第三話 夢から目が覚めるとそこは現実だった。
■その3
ここまでが。
アルバイト先で千影が見た、夢の話である。
ヤクザな医者も二次元の少女も紫色の汁も、お昼を食べた後につい眠ってしまった千影が見た夢の産物だった。玲南にお礼を言ってお別れして目が覚めるまで、千影が眠っていたのは時間にしてわずか10分くらい。あまりにもリアルすぎて、千影は夢だとしばらく理解できずにいた。
人生初アルバイトで疲れていたわけではない。彼の仕事は施設に運び込まれる荷物の計量である。身体的にキツイわけではないし難しいものでもない。
もちろん、アルバイト先が近隣で性犯罪が増えるとか、現実と妄想の区別がつかないダメ人間が増えると言われている想力発電プラントである事も関係ないはずだ。夏休み期間中にアルバイトを探していた千影が、『萌えるゴミ』から萌えるエネルギーを取り出して発電するという説明を聞いて
「アニメショップなどから出た萌えるゴミ(ゲームや映像ソフト)を役得的にもらえるかな」程度に興味が湧いたのだ。同級生達から「萌えに頭をやられるぞー」とからかわれもしたけれど、それこそ妄想というものだ。
きっと、慣れない環境で疲れて眠りこけてしまっただけだ。千影はそう考えながら午後の仕事にとりかかる。今、想力発電の技術者達が夏休み直前に発生した設備の不具合を直すために事務所で缶詰になっている。アルバイトが始まって4日が経ったが進捗状況は芳しくなく、事務所はまさに修羅場だ。とばっちりで怒られる事はないが、雰囲気のせいで精神的に疲れてしまっているのだろう。
ただ、千影を取り巻く空間を修羅場と呼ぶのは正しくない。
そこは地獄の入り口という表現がふさわしかった。
枯れ果てた草木に朽ち果てた墓標。不毛の大地に行き倒れた者達が積み重なるように倒れ、猛禽類を思わせる大型の鳥が彼らの屍を啄んでいる。どこからともなく断末魔の悲鳴も聞こえる。
どう見ても一般的なオフィスや工場の景色とは違う。まさに地獄と呼ぶにふさわしい。
いやいや、これは目の錯覚だ。今の千影みたいな死んだ魚の目ではなく、心の目で見れば真の姿が見えてくる……はず。
それでは、千影の心眼による映像を見てみよう。
地獄の幻視は消えて事務所の風景に切り替わったけれど、そこら中に転がってる躯達は変わらない。
躯達とは文字通りの躯である。その身なりは酷く汚れ、全身が黒ずんでいる。やつれきった顔の中には眼窩を思わせる2つの空洞がある。ゾンビ映画のゾンビ達もびっくりな地獄の亡者達が、机に積まれていた資料の下敷きになって力尽きていたり、椅子やソファにふんぞり返ってケタケタ笑っていたり、呻き声の大合唱中だ。
「あー、もう嫌だ……」
「一体いつになったら、オレは玲南達に会えるんだ……発電所爆発しろぉぉぉぉ……」
「あはははは、この世界そのものが不具合だろぉ……二度とやらねーわ、こんなクソゲー!!」
恐ろしい事に、死臭もとい腐臭を漂わせながら呻き声を上げているのは設備の不具合を直しに来たエンジニア達である。仕事があまりにもハードすぎて過労死寸前状態になり呻く事しかできないのだ。
しかし、過労死という表現は正確さを欠いている事を千影は知っている。
「まさか来てくれる人がいるなんて!」と担当者に大歓迎されたアルバイト初日。想力発電プラントやアルバイトの仕事について丁寧に説明してもらった際、設備の不具合を直すために大勢のエンジニアが事務所にカンヅメ状態でドタバタしていると聞かされ、千影は『それはもしかして修羅場か?』とビクビクしながら計量器のある管理棟に案内されたのだが……
確かにそこは修羅場だった。
千影の想像とは、全く違う意味での。
「一体いつになったら、オレの玲南があっちの世界から出てきてくれるんじゃーッ!!」
