第二十六話 笑えばいいと思うよ。
■その26
廊下の不気味な人影が制御室のガラス張りに殺到する有様は、まるで満員電車でおしくらまんじゅうにされる乗客のようだった。
「ひ……」
廊下を見つめる玲南と千影の青ざめた顔と対称的に、木南や乙骨先生達は何が起きてるのかわからない顔で
「え、やっぱり廊下に何かいるのか……?」
「玲南、廊下に何かいるのが見えるのかい?」
玲南は怯えた顔のままコクコクと頷き
「……います。凄い沢山……お父さんが」
「? お父さん?」
千影と木南が顔を見合わせる。お父さんとは一体何の事やら。もしかして、人によって見える幻が違っていて、玲南には自分の父親が見えている、とか?
「こっち見てるよ……千影くんの、お父さんが★」
「……え? 玲南さん、オレの父さ……父に会った事あるのか?」
「え、ないよ★」
「……それでどうしてオレの父さんだってわかったんだよッ!!」
「いや、だってまんまそんな感じだったし★」
「まさか、オレに似てる人が見えるの?」
ちなみに千影は周りから母親似だと指摘される事が多い。
「叫びがテーマの絵画みたいに、絵の具垂らしてできたシミみたいな目と口をした、とっても気味の悪い人が見える★」
「オレと同じ物が見えてんじゃねえかよ! ちっとも似てねえよ!」
「えっ、似てるじゃない。目と口があるところとか」
「木星と金木犀くらい似てねえわ!」
木南と乙骨先生と虎野も、驚愕の顔のまま一斉にボケ始めた。
「まさか……ご子息が変な事に巻き込まれたから、クレームつけに来たのか」
「木南さんも真に受けるなーッ!!」
「むぅぅ、息子の危機に駆けつけるのは立派だが、そんな大勢に分裂するとは! 過保護にも程があるっ!」
「プラナリアじゃないわいっ! というか、乙骨先生見えてないでしょっ!」
「確かに僕や木南達には見えないけれど、いるんでしょ? 有東木君のお父さん」
「ここにはいないし見えてもいない! 少なくとも、あんな不気味な父親持った覚えありませんから!」
廊下を指しながら必死にツッコみまくっていた千影が、指差す方向で起きている異変に気づき二度見する。
全員、何が起きているのか一瞬理解できなかった。
固く施錠された扉のノブに手をかけ、無理矢理にこじ開けようとする者がいる。
「なっ、何やってるんだ外川!!」
虎野が外川を制止するが、虚ろな目の彼は全く応じない。虎野と零比都が力づくで扉から引き剥がしにかかる。しかし2人がこれ以上本気を出したら外川もろとも扉を破壊しかねない。木南が外川の手を麻痺させてドアノブから指を離させた。
「ひっ」
床に引き倒された外川を見て、顔をひきつらせる千影。外にいる不気味な人影と全く同じ顔がそこにあった。
「どうしたんだい外川! 何があったんだい?」
「……あー……すいません、オレにもその、見えてしまったもんですから……」
そう言って乙骨先生を見返す外川の顔は、既に普通のそれに戻っていた。目の錯覚だったのか。
「見えただと?」
「ええ、廊下に……アレ、マチルダっていうんですか?」
「ま……マチルダだとーッ!?」
外川が口にした謎の単語で恐慌状態に陥る木南。対称的に強い足取りで外川に歩み寄る者がいる。
何という鬼気か。
周囲を威圧するような凄まじい鬼気を放ち、据わった目をして外川に追求する零比都の姿に、千影は棍棒を構えた恐ろしげな鬼を幻視する。
「マチルダは? マチルダはどこにいるの?」
「え、えええ?」
「どこ!? マチルダはどこッ!?」
「い、いい、いえ、あのですね……」
外川は怯えた目で鬼のオーラを纏った少女を見上げ
「アナタを、マチルダです……」
「え?」
制御室のガラス張りに目をやる零比都。そこに映っていたのは外の人影と全く同じ目と口、そして髪だけで構成された、凄まじくシンプルになった自分の顔だった。同時に、ガラスの向こうで蠢く自分と全く同じ顔をした人影も目に入り、恐怖に慄く。
「う、うわああああ!!」
その場から飛び退いた零比都は制御室の扉に向かう一筋の光となる。外川と同じく外に飛び出そうとする先に、千影は足取りがふらついた木南の姿を認める。
何故あの人はあんなところに! いくら巨大亀に激突されてもノーダメージな衝突安全ボディと言えど、『敵が間合いに入ったと同時に抹殺完了』と評される零比都に突撃されたらひとたまりもない。
目を逸らす間もなく終わった。遅れてやって来た衝突音が制御室を揺るがす。
零比都の小さな体を抱きしめるように受け止めた木南が、大きく仰け反りながらフラフラと後退し……
扉まであと数センチというところで、零比都を完全に停めてしまった。
ぽかんとした顔をする千影をよそに、木南は彼女のほっぺたを両手で軽くむにむにしながら
「お前はマチルダじゃない! お前は零比都! お前は零比都だろ!」
「……はっ!?」
木南の胸の中にいた零比都が顔を上げる。その顔は外でたむろする不気味な人影のそれでなく、周囲がいつも見慣れているものに戻っていた。どうやら、零比都は正気に戻ったようだ。
「ゴメンナサイ、こんな時、どんな顔すれば良いのかわからないの……」
「「「「「笑えばいいと思うよ」」」」」
しかし、巨大亀を制圧した時もそうだが、近接戦闘特化型フォーサーである零比都を体当たり上等で受け止める荒業をやってのけた木南は、もしかしたらとんでもなくすごい人ではなかろうか。木南に尊敬の眼差しを向ける千影。
尤も、疲れ切ったリーマンみたいな顔の木南が恐ろしく童顔な零比都のほっぺたをむにむにしているところはちょっと犯罪チックだったけれど。あの2人、とても仲が良いのか?
「零比都ちゃんが元に戻ってよかった★」
「ゴメンね玲南ちゃん、心配かけちゃって」
「うん、だけど……零比都ちゃんも見えるの?」
「え? あの廊下にいる不気味な連中? うん……見えるよ。突然見えるようになった」
「突然、だと」
乙骨先生の質問に零比都が頷く。
「つまり、今はワタシらは見えていないけれど、そのうち見えるようになるかもしれないのだな」
そのうち、外川や零比都みたいに、本人の意志とは無関係な異常行動を取るようになるかもしれない、という事か。
また顔が不気味状態に戻ってしまい、頑丈な扉をこじ開けようとしている外川みたいな……
「って、ああーっ!! 外川がまた!」
「外川、おま!」
制止しようとする虎野と木南。
しかし2人よりも早く零比都が動いていた。
To Be Continued>




