第十六話 諸君、私はクリームパンが好きだ!
2025/12/25 修正済
■その16
だが、スルーが許されない怪しいモノはほかにもあるわけで……
「怪しい食べ物売ってた屋台と、食べていたお客さん達もパラノーマルなんだよね? お客さん達が屋台を襲撃したのは意外だったけれど」
「あー、確かに食べ物売ってた連中はパラノーマルだったけど、食べてた人達はパラノーマルじゃないぞ」
榛名の答えに、留萌は納得といった顔で
「あ、やっぱりそうだったんだ。じゃあ、あのお客さん達は何者なの?」
「アレはウドンケンジョウレイ結界に装備された、パラノーマル駆除システムだな。結界に入り込んだパラノーマル達を定期的に駆除してるんだ。群体パラノーマルの団体客が来た時は自動的に動くらしいけどな」
「群体パラノーマルって?」
「そこら中からウヨウヨ湧いてきて、ひたすらつきまとってくる鬱陶しいパラノーマル、留萌も千影も見覚えあるだろ? 1匹見かけたら100匹はいる、数の暴力で大暴れするパラノーマルを群体パラノーマルって呼ぶんだ」
かつて千影が出会った、プロテインを押し売りするパラノーマルや、病室の外から囁きかけてくる輩とか。先程退治された、屋台の店主達もこれに該当するらしい。
「店を開いていたパラノーマル達は、玲南さん達が来る前に結界に捕まえられたパラノーマルじゃないかな。つまり、この結界は巨大な黒い悪魔ホイホイってところだね★」
「その黒い悪魔ホイホイにオレ達まで迷い込んだってオチとして最低じゃねえか! というか、それだと迷い込んだオレ達も出られないのかよ!」
「むしろ逆に考えるんだ……黒い悪魔がいなくなれば、黒い悪魔ホイホイもなくなる★ そうすれば、こんな悲劇も」
「尤もらしい詭弁を並べ立てるなーッ!」
玲南は本当に黒い悪魔が嫌いらしい。声はいつもの調子で笑顔だけど目が全く笑っていない。
榛名が説明を続ける。
「この結界、元々はパラノーマルにとり憑かれた人からパラノーマルを引き離して駆除するために使うものなんだ。だからパラノーマルが退治されれば外に出られるはずなんだけどさ」
まだパラノーマルが近くにいるのか? それとも、あのおかしなパンみたいな物品を知らないうちに他にも持ち込んでしまったのか? 千影は念のために確認する。
「大爆発を起こしたパンってやっぱりパラノーマルなのか?」
「結界の駆除機能が反応したわけだから、どんな呪物だったかは想像つくだろ」
「結界に入る前は普通のパンだったけど、屋台で大立ち回りをやってる間にゴクツブシの擬人化みたいになったんだよね★ 玲南さんが怪しさを見抜けなかったのはちょっとムカつく」
榛名と玲南が珍しくスッキリしない返事をしてきた。結界に入る前は普通のパンだったのに、結界に入った後に化学反応でも起こしたか?
「えーッ! つまりクリームパンが原因って事? 美味しそうだったのにぃ」
留萌が不満そうに言うが、美味しそうとか問題はそこじゃないから。
「留萌、お前クリームパンが大爆発するところを見ただろ!」
「美味しさが大爆発して正義が勝ったんだよ!」
「グルメ漫画じゃねえんだから!!」
「一日最低三回! クリームパン食べたいっ」
留萌の据わった目を前に、それまでツッコミを入れていた千影もたじろぐ。そんなにクリームパン食べるのが楽しみだったと申すか。普通ならクリームパン禁断症状なんてただのネタなのに、目を渦巻き状態にして残念がっている留萌の姿は、本当に厄介な禁断症状を発症させているような……
「えぅー。クリームパン食べられないの? せっかくおやつに食べようと思ってたのにぃ……」
『クリームパンが食べたいのかい? ならば僕ゐ頭をね食べばばばばば』
悲しそうな顔をする留萌の前に唐突に現れたのは、頭部が巨大なクリームパン(成人男性の三倍もの大きさ)でできた、二足歩行する謎存在だ。榛名が問答無用で空高く蹴り上げてお星さまにしたのは言うまでもないが、それがパラノーマルだと理解できなかったのか、留萌がぷんすか怒り出す。
「あー! せっかく美味しそうなクリームパンがあったのに! 食べ物粗末にしちゃダメだよ榛名ちゃんッ!」
「あの、留萌? アレはクリームパンそっくりなパラノーマルだからな? というか、さっきのクリームパン美味しそうに見えたの?」
榛名がジト目で留萌を見つめる。大きさがあるから食べられればお腹いっぱいになるだろうが、パン生地の発酵があまくて萎んだ形をしていたし、クリームを注入する口からクリームが不気味にはみ出し、そこら中が焦げたパンなんて誰の目からも美味しそうに見えなかった。
というか、千影達がパラノーマルホイホイから脱出できないのは、まだ他にもパラノーマルが潜んでいるからでは……
「留萌……もしかしてさっきのパン屋さんで買ったクリームパン、まだ隠し持ってるのか?」
「な! なななな何の事ですか千影くん! 別に隠し持ってなんかいいいいないのですよ?」
動揺がバレバレだった。それも相当な数を隠してるようだ。元の世界に戻るには、それらを全部取り上げて処分する必要があるが、留萌は絶対に承知しない。榛名に怒られても食って掛かる始末で、千影が必死に宥めている有様だ。
流石の玲南も困った表情で
「……千影くん、何とか留萌くんを説得できない?」
「おっけー」
え、できるの?
