第十二話 バナナはおやつに入らない。
■その12
逃走した神父を応接間へ連れ戻したのはまさに人知を超えた超存在だった。究極の存在へ進化を遂げた木南の身体は物理法則にも干渉し、光の反射を許さない。すなわち黒光りする巨体はその容貌に関わる情報を他者に漏らさない。体色が漆黒で木南と同じ声で話す以外の特徴がない。
ずいぶん大雑把に定義すれば、それは確かにヒトに分類できたかもしれない。ただ、その定義では猿も鳥も犬もワニもゴ●ラもシト達も全て人類にカテゴリーされてしまう欠点があるけれど、電気機関車が人類に分類されない点は大きなメリットだ。
それは紛れもない地上最強の生物だった。存在自体が正気に対する冒涜と言える生物がなぜ存在を許されるのか? 全ては単純な理由で片付けられる。
ひとえに「愛」である。妻への愛が彼を覚醒させたのだ。決して、厄介ごとが増えて今日も残業になった怒りで覚醒したわけではない。
神の教えを説く立場にありながら、「零比都たんはぁはぁ」と邪欲を抱いた神父に、神を超えた存在が問う。
「神父よ……貴様、色を知る年齢かッ!!」
青少年を教え導く立場にある者が物欲に堕落しきった姿。何と嘆かわしい。
「ノンノン、私神父違う。私は新牢神父」
「神父と名乗ってるじゃねえか!」
神父の開き直った態度に超存在が激昂する。
「そりゃ、名前が神父だもの。にほんごわかりますかー?」
「わかるわ馬鹿野郎! 神父と名乗ってるじゃないか! 貴様こそにほんごわかりますかーッ!?」
「わかるわ、これでも漢字は読めるぞ!」
「ああ? 漢字は読めてもひらがな読めねえってオチじゃないのか、腐れ神父!」
怪物相手に一切怯まない神父。やり取りがどこかずれていて話が進まない。どこに原因があるのか考えた千影は、ある気づきを口にする。
「……もしかして、『新牢』が名字で、『神父』が名前っていう、ただの一般人?」
「ザッツライト!」
この人、十字架教の神父じゃなかったのか!
「貴様、さっきは神の教えを説く神父が、と言ってなかったか? それとお前は一般人じゃなくて逸般人だろうがッ!」
「まごうことなき一般人、市井ですよ! そんなの見ればわかるだろ、これだからゆとりは……」
「一般人が富嶽第一想発に隣接して異空間やら結界を張れるか、この不埒者が! 貴様のせいで今日も残業になったぞ! どうしてくれるんだ!」
「ルール違反は何もしていませんよーだ」
「だからムカつくんだコラ! こんなルールの隙間突くような真似しくさって!」
想発敷地内に許可なく異空間や結界を作る事は禁止されていて、結界や異空間を作成したパラノーマルは問答無用に抹殺対象となる。
しかし、この神父は、禁止エリアのギリギリ外に異空間を作ったのだ。
本当に、ギリギリで。想電敷地内と自由に通行ができるように細工まで(これも禁止事項ではないが、確実に問題視される)して。
「やかましい! さっきから黙って聞いていれば人を散々侮辱しやがって! 謝罪と賠償を要求する!」
逆ギレした神父と、怒りのあまり神を超えた木南はまさに一触即発。最初玲南は修行に協力してもらった神父を巻き込んでしまった罪悪感に駆られていたが、応接間で繰り広げられる怪獣大戦争を見て、今では木南への申し訳なさが圧倒する始末だ。
「私が書類作成手伝うから、そうすれば早く終わるよ?」
いつの間に木南の隣に移動していた零比都の一言が、怪獣大戦争勃発を回避した。
「え、手伝ってくれるのか?」
「うん。早く終わらせよ」
月を見た戦闘民族めいた超変身を遂げた木南が、一瞬で日常の姿に戻った。
死神にとりつかれた、いつもの疲れ切った土気色の顔に。
零比都、今何をした? 木南の尻尾でも切ったのか?
「あー、ちょっと有東木君に質問したい事があるんだけど、いいかい?」
「あっはい」
呆気に取られていた千影だが、虎野の言葉で我に返り、視線を応接間入り口から正面の虎野に戻す。
「ダークデビルにトドメを刺す前に、有東木君はダークデビルに変な事言われて硬直しちゃってたけど、何を言われたのかい? まるで聴き取れなくって、気になったんだ」
「あー……実はあの叫びにはあまり意味はないんです」
「は? どういう事なのかい?」
「昔あった、嫌な事を思い出したもんで」
「嫌な事かい?」
「はい」
嫌な事とは何か、今ここでは聴きだせないだろうと虎野は判断した。千影が本気で思い出したくない過去なのが見て取れる。
あのダークデビルは『千影の過去のトラウマを知っていた』となるが……
考えるのは後回しにして、別の話を切り出す。
「そうかい。嫌な質問してすまなかったね。では次の質問なんだけど、キミが富嶽第一想発にアルバイトしに来たのって、門野 裏音さんの紹介だったよね」
「はい」
「有東木君は、門野さんとどういう関係?」
「オレと留萌の幼馴染です。最初は裏音も富嶽第一想発にバイトしに来るはずでしたが、家の手伝いが忙しくなってオレと留萌の2人だけになったんです」
「確か門野さんってキミ達とはずいぶん離れたところに住んでるみたいだけど、引っ越したんだっけ。連絡取りあってたの?」
「ええ、アイツが引っ越した後もずっと。アイツ、とにかく顔が広いので、ここのバイトも見つけてきてくれたんですが……あの」
「? どうしたのかい?」
何か言いたそうな千影の様子が気になって、虎野が続きを促す。
「……もしかして、裏音があのムカデパラノーマルに関係してるとか、そんな話ですか?」
「は? どういう事?」
驚きとともに虎野が返事する。まさか、一番知りたかった事を千影から言ってくるとは!
「……実は、ムカデの絶叫を聞いた時、真っ先に裏音を思い出したんです」
「嫌な話って言ってなかったっけ?」
「ええ、アイツが遠い町に引っ越したきっかけに関係してまして……」
■
『あっ★ あともうひとつ。『私も少年の因果に取り込まれた存在だ』って神父さんが言っていたけれど……千影くんが富嶽第一想発でアルバイト始めたきっかけとか、調べた方がいいかもしれないね』
どうやら、玲南の推測は大当たりらしい。
それを裏付けるように、事情聴取中にも千影のケータイに裏音からメールが届いていたのだ。
千影も虎野も、まだ気づいていなかったけれど。
それは希望への道標か。
あるいは。
絶望への一本道か>




