第三十二話 青少年不健全裁判(前編)
■その32
(私が生まれた地域は砂嵐と太陽風と磁気嵐が吹き荒れる過酷な異世界でね。この、窓から見える景色……ちょっと懐かしいんだよね)
「そうなんだ★」
妨害電波に侵された窓からの景色を眺めながら、二次元そのまんまな少女と、机に置かれたアオジルが昔話をしている。太陽風と磁気嵐が吹き荒れるってどんな環境か? そもそも異世界の少女とアオジルが会話してる事自体意味がわからないけれど。
(ただ景色が似てるだけで、別に過酷でもなんでもないはずなのに。何故、今はこうも世紀末的な修羅場感が凄いのかな?)
「それはアレでしょ」
玲南がジト目を向けた計量受付の外で。
『来るなーッ! こっちに来たら、お前のバイト代を全部食塩にしちゃうぞ!』
「ありがとう! 食塩が給料だなんて嬉しいっ! お礼にお前の肌をキレイにトリートして、その塩でお前を塩漬けにしてやるよ!」
『ゴメンナサイ勘弁して下さい! 死んでしまいますぅぅぅ!』
「そっか、死ぬほど嬉しいってか? 喜んでもらえて嬉しいよ!」
動物愛護が裸足で逃げ出しそうな有様だった。廊下と玄関、事務室壁側にいた巨大ナメクジは既に体表のウロコめいた凹凸をなめらかに仕上げられて無力化し、剥がされたウロコや粘膜が管理棟周囲に大量の瓦礫として散らばっている。
「男の子って、モンスターとか見るとゲットしたくなるものじゃないの?」
(モンスターリアル収集ゲームって、要するに狩りでしょ! あ、逃げ出した)
ジェットブースター装備の称号を得たナメクジが、全世界もびっくりという加速を実現させて本気で逃げる。そして回り込まれて退路を断たれ、狩られる立場に戻った自身の運命を呪うような悲鳴も含めて全ておやくそくです! 据わった目でナメクジを狩ろうとする千影の情け容赦なさに、流石の玲南も戦慄を覚えた。
『やめろ……やめろーッ! 通り魔って人間を襲うから通り魔だろ! 通り魔は三次元に帰れーッ!』
「あいにくナ○ック語わかりませーん! だいたいナメクジがそんなだらしない凸凹やつぶつぶを全身にまぶして恥ずかしくないのか? 気になって仕方ないんだよ……」
『言いがかりだ! ナメクジに対する不当な言いがかりだーッ』
ナメクジと千影のやり取りを見ていた玲南が、ハッとした顔で廊下を見た。次に玄関だ。
砂嵐を保護色にして接近したナメクジが倒された後も、未だに景色が変わっていない……
(どうしたの? 玲南ちゃん)
アオジルの問いかけに答えず計量受付にすっ飛んでいき、今にもナメクジの体表に飛びかかろうとしていた千影に向かって叫ぶ。
「千影くん、こっちに戻ってきて! これは罠だよ!」
「え? 罠?」
始動が一瞬遅れた千影に、巨大ナメクジがまるでニヤリと笑ったように砂嵐の景色が歪む。
計量受付を振り返った千影の鼓膜に騒音が直撃し、思わず顔をしかめた一瞬。
世界はあるべき日常の姿を取り戻していた。管理棟を覆っていた砂嵐も、それを保護色にした巨大ナメクジも、剥がし取ったウロコもベチャベチャした粘膜の塊もどこにもない。富嶽第一想発の建物をトラックやフォークリフトが行き交い、近隣の製紙工場が煙突から青空めがけて白い煙を吐き出す。
どさっ。
「え?」
事務室で不審な物音がした。重い物体が床に落ちたような音だ。
嫌な予感に、千影が受付脇の扉へ戻る。
「……玲南さん!?」
事務室に倒れ伏した玲南を見つけ、大慌てで駆け寄る。
呼び起こしてもピクリとも動かない。抱き起こした玲南の身体は冷たくて、まるでマネキンのように硬い。脈も、呼吸もない。
「玲南さん! 玲南さん、どうしたんだよ、おい!」
羽交い締めにして玲南を制止してから数分しか経っていないのに、彼女の脈と呼吸が完全に停まっていた。
この状況は罠だと玲南は言っていた。まさか、未知のパラノーマルに攻撃されたのか?
ともかく、今は玲南の蘇生が第一だ!
■
ここで問題。
美少女のマネキン人形相手に人工呼吸や心臓マッサージをしようとする者がいたら、普通の人はどう思うだろうか?
この文だけなら、救護の訓練と判断する人が多いだろう。
では、その場所が
『現実と妄想の区別がつかなくなる』
『何故か性犯罪が急増する』
とウワサの想力発電所だとしたら?
そして、ここに
「我々は県警青少年健全課、通称不健全警察です! この富嶽第一想発で現実と妄想の区別がつかない不健全者がいると通報を受けまして……詳しい話を伺いたいので、ちょっと署まで御同行願いたい」
悪名高い不健全警察が何の脈絡もなく乗り込んできたら?
「すみませんが、勤務医の木南さんを呼んで下さい! この娘が倒れちゃってまずいんです!」
そんな最悪の状況で、千影は玲南の救護を最優先する。
「は? いや、救護の訓練に熱心なのは結構だけど……」
「いいから早く木南さん呼んでくださ」
事務室に踏み込んだ警官達に構わず必死に玲南を救護していた千影は、背中と尻から脳髄を破壊される強い衝撃を味わった。痛覚に強烈な電流を浴びせられるようなショックでのたうち回る千影に、警官達は容赦ない足蹴を喰らわせる。
「貴様、今何をしようとした!」
「マネキンの唇を貪ろうとしたな、不健全者めっ!!」
「今、マネキンの胸を揉もうとしていたな! 楽しいのか、ああっ! 不健全警察を舐めるなーッ!」
「公権を甘く見るからこうなるんだ! クソにも劣るオタクの分際が!」
囲まれて足蹴にされても玲南の蘇生を諦めない千影に、今度は汗腺と涙腺と膀胱を破壊するような耐え難い激痛が襲いかかる。
「汗と涙とションベン垂れ流して、きったねえな。そのマネキンそんなに重要なのか? ああ?」
「もういいよ。職場でマネキン相手に乳繰り合うようなキモオタなんか逮捕しちまおうぜ。15時38分、公務執行妨害で逮捕!」
「心配しなくても、キミには黙秘権がある。だが我々不健全警察に黙秘権を行使したら、その時点で死刑だ」
「な、何を言ってるんだよアンタらあばばばばばばばーっ!?」
あまりの激痛で再び床をのたうち回る千影には、もう公権に逆らい玲南を蘇生させる手段は残されていなかった。
To Be Continued>
この話を書いてる途中、台所に大きなナメクジの侵入を許してしまいました。どこから入ったんでしょう?




