第二十一話 アナタにしか見えない(その2)
2026/1/2 修正
千影達は詳しく知らないが、交流発電機は常に一定の速度で回し続ける事が求められる。ペースが多少下がっても発電機の速度を一定に調節する機構はついているだろうが……需要が急激に増加した時、例えば真夏の午後に町中でクーラーがフル稼働した場合、回し車は重くなって回転速度は落ちる。速度を調節する機構で負荷をやり過ごせるのか?
ただ、千影達が気にしていたのは、そうした需要と供給とはまた別の話であった。
単純な事だ。
回し車に乗っている人が、中で躓いたらどうなるのか?
この疑問は、需要増大で予備の発電機が起動した瞬間に解決した。
■その21
「需要増大中! このままでは供給が追い付きません!」
「何だと、それではB班も回し車に! みんな頑張れ!」
監督の掛け声とともに、待機していた職員達が予備の回し車に乗り込む。
「おぉおーッ! 玲南ちゃーん」
「傍陽ちゃーん!」
「はぁはぁ……ロソババア萌えーッ!」
「「「「ブーッ!」」」」
ガガガギャリゴッ! ゴインゴインゴガバッ! 不意に襲ってきた耳障りな破壊音と異常衝撃に、千影達がギクリとする。
「「「「アバーッ! サヨナラーッ!」」」」
「ああっ! 送電系統から全発電機が脱落! 発電停止!」
プラットホームに狂ったような悲鳴が響く。一体何が起きたのか、千影達もすぐに把握できなかった。回し車の中から見慣れない黒い物体が次々に射出され床にたたきつけられる。それらが、高速回転する回し車の中で足を滑らせて転倒した職員達だと玲南達が気づいた、その矢先。
「そこの貴様ァッ! それでもヘンタイ紳士かッ! 現実のロソへの邪念を口にするとはァッ!」
監督らしい人物が、停止した回し車から職員を引きずり出す。
「い、言いがかりだ! オレはそのような邪念にとらわれてなどはおりませぬ! ロソババアなんて非実在ですよ!」
「やかましい! 貴様の邪念のせいで、多くの職員が萌える心を失ったのだぞ! 再教育せねばならぬな!」
「えぇーっ」
連行される職員の堪え切れないロソババアへの愛が、他の回し車に乗っていた職員を転倒させてしまった。すごい勢いで床に叩きつけられた職員達は幸いにも怪我はないようだが、事故の衝撃で表情は虚ろで頭髪が真っ白になっている。
「いやだいやだいやだ……」
「あのミイラの姿がこびりついて……頭から離れない……」
事故というより、あの人物の映像がトラウマになってしまったようだ。想伝蜃奇録最恐のロソババア、見た目はミイラ、中身も老女、わかっている限り400年以上昔から8歳を自称する、あの恐るべき人物だ。
「真っ白に萌えつきたか……まさか乙骨先生ファンが実在する物質だったとは」
あの妖怪にはぁはぁできる猛者がいるなんて、流石の榛名も知らなかったらしい。もちろん乙骨先生ファンがいないわけではない。あくまでもネタキャラとして、であるが。
「ひぃぃ、萌え怖い怖い怖い」
「留萌くん、萌えは怖くないんだよ★」
「だって、あんなに真っ白けになるなんて!」
入り口から中を指す留萌が言う通り、萌え尽きた職員達から一切の生命を感じられない。フロアに風が通り抜けただけで身体が崩壊して灰となって飛んで行ってしまいそうだ。
「こいつらはしばらく使い物にならぬ。連れていけ!」
監督らしい人物は、乙骨先生にヨコシマな心を抱いた職員を自ら懲罰房送りにした後、真っ白けに萌え尽きてしまった職員達を一瞥して非情な宣告を下す。
プラットホーム(現在は怪しいスポーツジム)に白い防護服で完全武装した職員達が、萌える心を失いカサカサ状態で座り込む職員を乱暴に引っ立てる。真っ白に萌え尽きたのは事故なのに、何という無慈悲!
