第四話 外に人など居ない!
■その4
「詳しく話を聞かせてくれ……それはもしかしたらここの設備の不具合かもしれないんだ」
この声はもしかして千影に話しかけているのだろうか? 言うまでもないが、千影は誰にも夢の話をしていない。笑われるのがオチだ。
とにかく今は、施設の入口で計量を待つトラック大渋滞解消が最優先だ。何せ、死屍累々な事務所で、まともに仕事ができるのは千影だけ。
これは幻聴である。千影は誰にも話しかけられていない。目の前に白衣を着用した医者なんていない。アレは夢なのだ、夢に決まっている!
「頼む……玲南に会ったという話を聞かせてくれ。このままじゃ、嫁さんに離婚されちゃうよ……」
「なんで人が見た夢の内容なんて知ってるんですか!」
血みどろ白衣の医者にすがりつかれ、つい返事してしまった千影。次の瞬間、事務所中に転がっていたゾンビ達が千影のもとに押し寄せてきた。
「何ッ!? 玲南に会っただって! どこでだーっ!」
「それは重大なシステムエラーだ! いつ、どこで玲南と出会ったんだ!」
「どうやって玲南ちゃんに会えたんだ! やっぱり玲南ちゃんは可愛かったのか!? いい匂いしたのかーッ!?」
「ちょ! 今は……それどころじゃ……うぷ」
押し寄せてきたエンジニア達にもみくちゃにされ、もはや千影は仕事どころでない。
真面目に仕事をして、変な夢を忘れようとしていたのに!
「とにかく! 話せば長くなるが、想力発電所でトラブルが頻発しているんだよ! 恐ろしい人外魔境に迷い込んだり!」
「それは恐ろしいですね」
話を切り出す木南に、この事務所そのものがおかしいと危うく口にしかけた千影だった。
「変な医者がいる病院に引きずり込まれて、恐ろしい診療をされたりするんだ……」
「変な医者ですか?」
おやくそくどおり「「「はーい、今ここにその変な医者がいまーす」」」と余計な事を言ったゾンビ達は速攻で木南にズドンされたが、健全な青少年への配慮という建前から既に千影の視界からシャットアウト済みなので御安心ください。
「そう、反社会的な勢力と繋がりがある、パンチパーマの恐ろしい医者だ。患者の身体に二次元の証を刻みつけたり、おかしな薬を処方して金づるにするそうだよ」
「いえ、そんな不具合あるわけないですよ」
そんな見に覚えがありすぎる不具合なんて冗談ではない。しかし、木南はわかると言わんばかりの表情で
「有東木くんが信じられないのはわかる。だが実在するんだ。この恐ろしい不具合が」
「無茶をおっしゃいますな」
千影が真顔で即答すると、それまで机に突っ伏していたエンジニアの1人がゆらりと立ち上がる。
「そう、実在するんだよ……関之沢玲南や真田傍陽や岳南榛名達と出会えて、婚姻届を出せるという不具合が……だから修正に時間がかかっているんだ」
「むしろ我々にはご褒美です! ねえ、そうだろ」
エンジニア達に同意を求められたが、反応に困る……
「信じてないな?」
エンジニアに詰め寄られても信じられないものは信じられない。この発電所が世界の特異点になっているなんて。
「本当なんだ! ヤクザな医者が襲ってきて臓器を摘出しようとしたり、他にもすんごい筋肉隆々なナースが大量のプロテインを処方する病院に飛ばされたりするんだよ!」
「ええと、とりあえず計量待ちの車がいっぱいなんで、そっちを処理させてもらえませんか?」
千影が言う通り、事務所の外は今も沢山のトラックが計量を待っている。しかし木南達は話を終わらせてはくれなかった。
「あ、ありのままに、あの時に見たもの全てを話すぜ……
●オレは筋肉隆々なナースに出会った。
●逃げ出した。
●しかし回り込まれてしまい、色々なプロテインを飲まされた! シロップ味のプロテインにハンコ注射型のプロテインに座薬型のプロテイン……」
「そりゃ恐ろしいですな」
もうこれ以上はつきあっていられない。千影は空返事しながら計量機を動かす。ここまでのやり取りを外で聞いていたトラックの運転手さんにも
「あー……今日は一段とキテるみたいだねえ……」と同情されてしまう始末だ。
もちろん本当なら恐ろしい話だと思う。
本当に、あったとするならば。
話してるうちに千影は落ち着きを取り戻していた。このバイトを始めてから、規格外のオタク達が一晩でゾンビの大群に成り果てたところや、そんな彼らを瞬殺できるキリングドクターを見たのは事実だけど。
例えば、施設の自販機で売られてるジュースの中身があやしいプロテインになってるとか、そんな事が起こるというのか(反語)。当然これがネタフリになる事もありえない。
大渋滞最後尾のトラックも計量し終えて、ようやく一安心。しばらくは荷を積んだトラックも来ないだろう。作業に集中しすぎたのか、途中から背後の騒ぎが全く気にならなくなっていた。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、喉乾いただろ? ジュース買ってきたから飲みなさい」
積荷を降ろした運転手が、千影にジュースを買ってきてくれた。頑張って仕事して喉がカラカラだった千影にはありがたい差し入れ。お礼を言って、受け取ったジュースを飲もうとした千影だが、口をつける直前でその動きを止めた。
どうしてジュースを飲むのをためらったのか?
