第二十九話 大地の恵みスープ(ただし冥王星の)
■その29
「この青汁にはッ! 黄金の輝きがあるッ! だが青汁は光りますか、おかしいと思いませんか、あなた!」
「思わない★」
光り輝く黄金の青汁を前に熱く訴えた千影は、玲南の即答に身体を大きく仰け反らせ……
「……何でだよっ!!」
「おぉー、ためたー★ 真面目に答えると、青汁が輝く世界もあるみたいだからねっ★」
「じゃあ、キロ100万円のお茶もおかしくないってか? どんなお茶なんだよ」
「超がつくほど美味しいお茶だよ。飲めば幸せになれるよ★」
美味しすぎて飲めば幸せになれるお茶と言われても、全く想像ができない……
「茶葉1kg100万円って、超インフレでも起こったのか?」
「だって飲めば幸せになれるんだもの。愛用者には100万円でも安いと思うよ★」
「……まさかそれ、飲めば幸せになれる幸せ物質入りのお茶ってオチか?」
「さぁ? KNC100の真心が入ってて、一日一杯の熱いお茶がやめられなくなるってウワサは聞いたけど」
「……やっぱいらない」
美味しすぎて何か禁断症状に悩まされそうだった。
「じゃあ黄金の青汁も幸せの……お茶もいらないんだね。それじゃ正直者な千影くんには、普通に美味しい青汁をあげちゃおう」
「何でそう青汁イチオシなんだよ! 普通のジュースやお茶とかコーヒーはないの?」
「今ちょうど冷蔵庫にないんだよね★ あるのは飲みやすい青汁と美味しい青汁だって」
事務室の冷蔵庫を物色する玲南。千影は幸せの……お茶には(『……』部分)あえて触れなかった。多分みんな幸せでいられると思ったからだ。
「はい、冷たくて美味しい青汁だよ★」
玲南が差し出したコップ一杯の青汁。臭いは悪くない。しかし……
「って、青汁からエクトプラズムめいたナニカが出てないかー!?」
青汁の液面に炭酸飲料みたいな気泡がブクブク上がり、それがダークマターみたいな暗黒物質となって周囲に発散されていく。
「こ、これは! まさか伝説のアオジル! 富嶽第一想発の冷蔵庫に入ってるなんて!」
「青汁だろ?」
「そう、アオジルだよ! ほら見て、事務室の明かりで光合成始めてるよ!」
「光合成って、生き物じゃないんだから……」
「えっ」
「えっ?」
その反応は何? 確かに青汁はケールとか身体に良い野菜を原材料に作られる。しかし収穫して加工された後も光合成するなんて初耳だ。
ああ、しかし! 何かヤバい雰囲気がすると気づいた時は既に手遅れなのはおやくそくだ!
「もしもし玲南さん? 何か青汁が……コップから溢れてませんか?」
「え? ほんとだ、流石はアオジル、生命力あるなあ★」
「……あの、もしかして玲南さん?」
「何ですか千影くん★」
「もしかして、それ青汁じゃなくって、アオジルって名前の生き物ですか?」
嫌な予感をそのまま口にした千影に、玲南は呆れ顔で
「今更かい? とっくに気づいてると思ってたけど」
「気づくかーッ!! ってか漢字とカタカナの違い、よくわかったな!」
「じゃあ見て★ 今はちょうど繁殖期だからね。アオジルの貴重な産卵シーンが見られるかもよ?」
「は?」
アオジルの貴重な産卵シーン? 耳を疑う千影の前で、アオジルが表面張力を超えて盛り上がり、液面からコップの外に、ブヨブヨ物質に包まれた球状の物体を吐き出した!
「……卵!? 卵産んじゃったよおい!」
「すごーい、玲南さんも初めて見るよ★ アオジルの貴重な産卵シーン」
「って、アレ本当に卵なのかよ!」
「そうだよ★ アオジルは光合成で栄養を作るけれど、卵を産んで繁殖するんだよ★ 産卵シーンに出会えた人は幸せになれるって言い伝えが……」
「茶柱じゃないんだから!!」
「アオジルは卵も栄養満点、食べると気力充実疲労回復いろいろな効果が期待できるよ」
「へぇ、これがね……」
産みたての卵をじっと見つめる千影。3センチくらいの大きさで、鶏卵のような硬そうな殻はなく、表面で紫と黒がぐるぐる渦巻く。とても毒々しいが、本当に栄養満点なのか?
