第二十八話 窓に! 窓に!
■その28
こうして、神話級パラノーマルの呪いによる危機は去った。
感情が昂ぶってフォースの力を爆発させて呪いを振り払った反動で抜け殻状態になった千影は、気付け薬(世界中のあらゆる不味さが舌上で大運動会)をもってしても魂がなかなか戻らなかった。
千影が何とか回復すると、それまでのツッコミどころありすぎgdgd展開が、千影の不信や不満を募らせて呪いを消し去るため失礼承知でやっていたと説明され、怖い思いをさせた件も含め、木南や乙骨先生、玲南達から謝罪された。千影も実際に呪いが解けたし……と、謝罪を受け入れた(玲南が千影にグレイを摂取させたのも、フォースを強化しないと解呪に耐えられるか怪しかったため、らしい)。
千影が一番知りたがっていた、自分が呪われた原因は結局わからずじまいだった。
あり得るのは神話級パラノーマルに接触した人物から祟られた説だが、神話級パラノーマルに接触した時点でその人物は死が確定するし、それは人類滅亡とイコールである。
もしも接触者が想力発電所関係者だったら、富嶽第一想発職員が呪いで全滅していただろう。
また千影の近辺に超弩級パラノーマルと縁がある人物は見当たらない。
結局、神話級パラノーマルが消滅した今となっては永遠の謎である。
気まぐれで世界を崩壊させる存在が何を考えていたのか、人間がいくら考えてもわからないだろうが……
時計の針が、バイト終了まで残り1時間半である午後3時を示す。千影は最寄り駅に到着した貨物列車から降ろされた萌えるゴミ(関東地区で回収された映像ソフト、ゲームソフト、書籍類)の計量に追われていた。
計量をようやく一段落させた千影が、管理棟事務室で大きく背伸びする。
「お疲れ様ー★」
事務所奥にいた玲南が、両手にペットボトルを持って千影を覗き込む。千影の解呪を理由に異世界から富嶽第一想発にやって来た玲南だが、呪いが解けた後も千影と一緒にいた。解呪で真っ白に萌え尽きてしまった千影に他の異変が起きないか確認しているらしい。受付の死角で資料を読んだり、電話で連絡をとったりと基本的に目立たないように過ごしている。
すぐ近くにやって来た玲南を見る。千影と目線の高さがほとんど同じ辺り、玲南が身長171センチあるのは本当みたいだ。二次元そのままな、想伝蜃奇録の推しキャラそっくりな美貌がそこにある。
この顔に見つめられると弱い……
「あ、あの。玲南さんはいつまでここにいるの?」
「むー? まさか、用がないならとっとと帰れって言ってるのかな?」
玲南の表情がわずかに曇ったように見えた。千影は慌てて真意を言う。
「いやいや、そうじゃないって。もうこれでお別れなのかなって思ってさ」
「そっか★ 玲南さんとお別れしたくないんだね★ まあ、玲南さんはもうしばらくこっちの世界行ったり来たりするから。ちょっと大変だけどね」
語尾がいつもの跳ねてる感じに戻った。どうやら誤解なのはわかってもらえたようだ。
「大変って、異世界の移動が?」
「そうじゃなくって。こっちの世界、ものすごく蒸し暑いんだもの……」
すごく納得な理由だった。
「そっちの世界って、そんなに暑くないの?」
「そりゃ、夏は暑いよ? でも、涼しい時も多いし過ごしやすいよ★ 陽炎が見えるとか、最高気温40度超えとか……玲南さん経験するの初めてだよ。こっちの世界って、地球中の熱が日本列島に集まってるんじゃない?」
「聞いただけで熱中症になりそうな証言ありがとうございました!」
「それにしても、千影くんが呪いが解けた事をあっけなく受け入れるなんて、ちょっと意外だったね★」
「そんなに意外か?」
「だって、本当に呪いが解けたのか、そもそも本当に呪われていたのか、そういうところ入念に確認するタイプでしょ、千影くんは★」
「いや、だってもう……現実の出来事だって、信じるしかないと思う」
