第三十七話 仕置人と鬼嫁(その5)
■その37
ゾッとするような声に、外川が後ずさる。鍛鉄の15倍の強度を誇る特殊鋼製の南京錠をいともあっさり破壊した幼い少女がにじり寄る。ニコニコ笑顔で手をわきわきさせ、凄まじい鬼気を放ちながら!
「別に私怒ってないから。怒るとかありえないから♪ この私をよりにもよってマチルダ呼ばわりした事、私は別に怒ってないんだから」
「お前が犯した5つ目の罪」
背後の声で、外川は挟み撃ちにされた事を悟った。この女を怒らせたのが5番目の罪というのか?
だが、まさかそれが……自分達の企みが露見した決定的理由になったとは!
「お前、オレの嫁に幻術かけただけでなく、マチルダ呼ばわりしただろ」
嫁?
木南と零比都を交互に見る。見た感じでは歳の離れた兄と妹……というか、下手したら父と娘にも見えるけれど……夫婦?
近づいてくる2人から距離を取るように外川がゆっくりと動く。
戦いは電光石火だった。2人の前に、零比都を見下ろせる巨大な影が立ちはだかる。
『はぁ? サンちゃん、あんたロソコソにでもなったの? この娘小学生じゃないの……って、えぇ? もう結婚可能な年齢って? イヤイヤ、ないでしょ』
『あのねえ、サンちゃんの正式な婚約者は私であって、アンタじゃないの』
『サンちゃんと結婚するなんて妄想口にしてて恥ずかしくないの? 周囲に迷惑かけてるのわかってる? ねえ、何か言ったら?』
馴れ馴れしい様子の化け物に、木南は忌々しそうな目を向ける。
全く似ていない。似てはいないがそっくりだ。復縁を迫ってきた木南の元カノに。
どうしてマチルダは、あんな風になってしまったのか……
実体に影響を与えられる強力な幻術のおかげで、目論見通りに2人の歩みが遅くなった。
これでも逃げ切れないなら、あの学生バイトを人質に……
そんな外川の思惑は、真正面から顔を鷲掴みにした小さな手に打ち砕かれた。
■
最早それは戦いでさえなかった。殲滅とか、殺戮という表現が正しかった。外川が苦労して用意した異空間も、機材を運び込んで造り上げたアジトも、怒り狂った零比都に一瞬で破壊されてしまった。
外川のフォース『ディストピア』は、相手を物理的に攻撃できる幻を操る能力である。例えば熱を帯びたヤキゴテを押し付ける幻を見せる事で、相手を本当に火傷させられる。
しかし、これは幻が見えていない相手には当然通じない。憧れていた人を追いかけて、異世界の垣根を越えて結婚して、彼と幸せになれたと思っていたところで夫の元カノを蒸し返され、怒りで前が見えなくなった零比都はまさにそれであった。
いや、おそらく幻術が通用したとしても戦いにならなかっただろう。あんな桁外れな戦闘力の前ではどうにもならなかった。
「……大丈夫か、大丈夫か、外川!」
それを思い知らされ、崩れた瓦礫の谷間で絶望の底に引きずり込まれていく外川の意識を、記憶にある声が現実に呼び戻す。
「……河村ちゃん! 黒河さん、八橋、秋元!」
「悪い、遅くなった。でもおかげで人数も増えたぜ! 見ろよ」
河村と秋元の後ろに控える大軍が見えた。
「おっせーぞ、っとに! でも、これなら勝てるかもな!」
言って、瓦礫の中から這い上がる。
コレなら、何とかなるかもしれない。
こいつらを盾にすれば、何とか逃げられるかもしれない……
『嘘つけ』
『『本当は逃げゑ気なんだろラ?』』
考えを見透かされたような言葉に、外川が顔を上げる。
河村と黒河と八橋と秋元……の姿をした、真っ白な顔をした人ではないナニカが、じーっと外川を見つめている。
彼らに率いられた、視界を埋め尽くすほどの大軍がゆっくりゆっくりこちらに向かって進んでくる。何を考えているのか全くわからない顔をして、外川目がけてなだれ込む。
不可解で残酷すぎる現実が、身勝手な考えを抱いた愚か者を呑み込む。
木南に始末されてしまった黒河達が、救いを求めてやって来ていたのか。
トジョウレイ結界から無理やりに脱出した外川に大量のマガイモノがくっついてしまっていたのか。
今となっては、誰も知る由はない――
この世界の、どこでもない場所で。
永遠に終わらない断末魔が上がる……
■
外川が企み事に用意した異空間の崩壊が進んでいく。
何が起きたのかわからないまま、零比都に活け造りにされた作り主は、パラノーマルとして具現化しかけていた虚数の群れがまとわりついた状態で空間ごと砕け散る。
全てが終わった後、立っていたのは木南と零比都の2人だった。
To Be Concluded>




