第三十六話 仕置人と鬼嫁(その4)
■その36
「な、何だよアレ……」
「ワケ解んない。でも調べないとねえ」
「調べるってどうやってさ?」
「千影くん出番だよ」
玲南がロッカーからホウキを持ってきた。そんなの渡されても、あの不可解極まりないマネキンをホウキでつつくなんて本当に嫌だし、それでマネキンが動き出したらショックで心臓が停まりかねない。
それは玲南もちゃんと考えていたらしく、既に張り巡らした五線譜ワイヤーで異変を察知する事に神経を研ぎ澄ましていた。それを見て、ああ自分がやるしかないんですね……と観念した千影は、マネキンの頭をひっくり返そうとつつく。
「大丈夫★ このマネキンにはパラノーマル的なパワーも、フォースパワーの反応もないよ」
それでも触りたくないんですけど!
顔が天井に向いた瞬間、取れかけていたマネキンの頭が胴体から完全にサヨナラした。悪趣味極まりない景色に千影がヒッと声を上げてしまう。生首そのものだ。
「これって、あの強面刑事……だよな。人相が違うけど」
マネキンの凄まじい壊れ方に、千影はハリセンでドツキ倒した強面刑事を連想した。
「どうしたの? アオジルちゃん」
廊下の入り口から大きな目を凝らして見ていたアオジルが、何か言いたいのか玲南の足元まで歩いてきた。アオジルのペットボトルではなく、二足歩行するアオジルのオーラが、だ。
(これ、私を連れて行こうとした、あの職員じゃないの?)
「え? つまり、乙骨先生と一緒にいた職員?」
いつの間にかアオジルと意思疎通できるようになっていた千影が、マネキン人形の顔をもう一度見る。
そして彼は、強面刑事が裁判官に一回だけ「外川」と呼ばれていたのを思い出した……
■
外川は許せなかった。アニメや漫画が町興しに利用され、見ただけで吐き気をもよおすような下らないポスターが街中にあふれる状況が我慢ならなかった。本来なら、サブカル好きなオタク共は基本的人権を与えるに値しない犯罪者予備軍なのに、経済や技術進歩に貢献して社会の役に立つとなると手のひらを返してオタクマネーやパワーに群がりだす風潮に憎しみさえ覚えていた。
犯罪者予備軍というより、存在自体が犯罪みたいなものだから一生日陰者でいれば良かったのだ。電力供給が追いつかなくなって節電が社会の常識となり、これでやっとサブカルは滅ぶだろうと思っていた。
そんな彼の願いも、サブカル産業が実用化させた想力発電の前に木っ端微塵に打ち砕かれた。
これ以上、あんな萌え萌え言ってるヒトモドキ達に社会を牛耳られてたまるか。
同じ気持ちの仲間達を集め計画を練った。外部の有名な協力者に協力してもらい想力発電を破滅に追いやるプランも完成した。特別に組んでもらったスクリプトを休炉中の操作システムに入れて発電所をダウンさせ、来たばかりの学生バイト数名を事故に見せかけて惨たらしく殺した後、マスコミに情報をリークして世論を煽り、オタク達を再び日陰者に叩き落とす。
休炉中のシステムを使い、神話級パラノーマルの解呪作業をすると聞き、丁度いい機会だと考えた外川はついにテロを決行した。
「ところで。トジョウレイの力が効いているここにいれば確かに安全かもしれないけれど、設備がやられたら困るのでは?」
その学生バイトに、自分達が突いた発電所のシステム上存在する欠陥を指摘された時は肝を冷やしたけれど。
自分が発狂したふりして解呪作業を引っ掻き回して、最後は結界も破壊して逃走する。そして仲間達が発電所敷地内で一斉に暴れだして事故を演出する。騒ぎが大きくなったところで自分達は異空間に用意しておいたアジトに隠れ、後はデータを報道各社へ持っていく。
完璧な計画のはずだった。
作戦決行のサインに、黒河が『了解』を出さなかった。
他の仲間達も、予定時刻になったのにアジトに現れず、発電所内で騒ぎが起きた気配もない。
