第六話 一匹見たら百匹いる!
■その6
「何で……何で千影くんがここにいるの!?」
「え、何でオレの名前を……」
「さっき会ったじゃない。もう忘れたの?」
「さっきって?」
もちろん千影は想伝蜃奇録の登場人物である玲南を知っている。そして夢の中で助けてもらった事も覚えている。でも、それは夢の話で……
「それはですね、彼に是非とも当店自慢のプロテインジュースを味わっていただくためですぎゃーっ!」
不意に頭上で声が響いた。聞き覚えのある、不愉快で聞くに堪えない声。
薄暗い部屋の天井から何かがぶら下がっている。暗くてよくわからないが、ぶら下げられているのは例の筋肉ナースらしい。ナース服のない筋肉ナースが、海老反り状態で吊るされている。全身を亀の甲羅模様を思わせる縛り方で!
吊るされているのは1人だけではない。見る限り天井にびっしりと。みんな双子やクローン人間と思わせるほどに顔立ちも体格もそっくりで、ナース服がない状態で亀甲縛りされているところまで同じ。
「ふーん、玲南さんが頑張って助けたのに忘れちゃうなんて、千影くんはすごい忘れんぼさんですね。思い出してもらうには、やっぱり脳にショックを与える必要があるかな★」
この反応、紛れもなく夢で出会った関之沢玲南本人だ! もう右手からワイヤー出してるし!
「そ、そうじゃなくって、また会えるなんて思わなくって! 夢かと思ったんだよ」
千影は慌てて首を横に振って、覚えてるアピールをする。実際、また会えるとは思っていなかった。
「ふーん、それじゃあ夢じゃない事を今から証明してあげよっか?」
「ワイヤー出しながら喋るなって!」
あの五線譜みたいなワイヤーで敵を縛って攻撃するんだ。想伝蜃奇録における玲南の戦闘能力そのままに。夢だとしてもきっと死ぬほど痛いんだ。
その時、千影の正面にある扉が勢いよく開かれた。
「はっはっは、物忘れが激しくてお困りのようですね。ここでドコサヘキサエン酸入りのプロテインでm」
千影が突然の来訪者に意識を向けるよりも早かった。天井に吸い込まれるような勢いで跳ね上げられた押し売りが、千影達の上空で首を支点にして宙ぶらりん。健全な青少年にトラウマを刻みつける残虐な光景だ!
「ひどいですね、話も聞かずに首吊りにするとは」
「プロテインが足りないんですよ」
「「全くですね。このプロテインを飲んd」」
部屋にある4つの扉が一斉に開き、現れた筋肉押し売り達が中に入ろうとしたが全員垂直に跳ね飛ばされて天井から宙ぶらりん。
もちろん彼らの首をキメたのは玲南のワイヤーだ。天井に待機させたワイヤーを来訪者の首目掛けて射出して、そのまま天井に吊し上げたのだ。情け容赦のない攻撃だが、玲南に余裕がないのは千影の目からも明らかだ。
「「「「こんにちは赤ずきんちゃん。おばあちゃんがプロテインをあがーっ!」」」」
「「「「話は聞かせてもらった。プロテインを飲まなければ人類は滅亡する、んがっぐっぐっ」」」」
今度は8つの扉が同時に開いた。いつの間に扉の数が増えた事に千影が疑問を抱く前に全員首吊りさせられたのはおやくそくだが、本当にしつこい。犠牲も増えてるから諦めればいいのに、そうまでして千影にプロテインを飲ませたいのか。
「「「その通り! まずはプロテインを飲みなさい、話はそれからだ!」」」
扉からの侵入者を一撃必殺する事に意識が向いていた玲南にとって、それはまさに不意打ちだった。筋肉ナース達は今度は扉だけでなく、敷かれた畳をめくりあげて侵入してきたのだ!