「てめー、でかい声で何主張してやがる! そもそも、玲南と榛名はオレの嫁だ!」
「キサマこそ勝手に重婚主張してんじゃねえよ、社会不適格者!」
「そういうお前には何人嫁がいるんだ!」
「お前は今まで食ったパンの枚数を覚えているのか?」
絶句する千影。同行していた新人教育担当の虎野が慌ててドアを閉めるがもう手遅れだ。
現実と妄想の区別のつかない罵り合いをしていたのは、長年おうちに引きこもって生活力0そうな中年メタボオヤジと、頭が良すぎて誰ともコミュニケーションが取れない、高学歴インテリと紙一重な社会の闇を具現化した存在だ。他にも何人かいたけれど、みんな何日も着替えていないのか、服がヨレヨレでだらしない格好をしていた。
机の上には大量の漫画雑誌が山と積み重ねられ、山の間にはアニメフィギュアやプラモデル、その他玩具類が無造作に置かれている。とにかく散らかっているとしか言いようのない部屋。まるで引きこもり達が籠城する楽園が如く有様だ。
「自宅警備員って、自分のおうち以外も警備するんですね……」
千影の率直すぎる感想に、虎野は引きつった笑いをしながら、彼らが想力発電の不具合を直すエンジニア達だと教えてくれた。
「なんか、遊んでませんでした?」
言い争っていた2人が手にするケータイがゲームアプリ起動中だったのを、千影は見逃さなかった。
「うん、不具合がどうして起きるのか、再現するところからやっているんだ」
「あの人達が直してる、施設の不具合って何ですか?」
「現実と妄想の区別がつかなくなるんだ」
「ミイラ取りがミイラになってませんか!?」
「もちろんそれだけじゃないよ。不具合のせいで施設で働いてる人達が二次元の世界に飛ばされたりするんだ」
どこから突っ込んだらいいのか本当にわからない。提示されていた給料が相当に良かったのは、こういう職場だからなのか? 千影の思考が困惑で埋め尽くされてゆく最中、扉の向こうから凄まじい破壊音がした。
「あ、木南さん……何しやが……ぎゃああああ!」
「オッサンみたいなだらしないかっこするな! 片付けておけって言っただろ!」
酷い悲鳴、そして断末魔。訪れる静寂の中、足音が近づいてくる。
扉が開き千影が事務所に案内されると、そこは先程までの散らかりぶりが夢の跡だった。あの惨状を普通のオフィスみたいな佇まいにするには、さぞ片付けが大変だったのだろう。事務室の隅っこにいるエンジニア達5人の負傷ぶりが全てを物語っている。普段からゴミ屋敷にならないように片付ければいいのに、とか言ってはいけない。
そして、虎野と一緒に千影を指導した木南という勤務医だが……彼もまた相当に異様な人物だった。この世の絶望全てを背負ったような暗い声と表情で、この人に手当されたらどんな小さな怪我も致命傷になりそうな不吉な空気を身に纏っていた。患者に体調を心配されそうなほど顔色が悪く、足取りもふらついている。白衣は大手術を終えた直後みたいに血まみれだ。肉片がこびりついた禍々しいハンマー、ビフォーアフター直前に聞こえた断末魔、そしてハンマーが振り下ろされたような破壊音。千影は全て気にしない事にした。
とにかく彼の心配事を増やさないようにしよう。千影はそう誓った。
あのハンマーが頭上に降ってこられたらたまらないから……いやいや。
その後千影は順調に計量機の操作を覚えていったが、彼らエンジニア達は語りかけてくれるなと言わんばかりの雰囲気で、ソシャゲや漫画やアニメに熱中して歓声を上げたり罵り合ったりを繰り返していた。傍目から見れば仕事時間中に遊び呆けてる不良職員の姿そのものだが、それは想力発電の『施設で働く人が二次元に飛ばされる』不具合を再現する過程、らしい。
