第三十一話 と、犯人は意味不明な供述をしており……
■その31
ぞろぞろという音が、地響きみたいに事務室を揺るがし始めた。外の様子に変化はないが、確実に何かが近づいてきている。
「ねえ、五線譜ワイヤーのバリケードって、どれくらいの強度があるの?」
「フォース攻撃や衝撃には相当強いけれど、事務室が潰されたら流石にアウトだよ」
「完全に攻撃をシャットアウトできないんだね」
「昨夜、医務室で使った結界ならフォースやパラノーマルの攻撃をシャットアウトできるけど、物理攻撃には無力だよ★」
「つまり、迫ってくるパラノーマルを早めに見つけて倒すしかないのか」
「そういう事。だから千影くんは廊下を見張ってて! 玲南さんは計量受付、アオジルちゃんは玄関!」
「おっけい! って、アオジル!?」
千影が机に目をやる。コップのアオジルが、虎視眈々と地球侵略を狙う異星人めいた目で事務室玄関を見張っていた。産みたての卵達は床に落ちて割れないよう厚紙製の箱に格納済みだ。玲南の仕事だろう。
「アオジルちゃんも周囲の見張り手伝ってくれるって! 『ここが潰されたら、生まれてくる子供達の未来まで台無しだ!』って憤ってて、これからの生活と安全を保証するから協力してって言ったら応じてくれたよ★」
信じられないほど話がわかるアオジルだった。まさか、こんな未確認異常生命体と「おめーはオレの後ろを見張れ! オレはおめーの後ろだ!」ができるなんて。
ぞろぞろという音がすぐ近くで聞こえる。五線譜ワイヤーで防護された事務室の壁や天井がミシミシ音を立てる。既に攻撃は始まっているのか? しかし千影も玲南もまるで感知できない。窓が切り取った単調な風景の、どこに建物を圧潰させる敵が潜んでいるのか?
(!)
外に潜む敵に最初に気づいたのはアオジルだった。騒いで2人に伝えるが、敵がどこにいるのか2人にまるで伝わらない。
「敵が玄関にいるのか?」
「えっと……どこ? 玄関も廊下も計量機も、同じにしか見えないけど……」
(!)
そうじゃないと必死に説明するアオジル。2人とも、外の景色に紛れた敵を探そうとするから見つからないのだ。
「え? それじゃあ、どこにいるんだよ。直近にいるのに、まるで見えないんだ……って」
そこまで言いかけて顔を見合わせた千影と玲南が廊下と計量機に走り、何ら変化が見られない室外を再度覗き込む。
千影達は窓の外に見える白と黒の点滅を異空間のノイズだと解釈し、そのノイズに擬態して敵が迫ってくると考えて警戒していた。
だが、アオジルが看破した通り、外に見えるものを景色と認識している限り、敵の正体はわからなかった。
まさか、こんな巨大な敵にここまで接近を許してしまったとは、とんでもない不覚だった。
「えぇ……えぇええぇえーっ!? 冗談だろ、何だよこれは!」
「……ウマシカ、みたいなものよりも大きいというか、まさかこんな……」
玄関、廊下、計量機から見える景色を独占できる巨躯が周囲を取り囲み、事務室を押し潰そうとしていた。しっとりなめらか粘液質な体表に、白と黒の点が砂嵐のように渦巻く。
4体の巨大ナメクジはどのような進化を遂げたのか。体表で蠢いて見える黒い点は体の模様ではない。窪みだった。大きさも不揃いな窪みが不規則に並んでいて、それが蠢いてるように見えるのだ。
深さもまちまちな窪みの中には小さな粒が見えたり、穴のフチがめくり返っていたり、まるで目のように見えるものもある。リアルな瞳、つぶらな瞳、古典的少女漫画めいたお嬢様の瞳。ウロコのようにそれらがぞろぞろと並ぶ有様はまさにおぞましいの一言だった。
「千影くん、廊下のドア閉めて! 目を合わせちゃダメ!」
「……ふふふふふ」
何故か笑い声を漏らす千影。様子がおかしい。もしかして、あまりのおぞましさに精神に異常をきたしたのか?
