★第二話 悪は必ず滅びるらしい。
2023年11/27 挿絵追加
■その2
本来なら自分の耳と目、彼女の存在自体を疑うところだ。こんなに二次元の登場人物そっくりな女の子を見るなんて。これは夢か? 幻か?
「アレ? どうしたのかな? ゲームやアニメのキャラが実体化するなんて、みたいな顔してるけど」
それはひょっとしてギャグで言ってるのか! これ以外に千影の心理を適切に表現できる言葉があるだろうか? いやない。
ヤクザな医者は何だかがっかりした顔で
「あぁ……うん。その、なんだ、姉ちゃんコスプレするなら場所考えような?」
ものすごく残念な人を見たような口調で言った。
「コスプレ? 玲南さんが、玲南さん自身のコスプレ? どういう意味?」
「うんうん、お嬢ちゃんビョーキだな。そういう病院へ行った方がいいぞ?」
千影相手に医療を押し売りしようとしていた、さっきまでの勢いはどこへ行った! 玲南そっくりな彼女は馬鹿にされている事に気づいたようだ。明らかに言葉に棘が混じり始めた。
「患者さんから勝手に臓器抜き取ろうとするお医者さんこそ、病院に行って人生を最初からやり直すべきだと思うよ★」
「てめえみたいに、二次元がそのまま三次元歩いてる女に言われたくねえわ!」
「は、現実とリアルの区別がつかないお医者さんなんて、玲南さん初めて会いましたよ」
「「英語と日本語の違いだけだな」」
まさかヤクザな医者と異口同音を成立してしまうとは思わなかった!
何なんだこの娘は。外見や声だけでなく、ノリの良さやツッコまずにいられないセリフ、そして仕草まで。アニメの想伝蜃奇録で見た玲南にそっくりだ。
もしかして、自分は想伝蜃奇録の物語に吸い込まれてしまったのか? そう思えるくらい、玲南の存在感や雰囲気がリアルだった。
千影を見ている玲南が怪訝そうな顔をする。どうしたのか?
もしかして彼女をガン見してたと気づかれたのか? 千影は慌てて視線を逸らす。
アレ? この手錠は何だ? そしてどうして千影はベッドに載せられて、天井を向いている?
犯人は言うまでもない。あの男!
「今、あの女に見とれたな!?」
「え? いきなり何言ってるんだよアンタ!」
図星を突かれて千影は首をブンブン振り回す。そのスキを見逃すヤクザな医者ではない。手際よく千影の手足を車輪付きのベッドに固定してゆく。
「ボンの頭は深刻なゲーム脳のようじゃ! 今すぐワシが診てやろう!」
そう来やがったか、この野郎!
「一体何を根拠にそんな事を言ってるんだよ!」
「あんな二次元女に見とれるなんてビョーキに決まってる! 大丈夫大丈夫、ワシに任せろ!」
「任せろ、じゃねえよ!」
ビキッ!
何かが炸裂するような鋭い音。襲い掛かるヤクザな医者を必死にのけながら、千影は音がした方向に視線を向けた。
思わず息を呑む。
漫画やアニメのキャラクターって、怒ると本当にコメカミに血管のマークが出るんだ……
「って、おい! あまりにも失礼な事言ったから、あの娘怒ってるぞ!」
「何を言ってるんじゃボケ! 二次元女なんてどこにいる! アレは幻、この部屋にはワシとボンしかおらんじゃろうが!」
どうやらヤクザな医者はとことんまで玲南の存在を無視すると決めたようだ。千影はこのまま台車付きのベッドに載せられて手術室にまで運び込まれてしまうのか!
しかし、そうは問屋が卸さない。
ゴッ!
