第五話 残酷な悪魔のテーゼ
■その5
噴煙の向こうに見える、台所をカサコソ動き回る日本全国の主婦にとって憎い敵そっくりな(ただしサイズ200倍(当社比))あんちくしょう。一万体の玲南フィギュアを引き剝がされて大幅にパワーダウンしたはずなのに、何かをきっかけにスイッチが入ったのか悪魔としての本性に目覚めてしまった。
『黒い悪魔に右の頬を打たれた者だけが! 真っ白に燃え尽きるまで悪魔を便所スリッパで殴打できるッ!』(週刊『誰でもできる黒い悪魔退治――たった一つの冴えた方法――』未冥書房刊より引用)
この言葉を千影達が知っていたかどうかは問題ではない。千影と玲南と神父の危機察知能力が3人を突き動かす。メカ千影が千影と玲南を抱きかかえて飛び跳ねた直後、千影達の立っていた場所を通過した得体のしれない巨大質量が傍にあった廃ビルに激突した。轟音を上げて倒壊する廃ビルを、離れた大通りに降り立った千影達が戦慄の表情で見つめた。
「あぁあぁあ……ゴミ箱が、ゴミ箱がひっくり返されたあああ! 綺麗好きな神父としましては、部屋が散らかるのは耐えられない!」
ならば普段から本の山を整理しておけよ。隣で嘆く神父に千影は思わずツッコみそうになった。倒壊したビルの瓦礫が地面に衝突する振動や音、そして舞い上がる埃の嫌な臭い。現実では神父の部屋はどんな惨状なのか。
アレ? さっきまで、廃墟にダブって部屋の景色が見えていたのに……
「あの黒い悪魔が、神父さんの部屋をVRごと自分の異空間に取り込んじゃったみたいだね★」
それって、非常に危険な状況ではないか?
「じゃ、じゃあ、これはビルが倒壊するVRではないんだな?」
「うん、倒壊に巻き込まれたら本当にぺしゃんこにされちゃうよ★」
「まずいじゃないか! もっと離れようよ! というか、何でいきなりパワーアップしやがったんだよ!」
「うーん、ワイヤーの手ごたえが突然なくなったんだよね。どうやって抜け出したんだろ。油断したわけじゃないんだけど、ちょっと玲南さんムカつくなあ……」
玲南はワイヤーを手繰っていた右手を納得できない表情で見つめていたが、遠くから迫ってくる足音のような地響きに、千影達と狭い路地に身を隠して様子を窺う。
大通りに影を落としたのは、やたら立派な大あごと長い触角を持った、超巨大なムカデだった。足が何対あるのか数えるのも馬鹿らしくなる大ムカデが、無人となった建物群を覗き込みながらこちらに向かってくる。
「あのムカデ、さっきの黒い悪魔か?」
「そうだね。あのダークデビルだよ★」
安易なネーミングである。
「玲南に捕まる前よりも大きくなってないか?」
「相当にパワーアップしたんじゃないかな? 大きい事はいい事だ★」
「言ってる場合か! 何でパワーアップしたんだって話だよ」
「千影くん、そんな大きな声出すと見つかっちゃうよ」
「あ」
『あ』
角から大通りを窺っていた千影と、ダークデビルの目が合った、その途端。巨大ムカデは信じられないような俊敏な動きで千影達が潜む狭い路地に突撃し、玲南が大通りに展開させていた蜘蛛の巣状捕獲ネットに体当たりした。
用意周到に罠を仕掛けていた玲南がニヤリと笑う。あとは『上司におべっかを使う哀れな虫の歌』をダークデビルに流し込むだけ……
の、つもりが。
計算外があった。ダークデビルは大通り両脇の廃墟を支柱に張り巡らせた五線譜ワイヤー製捕獲ネットを、廃墟含めて引きちぎって突破した!
驚愕といった顔の玲南。頭上に瓦礫が降り注ぐ数秒前に千影達は玲南を連れて脱出し、大通りから遠ざかるように狭い路地を進む。やがて別の大通りが見えてきた。
『どこに行く気だ? お前達の行き先は地獄ですよ?』
先回りして待ち伏せしていたダークデビルは、狩猟本能を満たせて大喜びといった声色で千影達をその巨体の下敷きにして、残る神父には反応する間も与えず大あごで捕えて噛み砕いた。
『ふははははははッ!! はーッはッはッは!!』
邪魔者を全て仕留め、勝ち誇ったような笑い声をあげたダークデビルは、主を失い動きを停止させたぽんこつロボットをニヤニヤといった調子で見降ろす。思いっきりいたぶって、もてあそぼうと考えているようだ。
「やれやれ、その沢山ある足はやっぱり飾りかい? 偉い人にはそれがわからんのですよ?」
突如目前に現れた人影に変な問いかけをされ、ダークデビルは『何だこいつは』と言いたそうに神父服を着用した男を見た。その足元に散らばっている……節足動物の角ばった脚が、切り落とされた自分の脚と気づくまでしばしの時を要した。
『へ?』
「ふむ、やっぱ節足動物か。脚を一対切り落とした程度ではダメージはないみたいだな。では、もう一対」
『は?』
先程大あごで噛み砕いたはずの新牢神父がダークデビルに歩み寄り、手にした大きな包丁で脚を切り落とす仕事を冷静に遂行する。包丁で薙ぎ払われたもう一対の脚は地面で飛び跳ねるような動きを見せていたが、神父に踏み潰された。
『な……な……何をやってるんだてめえはぁーッ!!』
「ふむ、脚二対でもダメージなしか」
付着したダークデビルの体液を振り落とされた包丁は神父の瞳同様に怪しい光を放っている。圧倒的にパワーアップしたはずのパラノーマルも、得体のしれない恐怖を感じたようだ。
『聖職者が刃物振り回していいのかーッ!』
「セイショク者なんて言葉、よく知ってるな。セイに目覚めた青少年、風が吹いただけでも暴発しそうな……」
何故かわからない。神父の言葉にパラノーマルの恐怖が膨らんでいく!
