第三十五話 青少年不健全裁判(Side:B)
■その35
「な、何だお前は!?」
「え? 玲南さんのお名前は、関之沢玲南さんに決まってるでしょ?」
「なっ、何を馬鹿な! 萌えフィギュアが口を利くはずが……」
「うわ、本当に現実と妄想の区別ついてないよ、このおっさん。いい歳して恥ずかしくないのか?」
「だっ、黙れクソオ……えっ?」
玲南に気圧されたのをごまかすように千影を怒鳴って足蹴にした、強面刑事の目が完全に点になる。まるで何が起きたのかわからないといった様子だ。
彼が踏みつけたのは千影ではない。同じ髪型、服装、体格をしているが、人とは全く違う存在だ。真っ白な顔の中に眼窩と口を思わせる3つの黒丸を浮かび上がらせたヒト型。その大群に襲われた千影は、ショックでマガイモノそっくりな存在を無意識に具現化させるようになってしまった。
今まで法廷で刑事にいたぶられていたのは、千影のフォースが作り出した影武者だった!
■
話は不健全裁判が始まる前、千影の前に玲南が現れた時にまで遡る。
玲南に『千影くんはどうしたいのかな?』と問われた千影の中で、色々な思いが駆け巡った。
玲南との出会いは夢だったのか? 玲南と一緒にお茶を飲んだ事、玲南と一緒に呪われた件。
玲南が倒れた時、彼女を助けられなかった記憶。
輪廻の果てが一瞬で過ぎ去るような長い時が流れた気がする。実際の時間でおよそ2秒?
自分はどうしたいのか。迷っていられる時間がない事はわかっている。
玲南の問いに、千影が口にした返事は。
「玲南さんは無事なの?」
何をしたいのか問われているのに、疑問文で返す愚行は承知だった。
想伝蜃奇録の世界は存在するのか?
玲南達は実在の人物なのか? 実在するなら彼女は無事か? 元気なのか?
またどこかで会えるのか?
この直後、周囲から眩しい光に照らされた千影はわけがわからないまま法廷にブチ込まれ、玲南は何の回答もしないまま光に溶かされ、マガイモノみたいな姿になって消えていった……
千影を置き去りにしたまま、ツッコミどころだらけな裁判は進んでいく。玲南のマネキンが法廷で晒されたその時、一気に事態が動き出す。
怒りのあまり被告席から突進した千影が背後から襟首を鷲掴みにされ、そのまま勢いよく後ろに引っ張られて法廷の隅へ。身体の自由を奪われジタバタもがく千影に、何者かが囁いた。
『どうどう、どうどう。あんな挑発に乗っちゃダメだよ★』
誰だ? と思う千影の前で、強面刑事と警備員達は法廷で大暴れする男を取り抑えた。
「語るに落ちたな。現実を突きつけられて逆ギレか? お前が安否を気にしていたのは、このマネキンだ。残念だったな!」
法廷中から沸き起こる歓声と嘲笑に、千影はアレ? と思った。ついに千影は法廷から置いてきぼりにされた……のではなく、無視された形になった。
ドヤ顔の刑事が取り押さえたのは誰だ? 凝視する千影。彼と全く同じ格好と髪型をした、白いのっぺらぼうが見えた。
『千影くんのフォースが身代わりになってくれてるんだよ★』
その説明で、千影は自分の代わりに足蹴にされているのが、フォースで具現化したマガイモノそっくりなヒト型だと理解した。
では、今背後にいる、とても暖かくて優しい雰囲気の持ち主は……まさか。
身体の自由が戻り、振り向こうとする千影を背後からの声が押し留める。
「やっと気づいた? でもこっちを見ちゃダメだよ★ そのままの体勢でよく聞いてね★ この裁判はパラノーマルが見せる幻なんだけど、すごい悪質な能力が使われてて、玲南さんも千影くんを助けるので手一杯だったんだ。助けるのが遅くてイヤな思いいっぱいさせちゃってゴメンね。それで、これから玲南さんが幻術の綻びを大きくするから、千影くんには幻を見せている敵を倒して欲しいんだけど……できる?」
「え……」
若葉マーク装着フォーサーへの無茶振りがひどすぎる! まさか、玲南は幻を見せている敵の正体を千影もお見通しだと思っているのか?
