒーローになれたのは悪い気はしない。
できればこのまま無難にハッピーエンドで終わってほしい。せっかく想力プラントの更衣室に戻ってこれたのだから。
更衣室?
どうして気がつかなかったのか。
灰色の中に3Dアートのように浮かび上がっている、どこか見慣れた景色。
部屋の外に広がる空間も確認する。廊下、休憩室にトイレ、そして階段まで。
見覚えがあるというレベルじゃない。ここは千影のアルバイト先である、富嶽第一想発管理棟だ。
ちょうど連絡を終えたのか、玲南が追いかけてきた。
「千影くん? どうしたの?」
「ここ、オレのバイト先……」
「え?」
灰色一色な更衣室は空調だけでなく、隣接する工場棟の機械の音さえしない。たったそれだけで雰囲気がここまで変わるのか。
「ふぅん……ここで千影くんが働いているんだ」
玲南の質問に千影が頷く。正確にはバイト先そっくりな異空間だが。休憩所の扉には見覚えのある『富嶽第一想発・想力発電プラント従業員詰所』という札まである。4日間通っただけなのに、ずいぶん再現度が高い夢だ。
「……富嶽第一想発?」
それまで周囲を何気なく見ているだけだった玲南の視線が、札でピタリと止まった。廊下の向こう側にあるエレベーター前まで走っていき、エレベーター隣の階段を覗き込んでいる。
「ねえ、もしかしてバイトの最中にもパラノーマルに襲われたりしなかった?」
戻って来た玲南に変な質問をぶつけられた。それも真剣な表情で。
「襲われたって?」
「例えばだけど、ジュースを飲もうとしたら自販機からプロテインばかり出てきたとか、ボディビルに使う器具に襲撃されたり」
「ボディビルの道具は人を襲撃するものなのか!」
マッチョな人体模型とかボディビル用の映像ソフトの大氾濫とか、できれば永遠に忘却しておきたい体験だった。
質問の意図がわからないまま、とりあえずツッコミを入れた千影と玲南の声以外無音の空間で、不自然な機械の音がした。
1階からゆっくり上がってくる、エレベータの音だ。エレベータ、エレベータナンデ!
間もなく2階のランプがつく。
誰か乗っているのか? 更衣室がある3階で止まったりするのか?
千影の嫌な予感が止まらない。玲南も周囲に五線譜ワイヤーをバリケードみたいに張り巡らしている。
そして、嫌な予感は現実のものとなる。
『3階です』
エレベーターから出てきたのは、よりにもよって千影が今一番会いたくない人物だった。
千影の隣にいる玲南も、一目見た瞬間に顔をひきつらせる。
一方で、バリケードの向こう側にいる、玲南のお面を被った変質者は
「……フォーッ!!!!」
玲南の姿を捉えるや否やおかしな叫びを上げ、光となった。玲南があらかじめエレベーター前に張り巡らしておいた五線譜ワイヤーの結界も光を超えて着衣が燃え尽きた丹羽にあっけなく破られて周囲にバラバラに弾け飛ぶ。隙間もなく張り巡らされた頑丈なワイヤーを体当たりで破るとは。それも無傷で。全裸だけど!
「はぁっ、はぁー……くんかくんか! これが、これが玲南の匂い……ッ!」
丹羽は鼻の穴を大きくして玲南の残り香を嗅ぎ、恍惚といった表情でウネウネ踊りだした。全身に切り傷みたいな線を走らせながら全裸で踊り狂うヘンタイの姿にドン引きする千影と玲南の前で、ヘンタイは更にわけのわからない事を言い始めた。
「まさか夢が叶うなんて! きっと普段から善人であるオレに神様がご褒美をくれたんだ……まさか本当にッ! ノラ玲南に会えるなんて!」
「の、野良ァッ?」
丹羽が一体何を言ってるのか2人にはさっぱりわからない。
ただ一つわかるのは、このまま踊り続けたら丹羽は失血死するという事だ。
むしろその方が世のため人のためじゃない? と千影が思った、ちょうどその時!
ぶよぶよした鈍重そうな肉体に似合わない軽やかな動きで舞っていた丹羽の身体が、勢いよく宙に跳ね上げられた。ハンモック状の五線譜ワイヤーに吊り上げられた丹羽の手足が、人体的にありえないバラバラな方向に伸びている。まるでミートソースの絡められたスパゲティを湯切りするかのように、直視できない光景がそこにあった。普通はミートソースを絡める前に湯切りするわけで、つまり吊るされた丹羽の全身から血がボタボタと!
丹羽を吊し上げたのは言うまでもない。この人だ。
「うーん、公衆の面前で全裸になるヘンタイさんに、玲南さんを野良呼ばわりする資格あるのかな★」
「あ、あの、玲南さん?」
「どうしたの千影くん。まるで猟奇殺人の現場を見たような顔して」
「これを猟奇殺人と言わないなんて初めて知ったわ!」
「正当防衛って言うんだよ★」
「正当どころか過剰だろ!」
目の当たりにした玲南の情け容赦なさに一瞬戦慄を覚えた千影だが、本当に一瞬。
上空で鳴り出す、バキボキという嫌な音に2人が我に返って見上げる。
「この容赦の無さ……やっぱりキミは本物の玲南!」
玲南がホンモノとはしゃぐ前に、全身の骨がバッキバキで血が大量に滴り落ちてる現実をどうにかすべきじゃないのか?
「この玲南さんが偽者かホンモノか判断する前に、キミはまず常識とか道徳を身につけるべきじゃないかな?」
怒ってる。玲南は静かに怒り始めている!
「そう、その言い方! ホンモノの玲南だ! ついに玲南が俺の嫁にぃぃぃ」
「あーごめん。常識とか道徳以前で、まずにほんごのお勉強からだったね★ せめて人として、言語を理解できるようになろうよ★」
玲南の可愛らしい声音にたっぷりまぶされた強烈な皮肉が、その場の時を止めた。
そして
「九里林の事かーッ!!」
丹羽の身体が放った強い光に、再び千影と玲南の目が眩む。
捉えていた網を消し去って自由を得た丹羽が玲南に迫るのを察知して、千影は玲南と入れ替わるように咄嗟に彼女の身体をぐいと引き寄せ……
ここで、千影の記憶がブツッと途切れた。
To Be Continued>
仕事が忙しくなりそうなため、7月頃まで更新が止まります。