「気付け薬は、アオジルの卵から作られるんだよ★」
「……気付け薬?」
「うん★ 千影くんも一発で元気になれたでしょ。味覚を頭蓋骨ごと粉砕する、不味さの暴力で」
あらゆる不味さが五感を支配し、死者も生き返るがその前にどんな生者も即死する気付け薬を思い出し千影は恐怖に震え上がった。
「あの劇マズ気付け薬かよっ! って、あれ?」
「どうしたの?」
「何かアオジルがこっち見てるような……」
異様な気配を形容した表現ではない。卵を産んだアオジルが吐き出す冥王星の大気みたいな地獄の蒸気が、顔を作りこちらに鋭い視線を投げつけている。まるで地球人をさらって身体に変な金属を埋め込もうと狙う宇宙人のような目だった。
「千影くんが卵食べるんじゃないかって疑ってるみたいだよ★」
「いいえ、食べません! 食べませんから!」
グレイみたいな顔がずいっと千影に迫る。『本当に?』と言ってるみたいだ。
「食べないから! アオジルが卵産むなんてって驚いただけだから!」
アオジルが不思議そうな顔をする。今の話にどこか変な内容があったのか?
「人間は卵を産まないのかって、驚いてるみたい」
「なんかすごく頭がいいアオジルだな!」
まさか人間とアオジルが違う生き物だとわかっているなんて! しかも褒められたと理解したのかえっへんって顔しているし! できれば青汁は飲み物であると理解してほしかったけれど。
「テレビで一時期青汁一気飲みが流行って絶滅しかけたアオジルだからね」
「何でそんなアオジルが冷蔵庫に入ってるんだよ!」
「飲まれないように隠れてたのかな?」
「隠れるには一番不適切な場所じゃないか!」
千影の興味がアオジルに向いていた、ちょうどその時だった。
不意に廊下で声がした。
「あぁーっ! それ、乙骨先生のアオジルじゃないですか!」
「え? そうなの?」
玲南は開けっ放しになっていた廊下へのドアを見た。見覚えのある人物だった。乙骨先生と一緒にいて、マガイモノに精神を汚染されてトジョウレイ結界の外側に奇声を上げて飛び出していった職員だ。
ただ、名前が思い出せない。日本想電の制服を着ている辺りから、乙骨先生の付き人をしている日本想電職員なのはわかるが……。
「って、やっぱ乙骨先生のアオジルだったのかよ!」
あの人なら、青汁と呼ばれる人智を超えた何かを持っていてもおかしくはない!
「手を出したら乙骨先生に怒られます! アオジル全部持ってきてください。こっそり先生のところに返しますから!」
「はーい」
玲南は冷蔵庫に残った青汁を取りに行く。計量器の座席に座っていた千影の視線が、玲南から通路スペースの先にある、職員が待っている廊下へ移り、日本想電制服であるズボンの裾とスリッパを捉えた。
そのまま上に移動した視線は、アオジルを回収しに来た職員の顔を捉える……
はずだった。
「玲南さん」
アオジルを持って前を通り過ぎる玲南に千影が声をかける。しかし呼びかけに気づいていないのか、無反応で廊下に向かって歩いていく彼女に千影は背後からしがみついた。
「玲南っ!」
「えっ、ちょ、何! 千影くん! 何なの!? 離して!」
両手にアオジル入りの瓶を持った玲南は千影を振り払う事ができない。両腕で玲南をしっかり捕まえ、千影が必死に主張する。
「廊下、廊下!」
「廊下が何……って、え?」
我に返った玲南が見たものは、ドアから先を埋め尽くす灰色の砂嵐だった。
そこにアオジルを渡してくれと言った職員の姿も見当たらない。
確かに、職員の声には聞き覚えがあった。でも、千影はその職員を見ていない。
では、玲南には一体何が見えた?
To Be Continued>
最後の部分は職場で体験した出来事を元にしています。もしかしたら異世界への扉が開いていたのかな。




