第三十四話 青少年不健全裁判(後編)
■その34
千影を散々恫喝した強面刑事が検察として出廷し事件を説明する。
「彼は好みの萌えフィギュアを物色するため職員になりすまして富嶽第一想発に侵入し、放置されていたフィギュアを盗み、逃げようとした……しかし、逃亡途中で萌えフィギュアに我慢できなくなりはぁはぁしていたところを見つかり、職員として人命救助していますという体を装った。それを見逃す不健全警察ではありません! 現実と妄想の区別がつかない容疑者を逮捕し取り調べましたが反省の態度は全くなし! よってバーチャルポルノ禁止法にある特定不健全者とみなし、彼に死刑を求刑します!」
場内が割れるほどの歓声と拍手が上がるが、刑事はそれを手で制した。
何だ、この茶番は? いい歳こいて、日本語でおk? みたいな説明をしてていいのか。それも法廷で。
「では被告・底辺クソオタ一号に質問する。嘘偽りなく答えるように。アナタは時給2000円で富嶽第一想発でアルバイトをしていたそうだが、そのお金をどうするつもりだったのか?」
「半分は家計に入れる約束でバイトの許可をもらったので、そのつもりでした」
「残る半分をどうするつもりだったのか、答えよ」
「貯金」
即答である。実際、ゲームや玩具類を買うために貯金するつもりだった。
「何のために貯金するのか答えなさい。答えないと嘘つきと見なす」
どうでもいいが、この裁判長はさっきから余計な一言が多くないか? もしかして千影の忍耐を試しているのか?
「ゲームとか、欲しい物ができたらそこからお金を出そうと」
「異議ありッ!」
強面刑事が挙手して口を挟んできた。
「そもそも、健全な青少年とは将来かかる学費を貯金したり、あるいは世のため人のために寄付をするものでありまして、欲しいゲームを買うとか、欲望のため貯金するとか不健全極まりない!」
唐突に背後から上がった「そうだ、そうだ!」という声に千影がビクリとする。驚かさないでほしい。そんな彼に強面刑事はビシッと指を突きつけ
「今、ビクリとしたな? ビクリとしたな?」
「そりゃ、いきなり後ろから声がすればびっくりするでしょ」
「ビクリとしたというのは、心にやましいものがある証拠です!」
刑事が勝ち誇ったようなドヤ顔で言い放ち、周囲の聴衆達もそれに続く。
「そうだ、そうだ!」
「うちの店の売上が落ちたのも、コイツがゲームとか高いものばかり買うからだ!」
「想力発電所をなくす活動に寄付をする少女の話を聞いた事があるか? てめえもちった見習え! 健全な生産活動に従事してみろ!」
寄付は結構だけど、アルバイトは健全な生産活動って言わないのか? それとも貧困国で横行する少年少女の奴隷労働万歳なのか? ビバブラック企業! ビバ人身売買国家!
「裁判長、検察側証人の入廷許可をお願いします」
「許可する」
■証人1(32歳女性)
私の夫は大学の先輩で、真面目で将来有望な研究者でした。しかし娘が小学校に入学する頃に夫のコスプレ趣味が発覚し、娘も魔法少女のコスプレに興味を持ってしまったために離婚を決意しましたが、現実と妄想の区別がつかない夫がなかなか応じず、離婚を巡って現在も調停中です。この度離婚を決意する前に知り合った8歳年下の新カレとの間に新しい命を授かり、毎日が幸せです。早く、あのクソオタの夫と別れられるようにがんばります!
「それって奥さんが不倫してたのでは?」
しかも離婚成立前に新カレとちゃっかり子供まで出来ちゃってるし!
「黙れクソオタ! 奥さんの気持ちがわからない不健全者め!」
つい思った通りに言ってしまった千影は、強面刑事に被告席から引きずり倒された。
■証人2(28歳女性)
カレとは幼馴染で、就職後落ち着いたら結婚するつもりでした。ところが、いいところの大学を卒業したカレは就職先の一流企業を数ヶ月でリストラされてココロが病んでしまい、しばらく距離を置く事にしました。
その後私も色々な男性とお付き合いしましたが、やっぱりカレほど頭が良くて心優しい人はなく、別れた後カレはどうしたのかなと思っていたら、カレは超一流企業に再就職し幹部に上り詰めていました。しかも、大学時代から執筆していた小説も大ヒットという超勝ち組! 私も待った甲斐があったとカレとの結婚に踏み切りましたが、その時カレはどこの誰かもわからない泥棒猫と入籍間近でした。
正式な妻は私なのに、許せませんでした。しかもその婚約者は異世界からカレに憧れてやって来たおつむ電波系だとわかり、どうにかしてカレの目を覚まさせて別れさせようとしたら訴えられて、裁判でカレとの接見を禁じられ慰謝料支払いまで決められてしまいました。私はカレを信じて待っていたのに、僅かな収入をカレに巻き上げられている有様です。
いい歳して異世界から彼女を連れてきたとか、そんな彼女と結婚を決めるクソオタは滅ぶべきです!
一体どこからツッコんだらいいのか。というか、すごく身近な人物の話みたいな……
「正式な妻も何も、結婚してなかったのでは」
地べたで呻く千影の頭を刑事が思いっきり踏んづける。
「やかましいわ不健全者! 最後に、今回の法廷に特別ゲストとしてお呼びした方を紹介します。キモいオタク達を大勢更生してきた、教育評論家の中川潤子氏です!」
討論番組みたいな紹介とともに証人席に現れたのはスーツを着たショートカットの女性だった。女性だと思う……いや多分女性じゃないかな、名前から性別が女性だと判断できるから。やたらと恰幅の良い……平面的と言うか、顔も体型も塗り壁そのままなコメンテーターが話し始める。
「教育評論家として幾多のクソオタ達に社会の厳しさを教え、洗脳……いや、更生してきた私ですが」
今、怖い本音が出た?