頭上で響いた鈍い音と同時に、千影に覆いかぶさろうとしていたヤクザな医者の下卑た笑顔が視界から消え失せた。
一体どこに? 直後、ベッドの横から聞こえる破壊音。壁に身体を叩きつけられたヤクザな医者と、ベッドを挟んで反対側で、「我玲南命」の焼印を手にした玲南の姿。
何があったのか、千影はすぐに理解すると同時に、玲南そっくりな娘のあまりの無慈悲さに戦慄を覚えた。熱気はまだ千影の上空に残っている。ヤクザな医者を張り倒した焼印(赤熱状態)の熱だ。
「て、てめえ! 何しやがるんだこのアマ!」
「あれぇ? 二次元女なんて居ないとか寝言ほざいたのに、玲南さんの事が見えるんだ。お医者さんこそ病院に行って、ゲーム脳かどうかの診察を受けたほうがいいと思うよ★」
いつの間に移動したのか、玲南は喚き散らすヤクザな医者の前に立っていた。アニメでよく聞いた玲南と全く同じ、聞いた人を和ませる澄んだ声で話しかける。ヤクザな医者への侮蔑をたっぷり込めて。
「そんな危ないものを振り回しやがって! やっぱりお前、アタマがおかしいだろ!」
「自分のアタマがおかしいなんて自己紹介は今更いらないんだよ★ あなたはこれが医療行為に使うものじゃないって知ってたんだね。やっぱり病院で頭の中を診てもらうべきだよ★」
「それが大人に対しての口の利き方か!」
「オ・ト・ナ? 玲南さんの目の前にいるのは、みっともないチ・ン・ピ・ラだと思うよ★」
実に不思議な景色だった。泣く子も黙るコワモテヤクザが、アニメそのままな少女に言い負かされている。劣勢をごまかすように声のトーンを上げていくヤクザな医者。そしてそれが最高潮に達した時
「ふ、ふざけ……ぐわあーッ!」
医者の罵声がついに断末魔へと変わる。
後に千影は、その瞬間をこう語った。
「ヤクザな医者が、悪臭を放つ紫色の汁に変えられていた」
ど う し て こ う な っ た ?
千影自身にもよくわからない。気がついた時、医者だった物体が紫色の汁に変えられ、床にぶちまけられていた。同時にジューッという嫌な音とともに大量の煙が上がり、猛烈な悪臭が部屋に充満する。身の危険を感じた千影が咄嗟に逃げようとしたが、手足をベッドに縛られた状態ではそれもままならない。
まさか、命の危険を感じさせる臭いが実在するとは思わなかった。ちょっと煙に触れただけで目や皮膚が痛くてたまらない。鼻が四次元の方向にひん曲がりそうだ。
臭いがあまりにもきつすぎて気分が悪くなってきた。身体に力が入らない。この嫌な臭いが身体についたらどうしよう……という以前に、身体が蝕まれて溶かされる心配をしないといけない。
千影が生まれて初めて死を意識した、まさにその時。
一陣の風が千影の背後から吹き抜ける。風が吹いただけで発狂しそうな痛みに襲われたのも一瞬、千影の全身を蝕む痛みが引き、身体も動かせるようになった。ちょっと身体はだるいが、気分の悪さも無い。
いつの間にか両手両足の枷も無くなっていた。周囲を見回してみると、煙も綺麗に消えていた。嫌な臭いもしないけれど、臭いが強すぎて鼻が効かなくなっただけじゃないだろうな。
自分の腕や身体をクンクンしていた千影に、背後から声がかけられた。
「もう、大丈夫ですよ?」
慌てて千影が振り向く。玲南そっくりなあの少女が、心配そうな顔で見ていた。
本当に、玲南にそっくり。
「え? あの」
千影は困惑する。今の自分にはあの嫌な臭いが染み付いているかもしれないのだ。こんな至近距離では玲南に臭いがわかってしまうかもしれない。それで嫌な顔されたりしたらたまらない。
すると彼女は途端にジト目になり
「ん? もしかしてキミも、この玲南さんの事を二次元女扱いして無視するのかな?」
「いやいや、そういうわけじゃなくって! 助けてくれてありがとうございます!」
手にした焼印を見せつけるように素振りするのはやめてください! それも縦方向に!
「どういたしまして。あのヤクザな医者は懲らしめといたから、もう大丈夫」
「あ……そうなんですか」
あの惨劇は懲らしめたというより、抹殺したとか処刑したと言った方が正しいけれど。
「初めまして。私は関之沢玲南。あなたのお名前は?」
「え? ええと、有東木千影っていいます」
ああ、確かにこれは夢だ。夢である。千影は思った。
ピンチに陥っていた千影を、想伝蜃奇録の漫画やアニメに登場する美少女が助けてくれた、それはそれは楽しい夢。
ヤクザな医者は退治されたのだ。パラノーマルと呼ばれる異世界からの侵略者達を相手に、玲南を始めとしたフォーサーと呼ばれる超能力者達が激しく戦う、想伝蜃奇録の物語みたいに。
To Be Continued>
おしごとで精神やられそうになりながら書き上げた話です。
読んで下さった皆様に幸あれかし。
次回からバイト先である想力発電所の話に入ります。