何かおかしい。千影の本能が訴えている。
「どうしたんだい? 飲むなら早く飲んでしまいなよ」
ジュースを差し入れてくれた運転手はニコニコ顔で千影を見ている。別にそれ自体は変なわけではない。
ただ、この運転手はさっきトラックに乗って帰っていかなかったか? もう一回、夕方に荷物持ってくると言って……
違う。
よく似てるけど、あの運転手の声じゃない。
「どうしたの? 早く飲んで良いんだよ? 当病院自慢の大容量プロテイン」
受付の外にいたのは親切な運転手ではなかった。プラントに屯している引きこもりと紙一重なエンジニア達とも、死神に魅入られた亡者とも全く異質の存在だった。その容姿を説明するなら「筋肉」の一言に集約される。ナース服に身を包んだ筋肉。どんなに取り繕っても、ナース服の下の筋肉は隠せない。何故なら、その巨体と服のサイズがどう見ても合っていないから!
千影が反射的に受付の窓をピシャリと閉めると
「コラーッ! 何で急に窓を閉めるんだね!」
筋肉ナースは怒声を発しながら窓をこじ開けようとしてきた。千影も開けさせないと必死に窓を抑える。
異常物体がいる外の世界と、事務所内部を遮断している窓ガラス一枚。
千影は確信していた。これをこじ開けられたら一巻の終わりだと。
「? どうしたの有東木くん?」
「外に変なのがいて、窓をこじ開けようとしてるんです!」
千影の叫びに、陰気な声の主が事務室の扉から外を覗き込む。そして
「外にはだぁれもいませんよ?」
そんなバカな。しかし、窓に映っていた筋肉変態ナースのシルエットが影も形もなく消え失せていたのは事実だ。窓から手を離しても、こじ開けられる事もない。
木南に冷たい目をされてしまった。忙しい時にフザケていたと見なされたのだろう。千影も狐につままれたような気分だ。木南が話しかけてくるまで、事務所の外から窓をこじ開けようとしていたのは一体何だったのか。
おかしな筋肉ナースの気配は完全に消え失せ、千影の周囲にはそれまでの見慣れた日常が戻っていた。
「丹羽、てめえどさくさに紛れてオレノヨメ達を奪おうとしたな! この不届き者! 誅すべし!」
「あーあーうっさいな、お前が相手じゃ嫁が穢れるわ!」
「傍陽たんはオレのだー!」
「何だと、てめえ!」
罵り合うのはもちろん、気難しい引きこもり……もといエンジニア達だ。カビが生えた鏡餅のような三段腹と、インテリが逆転して闇を愛するようになった頭でっかちがいつもの調子で繰り広げる罵倒合戦。死神に取り憑かれていた亡者一歩手前の社畜達は姿かたちもなく、まるで昨日の夕方以前の世界に戻ったようだった。
ケータイで今日の日付と時間を確認する。
今日は就業体験4日目。時刻は午後13時45分。
昼休み終了から45分間に何があった?
「あの……木南さん。あの人達、ゾンビみたいになってませんでしたっけ?」
「あー、うん。仕事大変だったからね……あのくらいで音を上げやがって、クソが」
事務所が冥界と化していたのは幻ではないようだ。というかボソリと漏らされた本音怖い! あんな状態になってても罵倒されるのか!
「何であんなに元気になったんです?」
「あー、潤い成分を補充したからね」
潤い成分。
「何か文句あるのかーッ!」
「文句あるから言ってるんだろうがー!」
千影の冷めた視線の先で、潤い成分を補充されてツヤツヤになった技術者達の言い争いは納まりそうもない。
「あの人達のどこに潤いがあるんですか?」
「身体が潤ってるでしょう?」
「あれは湿ってるっていうんですよ!」
「えー、そうかな。コレくらいがちょうどいいと思ったんだけどなあ」
木南はそう言いながら注射器を収納する。丁度いいって判断はどこから出てきたのか。いっその事潤いすぎてスライム化させてしまうくらいが……
って、注射器って!
「その注射器の中身って一体何ですか?」
恐る恐る千影が尋ねると、
「あー、これね。こっちはアイツらに使った潤い成分だよ」
夢で会ったヤクザな医者と同じような事を言われた。
「そしてこっちは栄養補給用のプロテインだ」
こんな、SAN値を一発で0にするようなオチはいらないのに!
To Be Continued>
次回からいよいよ異能バトルが始まります。多分
2019年05月12日13時37分 大規模な修正を行いました。