『カタカナで言うのやめんかあああ!』
「じゃあ、脚を失った切り口にハリセン行きまーす」
千影とメカ千影は渾身の力を込めて、胴体にある足の切断面目がけてハリセンを水平に叩き込んだ。
『ぴぎゃああああああああッ!!』
ムカデなのにエビのように体を反らせて悶絶した。
「あ、これは効いたみたいだ」
『やかましいわ、悪ふざけかてめえ!!』
ハリセンツッコミの激痛に怒り狂ったダークデビルは固く尖った尻尾を振り回し、千影を廃墟の建物に叩きつける。
「はい外れ。それは影武者ですよ。罰ゲームでーす★」
いつの間にかダークデビルの懐に潜り込んでいた玲南が『虫歯菌が虫歯の上で大戦争する歌』を歌いだし、ダークデビルは大あごに猛烈な痛みを感じてのたうち回り歯の大切さを認識する。
『これは歯じゃなくてあごだー!』
「噛み砕くのに使ってたから同じようなモノでしょ? にほんごは正確に使いましょう★」
「玲南、それをお前が言うか?」
尻尾でぶん殴られたはずの千影とメカ千影が何事もなかったようにダークデビルの顎にハリセンを叩き込もうとする。流石に警戒していたのか、ダークデビルは尻尾を振り回し2人を寄せ付けない。しかし、ダークデビルの意識が玲南に向けられた隙を突き、千影とメカ千影は一気に接近する。
『なんだ、なんなんだてめえらは!』
玲南の攻撃はじわじわ蝕んでくる。一方の千影とメカ千影に攻撃されるとひっくり返りそうな激痛を伴う。
ダークデビルが千影達を最優先攻撃対象に選んだのは間違いではない。
ただ、その判断は。
胴体部分に絡みついたワイヤーによって、ダークデビルは身体を文字通り輪切りにされる結果につながった。
To Be Continued>
★登場人物紹介
■木南 三十郎
●富嶽第一想発にある診療所職員。31歳。想力発電に由来する体調不良を専門に扱う(実は医師の免許は持っていない)。虎野向日は高校以来の友人。
●身長182センチと長身で、普通にしていればかなりのイケメンだが、かなりの激務で
「彼に手当されたら、疫病神にとりつかれて怪我が悪化しそう」
「むしろ彼の体調大丈夫?」と患者に心配されるレベルで顔色が悪く、いつも疲れ切った顔をしている。仕事辞めたいが口癖で仕事中も現実逃避してる事が多いが、実際は納期までに仕事をきっちりやり遂げる超有能人物。
●大学入学時から想力発電所でアルバイトをしていた。大学院でも想力技術を研究するなど、想力発電に関わって大きく人生が変わった。想力発電所のバイト中に異世界の神秘と遭遇しフォーサーとして覚醒。
●なお、アルバイトで稼いだお金で虎野と一緒に異世界事情をネタにした面白おかしい小説の同人誌を作ったそうだが、あまり注目されなかった(実はこの小説が相伝蜃奇録の企画に繋がっていく)
●24歳で想力技術のプログラムを作成する機関に就職したが、内輪もめに巻き込まれて精神を病み半年で退職。大学時代のバイト先である日本想電に再就職し(というより、フォーサーとして超優秀だったためスカウトされた)、体調を見ながら仕事していたところ未冥書房出版が立ち上げた想伝蜃奇録の企画で声がかかり、執筆に参加。元々得意だった破天荒で不条理な話が大ヒットする。
●小学校以来の幼馴染と8年間付き合っていたが、前職退職時に別れる。この幼馴染が後に「マチルダ」と呼ばれる女性であり、木南の人生に暗い影を落とした。本人曰く「顔色が悪い原因は前職とマチルダ」。
●想力技術やフォースを研究するため、26歳で想伝蜃奇録の舞台となった異世界に2年間研修で留学し、そこで玲南、榛名、そして島津零比都と出会う。留学中に想伝蜃奇録が大ヒットし、28歳で帰国した頃には分配された印税でウハウハ状態だった。
●それを聞きつけたマチルダによりを戻そうと迫られ一悶着が起きるが、異世界から研修で日本想電にやってきた零比都が話を聞いて激怒。彼女の協力によりマチルダを追い払う(最終的にマチルダは逮捕され木南への接見禁止となる)
●異世界に留学していた時から零比都とは仲が良かったが、30歳間近にして彼女と結婚。
●診療所職員は仮の姿で、本当は日本想電に入り込んだ産業スパイや反想発を謳う過激派を調査する部署に所属している。
●貧弱に見えるが、フォースの基本技術は妻同様非常に高いレベルであり、フォースを使わなくてもパラノーマルを倒せる。
●フォース『Trick yet Treat(お菓子はいいからイタズラさせろ)』
木南の尋問に対して嘘をついたり、後ろめたいものがある相手にデバフをかけていく。デバフは三段階あり、時間経過とともに徐々に進行する。
レベル1 筋力や視力、敏捷性や魔力の低下。
レベル2 二日酔いや頭痛、猛烈な眠気に代表される体調不良。
レベル3 フォースのコントロールを奪われる。発動した能力が術者に跳ね返ったり、能力が正常に動作しなくなる。
発動時は巨大な般若面が宙に浮かぶ。また、木南の攻撃を受けた相手にもデバフがかかる。
レベル3までデバフが進行するとほとんど全てのフォーサーを無力化できるが、燃費も桁外れに悪化する(レベル3は5分も維持できない)