「クソオタ達は一匹いれば百匹います。腐ったミカンは次々に周囲のミカンを腐らせます。もはや更生は不可能です。被告・底辺クソオタ一号は速やかに処刑すべきです!」
「いや、アンタ、それじゃ教育敗北してるじゃん! それで教育評論家名乗ってていいのかひでぶっ」
思わずツッコんだ千影に刑事の鉄拳が炸裂する。
「静粛に! 静粛に! 被告は不規則発言は慎むように!」
「いや不規則発言してるの、あの塗り壁の方だろたわぶっ」
「ハイ次! 被告人側、弁護をどうぞ」
ようやくまわってきた被告側のターンだ。裁判長の宣告後、スポットライトが弁護席を照らす。ペットボトル入り青汁の置かれた弁護席を。青汁なのか、アオジルなのかはわからない。
「被告に学友とか一人でもいれば良かったのですが……あいにく底辺クソオタ一号は友達が一人もいない孤独なやつでして、急遽青汁に弁護していただく事にしました。さぁ、ご主張をどうぞ」
青汁が弁護士だと知った聴衆達は爆笑に包まれる。シュールな裁判は千影を全力で置き去りにして勝手に進んでいく。
「残念、青汁は何も喋らない。これが現実です。次に被告側の証人を呼びます。裁判長、許可をお願いします」
「許可する」
法廷中央部に台車で運ばれてきたのは……玲南のマネキン人形だった。
千影の目前で心臓も呼吸も停まり、床に倒れ込んでから時が停まったように、玲南はあの時そのままの姿を晒していた。
「では証人、まず宣誓を。当法廷で、嘘偽りをせず証言する事を誓いますか?」
当然、無言。
ついに千影がブチギレて被告席から飛び出した。玲南を助けられなかった事、2日間の出来事全てを汚された怒りが千影の身体を突き動かす。
だが、その怒りの突進は壇上の裁判官達に届かず……玲南の等身大萌フィギュアを載せて運んできた台車を通過したところで強面刑事にぶん殴られて取り押さえられてしまった。
「語るに落ちたな。現実を突きつけられて逆ギレか? お前が安否を気にしていたのは、このマネキンだ。残念だったな!」
法廷中の歓声と爆笑が千影の身体を揺さぶる。完全に心を折られたように大人しくなった千影を小気味よさそうに見下ろした刑事が場内の歓声や拍手を鎮め、裁判長を見上げて宣言した。
「マネキン人形相手に欲情する底辺クソオタ一号の底辺ぶりはおわかりいただけたと思います。速やかに処刑のご決断を!」
「それでは判決を言い渡す! 現実と妄想の区別がつかない不健全者である被告・底辺クソオタ一号は今、この場で死刑に処す! では死刑執行人、人の皮を被った底辺クソオタ一号は速やかにできるだけ惨たらしく地獄の苦しみを味わせて殺すように!」
「だ、そうだ。残念だったなあクソオタ……」
裁判長の死刑執行命令を受け、強面刑事は待ってましたとばかりな笑みを浮かべ、床に押さえつけられた千影を見下ろす。
「クソオタのくせにいい気になるからこうなるんだぜ? アニメやゲームが流行ったからってお前らに人権なんてあるわけないだろ。次の人生では真人間に生まれ変わってこいや!」
「現実と妄想の区別がつかないのは罪……?」
処刑を前にして、呻くような声で千影は言う。
「ああ? 当然だろ? それとも今更命乞いか? 『早く人間になりたーい』って!」
周囲から沸き起こる爆笑を受け、刑事は勝ち誇ったような顔で右手をかざす。
「簡単には殺さないからな。痛い痛いと泣き喚いて、傷つきながら死ね!」
右手から迸る光が、死刑を言い渡された千影の命を摘み取る……
はずだった。
聴衆席の爆笑が一転悲鳴に変わる。強面刑事の放った雷光が、千影ではなく証人席の中川潤子女史を消し炭にしたのだ。次に光が飛んで行ったのは傍聴席だ。パニックとなった傍聴者達相手に、光は次々に犠牲者を増やしていく。
「な……何をしている『外川』! 死刑囚はアイツだ、クソオタ一号だ!」
壇上から狼狽した声で言われ、強面刑事も動揺が隠せない。
「な、なんだ? チカラが! 言う事を聞かない! どうなってるんだ!」
「本当に、わからないのかな★」
地獄絵図に似合わない、澄んだ少女の声が響いた。
「だってここは、現実と妄想の区別がつかない人を裁く法廷なんでしょ? そのとおりに裁かれているじゃない★」
「なっ、何を言っている! 法廷侮辱罪に問うぞげぶっ!?」
ついに壇上の裁判官まで光の餌食になった。
証人席を振り向いた強面刑事は、それこそ驚愕と言った顔をした。
そこに置かれていたのは等身大萌えフィギュアだったはずなのに。怖い目で刑事を睨んでいる、想伝蜃奇録の登場人物そっくりな少女は誰だ?
「な、何だお前は!?」
「え? 玲南さんのお名前は、関之沢玲南さんに決まってるでしょ?」
To Be Continued>
妄想が犯罪を誘発する。
実はそんな妄想こそ犯罪的だよね、というお話でした。
次回、いよいよ騒動決着。




