第三十三話 青少年不健全裁判(中編)
■バーチャルポルノ禁止法
ゲームや漫画、アニメにバーチャルリアリティ技術が活用される時代が到来し、ますます発展を遂げたコンテンツ産業だが、VRの行き過ぎを危険視する世論に後押しされ、VRを規制する法案が準備された。それがバーチャルポルノ禁止法案である。
実際はVRによる名誉毀損(肖像権侵害)やプライバシーの侵害、証拠映像の捏造や18歳未満お断りな猥褻映像は既に他の法律で規制されており、考えられる問題点について抜け穴はないのだが、
『とにかくVRは悪いもの! アニメのキャラクターが実体化して現実と妄想の区別がつかなくなるから抹殺してほしい!』と訴える強硬な規制派と、それに反発する反対派との激しい議論(を超えた誹謗中傷合戦)は止まらず、千影が産まれる16年以上前から法案審議が何も進展していない状態にある。
長い年月とともに、規制派は『公衆の面前でアニメゲーム大好きと騒ぐオタクは気持ち悪い。とにかく社会から抹殺したい』という本音を次第に隠さなくなり、反対派にも『気に入らないVRメーカーや作家、ジャンルを抹殺したい』という勢力が現れ、業界団体も対立が表面化するなど、経緯や現状を全て把握した人間は存在しないとされるほど複雑な経緯をたどっている。
こうした状況で、法案に詳しくない者達がネットやSNSで騒ぎを起こし、これも混乱に拍車をかけている。
■その33
これは人生初のアルバイトで疲れてしまった有東木千影が見た夢である。あくまでも夢である。夢にしておいた方がみんな幸せでいられるというものだ。
「あぁ? お前、まだ夢と現実の区別ついてないのか?」
警官を自称するガラの悪いオッサンが何か言ってやがる。ネット自警団と揶揄される不健全警察に逮捕されて、身柄を拘束され警察署の取調室みたいな薄暗い部屋で取り調べを受けるなんて夢に決まってr……
途方もない激痛に襲われて、千影が椅子から転げ落ちた。さっきからずっとこんな調子だ。少しでも刑事の言いなりにならないと激痛が襲ってくる。周囲の刑事が苦しむ千影を見て腹を抱えて大爆笑しているのが本気でムカつく。
「な? お前が警察に協力しないからこうなるんだ。もう既にお前は現実と妄想の区別がついてないの丸わかりじゃないか。いつになったら認識するんだクソオタがああ!!」
そして始まるわかりやすい罵倒。
「まあ落ち着け。今から現実を教えてやる。お前、想発に行けば沢山の萌えフィギュアが手に入ると考えたな。そして職員になりすまして想発に入り込み、お気に入りのフィギュアを一体盗んだが……萌えフィギュアに萌え萌えしたお前は我慢できなくなって事務室に忍び込んでコトに及んだ……そうだろ? そうだな!」
イエスと返事しろと言わんばかりに念を押してきた。
「なわけないでしょ。想電にはアルバイトで入ったんですよ」
「へえ、アルバイトね。いくらで雇われたんだ?」
「……1日8時間、時給2000えばばばばばりゃああああ」
時給を正直に答えた千影が壮絶な激痛でひっくり返った。のたうち回る千影の頭上に酷い罵声が降ってくる。
「時給2000円? ふざけるなてめえ! 現実を見ろ! お前みたいな使えない若造にそんな払う会社があるか!」
「富嶽第一想発に問い合わせしたけれどな、お前みたいなアルバイトは雇った覚えがありません、だってよ」
刑事の言葉に驚愕する千影を、痛みは欠片の優しさも見せずに蹂躙する。
「そうそう、お前が現実逃避した以外でも、嘘を吐いても死ぬほどの痛みが来るからな。さぁ、正直に答えて罪を認めろ!」
「うぅ……いぎゃあああああ!?」
「こっちはお前みたいなクソオタと違って忙しいんだ。時間稼ぎも現実逃避と見なすぞ? 貴様は既にバーチャルポルノ禁止法違反だけでなく、窃盗と不法侵入も問われてるのだぞ! これ以上罪が重くなってもいいのか? 正直に言えッ!」
千影の意識は、絶え間なく襲ってくる激痛と強面刑事の顔と恫喝によって、闇の中に沈んでいった……
この状況は何だ?
海老反り状態に縛られて暗い部屋にぶち込まれた千影は、冷たくて硬い床を這いながら自問自答する。
昔からの友人に時給の良いアルバイトを紹介された事も、バイト先で玲南に出会った事も、神話級パラノーマルに呪われた件まで……全て妄想だったのか?
いや、普通なら誰でも妄想だと思うだろう。推しキャラは異世界に実在する女の子で、フォーサーとして覚醒した千影も彼女と一緒にパラノーマル退治しました、なんて頭の健康を疑われても仕方ない。
――フォースは、心の才能――
千影は想伝蜃奇録のキャラクター達と同じフォーサーだと玲南は言っていた。フォースを使って玲南を助けた事だけでなく、玲南や榛名、零比都に乙骨先生との出会いまで含めて、みんな妄想に過ぎなかったと思うと、涙がこみ上げてきた……
『そんな事ないよ★ フォースは千影くんの味方。千影くんが成したいと思った事に、フォースは力を貸してくれる。千影くんはどうしたいのかな?』
はっきりと玲南の声が聞こえた。これを現実と妄想の区別がついてないと判断されたら……と、激痛への恐怖に震え上がる千影の前に人影が浮かんできた。
出会ってからずっと身近で見ていた、等身大萌えフィギュアではない、玲南本人の姿。
『フォースは心の才能。千影くんには確かにフォースの力が宿ってる。キミはその力で玲南さんを助けてくれたんだ★ 今度はフォースの力で何をしたいの?』
玲南の問いかけに、千影は何を思ったのか……
眩しい光に照らされ、千影が顔をしかめる。玲南の姿は室内の闇ごとかき消され、周囲には薄暗い空間が広がる。周囲から千影の耳を打つような喧騒が上がり、物珍しそうな視線が地べたを這いつくばる千影に突き刺さる。
どこだ? ここは。
「静粛に! 静粛に! 只今から、富嶽第一想発・特別甲事件の裁判を開廷します! 被告人、有東木千影……クソオタのくせに人間みたいな名前でナマイキな。今から被告人の名前は底辺クソオタ一号な。被告人、底辺クソオタ一号。前に!」
どうやらここは裁判所らしい。ずいぶん変な名前をした被告の裁判が、これから行われるようだ。周囲からバカにするような笑い声が上がっている。海老反りに縛られて床に転がっている状態では周囲を確認する事さえできない。
「何だ、悔しいのか底辺クソオタ一号。悔しいなら、普通の人間みたいに二足歩行してから物を言え! 検察、ちょっと存在自体が見苦しいし、海老反り状態は解除してやれ」
千影を散々罵倒した刑事が千影を縛っていたロープを解き、両手に手錠をかけ直して立ち上がらせる。
まさか、被告って自分か? ようやく自分の置かれた状況に気づいた千影に、壇上から響く高圧的な声が罪状を読み上げる。
「被告・底辺クソオタ一号は次の3つの容疑がかけられている!
1 現実と妄想の区別がつかない、バーチャルポルノ禁止法不健全者容疑!
2 二次元にはぁはぁして少子高齢化に拍車をかける腐ったミカン!
3 底辺クソオタ!」
傍聴者達が一斉に笑い出す。被告である千影は置いてきぼりだ。何が面白いのかさっぱりわからない。
千影を散々恫喝した強面刑事が検察として出廷し事件を説明し始めた。
To Be Continued>




