第二十七話 髑髏がニヤリと嘲笑う。
■その27
それまで木南にほっぺたをムニムニされていた零比都が動く。近接戦闘特化の戦闘力は流石で、南京錠のついた金具でガッチリ固定されていた、両開き扉のノブ相手にガチャガチャ奮戦中だった外川をいともあっけなく扉から引き離した。
ただ1つだけ、計算外があったとするなら。
神話級パラノーマルの呪いに対する結界が装備された、中央制御室のドアノブをガッチリ押さえていた南京錠付き止め金具がドアノブごと外れてしまった事だろう。26進法で12桁暗証という厳重な南京錠が力づくで引きちぎられたようにひしゃげ、床に転がった。
「そ、そんな! 鍛鉄の15倍の強度を誇る特殊鋼製の南京錠が!」
「虎野さん、鍛鉄の15倍じゃ零比都の前では粘土と同じだよ! せめて63倍はないと!」
「先生! 人を怪物みたいに言うのやめてくれないかな! いくら私でも鍛鉄と鉄火巻の違いくらいわかるよ!」
この人達はどうしてこうツッコミどころ満載なやり取りばかりなんだ! 今はそれどころじゃないのに!
「アパパヤンガーッ!!」
外川の意味不明な叫び声で、頭を抱えていた千影が我に返る。両開きの扉は既に大きく開け放たれ、錯乱し廊下へ逃げ出した外川の代わりに、廊下をうろつく不気味な人影が制御室へ殺到する。
全ては一瞬の出来事だった。
何を考えてるのかわからない、ぼーっとしたような顔に迫られ、思わず後ずさる千影。玲南を案じ隣を見ると、その方向からも同じ顔がにじり寄ってくる。
前方、斜め前方、右隣、左隣から視界を独占するように近づかれ、目を逸らす事もできない。錯乱しかかっていた千影に、ハリセンで追い払う選択肢も思いつかない。
自分も外川や零比都みたいに、真正面にいる人ではないナニカに成り果てているのでは……
それを確認する間もない。アレが群れをなして千影の元に殺到する。おぞましい感触に飲み込まれ、千影は何もできないまま押し流されていく。
どうしてこうなった?
呼吸できない程もみくちゃにされながら、千影は考える。
●神話級パラノーマルを弾き返すトジョウレイ結界があるのに、何故廊下をうろつく変な人影が見える?
●機械制御系統についてのセキュリティがガバガバ。というか神話級パラノーマルが富嶽第一想発に取り憑いたらどうするつもりだった?
●異常事態が起こってるのにみんなボケ連発。
●挙げ句錠前が引きちぎられた。
大集団に全身を押さえつけられ、無限に続く落下の中にあった千影は
「……ふっざけんなぁーッ!!」
対策の不備で自分が理不尽に犠牲となった現実に、怒りを爆発させる。
だが、そんな事をしたところで。のしかかって押さえつけてくる無数の手と、落下の勢いに逆らえるわけがない。
これから自分はどこに行くのか? 輪廻転生の輪からも外れ、完全に消滅させられるのか? それとも火星や金星みたいな異世界に行って即死させられるのか?
考えるのを辞めかけていた千影だったが、いつしか追手達の重みを感じなくなっていた。
ぼんやりと周囲を認識する。
上空では、あの恐ろしいヒトみたいなモノ達が標的を捕まえようと群がり蠢いている。あまりのおぞましい光景に千影は軽く悲鳴を上げそうになるが、今まで自分を押さえつけていたはずの不気味な人塊が少しずつ遠ざかっているのに気づく。
これは一体?
天一面に溢れかえっていた亡者達がどんどん遠ざかる。距離が離れると、彼らが蠢いていたエリアは丸い暗黒地帯のように見えた。左右に2つ並んだ丸い暗黒地帯。それは眼窩そのものだった。
乙骨先生の頭上に現れ、死神めいた凶悪なフォースで千影の心臓を鷲掴みにして威圧した、猛烈なる死の臭いを撒き散らす巨大なドクロの眼窩!
