第二十六話 アナタにしか見えない(その7)
2026/1/16 修正
■その26
『お前、自分達が世間からどう思われているのか知らないのか?』
「くッ」
目の前で落下していった男が、予兆もなく背後に現れた。悪意ある雰囲気を纏って。榛名が振り向きざまに拳を叩き込むが、手応えはない。
『会うなり拳を叩き込むか、やっぱりクソオタ共は礼儀や常識がなってないな』
「分身する人間が常識語ってるのウケるわ!」
『 黙 れ 萌 え な ん か に 魂 を 売 っ た 犯 罪 者 ど も が 』
「無実の人間を犯罪者と決めつけて、名誉棄損で訴えますよッ!!」
嘲笑うようにあちこちに現れる敵を千影が追い回すが、ハリセンは一向に敵を捉えられない。
『人を殺したら普通に犯罪者だろ? あぁ? お前らは、あの悲痛な叫び声が聞こえないのか? 耳ついてるのか?』
萌えるゴミを想力炉へ投入する最上階で、ガタピシガタピシ変な音が聞こえてきた。機械の不協和音。本来なら、萌えるゴミを運ぶエレベータに変なものが噛んでしまったと判断されるところだが、内部からヒトの悲鳴が混じっているような……
「……た、たすけ、たすけてくれ、機械を、止めてくれえ」
聞き違いじゃない! エレベータの現場運転スイッチで非常停止させるべく、留萌が大慌てで最上階に駆け上るが間に合わない。
「誰か、誰かあああ! あががが……とめてぇ、機械止めてくれぇ!! たすけ、うわぁぁ!」
ガタンガタガタンッ!
エレベータの最上部から今までにない大きな音と耳を塞ぎたくなる叫び。その後悲鳴はばたりと止んだ。
千影達はひきつった顔で立ち尽くす。もしも想像が正しいなら、今、コンベアから炉の中に人が転落した……
「……何、今の?」
今にも泣きそうな顔の留萌に、遅れて到着した玲南と榛名が叱責する。
「ダメ、留萌くん!! 敵の精神攻撃だよ! 真に受けちゃダメ!!」
「喋るタイプのオモチャを炉内に落としただけなのぜ!」
ココはパラノーマル達が蠢く結界の中。隙を見せたらやられてしまう。それが敵の狙いなのだ。
次はどんな手が来る? 4人が周囲を警戒する最中、それは全く予測不可能な方向から来た。頭上に設置されたスピーカーが聞いた事もない不吉な警報を鳴らし、意味不明なアナウンスを大音量で流す。
『想力炉を動かす、萌えるゴミの収集日は毎週月曜日と金曜日、デス。萌えないゴミは受け付けておりませン。 分別のルールを守れない、萌えない ゴ ミ は 収 集 できま 也 ん……出 した人ゐ 所 に お 返 し し ま ゑ』
炉を起動する際の音声放送と同じ声だが、その声が段々と伸びて、最後は別人のそれになっていた。
『1号想力炉上部点検口・稼働中開放厳禁』と記載された点検用マンホールが勢いよく開き、炉の中から炎に包まれた黒い物体が飛び出した。グレーチングの上に転がり、勢い良く燃え続ける。ヒトと同じくらいの大きさで、その形状まで人間そっくり……
「ぎゃあああああ――……ッ!!」
いや、これ人間じゃないのか?
結界を歪ませて千影達を攻撃してきた、あのフォーサー本人では?
今まで散々に千影達を愚弄してきた敵が、どうして焼かれている?
「お前らのせいだ……」
燃え盛る炎に遮られ、声を出せるはずがない。とっくに窒息してるはずだ。なのにどうして、こいつは起き上がってこっちに向かってきた?
