第二十三話 アナタにしか見えない(その4)
2026/1/4 修正
■その23
暑い。
暑い。
暑い暑い暑い暑い。
上空に溜まり続けた熱気が行き場を失い、低地にいる千影達へ無慈悲すぎる重圧をかけてくる。こんな熱気に纏わりつかれたらたまったものではない。留萌と玲南達の安否も気になるが、上空からの熱気で光が歪み玲南達の姿を捉えられない。瞼を開けた事で眼球が熱に晒され、千影が目を抑えて悶絶する。
これは危ない。呼吸で肺や臓器が焼かれたり、熱気に晒された身体がそのうち勝手に燃え出す予感さえする。千影の身体から水分がどんどん失われていくのがわかる。この灼熱から何とか逃げなければいけない。冷静に思考が回っている事を喜ぶべきなのか、暑さによる苦しみを延々味わう現実を呪うべきか。
熱風の向こうから声が聞こえる……
「水蒸気使った発電から1世紀以上も脱却できない、お前らがゴミ扱いされるのは当然だろ? 何か文句あるのか? あぁ?」
現代人はそうやって発電された電気のお世話になっているのに、説得力の概念ドコー?
「客が望むやり方で発電する、それが健全な企業活動ってもんだろ? これだからゆとりは……お前らみたいなのがいるから社会は健全にならないんだ。萌えなんかに魂を売りやがった事、深く反省するんだな」
渦巻く熱気の奥から、空気のざわめきが近づいてくる。近づいてくる音が鼓膜をつんざき。聴覚の全てを独占して千影達の周囲を通過する――
「有東木君? キミ達ここで何をやってるんだい?」
その一言が、皮膚を焦がす耐えがたい灼熱感を消し去った。
「……え? 虎野さん?」
「そーだよ。そこに立ってると危ないよ。もうすぐトラックが来るよ」
千影達が我に返る。その傍からトラックがプラットホームに入ってきて、荷台からフィギュアが収納されたコンテナを降ろし始める。
「虎野さんは、どうしてここに?」
「どうしてって、機械の月次点検だよ。有東木君達はどうしてこっちに? 午後の仕事こっちだっけ?」
木南の盟友・虎野もまたフォーサーである。木南が富嶽第一想発で起きたトラブルや不良社員の処罰で動くのに対し、虎野は新人教育から薬品や燃料の納入立ち合い、想力炉の運転など幅広い職務をこなしている。
虎野の言葉に玲南はあれ? と思ったようで
「あれ、零比都ちゃんに交代要員をお願いしたんだけど、虎野さんは聞いてないのかな?」
「何でまた?」
フィギュアを分別する職員達に聞こえないか確認してから、玲南が説明を続ける。
「お昼食べて戻ってきたら結界の誤作動に巻き込まれてパラノーマルと一緒に隔離されかけたんだ。何とか戻って来て零比都ちゃんに報告したら、詳しく調べたいから中央制御室に来てって言われたんだ★」
「結界の誤作動? また変な事が起きたもんだな……って有東木君どうしたんだい? さっきからキョロキョロして」
「え、いや……今日はゴミを仕分けする人多いんだなって」
「おいおい、今日はいつもと同じで仕分けは6人だけど?」
「え?」
驚く千影に虎野は意外そうな顔で
「あれ、千影くんは仕分け作業見た事なかったっけ?」
「いや、見た事はあります……けど」
今、コンベア周囲で作業してる人。どう見ても12人いますが……
何故か、その言葉を千影は出せなかった。もしかして、6人の作業員それぞれに憑いてる守護霊とか背後霊が見えているのか? 一帯の雰囲気が妙に禍々しくて、正直見続けるのが辛い。その理由や正体を知ってはいけない感じがする。
さっきから視界の隅でちらつく不吉な黒い人影みたいに。
「どうしたの? 千影くん」
「いやいや、早く零比都さんの所に行かないか? また結界が動作されても困るし。それにほら、あの人。虎野さんに用事があるみたいだぞ」
ちょっと離れたところでこちらの様子を窺ってる作業員がいる。榛名と虎野の話が終わるのを待っているみたいだ。
そんな千影を、玲南と留萌が訝しげな顔で見つめる。
「千影? それ、誰の事?」
「はい?」
戸惑う千影。誰って、あそこで待っている作業員が……いない。その場で蒸発したように、影も形もなくなっていた。
「そんな人、どこにもいないよ?」
留萌には最初から見えていなかった? 恐らく玲南にも、背後で結界の誤作動について話している榛名と虎野にも!?
「結界の誤作動で変な場所に飛ばされた……ねえ。隔離結界にはそんな機能はないはずなんだけど」
「知ってる。でも確かに、あたしら変な場所に飛ばされたんだ」
「いやいや、ウドンケンジョウレイ結界にはそんな機能はないよ。何故なら……」
「次の台詞は『今キミ達がいるのは結界とは違う異空間だから』?」
口元を笑みの形につり上げた榛名が、虎野の言葉を先取りするように言った。
『今キミ達がいるのは結界とは違う異空間、つまりお前らの墓穴だか、ら……?』
榛名の指摘通りな言動をした虎野が一瞬変な顔をした直後、首から上を失った虎野の胴体が糸の切れた操り人形のように床に崩れ落ちた。いきなり何をと思った千影だが、床に転がった虎野そっくりなマネキンの頭部を見て状況を理解する。
『いきなり攻撃するとか、やっぱ想力発電所はゴミみたいな人間の巣窟だな』
「虎野さんに化けていきなり攻撃しようとしてたやつに言われたくねーな」
榛名が言い放つと、コンベアの所で仕分けをしていた作業員達が規則正しい足音を立ててこちらに向かってくる。ふざけた発電で榛名の怒りを買って蹴散らされた群体パラノーマルよりもはるかに嫌な雰囲気を身に纏いながら。
『おぉおこわこわ。やっぱ最近のオタクに刃物握らせとくのは怖いわ。今ここで抹殺するのが世のためだ。サクッと排除しちゃいましょ』
頭部を失ったマネキン人形が人込みの中に飛び込み姿を隠した。
「千影くん、留萌くん。準備はいい?」
「いつでも行けるよ」
「大丈夫だけど、虎野さんに成りすましていた奴は一体何者なんだよ」
千影が口にした疑問に榛名が返事する。
「アレがウドンケンジョウレイ結界に誤作動を起こさせて、あたし達を巻き込んだ下手人のフォーサーだよ!」
それが戦闘開始の合図となった。4人はそれぞれの能力を使って、押し寄せるパラノーマルを蹴散らす。
「フォーサー!? また職員の不祥事か?」
「いや、多分職員じゃない。部外者だと思う。アイツ、結界を誤作動させただけじゃなくって、隔離されていたパラノーマル達も手なずけやがった!」
今千影達を襲っている作業員達が、敵フォーサーに操られたパラノーマルという事か。雰囲気こそ恐ろしげでごまかされてしまったが、強さ的には宗教勧誘や反想発デモをしていた群体パラノーマル達と大差ない。
『このオレをお前ら底辺の仲間だと錯覚したのか? ふざけてんのかお前ら? 一回痛い目見ないとわからないのか? ああっ?』
パラノーマル達の襲撃音に紛れて、そんな声が聞こえた直後。
激しい眩暈に襲われ、平衡感覚がぐにゃぐにゃに歪んだ千影は、一切の抵抗もできずプラットホーム上空に身体を投げ出されていた。
To Be Continued>