待ちわびていた外川のもとに、ようやく一人仲間が帰ってきた。
「おいおいどうしたんだよ、おっせーよ! 他の奴らは?」
「来るわけないだろ……っとに、月末も近いのにこんな作りの甘い異空間でみんなでくつろぎってか?」
仲間の遅参を詰る外川の前に現れたのは、いつもフラフラした足取りで所内を歩き回っている勤務医であった。
「え? えぇえ? 木南さん?」
「ここに出入りしていた、秋元慎一、阿部一人、伊東穂高、河村剛、黒河真、八橋太郎、『全員職務怠慢を認めたからクビになったぞ』」
虚空に般若を背負った木南は、いつもの疲れた口調で外川の仲間達が懲戒解雇されたと宣告した。
もちろん、『職務怠慢を認めたのでクビにした』というのは隠語である。外川の集めた仲間達がパラノーマルになってしまったので、コトを起こす前に全員木南が退治した。当然外川が仲間達と合流できるはずもない。彼らはこの世から永遠に存在をやめているのだから。
「す、すいません。結界から出た後ここの迷い込んじゃって、どうしたら想発に戻れるかわからなくって途方に暮れてたんですよ」
「外川。残念だが、お前が犯した5つの罪、もうバレているんだよ……
1つ、月末も近い忙しい時期に、仲間達と一緒にこんなところでサボっていた。
2つ、他の職員へパワハラ、いじめまがいの嫌がらせをしていた件、人事部は既に把握している。
3つ、神話級パラノーマルに呪われた学生バイトの解呪作業を妨害し、しかも今、学生バイトにフォースで幻術をかけているだろう?
4つ、お前、解呪作業にかこつけて4号炉に何のスクリプトをぶっ込んだ? 答えてもらおうか……」
外川はギクリとした。指摘された内容に間違いはない。
木南は一体どこまで知っているのか? どこまで見抜いている?
うまくごまかして逃げるチャンスを伺うべく必死に言い訳する。
「木南さん、全部誤解っすよ! 4号炉って、動力主幹盤とかみんなすっ飛んだやつでしょ? アレは神話級パラノーマルの仕業に決まって……」
そんなごまかしが通じる木南ではない。企みが破綻したとわからせるため畳み掛ける。
「操作コンソールから厳重な防護を突破して管理システムにエラーを起こさせるスクリプトなんて、簡単に用意できるわきゃないよねえ。アレ作ったの、若月だろ?」
日本想電は解呪中に発生した4号炉の動力系トラブルが愚か者達の仕業だととっくに気づいていた。
当然である。解呪中に発狂したフリして逃走した外川は知らなかったが、神話級パラノーマルを閉じ込めるために準備されたトジョウレイ結界内部から、外部にある4号炉のシステムや炉本体には
『手出しできるはずがない』。
千影の指摘したシステム上の不備は最初から存在しなかったのだ。
「そして……5つ目」
今までと違う厳かな口調になった木南に、外川は罪状を聞かずにアジトから逃げ出していた。
まさか、より実戦向きなフォースを持つ黒河も河村もみんな木南に殺されてしまったのか? そんな最悪の可能性が脳裏に浮かんだ外川を先回りするように、小さな人影が立ちはだかる。
木南や虎野と一緒にいた、まるで小学生みたいな童顔な少女だ。
「うん、私別に怒ってないよ?」
ゾッとするような声に、外川が後ずさる。鍛鉄の15倍の強度を誇る特殊鋼製の南京錠をいともあっさり破壊した幼い少女がにじり寄る。ニコニコ笑顔で手をわきわきさせ、凄まじい鬼気を放ちながら!
「別に私怒ってないから。怒るとかありえないから♪ この私をよりにもよってマチルダ呼ばわりした事、私は別に怒ってないんだから」
To Be Continued>
小さなお子様でも、顔を見た途端に「コイツは悪人だ!」と憤慨するような悪党をボスにしようと考えて生まれたのが、「『現実と妄想の区別がつかないオタク達が犯罪をする』妄想に取り憑かれた外道」でした。