「お前らに追いかけられたせいで想力炉に転落させられたんだ。この人殺しどもが……!」
「にほんごは正確に使いましょう★ 誰ってのは人に対して使う言葉で、パラノーマルは人じゃないんだよ?」
千影と留萌が我に返る。敵はフォーサーだけでない事を再認識した。
『何だお前は。国語の先生か? 言っとくが、お前らが人殺しだって事実は変わらねえからな?』
「身体が燃えてて話せる人間とか、エイプリルフールには早すぎると思うんだよ★ あぁそっか、アナタの存在が世界のエイプリルフールだっけか★」
目前の熱や煙の臭いがホンモノだとしても、ココはパラノーマルを隠しする結界の中である。炎上しているのはフォーサー本体ではない。玲南の口調も、パラノーマルに対する喧嘩押し売りモードに変わっている。
『お前鳥頭か? 記憶は大丈夫か? 汚らしいオタクからエネルギーを搾り取る発電所で起きた事故だ。全部薄汚い血が流れているキモオタ共の仕業だろうが、あぁ?』
「ねえねえパラノーマルおばあちゃん★ アナタを想力炉に落としたのは玲南さん達ではなくて狼さんですよ? 忘れちゃったんですか?」
誰だよ狼さんって。
『それはね赤ずきんちゃん、犯人はみんなそう言ってしらばっくれるモンですよ』
だから人間を自称するなら、炎上中(物理)は一歩一歩にじり寄って来ないんですよ。それに、人のフリしたパラノーマルなんだから炎上中にこんな嫌な臭いさせなくていいんですよ。千影の人生において、何の糧にもならない経験がまた一つ増えてしまったではないか!
「ねえねえ狼さん★ 炎の中でおっきな口開けて、目がギラギラ光ってるのは何故かな?」
『それはね赤ずきんちゃん。お前さん達を殺すためだよぉぉ』
炎の奥で血走った瞳が強い光を放ち、視界が赤く染められた千影達は狂気に呑み込まれていく――
「ねぇねぇ狼さん」
『それはね赤ずきんちゃん……』
「ねぇねぇ狼さん」
上の階で続けられる茶番をよそに、千影達4人は想力炉区画を降りていく。おかしな音声ガイダンスの直後、想力炉上部マンホールから黒焦げの物体が飛び出したのとほぼ同時に、4人は千影が咄嗟に作り出した身代わりにして逃げ出した。パラノーマル相手に会話が成立しているのは、玲南が質問をリピート再生させているのだ。玲南が発案し決行された身代わり作戦。パラノーマルにはすぐばれるだろうと思ったが、意外にも気づかれずに時間稼ぎの役に立っている。
あのパラノーマルは目にするだけでも危ない。玲南と榛名はともかく、フォーサーとして経験の浅い千影と留萌が。そう判断した玲南は千影に身代わりを置くサインを出し、すぐさま逃亡を図った。音を立てないように、留萌のフォースで実体化させた大きな影に4人を肩に載せたり抱えてもらう。
「結界の中に、そんな厄介なパラノーマルが駆除もされず潜んでいたのか?」
「危険なパラノーマルなら、結界のパラノーマル駆除機能が即反応する筈なのぜ」
榛名の言う通り、駆除に失敗した場合は制御室や警備に通報され、発電所内に勤務する駆除担当フォーサーが対応する。放置はありえないが、駆除担当班が出動するのは年に1回あるかどうかの稀な話だ。
それも、結界の誤作動を狙ったようなタイミングで。
「……って、ストップ、ストップだよ!!」
階段を降りる最中ずっと思考を巡らせていた玲南が、目前の景色で我に返り慌てて制止する。
最上階に行って降りるまでの数分間で、下の階はまるで何十年もの月日が流れたように荒廃していた。明かりが点かないどころか天井から落っこちていたり、想力炉の壁は錆だらけでところどころに小さな穴が開いている。階段の手すりはペンキが剝がれて埃塗れで、手すりなのに触る事も憚れる有様だ。ところどころにツタも巻き付いている。走ったらグレーチングの床が落っこちそうで怖い。1号炉側に屋上へ通じる扉があるが、壊れかけたドアの向こうで紫色と黒が渦巻く謎時空状態だ。ドアの先にはどんな景色があるのか? 恐ろしすぎて確かめる気も起きない。
錆止めペンキが剥がれかけた想力炉の壁から大量の髪が垂れ下がり、無数の手形がくっついている。というか、千影達が降りてきた時から手形が増え続けている!
To Be Continued>