玲南の反応は明らかに鈍かった。『してやったり』と侵入者達がニヤリ笑うところまで、千影でも視認できるくらいに。
玲南が必死にワイヤーを動かそうとした、刹那。
「……やっかましいんだよっ!」
床から顔をのぞかせていた筋肉押し売りを、千影がハリセンでどつき倒していた。続いて距離の離れた二箇所から顔を出していた押し売り達も電光石火の勢いで張り倒す。
ハリセンが炸裂した音も派手だったが、叩かれた押し売り達のダメージは非常に大きかったようだ。硬そうな筋肉がどろどろに溶けて人の形を維持できなくなっている。みるみる床に溶け込むように消滅した。
「「「どーも、消防署の方から来ました。消化器とプロテインは設置の義務が」」」
「詐欺だろっ!」
間髪入れずにハリセンツッコミで大地に帰す。ハリセンの破壊力は凄まじく、ツッコミが炸裂するたび部屋の空気が激しく振動し、やがて地響きまでするようになってきた。
このハリセンは何なんだろう。大暴れ中の千影にもよくわからない。ただ、筋肉押し売りのニヤリと笑った顔にムカついて、こんな不愉快な夢を全力でぶっ壊してやろうと思っただけだった。
何より、押し売り達に苦戦する玲南を助けたいという気持ちが強かった。どうせここは夢なんだから、女の子を困らせようとする悪党相手に暴れまわったって罪には問われない。
最初は何が起きてるのかわからない様子だった玲南も、順応したのか千影と一緒に侵入者を撃退するようになり、気がついた時には対応できない新手の敵には「千影くん!」と呼びかけるだけになっていた。
「我々はもぐら叩きのもぐらじゃありません!」
「「全くです、そのようなゲーム脳にはプロテインが必要d」」
「もぐら叩きやらせてるの、お前らだろうがっ!」
床から頭を覗かせる筋肉押し売りをひたすらハリセンで引っ叩くだけのかんたんなおしごとです。
この時千影は、難易度イージーモードのモグラ叩きに夢中になるあまり、どんどん激しくなっていく地響きに気づかなかった。
「千影くん、危ない!」
玲南に呼ばれて振り向く間もなく、千影の身体が恐ろしい勢いで上空に引っ張り上げられる。背中から部屋の天井に激突した衝撃で危うく口から内臓が飛び出すかと思った。引っ張り上げた力の正体は言うまでもなく、千影に巻き付いた玲南のワイヤーだ。
部屋の揺れが酷くなっている。このままじゃ天井も崩落して床に叩きつけられるのでは?
千影が部屋を見下ろす。押し売り達が頭を出していた床の穴に向かって、室内の光景が収束し始めた。まるでモグラ叩きの穴が排水口になったかのように、渦を巻きながら部屋の構造物を飲み込んでいく。
玲南はどこへ? と部屋を見下ろす千影の周りで、天井から吊るされていた筋肉押し売り達が次々に落下して床の穴に吸い込まれていく。
「げぼぼぼぼ……」
「たすけてぇー」
次は自分? と竦み上がった千影もついに流れに捉えられてしまった。
これはヤバイ。直感した千影が必死に手足をばたつかせる。しかし強い流れの前に文字通り手も足も出ない。このまま飲み込まれたら本当におしまいだ。
「大丈夫、このまま逃げるから。しっかり捕まってて」
ふと、千影は自分を包み込む柔らかくて温かい感触を感じた。
目を開く。
部屋にあった全てのものが流されていく中、玲南は千影を真正面から抱きしめた状態で流れに逆って泳ぐようにして床の穴から遠ざかっていく。周りにあったもの全てが流されて消滅する程度に時間が経過する。完全なる灰色一色の空間が2人を包む。
やがて周囲に走り始めた線が何かを形作っていく。直線が構成する長方形や直方体、立方体を千影が認識したと同時に、2人は地球の重力に捉えられたように床にダイブした。千影は玲南の下敷きになったが、高いところから落ちたわけではないので痛みはないし、激流から脱出できたという安堵感が大きかった。
「こ、ここまでくれば大丈夫……」
「ありがとう。助けてもらって」
あの激流の中で千影を抱きかかえて泳ぎきった玲南はクタクタになっていた。彼女に助けてもらえなければどうなっていた事か。
「……助けてもらったのは私の方だよ。1日に2回もパラノーマルに襲われるなんて珍しい人だと思ったけど、千影くんがフォーサーだったなら納得、かな」
「……フォーサー?」
玲南の口から聞き覚えのある単語が2つ出てきた。「パラノーマル」と「フォーサー」である。想伝蜃奇録の物語では、パラノーマルと呼ばれる謎の魔物が人類に襲いかかり、異空間に標的を引きずり込んで犠牲者を増やしていく。
そんなパラノーマルを退治するのが「フォース」と呼ばれる超能力を持ったフォーサーの役目だ。作中に登場する玲南も、五線譜のようなワイヤーで敵を縛り上げ、五線譜ワイヤーに音楽を載せて敵を倒す能力を持っている。
筋肉押し売りを吊し上げたワイヤーもよく見ると五線譜になっていたし、千影が背中を擦られた時に痛みが引いていったのは癒しの歌の効果か。
「フォーサーって、超能力者の?」
「それはひょっとしてギャグで言ってるのかな?」
そんなに変な質問だったのか? 玲南が「何を言ってるの、この人?」って顔で返してきた。
「ギャグなんて言ってないけど」
「ハリセン一発でパラノーマル叩きのめせるレベルのフォーサーなのに、何言ってるの?」
思いっきり険のあるような言葉を玲南に返され、千影は理解した。
なるほど、そういう夢か、と。
To Be Continued>