「さぁ、ついて来い!」
「ひぃぃぃぁっ、ミイラが、髪の真っ白なミイラが音もなく走ってくる! 来るなああ!」
「たすけてくれぇぇ」
「たすけてぇ」
散布された消毒剤で視界が遮られる中、悲鳴が遠ざかっていく。煙幕の向こうから監督と技術者の話し声がする。
「発電計画のノルマは達成しなければならぬ! かわいそうだが犠牲はつきものだ」
「しかし監督、このままではノルマ達成は厳しいですよ」
「大発電機を起動させよう」
監督の宣言と同時に、とても身体に悪そうな臭いが吹き抜け視界がクリアになっていく。千影達4人の前に現れたのは、見上げるほど大きな水槽だった。巨大な金魚鉢そのものな水槽を、周囲の床から伸びる8本の柱で支えている。水槽下部にはポンプと配管が、最上部から水槽内部に向かって大きな水車がついている。
消毒中人払いされていたプラットホームに職員達がゾロゾロ戻って来る。さっきまで回し車を回していた職員達の残党らしい。全員が海パンと水泳帽姿だが……これからここで何をするのか?
千影達が見守る中、監督は近くに置かれていたバッグの中から何かを取り出し、海パン職員達に見せつけた。
「そーれそれそれ、玲南ちゃんクリアファイルだよー」
「「「「うぉぉぉぉぉ、欲しい欲しい!!」」」」
「君達、そんなに玲南ちゃんグッズが欲しいと申すか!」
「「「「欲しい欲しい! というか、寄こせーッ!!!!」」」」
監督は美味しい餌をぶら下げて、海パン一丁な職員達を水槽近くまで巧みに誘導する。
「取ってきた人にあげちゃおう。さあ取ってきなさーい!」
「「「「うぉぉぉぉーっ!!」」」」
監督の狙い通り、お宝グッズに目が眩んだ職員達は。
自分達の欲望を満たすため、ヒトとしての限界を飛び越えた――
見上げるほど大きい金魚鉢に、ハシゴや脚立をかけて登るのではない。人知を超えた跳躍で、金魚鉢の中に直接跳び込んだ!
「待てーッ!」
「はははこいつめー。追いかけっこなら負けないぜ、玲南ーッ」
玲南グッズを追いかけて水槽に跳び込んだ職員達はきっと、水着姿の玲南とリゾートビーチで戯れるシチュエーションを幻視しているに違いない。二次元嫁と戯れる妄想のチカラが金魚鉢の中を駆け巡り、発生した強力な水流が水車をゆっくり回していく。
ゆっくりだが、力強く。
水車を回す水流の力が一定のレベルを超え、水車と繋がる発電機が送電を開始した。
「よっしゃ、次は榛名ちゃんがオレノヨメな諸君! 君達に差し上げるのはこれだ!
『24時間いつでも榛名ちゃんに罵ってもらえる』限定1000枚生産の超レアCD!」
「「「「「「おぉおおーッ!!!! 伝説の一品じゃないですかぁーッ!!」」」」」」
場内が割れるような大歓声。熱狂に包まれた彼らもお宝をゲットするため水槽の中に身を投じていく。
それとは対照的に、顔を引きつらせた榛名は呆然自失、みるみるテンションが低下していく。
「あ……あははは……そっか。あたしの知らないところで、そんなもんが作られていたのかぁ……」
「い、いや。榛名ちゃん罵倒CDが公式に生産されたなんて話は聞いた事ないぞ?」
「うんうん、そーだよ榛名ちゃん。千影くんの言う通り、きっとパラノーマルが勝手に言ってるだけだよ、ねぇ留萌くん★」
「そ、そーだね。あのパラノーマルが変なモノを作ったって事だよ。榛名ちゃんをイラつかせるために」
必死に慰める3人の背後で、無神経な宴はまだまだ続く。
「次は真田傍陽ちゃん愛用、匂い付きハンカチだーッ!」
「「「「フォーッ!!」」」」
何でそんなものが出てくるねん。
いくらなんでも、それはない(当然本物ではないだろうけど)。この群体パラノーマル達は何をやってるのか。
「玲南、あいつらはこの結界の中でそんなもの作って遊んでやがったって事だよな……」
それまで身体をふらつかせていた榛名が、据わった声で玲南に問いかける。
「うん、そーだね★」
「結界の駆除機能とか関係なく、ここであいつら退治しちゃうけど……いいよな?」
To Be Continued>
多数の交流発電機を繋いで送電系統に載せた場合、非常に面倒な問題が起きるようで、ただ多くの発電機を回せばいいというものではないらしいです。
今回のお話はパラノーマル達が異空間で行っていた謎発電でした、という事で。