幼馴染だというから、ダメもとで頼んでみたのに。
そう言いたげな玲南の前で。千影は華麗な交渉技術を披露する。
「留萌! 屋台で買ったクリームパン(みたいなもの)を食べられないのは残念だけど、処分するなら後で美味しいロールケーキを、恵方巻きみたいに丸々食べさせてあげるよ!」
いや、何でロールケーキ?
確かにロールケーキを切り分けないでそのままがぶり……というのは、誰もが一回は憧れる話だけど。
榛名と玲南がぽかんとした様子で状況を見守っていると
「……で、クリームパンは? クリームパンはいくつ?」
「クリームパン3つ。それにロールケーキ1本!」
「み っ つ ぅ ?」
回答が不服だったのか、留萌は突然、殺気に似たオーラを放出し始めた。玲南や榛名も驚く危険なパワーに、しまったと思った千影は慌ててクリームパンの数を上方修正する。
「お、おぉおお……おっと、クリームパン5つの間違いだった。どう?」
「もう一声!」
「では6つで」
「ロールケーキは1本だけ?」
「おっけー、2本つけちゃおう! その代わり、その怪しいクリームパンはパン屋さんを冒涜する代物だから廃棄しような」
「うん、わかった」
『ちょ! なんですか! その邪悪な合意は! 全てのクリームパンに対すゑ冒涜ですぞアバーッ!』
こうして、留萌は怪しいパン屋さんで購入した危険なパンを全て諦める事に合意してくれた。合意に抗議するように姿を現したパンも、大きな口を開けて留萌を呑み込もうとしたパンも含めて、留萌がこっそり隠していたクリームパンの数は4つ! 全て一網打尽にされた。
「留萌が買ったクリームパンは、これで全部か?」
「うん。買ったのは全部で6つだよ。その代わり、約束はちゃんと守ってね。仕事終わったらロールケーキ2つとクリームパン7つだよ!」
気づいたら対価を1個増やしてる! だが、それを指摘したら話がまた堂々巡りだ!
吹き抜ける風。空気のざわめき。千影達のすぐ近くで警笛を鳴らした電気機関車が轟音を上げ動き出した。全てが紫色だった異常な世界で放置されていた、無残な鉄の塊ではない。一世紀前に製造されながらも丁寧に整備された、年季の入ったボンネット付き電気機関車がいつの間にかコンテナ貨車の後ろに回り、貨車に連結される。
とにかく、異常な空間で襲ってきた敵は全滅し、千影達は元の世界に戻って来れたようだ。
To Be Continued>
次回「ウドンケンジョウレイ結界」
結界の中でカオス成分てんこ盛りな戦いが始まる。
★登場人物紹介
■大谷 留萌
●千影の幼馴染にして一緒に富嶽第一想発でアルバイトを始めた無二の親友。高校一年生。
●身長164センチ。体格は玲南よりも小柄で背が低い。顔立ちは千影以上の女顔で性別をよく間違えられる。声変わりもまだしていないらしい。ひ弱な見た目のままに、性格はかなり温和。
●女の子と勘違いした変質者に絡まれた事がある(複数回)。力は弱いが、迫ってくる変質者を急所攻撃などで情け容赦なく叩きのめす。ただし本人には全く自覚がない。
●深刻なCBD患者(CBD=Creambread deficiency。すなわちクリームパン欠乏症)。一日最低一回はクリームパンを食べないとお腹が空いて目を回してしまう。
●初対面で女の子と勘違いした玲南が、千影と仲がいい留萌に嫉妬したのは秘密。
●非力だが作業の手際が非常に良く、倉庫の確認や機械の点検作業については千影よりも適性が高い。
●千影と同じ時期にフォーサーとして覚醒した。能力は今後の登場をお楽しみに(千影と同じく成長性が非常に高いらしい)




