第二十二話 アナタにしか見えない(その3)
2026/1/4 修正
「玲南、あいつらはこの結界の中でそんなもの作って遊んでやがったって事だよな……」
それまで身体をふらつかせていた榛名が、据わった声で玲南に問いかける。
「うん、そーだね★」
「結界の駆除機能とか関係なく、ここであいつら退治しちゃうけど……いいよな?」
■その22
玲南が頷くと同時に、榛名は右足を高く振り上げ、足跡がつくような勢いで床に叩きつけた。いくら怒ってるとは言え、あんな勢いで足を振り下ろして痛くないのか? 心配する千影の前で、右足の接地点から床に生じた蜘蛛の巣状のひび割れが、CDが投下された金魚鉢の、榛名達から見て奥側の支柱へ光を放ちながら伸びていく。
ピシッ!
「え?」
異質な音に監督が気を取られた隙に榛名は空高く跳躍し、床を踏み抜く勢いで着地する。轟音が床を揺るがし、それでは榛名の細い足がバラバラになるのでは!? いや、なっていない……?
千影達は見た。着地点がありえない程大きく凹んだと思いきや反発するように大きく膨らむ。アレは……人間の足? 床から現れた巨大な突起物がひびが入っていた支柱(つまり、入り口から奥へ向かう方向へ)に思いっきり激突して破壊し、片方の支えを失った水槽をひっくり返す。支えから脱落した水槽は発電機付き水車によって内部から水槽の強化ガラスをぶち破られ、奥の水槽も巻き込む大惨事となった。中で泳いでいた職員達は高所から水流と共に外へ投げ出されていく!
「「「あぎゃーっ!」」」
「た、たすけ……溺ねをうぅぅーっ!」
「えっ? ええっ? 何が起きt」
外で見ていた監督は何が起きているのか理解できないまま、突然身体をビクンと痙攣させてそのまま膝から床に崩れ落ちた。おそらく榛名の衝撃波をまともに喰らってしまったのだ。たくましい肉体美にたった一点存在する急所に、あの巨大な水槽を支える鉄柱を破壊する一撃を、無防備状態で!
千影と留萌と玲南の3人は水槽から叩き出されたパラノーマル達を次々に仕留めていく。一方で、再び空高く跳び上がった榛名は一番手前の金魚鉢を破壊する。
これは想伝蜃奇録作中で、榛名が零比都と乙骨先生から伝授された、物理法則に則った実用的かつ無慈悲な戦闘理論に基づいている。
両足で攻撃した場合、片足の2倍の攻撃力が得られるのは当然の事実だが、この時に空高く飛び上がれば位置エネルギーにより威力は倍率ドン! 更に倍ッ! しかも重力加速度9.8倍のパワーも加わり、実に通常キックの78.4倍もの力が得られるのだ!(出典・未冥書房刊「かたゆでたまごのカオス物理学入門」より)
「そんな無茶苦茶があってたまるかーッ!」
当然、パラノーマルと戦闘中の千影にツッコまれた。確かに、榛名は物語の中で零比都や乙骨先生からおかしな知識を吹き込まれ、超重力下で修行して2倍〇王拳を体得していたけれど、そんな荒唐無稽が現実で許されるはずがない。
「千影くん現実しっかり受け止める、おっけい? 榛名ちゃんはテニスボールでヨーロッパの大地に巨大なクレーターを穿つ、コロニー落としも体得してるんだよ★」
「テニスボールは大地に穴を穿つ兵器じゃありませんからっ!」
「ちょっと2人とも! あたしはまだそんな戦闘技術は持ってないからな!」
……『まだ』?
その一言を思いっきり聞き咎める3人。
まだと言うなら、いつか体得するおつもりなのか!
「警備兵! 侵入者だ! 発電所の設備が破壊されているぞ!」
急所攻撃で悶絶する監督の通報でプラットホームに警備が殺到するが、床を踏み鳴らし発生した衝撃波で急所を正確に射抜ける榛名の敵ではない。ただ犠牲者を増やすだけ。
「ほーらほらほら、あったかい衝撃波だぞー。舌が痺れるような味だろ、たらふくお食べ―」
衝撃波は食べ物ではありません! そう思う千影をよそに、榛名は床から突き出た盛り上がりを足場に空中を縦横無尽に跳ね回り、押し寄せる警備を翻弄する。
「お代は気にしなくて大丈夫だよ? 家まで押しかけてしっかり払ってもらうからな」
反社会的組織構成員が経営する怖いお店顔負けの取り立てで警備を全滅させた後、榛名は残る金魚鉢をなぎ倒し、監督も含めたパラノーマルへの執拗な攻撃を再開する。
「これは盗まれたハンカチを変な取引に使われた傍陽の分! これは転売その他で版権収入が得られなかった玲南の分! 次はクリームパンお預け喰らってる留萌の分! お次はお前らに侵入されて迷惑を被った日本想電の分! 次は無許可でおかしな音声データを公開されたあたしの一撃! そしてこれはつまらないものをムチで引っ叩く羽目になった非実在あたしの分! そしてこれはあたしの個人的な怒り! そして次は! 次はッ! 次わぁぁッ!」
「いくらなんでも多すぎだよ榛名ちゃん!」
「そうだよ榛名ちゃん、版権の分は玲南さんもやり返したかったんだから取っといて★」
思わず留萌がツッコんだ後、私憤丸出しに宣う玲南に千影と留萌が何だそりゃ、な顔で見つめる。その間も、榛名は怒涛の如くパラノーマルを退治している。千影と留萌も玲南もサボってるわけではないけれど、水槽を突き破って流れ出した大量の水に足を取られがちな3人と、一回怒りを炸裂させる度に十数体のパラノーマルをなぎ倒せる榛名とではどうしても効率に差が出てしまう。