何が起きたのか千影にはわからなかった。ドクロの眼窩から目を離せなくなり、釘を打つのに使えるくらい身体が完全に硬直して。
気がついた時、周囲にはプラントB棟中央制御室の景色が広がっていた。
玲南と木南、零比都と虎野達が、心配そうな顔で千影を見ている。
「『戻ってきた』ようだね。それでは有東木君、廊下を見てみなさい」
乙骨先生に言われるまま、千影はガラス張りの廊下を見る。『戻ってきた』とは、何の事やら。
「あの不気味な人影、今も見えるかい?」
「……いえ、全く見えませんが……」
見たとおりに千影が返事する。
「はい、これで解呪完了」
「……ぇ?」
耳を疑う千影。『かいじゅ』って聞こえたが、それってまさか解呪?
「そーだよ★ 千影くんに憑いてた神話級パラノーマルの呪いは解けたよ★」
「え、ええええ?」
玲南に満面の笑みで言われたが、千影にはまるでワケがわからない。呪いが解けたって、本当に?
「だって今、あの人影は見えていないだろ?」
確かに乙骨先生の言う通り、あの人影は姿形も見えなくなっているが……
「つまり呪いは解けたのだよ……もうちょっと、嬉しそうにしなよ。あの厄介極まりない呪いを、有東木君はどうにかできたのだよ。沢山怖い思いをしただろうが、よく辛抱してくれた。本来もっと安全な手段を取るんだが、現時点では有東木君の精神力とフォースに頼るしかなくてね。すまなかったね」
「はぁ」
千影が気が抜けたような返事をするのも無理はない。神話級パラノーマルとかフォーサーとか異世界といった話から始まって、巨大亀や不気味な人影達にもみくちゃにされてようやくヤバさを認識したと思ったら唐突に解決を宣言されたのだ。
尤も、一番生命の危険を感じさせてくれたのは乙骨先生が操る不吉極まりないドクロなのだが。
もしかして、みんなに担がれてた? そんな気持ちにもなる。
「何か腑に落ちない事があるのか?」
それは乙骨先生に聞かれるまでもなく山ほどある。
「いや、神話級パラノーマルって言ってた割に、随分簡単に解呪できたな……って」
「ならば今すぐ元に戻してやろうか?」
「いえいえ結構です!」
「全く……このワタシだからこそ簡単に見えるが、容易な仕事ではないのだよ? いくら神話級パラノーマル本体ではなかったとはいえ……」
「え? 本体じゃないって? どういう事です?」
「ん? 聞いてるんじゃないか? 例の神話級パラノーマルは昨夜、何の前触れもなく突然滅び去ったって」
「まあ、それは聞いてますが……」
「で、どういう因果なのか全くわからないけれど、有東木君達は呪われてしまった。だがそれは神話級パラノーマルの置き土産、残り香みたいなもので、ちゃんとした手順を踏まえれば解呪は不可能ではないんだ」
「の……残り香ぁ?」
「まさか本体そのものに呪われてるとでも思ったのかい?」
千影が首肯すると
「戯れで惑星上の全生命を細胞レベルから消滅させるとか、宇宙の銀河を一瞬でバラバラに引き裂くような存在だぞ? もしも取り憑いたのが本体だったら、取り憑かれた時点で有東木君は確実に即死してるし、同時に全人類が滅ぶか、世界の平均気温が500度上昇するとかで、地球は一瞬で死の星と化しただろうな」
「な……なんだそりゃああああああ……」
どおりで、やる事がやけに小さかったわけだ!
「しかし、取り憑かれた相手は最終的に発狂して、周囲にまた呪いをばらまく厄介さは本物だよ。お手上げになる前に呪いを全て向こうの世界、つまりトジョウレイ結界に置いてきた」
頭上で具現化したドクロの眼窩で、千影を追いかけ回した不気味なナニカ達が恨めしそうにこちらを見ていたのは目の錯覚ではない。まあ、脱力してへたり込んでしまった千影には見えていなかったが。
To Be Continued>