当然、千影はそんな話を信じていなかった。そんな不具合があってたまるか。どう見ても彼らはオタク的なネタで盛り上がってるようにしか見えない。こんな仕事内容でもらった給料で食べるご飯は美味しいのか? 計量受付から彼らのいるデスクが死角になっていなければ、どれほどの問題になっていたのだろう。
それでも慣れとは恐ろしいもので、挨拶以外の会話がない状況が3日も続くと彼らの大騒ぎが全く気にならなくなるし、明日も再現段階から進まないんだろうな程度の感想しか抱かなくなっていた。
仕事がきついわけでもないし、給料も良い。周りの人達も親切にしてくれる(エンジニア達を除いて)。たった1つの事に目を瞑れば、むしろいい職場に思えてきた。
そして迎えた、4日目(つまり今日)の朝。
たった一晩で何があったのか? 前日まで事務所の中でぶーぶー鳴いてばかりのエンジニア(脂身の塊や垢の塊)達が、骨と皮になるまでやせ衰えて地獄の亡者かくの如きという有様になっていた。
周囲を満たす地獄を思わせる瘴気は、長期間お風呂に入っていないはずの彼らの体臭だと思われる。
では瘴気の中に見える翼の生えた異形の影は何? まるで悪魔が実体化したような……
そう考えた千影がはっとした。
やせ衰えたエンジニア達の身体を構成するのは、点(頭部。手足)と線(胴体、腕、脚)だけである。
すなわち、見事なまでに二次元の存在(物理)。
まさかこれが、二次元に行くという不具合の正体なのか?
そんな恐ろしい考えに至った矢先に見た、おかしな夢。
そして話は現在に戻る。
職場で変な夢を見た事で不安を抱き始めていた千影の前で、また1人のエンジニアが盛大にぶっ壊れた。
「オレは人間を辞めるぞJ○J○ーッ!」
それまで椅子の背もたれにふんぞり返っていたエンジニアが、お祭りで売られていそうな玲南のお面を持って勢いよく立ち上がった。ゾッとするような、恍惚の表情で玲南のお面を眺める彼は
「オレは玲南や傍陽達のいる世界に移住する! 玲南とひとつになってぇっ!」
「うるさいぞ丹羽! お前はまず般若とひとつになってろ!」
自称人間を辞めようとしていた丹羽の顔面に般若の仮面が見事にストライク、般若のお面が被さった状態で丹羽はその場に立ち尽くし微動だにしなくなった。
無言になってしまった丹羽。まるで般若のお面の被り心地を堪能してるかのようだが……この人本当に大丈夫か? 心配する千影の前で、丹羽が手にしていた玲南のお面がカターンと大きな音を立てて床に落っこちた。その直後
「気分はエクスタシーッ!」
「だああ、完全にぶっ壊れやがったー!」
何という地獄絵図! 瞬時に作業着を脱ぎ捨てた丹羽が不思議な踊り(性的な)を踊り始めた。健全な青少年への配慮やなんかの意味でよろしくない! 事実、千影はひどい目眩で頭がくらくらしている。
そんな千影の頭によぎったのは
『萌えが人の心を破壊する!』
『萌えの力で電力を得るなんて汚らわしい!』
と言って想力発電技術を攻撃する、反想発派と呼ばれる勢力の主張であった。
しかし世間一般からすれば、今繰り広げられている罵倒合戦をエンジニア達が修羅場でぶっ壊れてしまったものと解釈するだろう。反想発派だって、現実と妄想の区別のついていない罵り合いよりも、たった一日でここまでやせ衰えてしまった彼らの過労を攻撃材料にするはずだ。
『想力発電の不具合で、働いてる人が二次元に飛ばされる』なんて、本気で信じる人がいるわけがない。千影も休憩時間中に玲南に出会う夢を見たが、もしかして……と一瞬考えたものの、それも所詮夢に過ぎないはずだ。
「いいや、それは夢じゃない、夢じゃないかもしれない……」
まるで心を読まれたようなタイミングで聞こえてきた、死神みたいな不吉な囁きに千影が体を竦ませた。
To Be Continued>
誤字脱字は少しずつ直してまいります。
あらすじやタグも親切設計に変えていきますのでよろしくお願いします。