巨大なドクロの眼窩に閉じ込められたヒトガタ達が、ここから出せと言わんばかりにのたうち回るところを思い出した。
その正体はマガイモノと呼ばれる、呪いに惹きつけられたパラノーマル達の残滓らしい。フォーサーに退治されたパラノーマルは、虚数の塊に変換されて消滅する。ヤクザな医者が猛烈な悪臭を放つ変な汁になってしまったように。
しかし、退治されたパラノーマル達から発生した虚数の群れが、長い年月を経て再びパラノーマルに戻る事もある。強力なパラノーマルの呪いは、そうした作用を促進すると乙骨先生は説明した。千影が中央制御室に来た時には既に、マガイモノ達は具現化する一歩手前まで来ていたそうで、だから乙骨先生や木南達にも途中から見えていたのだ。
トジョウレイ結界は、外部から彼らを遮断するためでなく、そうしたマガイモノ達を惹きつけていた呪いの本体を封じ込めるために準備された。千影や玲南には見えなかったが、ドクロの眼窩にはマガイモノの大群だけでなく、千影にくっついていた呪いの本体も潜んでいるそうで、これから乙骨先生は作業場で呪いを消滅させる作業すると富嶽第一想発からさっさと引き上げていった。
「実体化したマガイモノ達にもみくちゃにされて……ああ思い出したくない……」
ヨミガエルイマワシイキヲク。思い出しただけで、あのおぞましい感覚が蘇る。千影のテンションがみるみる低下していく。
「人間がダメになる触感? それに全身を蹂躙されて、マガイモノ達に押さえつけられてるうちに力が抜けていって、意識が飲まれていって……」
「ちょ、ちょっと千影くん?」
玲南がぎょっとする。計量器の椅子に座る千影の周りと、受付の外に。人知を超えた変な存在が見え始めている。絵の具のシミみたいな、目と顔を思わせる3つの点を持ったマガイモノ達が!
「気がついたら、あのしっとりしたマガイモノ達の手足がオレをバラバラにしようと、全身をうねうねしてるみたいで……」
「千影くんストップストップ! マガイモノ達が、窓に、窓に!」
解呪後の千影はずっとこんな調子だった。何かの拍子にマガイモノ達に襲われた時を思い出し、マガイモノ達に似た何かを実体化させてしまうのだ。
「……また、やっちゃったのか?」
「うん★ とりあえず、お茶でも飲んで落ち着こうか★」
玲南によれば、今現れた人影達はパラノーマルの残滓が具現化したものではなく、千影のフォースパワーが具現化した存在という。呪いが解けたのにフォースはなくならないのかと問う千影だったが、どうやら呪いとは無関係らしく、原因が解決したとしても千影のフォースは一生なくならないと説明された。
それにしても、ハリセンを作り出したりマガイモノそっくりな存在を具現化させたり、自分は一体どんな能力を持っているのか。千影が頭を抱えていると
「ざっぶーん★ 千影くんが飲みたいのは、KNC100が丹精込めて作った、健康や心に優しい黄金の青汁ですか? それともKNC100が丹精込めて作った、1kg100万円の茶葉で作られた緑茶ですか?」
黄金の斧をくれる泉の妖精みたいな調子で玲南がペットボトルを差し出した。
「黄金なのか青なのかどっちだよ! それと、キロ100万の茶葉って、中に山吹色のお菓子でも入ってるのかよ!」
KNC100とは平均年齢が100歳を超えた伝説のアイドルグループである。おばあちゃん達が美味しい茶葉の作り方や収穫、フォークリフトやトラックを運転して製茶工場を動かす動画が地味に人気を集め、お茶の販促ソングやユーチューバーとして大ヒットしアイドルの仲間入りを果たす。
目下、最大の問題は老衰による卒業者が多い事……(未冥芸能界伝説(未冥書房刊)より)
「一回飲むと一歳若返るって大好評、黄金の青汁だよ★」
「それ、乙骨先生にあげた方が良いんじゃねえの?」
「『8回飲んだらワタシは死んじゃうじゃないの!』って言ってた★」
残念、あの人は300杯飲んでも8歳から若返らない!
To Be continued>