その勢いも、長くは続かなかった。
榛名の前に立ちはだかるパラノーマルが、衝撃波を問題なく受け流す。
「え?」
「そうかそうか。するとつまり、お前は私が考えた想力発電が気に入らないってわけか」
「……こんな無茶苦茶な発電が許されると思ったの? 発電方法や技術を事前に調べるのも必要経費だぜ?」
無茶苦茶は許されないって、それを榛名が言うか。そんな思いを抱きながら千影は榛名と対峙する敵を見た。
そこにいたのは、急所を攻撃されたダメージが抜け、ようやく動ける状態まで回復した現場監督だった。どうやら彼が結界内で暴れている、群体パラノーマル達の主らしい。キラキラ白い歯でいい笑顔の、やたら肉体美を誇っていた監督が、まるで別人みたいに人を見下す視線を榛名に向ける。
「必要経費? ブヒブヒ言うしか能のない萌え豚どもをタネにする発電なんて、所詮こんなモンだろ?」
「せめて、萌えるゴミでお湯を沸かしてボイラーを動かすくらい調べようよ」
「知ってたぞ、それくらい」
「いいや知らなかっただろ。発電する職員を、まるでゴミでも見るような目で見てただろ」
「何言ってるんだお前? 実際ゴミみたいなものなんだけど? それともアレか、やっぱボイラーとか水蒸気を使った方がいいか」
発電所の監督に成りすます割には、まるで発電について知らないような口ぶりだった。ガスタービン発電でも、ボイラーで発電機を回す方法でも、ちゃんとした理由があるから実用化されたのだ。
それを知っている者なら、まして発電の現場に携わる人が『ボイラーとか水蒸気を使った方がいいか』なんて言い方はしない。
監督は榛名目がけて突き出した右手を、天井を指すようにゆっくり上げていく。千影と留萌もつられてプラットホーム上部を見上げる。
恐ろしいものを目にして、ひっくり返りそうになった。
『『『『『うぉぉぉぉーっ!!!!』』』』』
上空に漂う巨大な湯気の塊が、聞くのも憚れる叫び声みたいな音を立てている。
それは今まで発電機を回す作業に従事していた職員達から放出された、大量の汗と涙から産まれた雲である。ほとばしる熱いパトスが、プラットホーム上空で水蒸気を恐るべきチカラで凝縮させ、雲として実体化させたのだ!
天井を指していた監督の右手が、ゆっくりと振り下ろされるのと同時に。
取り巻く空気の変質を感じ取った千影達に、膨大な熱量で場の全てを容赦なく蒸す、粘り気さえ感じさせる空気がのしかかった!
To Be Continued>
今回無双状態の榛名が使う能力は、第ニ章第十三話に詳細が載っています。
★登場人物紹介
■乙骨先生 (本名:乙骨春日)
●関ヶ原の戦いに出陣する石田三成に頭を撫でられた経験を持つ自称8歳。わかっている限り、最低でも440年以上8歳を自称している。
●身長140センチ。白装束に身を包み、顔は土気色でミイラ同然の老婆。全身からは古代寺院のお香みたいな香りがする。見た目は老婆だが自称8歳なので440年以上児〇ポ〇ノ禁止法の保護対象である。
●相伝蜃奇録に登場する、パラノーマル退治を生業とするフォーサー達ほぼ全員のお師匠様だが、弟子の誰よりも一番若いらしい。何故なら8歳児である自分より年下は弟子にしない主義だから。
●吉良上野介を討ち取った赤穂浪士の凱旋を見送ったり、黒船来航の時に船に乗り込んでギヴミーチョコレートプリーズをしたそうだが、とんでもない年寄りと指摘されると「何言ってるんだい! 私はこれでも8歳だよ!」とガチギレする。
だが実年齢を証明する手段が存在しない(生まれが昔すぎて、証明する書類も残っていないらしい)ため、誰も実年齢についてツッコめない。曰く「8歳以前の小さかった頃の出来事はあまり覚えていない」
●自称8歳児なので興味を持ったモノへの探求心は凄まじく、異世界の技術取得にも熱心。動画撮影・編集までやったりする。異世界やパラノーマルに対する知識も豊富。トジョウレイ結界やウドンケンジョウレイ結界といった高レベルの術を使いこなす。
●自称8歳児の割には礼儀はちゃんとしているし、判断力や決断力はそこらの大人をはるかに上回るどころか妖怪級。
●実は自分が8歳児でない事は薄々感づいているらしい。曰く「仲のいい友達が、みんな先に死んでいってしまう……」
●想伝蜃奇録の不条理さが服着て歩いている存在と言われ、零比都と並び最強候補筆頭とうたわれる。
ただしフォースの基礎をまんべんなく高めた零比都と違い、特殊な術を使いこなす傾向なので戦闘力はあまり高くない。だって8歳児だから!
●戦闘力は低いが、あくまでも木南さんや零比都、日本想電最高幹部の戸愚呂安芸津といった最強クラスのフォーサーと比べて、である。玲南や榛名達ではまるで歯が立たないくらい強い、世界最強の8歳児。
●フォース『Megadeath』
見る者全てを恐怖のどん底に突き落とす忌まわしいドクロを実体化させ、刃向かう者の命をかき消す。フォーサーでない普通の人間は目にした瞬間に発狂する。普段は乙骨先生が行使する術の増幅に使用される。