「え? わかってるでしょ? とにかく一発で決めてね★ 合図は玲南さんが出すから、頼んだよー」
千影の後ろから歩み出て、両手を胸の前に当てて歌う玲南の姿に、千影は弁護士がドヤ顔で『倍返しだ!』と言い放つシーンを重ねる。
とにかく彼女に無事でいてほしいという願いはかなった。
敵の本体はどこだろう。玲南の話しぶりからすると、見分けるのは難しくないらしい。
冷静に周囲を観察する。
「教育評論家として幾多のクソオタ達に社会の厳しさを教え、洗脳……いや、更生してきた私ですが」
と証言した、自称教育評論家の塗り壁は違う。
「では死刑執行人、人の皮を被った底辺クソオタ一号は速やかにできるだけ惨たらしく地獄の苦しみを味わせて殺すように!」
壇上で死刑執行を命じた裁判長も、左右の裁判官達も該当しない……
「クソオタのくせにいい気になるからこうなるんだぜ? アニメやゲームが流行ったからってお前らに人権なんてあるわけないだろ。次の人生では真人間に生まれ変わってこいや!」
「現実と妄想の区別がつかないのは罪……?」
処刑を前にして、呻くような声で言う千影(影武者)に
「ああ? 当然だろ? それとも今更命乞いか? 『早く人間になりたーい』って!」
聴衆達が爆笑する様子を、傍から見ていた千影は理解する。
敵の正体は、取り調べから裁判の進行役までやっていた強面刑事だと!
■
玲南の歌で法廷が無差別テロの現場になり、ついにインチキ刑事を徹底的にぶちのめすチャンスが訪れた。
踏みつけていたものが影武者だとすぐに理解できず、目が点になっている強面刑事の頭目掛け。
「現実と妄想の区別つけろや、このデコ助がぁーッ!!!!」
鈍器で岩を砕くような音が法廷に響き渡った。マガイモノを足蹴にするのに夢中で、すぐ隣にいる本人に全く気づかなかった強面刑事の後頭部を、千影がハリセンで水平にフルスイングする。
前方に吹っ飛んだ刑事は法壇の階段に激突して高く跳ね返り、縦方向にクルクル回転しながら床に叩きつけられた。落下した強面刑事が穿った大きな窪みから周囲に向かって伸びていく亀裂を見て、
『あ、これいつものパターンね……』と思う間もなく、千影は玲南に手を引っ張られ悲鳴と絶叫が渦巻く法廷を後にする。その途中、玲南が弁護席から回収したアオジル入りペットボトルを左手で大事そうに抱えているのを見て、アオジルが危機を乗り切るために約束通り協力してくれた事を理解した。
「法廷侮辱罪だ!」と最後まで絶叫していた壇上の裁判官達も窪みから生じた亀裂に切り裂かれ、幻術の使い手を失った法廷もろとも消滅する。まさに間一髪だった。外に出た2人の背中を、茶番劇の舞台が崩壊する衝撃と振動と轟音が通過し、2人を包み込んだ暗闇が晴れていく。
辿り着いたのは富嶽第一想発管理棟事務室だった。千影がバイトを始めてから毎日操作してきた計量機電源と、萌えるゴミの在庫を管理するパソコンの音が響く。貨車を動かす機関車の警笛が遠くから聞こえる。壁にかけられた時計の針は15時38分を指している。千影を逮捕した不健全警察が読み上げたのと同じ時刻だった。
今までの大騒動は全て幻だと言わんばかりに、世界は日常を取り戻した。
廊下からの不審な物音に2人が我に返る。
『クソ……ヲタ……ウヨウヨ、ついへみ……ネト、ヲタ……』
廊下で意味不明な言葉を呟く人影が、次の瞬間糸が切れた操り人形のように床に崩れ落ちた。
恐る恐る近づいて見下ろす2人。それは人間ではなくマネキン人形だった。衝突実験に使われたのか全身はグシャグシャで、ヒトの形に戻せない状態にある。頭部は比較的原型をとどめているようだが、それでも耳から後ろが完全になくなっている。しかし、何でこんなところに?
To Be Continued>