「千影くん? 落ち着いて、こういう時は素数を数えるんだっ! 素数はその数字自身と1でしか割り切れない蠱毒な数字……敵に呪いを与えてくれるんだよっ(有名な数学者エンリコ・シンプソンの名言・未冥書房数学史大全より)」
本来なら速攻で来るはずのツッコミが来ない。玲南はいよいよ絶望的な気分になる。アオジルも心配そうに千影を見る。
「大丈夫、すごく落ち着いてるから……うん、落ち着いてるよ」
「え?」
初めて聞く、千影の声色に玲南が顔を上げる。
「……プチプチってあるだろ。アレ潰すと気持ちいいじゃない。あとさ、木の幹にキツツキが開けた穴にドングリが埋まってる写真とか見ると、どうしてもつついてドングリを取り出したくなるんだよな」
こんな時に千影は何言っているのか? 本気で彼の正気を疑った玲南が見たものは……
異常なまでにうっとりした千影の顔だった。
「身体があんなに凸凹してるナメクジ、角質落とすのに使うヤスリとか、ザラザラしたもので擦ったらどうなるのかなぁ?」
そう言いながら千影が手にしたのは……大型機械の表面の錆を落とすのにも使えそうなゴツいヤスリだった。恍惚とした表情とセットで通り魔めいた危険な雰囲気を醸し出しながら
「こーすーるー!!」
禍々しいオーラを纏った千影が、襲撃者の体表を覆い尽くす凹凸にヤスリを掛け始めた! 不規則に並んだ窪みを、ウロコを。千影は正確に、健気に削って磨いていく。まるで何かのスイッチが入ってしまったように、死んだ魚の目をして!!
「あはははは、あはははは、あはははは! キレイキレイ!! 心も磨かれるようだ! けーずーるー!」
千影が廊下側の巨大ナメクジをツルツルに仕上げる最中、事務室すぐそばまで迫っていた、ゼラチン質の壁がわずかに後退したように見えた。
(ちょっと玲南ちゃん、アンタの相棒、もう停めた方がいいんじゃないの!? 暴走しまくってるよ)
アオジルは見事にドン引き状態だった。アオジル相手にここまで詳細な意思伝達ができるようになった、異文化コミュニケーション万歳。
「そうみたいだね……でも、敵が退き始めてない?」
(いやいや、ヤスリがけくらいで、あんなモンスターにダメージ与えられるわけないわよ……)
確かにアオジルの言う通りだ。千影もヤスリ一本ではめんどくさくなったのか二本に増やして二刀流を実装する。それでも無数に並んだ凹凸をすべてキレイに磨き上げるのは困難だろう。そもそも、意味があるのかさえわからない。
しかし。
『『『ひぃぃぃ! やめろ! やめろ……これは僕達の体を守る防御機構で……削られたら困りますぅぅ!』』』
何と、事務所を圧潰できる巨体を誇る襲撃者達が命乞いを始めた! それでも巨大ナメクジの体表をしっとりなめらかにお手入れする作業は止まらない。千影がいい笑顔で作業をやり終えた時、ナメクジは防衛機構を全て削り落とされすっかり小さくなっていた。剥がされたウロコや粘膜で作られた山頂で「もうお嫁に行けない……」とシクシク涙を流す。って、あのナメクジ本当はあんなに小さかったのか?
そして悲鳴が上がる場所は玄関側に移り、悲劇は繰り返される。
『『これだからゆとり教育は、いや、おいちょっと、停まれよおい、お前は暴走モノノケ特急かーっ!』』
「目玉やウロコがしゃべるなんて、凄い付加価値だなあ! でもニキビを治療すれば女の子にもモテますし、付加価値が3桁は違いますよーシャッチョサン!」
『や、やめろー! そ、そうだ! 我々は話し合いに来たんだ。和平の話し合いをだな』
「……などと、凸凹が意味不明な供述をしており……」
『やめろーひとごろしぃー……』
襲撃者の声がどんどん小さくなっていく……
「ところでアオジルちゃん。アナタ何やってるの?」
(決まってるでしょ! アンタの相方、私の産んだ卵も密集させといたらはぁはぁするヘンタイさんでしょ。危険そうだから今のうちに隠しておくんだよ!)
ついにアオジルからも危険人物扱いされてしまった!
To Be Continued>
次回。青少年不健全裁判(前編)
12/15公開です。




